還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

全体表示

[ リスト ]

「値切る」という行為は、今でも頻繁に行われているのだろうか。
ニューヨークに住んでから、物を買って値切ることはほとんどない。
売り手だって、値切られれば驚くのではないだろうか。
つまり、アメリカは「定価販売」がどっしりと根を下ろしている。
まあそれでも、ゼロというわけではない。
例えば、チャイナタウン。
まともに訊ねれば、首を横に振る。
だが、数量を増やす条件を提示すれば、露骨に態度が変わる。
ひとつ10ドルの物でも、3つ買うなら25ドル程度は当たり前。
現金で払えば、消費税だって不要の店も結構ある。
勿論、彼らだって納める気はないだろうが。

私が育った東京の西郊では、「定価販売」が当たり前だった。
値引きは、客が要請するのではなく、店側から自主的に申し出た。
「1本500円だけど、2本なら900円で良いよ」
駅前のバナナの叩き売りだって、自分からどんどん下げて行く。
あれよあれよと言う間に、客は財布を取り出している。
「啖呵売(たんかばい)」と呼ぶそうだが、「フーテンの寅」が出て来るずっと前の話。
「定価販売」の大本尊はデパートで、専門店はデパートを見習っていたようだ。
私の両親は戦後九州から出て来たが、定価に文句を言ったことはない。
恐らく九州でも、「定価販売」が普通だったのだろう。

成人してから、大阪に住んだ。
大阪弁にも面喰らったが、「値切るのが当たり前」の風習にも驚かされた。
1万円の品をバーゲンで5千円で買った時、東京なら、「これ1万円よ」、と友人に言うだろう。
だが、大阪では、「これ見て、1万円を5千円で買えたわ」、と得々と話す。
如何に買い物上手か、が自慢の種になる。
九州出身の友人の買い物に付き合って、船場の丼池(どぶいけ)というところに出かけた。
紳士婦人服の店が、それこそ軒を連ねている。
「兄ちゃん、何探してんねん、安うしとくで…」
「他処行っても、これ以上安うならんで、買うたりいなあ」
とにかく、ひっきりなしに喋りまくる。
「絶対に定価では買うな、とことん値切れ」
会社の大阪育ちの同僚に、やかましく言われている。
友人は背広の上下を買おうという目論見。
40年以上前の話だが、1万円くらいが予算だったのではないか。

彼がぶら下がった服をちょっと見ていると、さっと店員が寄って来る。
「これやったら、兄ちゃんにぴったりやで」
値札を見ると、「1万5千円」とあったような記憶がある。
地味なグレーの上下だが、サラリーマンには丁度良さそうだ。
店員は上着を友人に着せかけ、
「ほら、ぴったりや、もうこれしかないで…」
とは言うが、価格のことは触れようとしない。
付き合った手前、私が、
「それで、値段はどれくらいになるの?」
下手な大阪弁は諦めて、東京弁で訊ねる。
「せやなあ、初めてのお客さんやし、1万2千円でどないや?」
それが高いのか安いのか、実は見当もつかない。
「よっしゃ、1万1千円で決めや、ええやろ?」、とたたみかけて来る。
友人を見ると、口の中で何やら呟いているが、自分の意見を言おうとしない。
仕方なく彼の手を引いて、店員に聞こえないのを確かめて、
「もうひと声、1万円で行ってみようか?」
「そうだなあ」と、相変わらず煮え切らない口調。
突然店員が、大声で叫んだ。
「よっしゃ、9千円でどないだ?」
1万円を主張しようと思った矢先の9千円の声に、二人はあっさり頷いてしまう。

「もうひと声行く手だったかなあ?」
買い物が終わった、感想戦のような帰り道。
「まあ、上出来なんじゃない、1万5千円が9千円だから、4割引だぜ」
何となく、一人前になったような気持ちだったが。
「あかんあかん、それやったら7千5百円で充分や、払いすぎや」
翌日大阪育ちの同僚に、あっさり言われて凹んだことを思い出す。
二人とも昨日とは打って変わって、落ち込んでしまった。
だが初めての「値切り」を経験して、何処となく一人前になったような心持ち。
事実それからは、すんなりと「まかれへん?」、という奇妙な大阪弁が口を衝いて出るようになった。
成功したかどうかは、大した成果は記憶にない。

それでも東京に戻れば、また同じ「定価販売」の日常。
再び目覚めたのは、南米のエクアドル。
とにかく、レストランとバス代以外何でも値切ることが可能。
ただ問題は、彼らの公用語であるスペイン語。
「値段を下げろ」とか「まからないか」を、どう言えば良いか。
現地に住む日本人に訊ねると、
「Yo quiero rebajar este a 100 Sucre. ヨ キエロ レバハール エステ ア シエン スクレ.    (これを100スクレに下げて欲しい)」
直訳すれば、そういうことになるらしい。
スクレはエクアドルの貨幣の単位で、エクアドルを解放したスペイン系将軍の名前。

暫くするうちに、現地の人はもっと簡単に値切ると教えられた。
「Yappa ヤッパ」の一言で、充分通じるそうだ。
「まけろ」、とでも言う意味なのだろうか。
だが私は直ぐに、もっと簡単なやり方を自分で発見した。
品物を持って、
「Quanto? クアント?(幾らだ)」と訊ね、相手が答えたら、「Caro カーロ (高い)」と一言。
あまり買う気がなかったら、「Muy caro ムイ カーロ (とても高い)」。
これで大抵相手は、価格を下げて来る。
「Caro カーロ」を繰り返し、頃合をみて、「Bien ビエン (良し)」と言えば良い。
少なくとも、相手が応じて来る限り彼らの利益はあるはずだ。
良心の呵責はない。

「値切る」という行為は、今の日本では時間の浪費のように思われているかも知れない。
ああでもないこうでもない、と言いながらの交渉は時間がかかる。
だが、その会話のやり取りには、それなりに充実感があるのだ。
それは人間と人間の、心の会話とでも言おうか。
少なくとも、デパートの定価で売り買いする取引よりは、血が通っているのではないか。
地球の裏側でのたどたどしい異国の言葉でのやり取りでも、通じ合う物がある。
売った方には売り手の、買った方には買い手の「やった」という自己満足。
大袈裟に言うなら、取引の「起承転結」を完遂した喜び。
飛行機1機でも、靴1足でも根本は似たようなものだ。
まして異国で行えば、感激は増大する。

小さな国際親善、とまで言えるかどうかは分からないが。

閉じる コメント(3)

顔アイコン

エクアドルの通貨は2000年3月より、USドルになりスークレは現在使われていません。

2014/1/10(金) 午後 1:04 [ yujito ]

顔アイコン

そうでしたか。ちらっと聞いたような気がしますが、ご教示ありがとうございます。
でもあの国で米ドルって、インフレはどう処理するんでしょうかね?
もう一度訪ねて、古い友人に会いたいと思ってはいるのですが。
今後ともよろしくお願いします。

2014/1/10(金) 午後 9:23 [ Masterawimmer ]

顔アイコン

反米ですが経済はアメリカだ頼みですね。
独自通貨復活のうわさもありますがハイパーインフレを起こす可能性があるので多分やらないでしょう(もともとハイパーインフレのせいで自国通貨を廃止したようです)。これからもよろしくお願いします。

2014/1/11(土) 午前 0:25 [ yujito ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事