還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「和服」の運命は…

秋になると、マンハッタンでもたまに和服姿を見かける。
ほとんどは女性で、男性は滅多にいない。
タイムズスクエア辺りでは、流石に目立つ。
小柄な人が多いから、人並みに埋もれてしまうことが多いが、それでも人目を引く。
ニューヨークに来てまで和服を着る、ということは自信もあるのだろう。
着こなし、裾捌き、素人目にも見事なものだ。
何と言っても、背筋がぴんと伸びている。
一般にアジア系女性は、小柄な上に姿勢が良くない。
その点、和服で颯爽と歩く姿は、ちょっとした感動ものだ。
どういう関係の人かは、よく分からない。
だが、ごく普通の女性が面倒な和服を、わざわざアメリカまで持参するとは考えにくい。
そういう方面の仕事をしている、と考えて良いだろう。
つまり、茶の湯、活け花、日舞あたりか。

ひとつ残念なことは、繁華街に群れ集まる人は、あまり関心を示さない。
なんせ、奇妙な格好をした若者に溢れている街だ。
和服が日本独特の衣装だ、ということすら知らない人が圧倒的に多い。
ニューヨークで和服を全く見かけない、というわけではない。
日本レストランでは、ウエイトレスに和服を着せている店が少なくない。
一流店では一流店なりの、「なんちゃって和食」では「なんちゃって和服」。
だがそれは、ただ「和服」を身に着けているというだけ。
一流店では、一応着物と草履の組み合わせなどは気をつけている。
だが、着ているウエイトレスは、アメリカで初めて和服を着た現代娘。
ジーンズの歩き方そのままで、草履で闊歩する。
まあそれと分かる客が少ないことが、救いではあるが。

和服は、滅び行く衣装と思われている。
現代では、ごく一部の人たちしか、日常に身にまとうことはない。
かつては、年配の女性の着物姿は、此処彼処で見られた。
だが、今の高齢女性は、スカートで育った年代。
ほとんどの人は、自分で着ることも出来ない。
業界も、それなりの努力はしているだろう。
しかし、その努力はある意味では改悪を意味する。
「首に引っ掛けるだけのネクタイ」というものがあった。
「締める」のではなく、ワイシャツの上部ボタンの上にかけるだけ。
見た目はそれらしいが、根本的なところが違う。
つまり、「締める」ことで己を引き締める、という部分が欠落しているのだ。
簡便着物も、その類と考えて間違いはないだろう。
帯をきっちりと締めて、隙のない身のこなし、背筋を伸ばした立ち姿。
そういうものは、経験を積んだ着付けで生まれて来る。
ただ「身に付ければ良い」、というわけには行かない。

昔、若い女性は、正月には日本髪を結い、着物を着た。
デパートの売り子も、電話局の交換手も、仕事始めはその姿を披露した。
未だ、「着物文化」は辛うじて息づいていたことになる。
今はどうなのだろうか。
大晦日に美容院で日本髪を結う女性は、未だ存在しているかどうか。
正月そのものが形骸化している現在、可能性は低いだろう。
「着付け教室」などは今でもあるそうだが、誰が通うのだろうか。
高齢女性が亡くなった後、箪笥に残された着物を欲しがる娘はいないのではないか。
大島、黄八丈、結城紬、昔なら垂涎の的だろうが、今の若い女性には無縁のもの。
着物が廃れれば、それに付随する小物の業者も消えて行くしかない。
草履や帯揚げ、半襟や扇子、そういった産業も今や青息吐息。
芸妓や仲居、さもなければ茶や踊りくらいが、和服の常連という現状。
何とか若い女性に興味を持って貰いたいが、良い方策を思いつかない。
なんせ、世の中は着ているものを脱いで行くのが流行。
胸の谷間を誇示している人は、着物など思いもよらないだろう。

私は、着物は日本人に合った衣装だと思っている。
帯で締めるから、背筋首筋は伸び、裾捌きを気にすれば歩き方はきりっと見える道理。
それはそうなのだが、着ることが難し過ぎる。
さらに、見て品があり美しい着物は高価だ。
残念ながら、和服の将来はかなり暗いと考えるより他ない。
成人式、結婚式のお色直し、女性が和服を着る機会は生涯に2度。
いや、それすらもパスしてしまうのが、いまの風潮ではないだろうか。
母親も、殆どが諦めてしまっている。
なんせ彼女自身、生涯2度若しくは娘の結婚式の留袖で3度しか着ていないのだから。

男性の和服は、もっと悲惨だろう。
一度として袖を通したことがない、そういう人がほとんど。
温泉旅館の寝間着の浴衣が、彼の唯一の和服っぽい衣装の経験。
短すぎる浴衣で毛脛を出して、旅館の下駄で温泉街をうろついただけでは悲しすぎる。
仙台平の袴を穿いて、紋付の羽織で居住まいを正せば男前は3割上がる、と昔聞いた。
そこまで行かずとも、正月に床の間を背にして和服で正座した父は、なかなか凛々しかった。
そういう父親は、いま日本の何処かに存在しているだろうか。
相撲取り、芸人、歌舞伎役者だけの和服では、余命が尽きるのは時間の問題か。

和服の衰退は、畳の衰退と関係がありそうだ。
正しく和服を着るなら、正座は必須。
畳のない生活は、必然的に正座の機会を失わせて行く。
いま日本から畳職人は、どんどん減っているそうだ。
畳表に使う「藺草(いぐさ)」の生産も、必然的に激減していることだろう。
可笑しなことに、台湾には未だに「藺草」が生産されているし、「畳屋」もあるらしい。
日本の伝統は、かつての植民地に細々と生きている、ということか。

私は一度も、和服をちゃんと着た経験がない。
情けないが、温泉街を浴衣に下駄で歩いた程度。
昔、母から兵児帯の締め方など習った覚えもあるが、遠い記憶の中。
亡くなった父の着物も、今は何処かにあるのだろうか。
一度、きちんと着てみたい、と考えたこともある。
だが、直ぐに考え直した。
考えてみれば、私は正座が出来ない。
和服と言えば、「端座」すなわちきりっとした正座だ。
和服を着ていきなり胡坐をかくのは、様にならない。
それでは、優勝翌日の「白鵬」になってしまう。

先ずは、正座の練習からか…。

閉じる コメント(4)

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はじめまして
大変興味深く読ませていただきました。

2013/10/17(木) 午前 8:39 emerald

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ありがとうございます、今後ともよろしく

2013/10/19(土) 午前 1:39 [ Masterswimmer ]

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なるほど。
和食を食べるくらいの感じで、私は毎日着物を着ています。
とは言っても、会席などではなく、普通の和定食や弁当、おにぎりを食べるような。
晴れ着や儀式の際の装束、高価な特別な着物も、普段着の着物があってこそ、そして普段着てこそと思います。

2013/11/26(火) 午後 3:01 [ チケンヂ ]

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チケンジさん、日本に行っていてご返事が遅れました。
着物を普段に着こなせるなら、それは素晴らしいことですね。
高級和食ではなく、そこらの「一膳飯屋」のような感覚で。
大いに期待しています。

2013/12/8(日) 午前 1:53 [ Masterswimmer ]


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