還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「胡麻」探し東京紀行

40年近く日本を離れていると、足りないものを間に合わせる智慧も生まれて来る。
「足りないもの」と書いたが、ニューヨークはその点では恵まれている処だ。
私は日本を離れて1年半南米に住んだ。
未だ若かった所為もあるが、物の不足より毎日見聞きする事物の方が楽しかった。
高度2800mの高地に住んでいたから、ちょっと激しい運動をすればすぐに息切れする。
日本人の家庭に同居させて貰っていたのだが、米は必ず圧力釜で炊く。
若い連中と飲みに行けば、酒の酔いの回りの早さに苦労する。
親しくなった日本人の家庭に招かれれば、メインディッシュにインスタントラーメンが登場。
港町に着いたマグロ漁船から分けてもらうのだそうだが、年に数えるほどしか来ない。
マグロの延縄につける冷凍のサンマも、稀に入手出来たらしい。

異国に住めば、普段手に入らない食物や衣類は山ほどあるはずだ。
恐らく終戦直後のほとんどの日本人が、当時こういう感情を味あわされたのだろう。
そして数十年、日本本国では「物不足」という現象はほとんど見られなくなった。
それどころか、金満日本には世界中から佳味珍味の類が押し寄せて来るようになった。
「キャビア」と言えば世界最高の美味とされ、夜な夜な高級レストランで世界中のグルメの舌を唸らせているが、かつて日本はこのキャビア輸入量世界第2位だった時代があった。
カスピ海やアムール川で獲れたチョウザメの腹から採取されたベルーガ、オセトラ、セブルーガが、日本の此処彼処のホテルでパーティの格付けとして飾られていたという。
景気の後退と共にキャビアの輸入量も激減し、今ではほとんど姿を見ないらしい。
そう聞けば淋しくもあるが、それが本来の姿と考えれば納得も行く。
これだけ美味に溢れている日本に、欧州の美味を持ち込む、まさに屋上屋を重ねるの類。
もっとも、キャビアそのものも収穫が大きく減り、その価格も旧の2倍3倍とか。

私自身、日本に帰る楽しみのひとつは、ニューヨークでは入手不可能なもの、若しくは日本に較べて価格が高過ぎておいそれと手が出ないものをスーツケースに入れて持ち帰ること。
勿論法律上持ち込めない物品は幾つかある。
肉類ははなから駄目だし、柑橘類もご法度。
未だ生きている根菜も輸入禁止らしいが、その確証はない。
いまだかつてスーツケースを開けられて「No」と言われたことはないから、実際は分らない。
しかし、家人の知人が肉類の含まれた食品を持っていてペナルティを課せられたことを聞いて以来、そういう危険のありそうな物品は最初からバッグに入れないようにしている。
アメリカのありがたいところは、水産物に関しては一切の規制が無いところ。
元気な頃は、生鮭の腹に塩を入れまるまる1尾持ち帰ったこともあったが、何も言われなかった。

今回私は「胡麻」を探していた。
「白」「黒」「金」と3種類あるが、私はそのうちの「洗い金胡麻」が欲しかった。
本来こういうものは築地の場外市場に専門店があったのだが、この1,2年の転居騒ぎでそういう店がほとんど
姿を消してしまった。
別に夜逃げしたわけではないが、豊洲に昨年10月の転居を決めて用意したところへ、「延期」の決定。
場外の店は、既に「海鮮丼」専門の店に貸し出してしまっている。
つまり行くことも戻ることも出来ないわけだ。
客で溢れる場外の通りには、隙間があれば海鮮丼の店が入り込んで来る。
寿司ではないから職人は要らない。
必要なのは接客が出来るカウンターと椅子と魚を切りつける俎板のスペース。
数十年の老舗は、こうして「海鮮丼」に姿を変えてしまった。
で、私が「金胡麻」を買っていた店もなくなってしまったわけだ。

「洗い金胡麻」は自分で炒らなければならない。
炒った後は擂鉢に入れて擂り粉木でじっくり擂り潰す。
そうすることによって薫り高い胡麻を愉しむことが出来るわけだ。
勿論こんな面倒なことをしなくても、「擂り胡麻」も「炒り胡麻」も既製品が売られている。
と言うより、今ではそういう既製品が胡麻という商品のほとんど。
わざわざ「金胡麻」を買って来て焙烙で炒って擂り鉢で擂り潰すような手間をかけるのは、一般的に見れば「物好き」のすることとしか思われないだろう。
私にしても、そういう既製品との差異を的確に表現出来るかどうか、あまり自信はない。
だがこの手で焙烙を抱えて炒り、擂り粉木を握って潰したプロセスは体が覚えているし、その擂り胡麻と醤油を混ぜて拵えた「胡麻和え」の味は、間違いなく自分のものだ。
まあ一言で言ってしまえば、本職の料理人たちが手間暇をかけるプロセスをアマチュアの私が身体で味わってみようか、といった辺りなのだろう。

