還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「カウンター」いま昔

「スシ」は大袈裟に言うなら、20世紀から21世紀の代わり目に世界を席巻し、そのまま一大スターの地位を確立した食品界の彗星と言っても過言ではないように思う。
私がニューヨークに来た1970年代の後半、「スシ」はマンハッタン飲食界の新参者だった。
マグロが生だと聞いて席を立つ客もいたし、「調理してくれ」と言って、マネージャーを押し問答する白人男性も見かけたことがある。
スシ専門店も数える程だったし、ケースに並んだネタも僅かだった。
白身は「ひらめ」、マグロはごく稀に「本マグロ」が出たが、ほとんどは「キハダ」という脂っ気のない小型のもの。
それでも新しい物好きのニューヨーカーで、人気はじりじりと上がって行った。
客さえ来れば、利益率は悪くない。
何といっても、ニューヨークは魚の価格が安い。
カリフォルニア米で握れば、原価率は知れたものだっただろう。
それからの10年20年、雨後の筍の如くスシレストランは増え続けた。
経営者は日本人ばかりではない。
焼肉の匂いが漂う韓国レストランでも、スシバーを設置する店が続出した。
後は一気呵成。
マンハッタンだけで寿司屋は1,000軒を越えたと聞いたのは、20年ほど前だろうか。

私が子供の頃、スシと言えば「ちらし寿司」であって、「握り寿司」は滅多にお目にかかれなかった。
寿司店に行ったことはあっても、テーブル席で桶物を食べるのが普通で、カウンターがあることは知ってはいたが、自分とは縁のない場所だと思っていた。
その距離の遠さは、相撲の「砂かぶり」と立ち見席と言おうか、野球のバックネット裏と外野席と言おうか。
何時の日かカウンターで食べることがある、なんて考えもしなかった。
言うなれば、その頃将来アメリカに行く時が来るなどとは、夢にも思わなかったのに似ている。
つまり、子供心に「椅子席は桶物を食べるところ、カウンターは職人に食べたい物を伝えて一々握って貰うところ」、という感覚を身につけていたのだろう。
少なくとも、カウンターに腰掛けて寿司を喰っている子供は見た憶えがない。
つまり当時でも、「寿司」は決して気安く食べられる物ではなかったということだろう。
所謂「街場の寿司店」でもそうなのだから、銀座や新宿の高級店など、名前すら知らなかったはずだ。
そんな私が、何時「カウンターデビュー」を果たしたか、全く覚えていない。
恐らく自腹ではなく、誰かに連れて行って貰ったのだろう。
一体何を頼みどのくらい食べたかだって、さっぱり思い出せない。
その後、裏町の小店や駅前の所謂「出前専門店」のようなところで、多少の修行は積んだだろうか。
しかし、当時は価格表示の店は少なかった。
何があるかはネタケースで分かるが、値段までは分からない。
それを訊ねるのは所謂「野暮」な客だ、ということは分かっていたから、訊けない。
そういう店で、ネタの価格を少しづつ憶えて行ったように思う。
予想外に高い勘定に財布の中身を心配したこともあるし、想定を下回って胸を撫で下ろしたこともあった。
そして、常にカウンターは緊張を強いられる存在だったことは間違いない。

