還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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日本の鉄道路線の駅には、あまり他国には見られない特徴がある。
特徴と言うとちょっと可笑しいが、駅前にたいてい果物屋と花屋が並んでいるのだ。
例え都心から離れていようと、駅前はその辺りの一等地。
そこに店を張れるということは、この二つの店が儲かっていることを示していると言えよう。
いや、最近のことはあまり知らない。
だが私が子供の頃は、駅前には必ずといっていいほど、果物屋と花屋があった。
どちらも彩りが華やかだから、ぱっと明るく見える。
最近では不動産屋もあるようだが、見ていてそれほど浮き立つことはない。
やはり此処は、果物と花でなければなるまい。

このふたつの商品には、遣い物にされ易い特徴がある。
人を訪ねるとき、誰でも土産を考えるだろう。
親しい家庭なら、その家の家族構成や主婦の好みも考慮される。
だが初めての訪問となれば、当たり障りのないものが選ばれるわけだ。
そしてこのふたつが、その「当たり障りのない」ものの代表選手。
当時は、この二者を択一すると、「果物」を選ぶ人が多かったようだ。
まあ、その頃の食糧事情もあっただろう。
「花」は病気見舞いには好適だろうが、一般家庭なら果物の方が喜ばれる。
今なら十数種類の果物が店頭を飾っているが、当時はそんなにはない。
夏なら西瓜、秋なら柿や林檎、冬なら蜜柑が圧倒的に多かった。
暮になると、何故か蜜柑だけは潤沢にあり、いつでも食べることが出来た。
歳暮としても、幾つかは届けられていたのだろう。
炬燵に座って、テレビを見ながら黙々と蜜柑を剥く。
それが飽きないくらい、当時の蜜柑は美味しかった記憶がある。

アメリカに住み始めて、アメリカの果物に接した。
メロン、グレープフルーツ、洋梨、林檎…。
感激するほど旨いものもあり、失望するほど不味いものもある。
言わば、当たり外れが大きい。
それでも価格の安さに感激して、毎日のように食べていた。
だが、日本で美味しかったもの、「蜜柑」「林檎」「桃」は、まるで「月とすっぽん」。
改良に改良を重ねる日本の技術を、今更のように思い知らされた。
だから、「蜜柑」など手にすることもなかった。
似たものが無い訳ではない。
「マンダリン オレンジ」と呼ばれる蜜柑に似たものは、甘いけれどただそれだけ。
日本の温州蜜柑のような、甘さと酸っぱさが良い按配に融合したものは先ずお目にかからない。
30年以上、「蜜柑」とは無縁に暮らしていた。

3,4年前、家人が友人から貰ったという、「蜜柑」を持ち帰って来た。
葉もついているが、見た目はまさしく「温州蜜柑」。
食べてみると、味もまさしく「温州蜜柑」だ。
聞けば、「Satsuma orange サツマオレンジ」という名で、売られているという。
扱っているのは、「Whole foods ホールフーズ」という、有機栽培の植物を主に扱うスーパーチェーン。
近年ニューヨーク周辺で、あちこちに出店しているそうだ。
価格は、他のオレンジに比べればやや高め、というところらしい。
何故「サツマオレンジ」という名前なのか、は分からない。

暫くして、家の近所の中国系スーパーマーケットに、同じような葉のついた蜜柑を見つけた。
よく見れば、まさしく同じ「サツマ」。
価格も他の果物よりはやや高いが、驚くほどではない。
ただ、サイズが不揃いで、見かけも良くない。
2級品を持って来た、という趣である。
それでも、食べれば旨いから気づけば買う。
たまに種のあるのもあるのが、ご愛嬌。

「蜜柑」は、江戸時代に庶民に定着したものらしい。
当時の最大産地は紀州和歌山。
江戸で消費されるのは、神奈川や静岡産。
関東で不作の折りは、価格が高騰したらしい。
紀伊国屋文左衛門が船を仕立て、紀州の蜜柑を江戸に運んで大儲けしたのは、しかし作り話だそうだ。
だが一大消費地、江戸、に産品を運ぶのは、多くの生産者や流通業者の夢であったことは確かだろう。
生鮮でなければ、多くの品々が江戸に下っている。
灘や伏見の酒、西陣の織物、堺の刃物などが、世に言う「下りもの」。
ついでだが、「下らないもの」とは、「江戸にも送れないものの意」だと言われている。

