還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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人間とは、常に自分には点数が甘い生き物らしい。
「貴方の車の運転は、10段階でどのくらいですか?」
こういう質問には、ほとんどの人が6,7点以上つけるという。
女性に容貌の質問をすれば、ほとんどが「10人並以上」と答えるとも聞く。
はなはだしいのは「カラオケ」で、傍から聴けばお粗末でも、本人は自分の歌声に酔い痴れてしまう。
若し人が冷静に判断出来れば、「カラオケ」は上がったりになるだろう。
だがそういう「自惚れ」という代物があればこそ、人は自分に希望を見出して生きて行けるのだ。

20世紀の初頭のニューヨークの音楽界の話題に、フローレンス ジェンキンスという女性が登場した。
今でも語り草になっているほどハチャメチャな歌唱力で、堂々と人前でコンサートを開いたことで知られる。
若い頃はピアニストを目指したというから、音程が可笑しいような歌唱ではないと思うが、手を怪我してピアニストになることを諦め、歌手を志した辺りから狂いが生じたようだ。
彼女の不幸のひとつに、莫大な親の財産を受け継いだことがあった。
彼女の2度目の結婚相手のシンクレア ベイフィールドは、彼女の喜ぶことなら何でもやり遂げようと試み、彼女の膨大な資産がそれを可能にしてしまった、ということのようだ。
この彼女の数々のエピソードが、「フローレンス フォスター ジェンキンス」という映画になり、封切られた。
主演が名女優メリル ストリープであり、夫役にイギリスの俳優ヒュー グラント、彼女のピアニストを勤めるコスメ マックムーンにサイモン ヘルバーグを配するのであれば、見逃すわけには行かない。
真夏の灼熱のマンハッタンに出かけて、その一幕を観て来た。

このフローレンス ジェンキンスという女性は、死ぬまで自分の才能を疑わなかったという点で、比肩し得る人はあまり思いつかないほどだ。
まあ政治の世界にはこういうタイプは矢鱈と多いのだが、一般社会ではそれほどお目にかからない。
そのためには、彼女の夫が金の力に物言わせて観衆や評論家を買収したり、コンサートをくさした新聞を早朝に買い占めたり、勿論映画としての脚色も多いだろうが、喜劇的な要素も多々ある。
立って「ブー」を叫ぶ連中はやくざであり、自分をライバル視する人々に雇われたと思い込んだりもしたようだ。
テレビなどの無い時代だから、音楽はコンサートに行くかレコードで聴くか、程度しかない。
今とは比べ物にならないほど、狭い小さな世界だったと言っても良いだろう。
映画にも、指揮者トスカニーニや作曲家コール ポーターなどが実名で登場するが、彼女がこういう人たちとある程度の交流があったことは間違い無さそうだ。
当時の音楽界は、経済的に豊かなパトロンに頼る部分も多く、ジェンキンスはそのパトロン的な扱われ方をしていた、とも考えられる。
拵えられた成功を信じ込んだジェンキンスは、遂にカーネギーホールでのリサイタルを計画。
今日でもカーネギーホールの権威は絶大だが、当時でも既に超一流のコンサート会場。
夫のシンクレアも流石にひるむが、信じ込んだジェンキンスはもう止められない。
暴虎馮河の勢いとでも言おうか、スケジュールは着々と進んで行く。

このジェンキンスの無茶なコンサートは、それ以後でも素人の暴走に例えられることがしばしばある。
日本でも、故遠藤周作が「樹座(きざ)」という素人オペラ一座を組んで数回のオペラを公演した折も、友人の故阿川弘之などが遠藤をジェンキンスに例えた批評を寄せていた。
阿川が酷評し、遠藤がこれに憤激して罵詈讒謗を並べ立てるというやり取りも人気を呼んだようだ。
これに先立つこと10年以上前の所謂「中年御三家」と呼ばれた野坂昭如、永六輔、小沢昭一のコンサートなども、やはりフローレンス ジェンキンスの前例を踏まえての洒落だったように思われる。
まあもっと遡れば、日本にも「寝床」などという古典落語に、長屋の大家の素人義太夫に集められた店子たちの嘆き、周章を描いた話があるわけだから、古今を問わずこういう逸話はあったのだろう。

実際の話では、ジェンキンスは最初の夫にうつされた病がもとで、音楽的な感覚が失われたとも言われているようで、ただ可笑しいばかりの話ではないのかも知れない。
カーネギーホールほどの会場になれば、今までのようにジェンキンスの取り巻きだけで埋めることは出来ない。
しかも、彼女の伝説的な歌唱を聞きたいという熱心な愛好者によって、切符は完売となる。
そうなれば、今まで巧みに敬遠して来たうるさ型の批評家や新聞も受け入れなければならない。
夫のシンクレアが恐れたように、遠慮会釈のない酷評の羅列に、ジェンキンスは当惑し途方に暮れたという。
だが幸か不幸か、リサイタルの2日後彼女は心臓の発作で倒れ、その一月後にこの世を去った。
死後、彼女の生涯が明らかになるにつれ、愛すべき人柄として人気は高まって行った。
そして、彼女を主人公とする幾つかの芝居も書かれ、上演もされている。
勿論、歌姫という扱いではなく、自分を才能ある歌手と信じて生き抜いた女性の半生がテーマだ。
幾人かの女優が彼女を演じたが、一様に「歌を下手に歌うことは本当に難しかった」、と話している。
この映画でも、メリル ストリープの吹き替えが歌っているようだが、陰の歌手も随分苦労しただろう。
とは言え、流石に達者な役者を揃えただけのことはあったようで、この難しい題材を巧く纏めている。
主として3人の芝居なのだが、主役のメリル ストリープは勿論、イギリス人の夫シンクレアを演じるヒュー グラントも生来のイギリス訛りを活かして、まさにはまり役。
それ以上に良かったのが、オーディションでジェンキンスの専属ピアニストに選ばれるコスメ マックムーンを演じるサイモン ヘルバーグで、早くも来年のアカデミー賞助演男優賞に挙げられているという。

ちゃんとしたステージピアニストを夢見ていたマックムーンが、先ず金に釣られてジェンキンスの伴奏を勤め始め、そのひどい歌いっぷりに辟易し、自分の行くべき道に悩む。
やがて天真爛漫な彼女の人柄を理解するにつけ、自分の夢を捨てても彼女に寄り添って伴奏を続けようと決意し、最後の最後までそれを押し通して行く。
結局マックムーンはジェンキンスの最後のステージまでそのピアニストを勤め、それ以降は音楽的な活躍は無かったと言われているらしい。
幾ら有名ではあっても、言わば「ゲテモノ」の伴奏を勤めて来た経歴ではその先のキャリアは望めないだろう。
その辺の哀愁のようなものが、映画のマックムーンの周辺には漂っていたように、私には感じられた。
名優主演の作品ではあるが、この映画はニューヨークでもごく限られた数の映画館でしか上映されていない。
勿論大ヒットすれば上映する劇場が増えて行くことは考えられるが、どうもそうはなりそうにない。
監督がイギリス人ということもあるが、何と言っても小品である。
続々と客が詰め掛ける「大スペクタクル」とは趣が異なり過ぎているようだ。
まあそれでも、結構楽しめた。
暑い中を出かけて来た甲斐があったかどうか。

「Definitely (勿論ですよ)」、と言い切れないところが残念だが、「観ても損は無い」、とは言えそうだ。


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