還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「乞食と坊主は、3日やったら止められない」、という古諺を聞いた覚えがある。
この中で「乞食」は不動だが、もうひとつの方は「役者」だったり「教師」だったりした。
どうも本来は「乞食は3日やったら止められない」だけだったのに、後世の人たちが思い思いに自分が考えついたものを足してしまった、ということらしい。
どれを見ても、傍目には気楽な商売に見えたのかも知れない。
今なら「政治家」なんかも票を集めそうだ。
景気も定まらない時代では、何の職業でも結構きついだろうと同情はするが。
その「乞食」だが、最近の日本にはそんなに見かけないのではないだろうか。
「乞食」とは「物乞い」のことだが、地方では「ほいと」とか「勧進」とか呼ぶようだ。
熊本県の民謡「五木の子守唄」の「おどま 勧進 勧進」という部分がそれを指しているのだろう。
「乞食」を見かけない、ということはある意味では国の福祉政策が順調に働いていると言えよう。
少なくとも、今でも世界の多くの国々で、街中に「物乞い」を見かけるはずだ。
私が子供の頃にも、様々な「物乞い」がいた。
仲間に入れるのはちょっと躊躇うが、「傷痍軍人」なども、その変形のようなものだっただろう。
それ以外でも、子供や犬などを連れた「物乞い」は盛り場で散見出来た。
国全体が豊かになり、盛り場の整理が進み、彼らの居場所は失われて行く。
勿論、物を乞わなくても喰うに事欠かない時代が来た、とも言い換えることが出来るだろう。

ニューヨークにだって、結構な数の「物乞い」がいる。
それなりの福祉政策はあるし、生活保護だって機能しているはずだが、路傍に見かけない日は無い。
「Shelter シェルター (避難所)」はあって衣食住が保証され、そこに入っている人もいるのだが、どうしても入りたくないという人がいなくならないようだ。
家から近いフラッシングの街は、今急成長中だが、少なくとも4,5人の「物乞い」が常駐しているらしい。
歩道に座り込んで、空き缶や皿を前に置き、なにやらぶつぶつ呟いている。
文句は人それぞれだが、「One dollar ワンダラー (1ドル)」と大声で叫ぶ老女は一種の名物女。
その他に、「Macy メイシー」というデパートの前が定位置の男は、路端に座り込んで、
「How are you, have a nice day. ハウアーユー ハブア ナイスデイ」と言い続けているらしい。
これを朝から晩まで呟き続けるとなると、この稼業もなかなか大変だ。
通り過ぎるのはほとんどが中国人か韓国人だから、英語の呟きは不要ではないか、と私なら思う。
そして、「物乞い」は間違いなく白人だけ。
見たところ、中国人や韓国人は、「物乞い」に喜捨をするという習慣は薄そうだ。
彼らが金を与えるところを、一度も見たことがない。
立ち止まって幾許かの小銭を置いて行くのは、此処では少数派のラテン系か東欧系。
まあ、私も一度も立ち止まったことは無いから、間違いなくアジア系のお仲間だ。

マンハッタンは、街が大きいだけに「乞食」も多い。
道行く人も世界各国が入り混じっているから、実入りも悪くないだろう。
ただ、マンハッタンの「乞食」はどういうわけか、職業に身が入っていないようだ。
前に小皿と何やら書き込んだ紙を置き、寝ていたり本を読んでいたり。
カップルで、お喋りに夢中なのもいるから可笑しい。
それでも、奇特な人はいるもので、小皿には大抵幾枚かの札が入っているようだ。
最近見た若い女性は、42丁目の5番街の信号の横に座っていた。
厚紙に大きく、「No home, no family, nothing 家なし、家族なし、何にもない」と書き込んで、無言で挑むような目つきで道行く人を見詰めていた。
何を考えているか勿論知る術もないが、「こんなことをしなきゃならないはずは無かった」という憤懣を、全ての人にぶつけているようにさえ見える。
こういう場所での「物乞い」は法律で禁止されているはずだが、警察もなかなか取り締まらない。
女性を排除するには女性の警官が必要だし、貧しい人を追い立てる役割は嬉しくもないだろう。
見て見ぬ振りをして、ボスから喧しく言われたなら、重い腰を上げるという段取りか。