ニューヨークに住み始めたのは、「スシブーム」の到来前。
アメリカ人客相手だから、スシ1貫の価格は表示してあるのが普通。
地元産の魚は価格が低いから、そこそこ食べてもそう高くはない。
それでも店は儲かり、客はリーズナブルな勘定書きに満足する。
1貫2ドル程度の感覚で腹一杯になれた。
その当時仕事の関係で築地に行き、場内の寿司店の暖簾をくぐった。
ニューヨークとは比べ物にならない鮮度と味の寿司を堪能し、それでも7,8千円だった。
決して奇麗な店ではないし、午後1時までという半端な営業時間だったが、帰国の度に行くようになった。
だが、それは昔夢見た「寿司カウンター」とはちょっと趣が異なる。
味には文句がないが、寿司屋の雰囲気に欠けるのだ。
何か違うな、と思いながらも、日本に帰れば朝の築地の寿司が倣いとなった。
その頃だろうが、浅草でそれと知られた老舗の寿司屋に行った。
4代目の当主から5代目に代替わりのさ中。
時々客席に挨拶に来る洒脱な4代目と違い、真面目なサラリーマンのような5代目。
饒舌ではないが、訊けば丁寧に答えてくれる。
それでも、名の売れた老舗を背負って立つ気概のようなものを感じた。
江戸前を頑固に守り、「うに」や「いくら」のような新ネタは扱わない。
全ての魚に何かしら手を加えることを信条として、客に出す前にきちんと「煮切り」をひと刷毛。
2種類から選んだ8千円のコースだったが、食べ終わって高いとは思わなかった。
味もさることながら、本物の寿司を喰った、という思いがしたのだろう。
カウンターの緊張感も、寿司の味にプラスアルファを加えたかも知れない。

その頃は未だ、銀座辺りの高級寿司店が不明朗会計の商売を続けていた。
常連が接待の客連れで来れば高く取り、個人で来たときは低く請求する。
カウンターに座れば2万3万が普通、と言われていた頃。
だがバブルの崩壊で、客足はばったりと途絶えたと聞く。
高級寿司店には、相当の打撃だっただろう。
旨い寿司は、材料費も馬鹿にならない。
バブル時代に、日本全国から最高級の魚介が東京に流れるシステムは出来上がっている。
だが、それを食べる上客に、最早昔日の勢いはない。
そして、高級店はそれ程客の回転は良くない。
価格が高い分、一人2時間近い滞店時間を計算してある。
カウンター8席、椅子席8席の店であれば、1日2回転が精一杯。
最大で32人の客で、店を廻さなければならない。
以前であれば、一人2万円で合計60万円程度かそれ以上の計算が立った。

私は自分で行ったわけではないが、インターネットの情報で、高級と言われた寿司店の変化を知った。
昔ながらの寿司店は、カウンターに客が座ったら、黙って注文を待つ。
「トロ」「へい、トロ」、でトロ2貫。
「ひらめ」「へい、ひらめ」でひらめ2貫。
このやり方では、終業時の残りの魚介のバランスはばらばらだ。
マグロ好きの客が何人か来れば、マグロはほぼ完売だがほとんど売れないものもある。
仕込みに手をかけた「煮穴子」がほとんど残れば、板前は泣きたいだろう。
自慢の「蒸しあわび」もほとんど売れずに残った。
これでは、商売を続けられない。
生き残るための智慧は、商売の経験から生まれるものだ。
「お任せ握り」という新商法。
一人1万5千円から高くても2万円辺りが、相場らしい。
予約で席に着けば、先ず「つまみ」として「刺身」や「揚げ物」などが出て来る。
それで酒を呑んでいると、「お摘みは以上ですが、何か追加致しますか?」というご下問。
これは、「料金の中のお決まりは此処までですが、もう少し召し上がりますか?」、という意味だ。
何も追加しなければ、順序どおり「握り」に入る。
この場合、カウンターもテーブルも、ほとんど同じタイミングでサーブされるそうだから、大変な省力。
「握り」は基本的には8貫と巻物1本という組み合わせらしい。
それが終わると、お茶とデザートが出てお仕舞い。
次の組が待っている、という寸法。

これは決して悪い商法ではない。
客は、妥当な金額で一流店の仕事を味わうことが出来る。
店は、予約客の数に合わせてその日の仕入れが出来るから、無駄が出ない。
客も、最後の勘定を心配せずにゆっくり味わえるだろう。
先ほどのカウンター8席椅子8席の店で考えれば、一人当たり1万5千円なら32人で48万の売り上げと言う計算だが、仕入れの無駄が少ない分利益率は悪くないはずだ。
何故今までこういうアイディアが出なかったのだろうか。
それはやはり、寿司業界の性質ゆえだろう。
寿司屋に勤めて15年20年経てば、独立の話が出て来る。
だが資本的な裏づけのない職人は、修業した店の世話になることが多い。
本店の1字を貰って店名を決め、魚の仕入先も面倒を見てもらうことになる。
そうなると、店の経営方針だって、自分流を押し通せなくなるのは道理。
新機軸を考えついても、一応本店に相談しなければならない。
「こっちからネタを決めて客に売るのは、どうなんだろうな」
古いタイプの親方なら、良い顔はしないだろう。
だから、この方式を始めた店はなかなかのものだと、私は思う。

