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10月の10日過ぎから、3週間少々日本に帰る予定を立てていた。
本来は5月を予定していたのだが、生憎風邪を引いたようで、航空機の機内で咳を頻発する懼れもあって夏前の帰国は断念せざるを得なかった。
そのキャンセルした航空券を10月11日発で再発行して貰ったそのほとんど直後に、スイスに住む姉の連れ合い、つまり私の義兄になるのだが、の具合が重篤になり急遽ジュネーブに向かうことになった。
義兄は私が到着して2日後、日本に住むもう一人の姉が到着した翌日に息を引き取った。
何処の国でも同じだろうが、遺族は悲しみにくれる暇もなくこなさなければならない雑事に追われる。
スイスでは土日に葬式は執り行わないのが習慣らしく、会場は翌週の火曜日に予約出来た。
ジュネーブの公用語はフランス語だから、全ては姉一人で立ち会わなければならない。
英語を話せる人でも「No English 英語は話せません」と言うそうだから、多少の英語なら何とか役に立てると思っていた私は、何処へ行っても無言の行に終始することになった。
義兄は友人の多かった人だそうだが、もうほとんどは鬼籍に入っており、たよれる人は少ない。
式の進行係は人の伝手でプロに依頼し、式場に飾る花の手配は会場前の花屋で済ませた。
こちらの習慣らしい式後の「アペロ(軽い一杯)」の会場は近くのレストランに決める。
その全ての交渉は姉一人でやらなければならないのだから、まさに重労働と言えそうだ。
義兄は長年教職にあったこともあり、また若い時からランナーとして活躍して来たこともあったので、当日に一体何人の人が式場に来るのか、誰にも予測はつかない。
新聞の「死亡欄」に告知広告を出したこともあるだろうが、姉の電話は結構頻繁に鳴っている。
家に訪ねて来たい、という申し出も少なからずあったようだが、姉一人しかフランス語を喋れないのでは対応に困難を来たすことは眼に見えているから、これだけは丁寧にお断りする。
それでも火曜日の式は最後に組み込んで貰ったので、後から急かされる心配は無さそうだ。
式の開始の1時間くらい前から、会場前に人が立ち始めた。
知り合いらしい挨拶を交わす人もいるが、驚いたのはその服装。
日本であれば真っ黒の人たちばかりになるだろうが、此処にはそういう風習はないらしい。
ジーンズにウインドブレーカーなんて組み合わせもあるし、ちょっとそこまで買い物にといった風情の女性もいる。
日本から来た姉の娘は同じスイスのチューリッヒ近くに住んでいるのだが、そちらはちゃんと黒い服を着るらしい。
彼女は2人の子供を連れて来たのだが、2人とも黒っぽい服を着ているので目立つ。
亡くなった義兄はプロテスタントだったらしいが、チューリッヒの姪家族はカソリックだそうだからそこら辺の考え方が少し異なっているのかも知れない。
2時間ほどの葬儀は無事に終了したが、私はスピーチの片言隻句すら理解出来なかった。
会場を葬儀場近くのレストランに移した「アペロ」は、結構大勢が参加し盛況を呈した。
考えてみれば日本だって「通夜」に酒は付き物だし、自宅などを会場にすれば台所を賄う女性陣の忙しさは知らない人はいないのではないか。
まあその点このジュネーブ方式は軽いおつまみに赤白のワイン程度だし、参加者の多くが年配のこともあって、1時間少々でお開きになる。
今回私は急なこともあって、アイスランド航空の首都レイキャビック経由の便を予約しており、翌日の昼過ぎのフライトでニューヨークに戻る手配になっている。
喪主である姉にはまだまだやるべきことが山積していることは分っているのだが、と言って私が代わってやれることはほとんど無いこともまた事実。
で翌日、私はジュネーブの空港から再びアイスランド航空のニューヨーク行きの乗客となった。
アイスランド航空には、数年前に幾度か乗った覚えがある。
人口40万足らずの国の航空会社だから1日に数便程度だろうと考えていたのだが、発着予定を見ると1日に数十便はヨーロッパ各国に飛び、また迎え入れているようだ。
急拡大した所為か、何処の空港でも連携が悪く係員の客あしらいがお粗末だ。
以前は小さな小屋だったレイキャビック空港も、クノッソスの迷宮もかくやと思わせる体に変化しており、客は自力で自分の行く先を見つけなければならない。
どうにかこうにかニューヨーク行きの登乗口を見つけ、機体に辿り着けた。
ところで、このフライトはクラス別に供給されるサービスが異なっている。
一番安いクラスを買い込んだ私には食事は無く、食べたければメニューから選んで金を払うシステム。
そしてどういう訳か支払いは現金ではなくカードのみ受け付ける、と書いてある。
来るときに経験していたから、私はジュネーブでサンドイッチを買い込んで機内持ち込みの荷物に入れてある。
流石に水だけは無料でくれるようだから、飢え死にの懼れはない。
それでも無聊を託っていると口淋しさが募り、白ワインと摘み風のものをオーダーし、カードで支払う。
メニューにはピザやサンドイッチなどの軽食もあるらしいが、とっくに売り切れている様子。
どうやらヨーロッパの弱小航空会社は、この手のシステムを取り入れているらしい。
多くの国の航空機が乗り入れて来れば、その全ての国の通貨で釣銭を用意するのは不可能に近いのだから、カードに限る理由も理解出来ないわけではない。
ただ、何とも不親切という印象は拭えない。
旅行客が多い時期は良いだろうが、ブームが下火になればサービスの悪い航空会社は真っ先に客を失う運命にあるだろう。
そんな先のことは考えてもいない、と言われればそれまでのことだが。
サービスに不満はあっても、飛行機はほぼ定刻通りJFK空港に到着した。
色々サービスして遅れて着くより、まあずっとましだということだろうか。
来週には日本に向かうことになる。
時差ぼけの心配は無いが、最近こんなに続けて海外へ出たことはないから、些かの不安は無いではない。
今度は日本の航空会社だから、食事の心配はないだろう。
そう考えて気楽に構えるしかない、だろうな。
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