マンハッタンで一番賑やかな通りは「五番街」、であることは誰もが認める。
そしてその中での一等地は、「Saks Fifth Avenue サックスフィフスアベニュー」と言えるだろう。
昔、そのデパートの前に、大きな犬を連れた大男の「乞食」がいた。
ほとんど喋らず、愛想笑いも浮かべなかったが、知名度は抜群だった。
それだけに、外国人旅行者が一緒に写真を撮ったりもする人気者。
このデパートの隣は、カソリックの「St. Patrick's Cathedral セントパトリック大聖堂」。
敬虔な信徒は、大聖堂に跪いて祈りを捧げ、その帰途に彼に出会う段取り。
嘘か誠か、「高級車が迎えに来て、郊外の大邸宅に帰って行く」と噂されていたらしい。
まあそれくらいの喜捨を受けていた、という話だった。
人通りの激しい街だから、「乞食」の稼ぎ場は多そうだ。
ただ、高級店は店の前にそういう人種が居座ることを嫌う。
どういう手を使うのか分からないが、何時見ても小奇麗にしている。
元締めがいるとは思えないが、警察に話をつけさせるのかも知れない。

日本は、「物乞い」を公道から締め出そうと、様々に策を巡らしている。
それは国の面子に拘わるし、一般市民に不安を与えるだろう。
だが、アメリカはそれ程熱心ではない。
好んで路上生活をし、「物乞い」で生活しているのであれば、それは個人の問題だということらしい。
嫌がるものを、無理にシェルターに押し込むことは出来ない。
そういう点では、徹底している。
逆に、子供の不登校とか親の看護無しに夜を過ごすことなどには、厳しい罰則を設けている。
スクールバスが子供を家の前まで連れて来ても、保護者が迎えなければ、又学校へ連れ戻す決まり。
小学生までは、保護が不可欠と看做しているようだ。
だから、若い夫婦は交代で出迎えのために、急いで帰宅しなければならない。
やり過ぎという気がしないでもないが、日本で下校途中の小学生が連れ去られた、などという事件を聞くと、アメリカ方式が正しいのか、と思ったりもする。
「ミーガン法」という法律で、少年少女への性犯罪で罰せられた者は、刑期を終えていても、現住所が誰にでも分かるようなシステムが確立されているのだ。
インターネットで検索すれば、あっと言う間に名前と現住所が出て来る。
罪を償っていても、再犯率が高い凶悪犯罪の芽を摘むという点では、実質優先と言えそうだ。
日本でそんな議論が起こったら、「人権派」と謂われる人たちが猛反対するだろう。
国柄が違えば犯罪の対処も違う、と簡単に言い切れないような気がする。
そういう犯罪が起こる度に、有識者なる人たちが色々と述べ立てるが、頷けるものは少ない。
全てに亘って意見だけは豊富に出て来るのが、日本的なのではあるが。

フラッシングでもマンハッタンでも、アジア系の「物乞い」は先ず見かけない。
いても不思議ではないが、チャイナタウンでも記憶にない。
自分が喜捨する意思が無いから、貰う立場になっても無駄だ、と考えているのかも知れない。
その代わり、生活保護を受給している人は多い。
身内を頼って来米し、1年後に生活保護を申請するのがよくあるパターンだ。
1年待つのは、入国に際して生活を保証する人のサインが必要だからだそうだ。
その義務は1年で消滅するらしい。
全ては計算通り、ということ。
路傍で「物乞い」をせずとも、もっと楽な方法がちゃんとあったわけだ。
そう考えてみると、毎日道端に座って小皿を置いている人の方が、まともに見えて来る。

「3日やったら止められない」のは、むしろこちらの方ではないだろうか。


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