|
「松井秀喜」が引退して、既に2年が経過した。
その間、彼は1本のヒットも打たず、1個のフライも捕球していない。
つまり、「過去の人」になったわけだ。
松井が引退して2年後、ヤンキースのキャプテン、デレク ジーターも引退した。
引退までの1年間、メディアは彼を追いかけ続けた。
何処の敵地でもジーターは歓迎を受け、本拠地では彼を惜しむ声で溢れた。
だはそれは昨年までのこと。
今年になってから、メディアがジーターを取り上げることは滅多に無い。
書いても読まれない、からではない。
それは、引退したジーターへの尊敬を表現しているように見える。
「引退」は、プロのスポーツ選手にとって一つの区切りだ。
打ち守り走る生活から、一般人の暮らしに戻る節目。
決意して引退を決めた選手にとっては、何時までも過去を云々されるのは時には迷惑だろう。
日本のスポーツメディアには、そういう点への配慮が希薄のように見える。
まあ書くことが少ない日々でも、スポーツ新聞は発刊され続ける宿命。
つまり、売れなければならないのだ。
何も書かなければ、スポーツ記者の存在理由さえ危うくなる。
人気がある松井ならば、書く材料は何かあるだろう。
松井が「笑った」、「怒った」、「食べた」、「吞んだ」、何でも良い。
家族のことが一番良いが、それは書けない。
松井が嫌うことを書けば、相手にされなくなるかも知れない。
だから、当たり障りのない記事でお茶を濁すことになるわけだ。
アメリカにいるスポーツメディアの人間なら、松井について知ることは多いだろう。
彼の妻、子供、別に洞窟に隠れ住んでいるわけではない。
マンハッタンのアパートに住み、時には家族で散歩もしている。
だが、たった1枚の写真すら公表されていない。
理由はひとつ、「松井が嫌うから」だ。
その理由は、色々取り沙汰されているらしい。
曰く1、「彼女はニューヨークでクラブに勤めていたから」それを公表したくない。
曰く2、「彼女は運道具メーカーの社長秘書だったが、一般人だから表に出たくない」から。
真偽は定かでないが、此処まで頑なに公表を拒むところから、1を信ずる人が多いようだ。
松井の妻の出自にはそれほどの興味はないが、私には不思議なことがある。
松井は、これからの数十年間、家族を隠しおおせると考えているのだろうか。
こそこそと人目を忍ぶような生活に、耐えて行かれるのか。
子供が育って来ても、こういう生活を続けるつもりなのだろうか。
松井は、巨人軍の次期監督と目されていると聞く。
原の後任ということらしいが、原の首はそんな簡単に挿げ替えられてしまうのか。
日本シリーズで負けたとは言え、リーグ優勝した監督にあまりに礼を失した風評だろう。
9年間で6回リーグ優勝、2回日本シリーズ制覇、は決してお粗末な数字ではない。
以前監督の座を追われた時、「人事異動に過ぎない」と最高実力者が言ったそうだが、そういう感覚で監督交代を決める球団は、他に存在しないのではないか。
何事も巨人優先でやって来たツケが、こういう形で現れて来たようだ。
いびつだ、ということに誰も気づかない。
これは私に推測に過ぎないが、松井はこういう人事が嫌いなのではないか。
巨人を去ってヤンキースに行き、そこで大リーグ流のチーム経営を目の当たりにしただろう。
プロに徹するという意味を、肌身で感じたと思う。
つまり、松井は日本のプロ野球を卒業してしまったと言えそうだ。
多くの日本の一流選手がメジャーに来たけれど、全うしたと言えるのはほんの僅か。
野茂、松井、そしてイチローくらいしか思いつかない。
卒業した、ということは異なるレベルを体得したということだ。
そういう選手が、再びもとのレベルで野球がやれるだろうか。
もっとも夢半ばで日本に戻った選手にしても、何処か以前とは異なっている。
はっきり言えば、野球が変わってしまったのだろう。
敢えて名を挙げれば、井川、福留、岩村あたりは、明らかに落ちてしまった。
松井稼頭央にしても、メジャー以前の存在感は薄い。
昔知っていたはずの日本の野球に、最早戻れていない。
どうもメジャーの洗礼を受けると、野球そのものが変化してしまうようだ。
メジャーに完全に溶け込めれば、それなりの年限を活躍出来る。
それが前記の3人。
そして、溶け込んだ選手は、日本の野球とは完全に訣別してしまう。
松井は恐らく、巨人に戻る道は選ばないのではないか。
彼にとって、巨人との別れは2003年に済ませたことなのだろう。
「家族云々」は、日本に帰らない理由として後付けしたもののようにさえ見える。
巨人にある程度の愛情があるにせよ、原を押しのける形で、ということは考えられない。
唯我独尊のワンマンに押されてということも、彼として望むところではあるまい。
それにしても、巨人という球団の監督交代劇は、何時でも奇妙だ。
三原が監督だった1949年、人気のある水原がシベリア抑留から帰って来た。
巨人は水原を監督にするため、三原を仕事の無い総監督に棚上げ。
それがもとで、三原は西鉄クリッパーズ(後ライオンズ)に移籍。
苦節5年、日本シリーズで3年連続巨人を打ち破る。
その水原は、10年間で8回リーグ優勝したにも拘わらず、引退した川上を押す球団社長と大喧嘩、追われる形で東映フライヤーズに移った。
その川上だけが唯一、日本シリーズ9連勝という記録を作り、引退の花道を飾った。
とは言え、これも引退した長島のために身を引かされたという説も聞かれる。
選手からコーチの経験も無く、いきなり監督になった長島はしかし、ぱっとしない。
OB連中からも批判が続き、長島贔屓のオーナー、正力亨の頭越しに、読売新聞社の務臺光雄社長命令で長島解任という変則的なもの。
以後、藤田、王、また藤田、そしてまた長島のカムバック。
次の原は2年間で「移動」し、後任の堀内も2年間で「移動」で原の復帰。
その何れの交代劇にも、球団内部のいざこざが絡んで来る。
なんせ、「監督は生え抜きで」という、世界に類を見ない不文律が生きている不思議な世界。
松井がそこに自分の座を求めたいかどうか。
と言って、松井にメジャーのコーチや監督が務まる、とは思えない。
言葉の壁は、想像以上に大きい。
だが引退したアスリートの行く道は、あまりにも類型的だ。
コーチから監督、若しくは解説者が通り相場。
そうでない生き方を、松井なら示せるだろう。
ニューヨークで子供を育てながら、全く新しい方向を模索する。
12年前、苦渋の決断で巨人を捨てた男なら、出来そうではないか。
捨てた処へ戻るという選択肢は、彼にはないはずだ。
新しい世界を見つけるのも、男の甲斐性と言えるのではないか。
|
巡り巡ってたどり着きました♪
ブログを見ていると、時間が経つのも忘れちゃうくらいに読み込んじゃいますよね(笑)
最近は、私はバイナリーとか食とか最近の出来事について書いてます♪
私も書き方を参考にさせて頂いちゃおうかな♪是非、私のブログも見てみて下さいね☆
2015/3/24(火) 午後 1:50 [ ゆうママ ]