最近、「Satsuma」という地名が南部にあることを知った。
調べてみると、アラバマ、テキサス、ルイジアナ、フロリダの4州に同名の町が存在している。
そのどれもが、名前の源として、「Satsuma orange サツマオレンジ」を挙げているのに驚いた。
まあアメリカの地名は日本と異なり、簡単な理由で名づけられることが多い。
この4つの町に、それぞれ「温州蜜柑」が植えられていたということなのだろう。
それは、明治時代初期に遡るようだ。
1876年というから、明治維新からほんの数年後。
アメリカ大使館の館員の妻が、「Satsuma orange」の種をアメリカに送ったらしい。
それが彼の地で根付いたということだから、既に130年を経過している。
だがその割に、この蜜柑の名前をあまり聞かない。
第一、 数年前までは知られてもいなかった。
アメリカで育まれて、「Satsuma orange」はちゃんと生きていたはずだ。
それも、4つの町で。
だがどういうわけか、商品として開花していない。
多少なりとも名前が出て来たのは、高々数年前だ。
ちょっと不思議ではないだろうか。

これからは私の推理。
アメリカ人は、果物の皮を剥いて食べる習慣がない。
林檎は、上着の袖で軽く拭いてそのまま齧るのが普通。
グレープフルーツは半分に切って、スプーンで掬って食べる。
メロンは4分の1に切り、軽くナイフを入れてフォークで摘む。
どうもきちんと皮を剥くという、習慣が無いようでもある。
例えば蜜柑の皮を指で剥く、ということが出来るのだろうか。
日本人は、小さな袋を指で摘み、口の中でしごいて中身を食べ袋を残す。
まあそのまま袋ごと食べる人もいないではないが、袋を残した方が食味は増すはずだ。
だがこの食べ方は、アメリカ人や欧州人の容れるところではないのではないか。
その場合、彼らは蜜柑を二つに切ってスプーンで食べるか、全く食べないかのどちらかだろう。
つまり、アメリカ人はああいう小さい蜜柑類は食べない、という答えが正しいとも思える。

見ていると、アメリカ人の不器用さにはしばしば驚かされる。
というより、子供の頃から細かい作業はしなくて済むようになっている。
鉛筆は電気削り器、缶詰は電気オープナー、電気ナイフなんていう代物だってある。
ナイフで林檎を剥けるか、と聞けば10人中7,8人は「ノー」と言うだろう。
ナイフやフォークの使い方にしても、「アメリカ流」というのがある。
先にフォークで押さえて、ナイフで肉や野菜を小さく切ってしまう。
そしてやおら右手にフォークを持って、食べ物を突き刺して口に運ぶ。
現在結構一般的になったこのマナーは、この数十年でアメリカ人が定着させたのだ。
本来のマナーである、右手にナイフ左手にフォークという方式を、アメリカ人は踏襲出来なかった、というわけ。

アメリカ人も「Satsuma orange」の美味に気づいてはいる。
だが、彼らがこの小さな蜜柑にどう対処して行くか。
何とか、小さい実を剥いて食べるか。
ナイフで切って、スプーンで掬うか。
いや、交配で大きくして、オレンジ大にしてしまうかもしれない。
そして安心して、スプーンでほじくって食べる。
アメリカの歴史を見れば、それが一番可能性が高い、かも。

閉じる コメント(3)

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Masterswimmer様

初めまして。

本当に、日本の果物・・・と言うか、日本の食べ物は美味しいですよね!

果物を栽培するに当たって、農家の方々は、本当に手間暇かけていらっしゃいます。私も、摘果やホルモン浸けや袋掛けをお手伝いした事が有りますが、大変な作業です。

私が住んで居たCaliforniaのBay Areaでは、ミカンは普通に売ってましたよ。リンゴのフジも有りましたが、摘果も袋掛けもしないので、緑で小っちゃいフジで驚きました。

日本に住んでると、食べ物が美味し過ぎて痩せれないのが悩みです(笑)

NYCに本格的な雪が降ったとNewsで言ってました。Please stay warm!

2013/12/16(月) 午前 0:37 [ Maria ]

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Mariaさん、ありがとうございます。
私は当たり外れのある果物を選ぶのは、嫌いではありません。
魚も同様です。
甘さと形ばかり追求する日本式も、それなりに問題はあるんだろう
と思ってしまいます。
でもやはり、日本の柿は旨かったですね。

2013/12/16(月) 午前 10:07 [ Masterswimmer ]

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Masterswimmer様

お返事有難うございます。

そうなのです。例えば、キュウリですが、消費者が、白い粉吹いてるのとトゲがイヤだということで、キュウリは、キュウリの木に生えていないのです。確か、ナスの木に接木してました。

ま、米国は、虫も食べないような食物を生産してるので、もっと恐ろしいですけど。。。

2013/12/16(月) 午後 11:21 [ Maria ]


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