「金胡麻」探しは築地では最早出来ないことが分っている。
「金胡麻」はないが、行けば買える処はあるという。
山手線の「巣鴨」に行けば必ずある、幾人からそう聞いた。
私は東京で育ったが、「巣鴨」という街には行ったことがない。
記憶にあるのは、「東京裁判」の戦犯が収容されていた「巣鴨プリズン」くらい。
東条英機、岸信介、大川周明、広田弘毅、錚々たるメンバーが判決を待っていた。
そんな暗い記憶の街に「金胡麻」があるのだろうか。
「おばあちゃんの原宿」という異名を持つ巣鴨の、何処を訪ねれば「金胡麻」に巡り会えるのか。
他に方法が無ければ、自力で捜し求めるしかないだろう。
年齢的にも、巣鴨を彷徨して可笑しくない雰囲気を充分備えている自信はある。

地下鉄を降りて階段を上がると、交番がある。
ここで道を尋ねる善男善女が多いのだろう。
私もそのステップに従うことにした。
「あそこの大きな通りを真っ直ぐ行けば良いんですよ」
確かに人の流れは一方向に向かっているようだ。
だがほとんどは高齢のカップルか高齢女性のグループだけ。
私のような男一人はほとんど見かけない。
まして「金胡麻」探しに来たような人は皆無ではないか。

ぶらぶらと人の流れに従って歩いて行くと、1軒の店に「金胡麻」という看板を見つけた。
専門店というわけではないようだが、各種の胡麻を取り揃えているようだ。
あっさりみつかったことで、少々拍子抜けしてしまった。
店内に入ってショーウィンドウに並べられた商品を眺める。
確かに「金胡麻」と書かれているが、全て炒ってあるか擂ってあるかのようだ。
「金胡麻をお探しですか?」
女主人と思しき中年女性が前に立った。
「金胡麻の『洗い』の大きい袋が欲しいのですが…」
「洗い」とは炒る前の胡麻、つまり未加工品ということだ。
「今は、『洗い』は滅多に出ないものですから、小さいのしかないんですよ」
女主人が見せたのは、100g入りの子袋いりの金胡麻。
それ以外は置いていないということらしい。

その店を出て、さらに奥へ向かってぶらぶらと歩く。
驚くほど食べ物屋が多いし、また客が良く入っているようだ。
巣鴨とどういう縁があるのか知らないが、甘味の店や漬物店、女性用の小物店が軒を連ねている。
「おばあちゃんの原宿」、というネーミングもなかなかつぼに嵌っている気がする。
それにしても、「金胡麻」を売る店が見つからない、というか胡麻を売る店だってほとんど無い。
やっと見つけたもう1軒の店では、
「もうそんな大量の『金胡麻』を扱える店はありませんよ」
この通りの先にも胡麻の専門店は無い、とはっきり言われた。
結局沢庵2本といぶりがっこ1本を買って、バックパックに納めただけ。
「巣鴨に行けば胡麻なんて山ほどあるよ」、「胡麻なら巣鴨、これは常識」
したり顔でそう言った人たちにどうご挨拶すべきか、未だに考慮中だ。

「金胡麻」に関して言えば、最後は築地の場外でほとんど閉めている店を覗いてみて、片付け物をしている店主から250gのパックを買い込んで何とか格好がついた。
「今じゃもう、ちゃんとした料理屋でも既製品を使っているらしいよ。『洗い』を炒って擂鉢で当たるなんてことをやっていたら、時間がかかり過ぎて客が帰っちまう、だってさ。」

そうなれば帰っちまう客がいない私の出番ではないか。
やっと見つけた「金胡麻」は、大事に使わずばなるまい。
「胡麻汚し」ばかり作っていたのでは、「金胡麻」が泣こうというもの。
と言っても、胡麻を使った料理で思い浮かぶのは「青菜の胡麻汚し」と「博多風鯛茶漬」程度。
レパートリーを広げる必要がありそうではないか。
「○十の手習い」と言うのか知らないが、時間だけはたっぷりある…ようだから。


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