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「牡蠣」は世界中で最も食べられている二枚貝だろう。
その歴史が古いことは、日本各地で発見された「貝塚」で見られる貝殻の多くが牡蠣であることからも充分推測出来そうだ。
養殖が可能なことから世界中至るところで食用とされ、生鮮としても加工用としても広く利用されている。
宗教的な理由からイスラム教やユダヤ教の人たちは食べないが、それでも全世界で消費される牡蠣の量は実に膨大なものだと思わざるを得ない。
牡蠣に関して気づくことは、既に数千年の歴史がある食材にしては牡蠣をメインにした料理が以外に少ないことだ。
勿論多くの著名なシェフが牡蠣料理を著わしてはいるのだが、現代にまで残されたものは少ない。
それは日本料理にしても同じことで、一流と謳われた料亭などでも牡蠣を主菜にして評判をとった料理はあまり聞いた覚えが無いように思う。
その理由は色々考えられるだろうが、真っ先に言われるのは「牡蠣」そのものの旨さだろう。
殻を開いてレモンの汁を絞るだけで、下手な細工ではおよびもつかない美味が口中に滑り込む。
バターで炒めてもフライにしても充分旨いが、それはあくまでも「充分旨い」のであって究極ではない。
真っ先に「究極に旨い」ものを突きつけられてしまえば、料理人のなす術はないだろう。
フランスのレストランで、冬場の牡蠣のサービスはシェフの仕事ではない。
「ギャルソン」と呼ばれる給仕人が自分で殻を剥いて客席に運ぶのだそうだ。
つまり、料理人が手を出す部分は最初から無い、ということなのではないか。
「オイスターバー」と言えば、マンハッタンのグランドセントラル駅にあるシーフードレストランだが、ここで売り物の「生牡蠣」を頼めば、壁際に待機している牡蠣剥き専門の数人がオーダーをこなす。
この連中は「オイスターチャウダー(牡蠣スープ)」も拵えるところをみれば、キッチンで待機しているシェフたちはどうやら牡蠣の料理には手を出さないのではないか、と推察出来る。
アメリカのニューオリーンズは牡蠣などのシーフードで名を馳せたところだが、此処でも牡蠣剥きは黒人の少年たちの仕事と決められているようで、彼らは黙々と牡蠣を剥き続けている。
ここのレストランはフレンチの系統を引いているので、シェフは牡蠣には手を出さないのかも知れない。
私は人並みに牡蠣が好きで自分でもカキフライなどを料理するが、アメリカでは生食用の剥き牡蠣は売られていないので、自分で開けるしか食べる方法はない。
随分以前に、客をもてなすために魚市場から殻つきの牡蠣をひと箱買って来て挑戦したことがある。
60個ほども開けただろうか、結構旨かったが手は血まみれになりそれ以後2度と試していない。
そういう話を日本の人にすると、「あら、日本では町のスーパーで生食用が買えるわよ」と言われるのだが、実はその裏でかなりの食中毒が発生していることはあまり知られていない。
今回日本の魚屋で「生食用」という牡蠣を幾度か見かけたのだが、結局手を出さなかった。
アメリカで買う生牡蠣は加熱用であり、西海岸から冷蔵トラックで4,5日かけて運んで来るのだから、賞味期限のチェックは慎重にならざるを得ない。
私は小粒で磯の匂いがする牡蠣が好みなのだが、町で売られている加熱用は大体大粒のようだ。
だから賞味期限がたっぷりあって「Small」という表示があれば、すぐ手が出ることになる。
まあそれでも、日本でならかなりの大粒と評価されるだろうが。
最近日本では上野のアメ横や御徒町周辺をうろつくことが多くなり、そこから浅草や錦糸町などに足を伸ばすことも少なくない。
「山家」という店でとんかつを食べて暫く後。
11時過ぎごろその近くを通りかかった。
とんかつを食べた折り、メニューに「牡蠣フライ」があったのを頭の隅でしっかりと覚えていた。
「牡蠣フライ」というものを食べるに相応しい店を、生憎私は知らない。
デパートの食堂にならあるだろうが、それは出来るだけ避けたい。
そうなれば洋食専門の店かフライ専門の店、という択一になりそうだ。
であれば、今此処を通りかかったのは天の配剤と言えるのではないか。
記憶の糸を手繰って、私は再び「山家」の前にやって来た。
もう行列は出来ているが、前回よりは短い。
最初の時は若干の躊躇いがあったが、2度目となれば自然に体が動く。
列の最後尾に並び、後は前の人について行くだけ。
店内に入り、「カキフライ 950円」という白木のメニューを再確認した。
長椅子に坐り女性店員からオーダーを訊ねられて、「カキフライ」と告げるとひと仕事終わった気がする。
他の客のオーダーを聞くともなく聞いていると、やはり「ロースカツ」が圧倒的に多い。
耳を澄ましたつもりだったが、「カキフライ」は私ひとりのようだ。
200円の価格差ゆえか、それとも「カキフライ」ならもっと旨い店があるのだろうか。
心が千々に乱れるとは大袈裟だが、かすかな不安が生じていたことは確かだ。
だがその不安も、カウンターに座り私のものらしいパン粉の小さな塊を見出すまでのこと。
思いのほか大きい塊が5つ、大きな鍋から抓み上げられて来る。
既に用意された千切りキャベツの上に丁寧に置き、辛子とタルタルソースをチューブから絞り出す。
うーむ、市販のタルタルソースは少々残念だが、この価格なら止むを得ないとするか。
5つの牡蠣に蜆の味噌汁にどんぶり飯で950円ぽっきり、税もチップも不要。
文句を言ったらバチが当たるだろう。
最初の牡蠣を箸で抓み上げ、タルタルソースをなすりつけて口に運ぶ。
やはり少々甘い。
そもそも私はマヨネーズと言う調味料があまり好きではない。
自分で料理をする時、ポテトサラダには止むを得ずマヨネーズをかけるが、それもごく少量だ。
出来得るならば、ここはマヨネーズではなく和食の「黄身酢」を添えて欲しかったところだ。
いやいやそんな贅沢が言えるほどの高額料理を食べているわけではない。
思い直して、次は卓上のソースをかけてみた。
さらに言えば、私はこのトンカツソースもあまり得手ではないのだ。
この2つにトマトケチャップを加えれば、「私の嫌いな3大調味料」勢揃いになる。
だが今はそんなことは言っていられない。
それにソース味のカキフライは、タルタルソースよりはずっと飯に合う。
そして、キャベツにはやはりこのソースが最適だろう。
そして肝腎の牡蠣の味だが、からっと揚がった衣と相俟って、松島か広島かは分らないが潮の香りを感じさせてくれる上々の揚がり具合だ。
「ロースカツ定食に、牡蠣を一つつけて下さい」
人心地ついてちょっと箸を休めたところで、そんな注文が耳に入って来た。
ふーん、此処はそんな細かい注文も受けているのか。
であれば、メニューにある「アジフライ 一つ190円」なども頼めるんだな。
多少身構えて入ってみたとんかつ屋ではあるが、実態はごくごく気安い町の「飯屋」だったらしい。
とは言え、前回「ロースカツ定食」ひとつで他の客よりも随分遅れて食べ終えたのだから、そんな注文をするにはまだまだ経験を積まなくてはならないようだ。
言うなれば、「とんかつ屋 初心者篇 第2部」に進んだばかりなのだから。
それでも勘定を終えて出て来た私の姿勢に、「とんかつ屋 ベテラン篇」の片鱗くらいは垣間見えたかも知れない。
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