還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

全体表示

[ リスト ]

パクチーがブーム?

私の家の冷蔵庫は、一番下が野菜類の保存庫になっている。
料理の材料を使う人のために作られたとは思えないほど、この野菜庫は小さい。
確かにニューヨークに住んでいる人はあまり料理をしないし、冷蔵庫の使用目的は専ら飲み物やケーキ類、ハムやソーセージなど所謂「Cold cut コールドカット」などの保存用という感が強い。
テレビドラマや映画などで冷蔵庫を開ける場面が出て来るが、あれだけリアリズムに執着するアメリカの映像作家にしても、青野菜を取り出す場面は無かったようだ。
その点私の家では食事は日本式がメインだから、野菜保存は重要だし不可欠でもある。
小さめの保存庫だが、大根、牛蒡、ジャガイモ、玉葱、長葱、ほうれん草、生姜、大蒜などは常備菜。
スペースが無い所為もあってジャガイモや玉葱などは日持ちすることを理由に、サイドテーブルに上に移動させられているが別に不満は無さそうだ。
そして、まあほとんど常備菜に準じて扱われているのが「Coriander コリアンダー」の一束。
このハーブは価格が1束で1ドルと安いこともあって、緊急に必要でなくてもつい買い込んでしまう。
サラダやドレッシングなどに使うことが多いが、餃子の餡やハンバーグ、ロールキャベツ、カレーなどにも投入して、ちょっと異なった香りを愉しむこともある。

私がこのコリアンダーに出会ったのは、南米はエクアドルである。
この国には旨いものはほとんど無いのだが、港町グアヤキルで味わった「Ceviche de concha セビッチェデコンチャ」だけは、今思い出しても食べたいほど美味だった。
「Concha コンチャ」とは貝類の総称だが、日本の赤貝に似た貝を生きたまま剥いてライムジュースに漬け込み、薄切りの玉葱、トマトにオリーブ油を加えてさらに細かく刻んだこのコリアンダーを混ぜ込む。
セビッチェの材料には、スズキ(Corvina コルビーナ), 牡蠣(Ostiones オスティオネス), 海老(Camaron カマロン)なども知られているが、味から言えばこのコンチャに優るものはない。
ただ、何故かこの貝は開けたときに黒い汁を吐き出すので、何となく汚らしい。
その所為かどうか知らないが、気取ったレストランなどではお目にかかれない。
港町の、安っぽい食堂風の店でしかありつけない逸品なのだ。
友人と2人でグアヤキルへ行き、一人が5皿づつ計10皿を食べたと言えばわかるだろう。
しかし、グアヤキル辺りは肝炎が風土病らしく、地元に住んでいる日本人からは決して食べないように言われたこともあるが、味の誘惑には勝てず行くたびに食べていた。
結果として、コリアンダーの味も一緒に憶えてしまったというわけだ。

アメリカに住むようになって、ベトナムレストランで「Pho フォー(汁麺)」を食べるようになり、そこでこのコリアンダーに再会を果たした。
刻んだ葉がスープに浮いているだけで、何となく心休まる気がするようだ。
また飲茶レストランで色々な料理を取ると、中に幾つかこの香りがするものがある。
広東料理店で魚の「清蒸 チンチョン」を頼むと、必ずコリアンダーの2,3本が上に載って運ばれて来る。
中国人は何でも食べる、とは良く聞くことだが、コリアンダーは広東系に愛されているようだ。

実際コリアンダーは日本でこそ新参者のようだが、世界的に見れば歴史もあり食人口も多い。
「パクチー」が今では一般的に使われているが、これはタイ料理から来ている。
「香菜 シャンツァイ」は中国語だし、中南米では「Culantro クラントロ」と呼ばれ、南米に伝播して行く間に「Cilantro シラントロ」と変化して行ったともいう。
世界的に見ると、羊を食べる国で匂い消しにこの野菜を使うようで、アラブ系の国がそれにあたる。
そしてロシアでもこの植物は結構広範囲に愛用されていて、名前は「ペトルーシカ」と呼ぶらしい。
日本にもこの植物が入って来た形跡はあるが一般的にはならなかったようだ。
考えるに全てが新鮮な日本の場合、消臭の必要に迫られることはほとんど無い。
魚にしても獲れて1,2日のうちに食卓に上がるのであれば、匂いに悩まされることはなかっただろう。
そして世界中で使われた鳥獣の臭みを消すという行為は、稀有のことではあるが日本の人々には無縁のものだった、ということを忘れるわけには行かない。

今日本では「パクチー ブーム」なのだという。
専門のレストランもあり、料理本も幾つか出ているらしい。
どういうわけで今こういうブームが生まれて来たのか、何となく不思議だ。
コリアンダーというハーブは、山ほど積んでむしゃむしゃ食べる物ではないような気がする。
また、日本食ともそんなに上手く融合出来るとも思われない。
本来は消臭目的で世界中に広まったのだから、決して味を賞玩されたわけではないだろう。
料理の中にちらっと入っていて、そこはかとなく香るあたりが良いのではないか。
専門店に出かけていって、「パクチーづくし」のコースを食べたいと考えるかどうか。
テレビで「パクチーが流行っています」と聞かされても、何だかぴんと来ない。
仕掛け人がいるとすれば、目的は何なのだろう。
日本でのコリアンダーの価格はニューヨークの3倍以上するだろうが、それにしても知れている。
パセリの仲間らしいからビタミンCはありそうだが、栄養を摂取するまで食べられるだろうか。
コリアンダーが良い値で売れそうだ、と転向する農家が増える可能性もある。
こちらでの売値を考えると、非常に簡単に生育出来るようだ。
もっとはっきり言えば、一般家庭が鉢植えで育てることも容易だ。
私は紫蘇とバジルは鉢植えにしているが、コリアンダーは安過ぎるので止めた。

とは言え、コリアンダーが安定的な人気を獲得するにはまだまだ時間が必要だ。
こういうハーブの類が根を下ろすには、少なくとも数十年はかかるだろう。
葱、生姜、山葵、辛子、山椒、柚子、橙、日本のハーブや調味料は全て長い歴史を持ち、持ち味を活かす料理の数々がちゃんと存在している。
過去の多くの料理人たちが、選り抜かれた素材と組み合わせたハーブの活かし方を残しているのだ。
そこにコリアンダーが入り込む余地があるのだろうか。
私のようなコリアンダーファンには、なかなか興味深い実験だ。
しかし今のところ、あのちっぽけな港町のセビッチェに優る組み合わせは思いつかない。

野に遺賢あり、という言葉はあるが、鄙港に佳肴あり、とは言えないだろうか。
言えないだろうなあ、残念。

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事