だが先んじて、このやり方を店に奨めた客もいるらしい。
初めての店で、「1万円くらいの予算で食べさせて下さい」とか、「地もの中心で握ってもらえば、幾らくらいですか?」などと訊ねる度胸は、羨ましいほどだ。
だが、考えてみれば、店側だってそういう訊ね方はありがたいのではないだろうか。
普通に商売している寿司店から見れば、初めての客にお好みで握るのは難しい。
(一体どの程度の心積もりで食べているのだろうか?)とか、(こんなに高い魚ばかり喰われちゃ、勘定は随分高いものになってしまいそうだ)、とか結構悶々としていることだって考えられる。
そこへ、「1万円の予算でお願いします」と言われたら地獄で仏、は大袈裟だが随分ありがたいだろう。
かく言う私も、未だそういう食べ方はしたことがない。
以前、何処かのテレビの企画で、「大トロ1貫、中トロ1貫、赤身1貫、合計幾らですか?」と寿司店に訊ねる特集があったように聞いている。
大体、3貫で3千円程度だったと記憶しているが、それでは恐らく赤字だろう。
それぐらい、マグロは儲からないらしい。
安い材料に手間をかけて、〆鯖、煮穴子、昆布締めなどにして、多少の儲けが出る。
コハダといえば江戸前握りの華だが、ほとんどは手間賃を食べているようなもの。
本来「仕事がしてある寿司」とは、こういうものだったはずだ。
機械が握っている回転寿司では、望むべくもない。

今、寿司屋のカウンターに腰が引ける客は、先ずいないだろう。
というより、カウンターがへりくだって来た、という方が正しい。
客は数十年も座っているような顔をして、職人との会話を楽しむ。
値段は壁に表記されているから、懼れることはない。
時代というものは、こうして変化して行くのだろう。

だが、あの白木のカウンターに座る瞬間の緊張感も、今思えばなかなか悪くないものだった気がする。
若者が大人になるプロセスのひとつだったような…。

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NJのFort Leeにあった日本食品店の「都」の
持ち帰り用の握り寿司6ドル50
今思うと内容的に凄くお値打ちでした
当時NJではまだ鮪が安く手に入って、日本では高くて食べることのできなかった
トロや中トロを滞米2年間で一生分食べた気がします
土曜日に「都」でバイトさせてもらっていたんですが、
賄い食が海鮮てんこ盛りの丼
味わって食べておきべきだった・・・

これは日本での話です
友達に美味しい寿司屋はないかと言われ、妹一家が贔屓にしている寿司屋を紹介
10席位の小さな寿司屋さん
値段は一切ない、全て時価
妹一家の紹介とは言わずに一見さんとして入ったら
\(◎o◎)/!びっくり価格・・・高い。。。
一見さんには高い値段を提示し、二度目があるかどうか試しているらしい
二度目に友達夫婦が行ったら、驚くほど良心的なお値段になったそうです

2015/10/6(火) 午後 11:15 [ ちちのん ]

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> ちちのんさん
「都」は知りませんね、「安芸」は結構行きましたが、「ヤオハン」で小さい日本食料品店は壊滅状態になってしまいました。
日本の寿司店で、「時価」商売は先が無いでしょうね。
まあ、店にはそれなりの事情はあるでしょうが、いざ勘定で驚いた、では客は戻って来ませんね。
でも回転寿司が嫌なら、安心出来る店を探すのが一番でしょう。

2015/10/9(金) 午前 3:49 [ Masterswimmer ]


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