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今回の日本帰国の目的の一つに、「新豊洲市場」をこの目で見たいという希望があった。
私が築地に行くようになってもう30数年になるが、毎回競り場を見、次いで場内の中卸店を覗くのが行程に入っていて、その後場内の食堂で遅い朝飯かまたは早めの昼飯をしたためるのが締め括りになっていた。
それは時には寿司であり、魚の煮付けであり、天麩羅であった。
築地に通い始めた頃はどこの店もそこそこに込んではいたが、行列を作って長時間待つなどということはなかったし何処か他で間に合わせることも出来た。
そして銀座で飲んだ帰りだろうか、ホステスと思しき女性を連れたビジネスマン風が寿司屋で〆の寿司を食べている光景に出くわすこともあった。
私にしても若さもあったろうが、時には朝まで吞んでそのまま競り場を覗き、そして早朝の仕上げの飯を喰ったりもしていたのだから、似たり寄ったりと言われても仕方がない。
そういう無茶が出来なくなってもう十数年経つ。
競り前の品物を見たいなら4時過ぎには行かなくてはならないが、これに間に合わせるのはなかなか難しい。
「競り」と書いたが、実際に競られて価格が決まるのは、現在では所謂「大物」と呼ばれるマグロ、カジキ類とウニの2種類しか残されていない。
その他はどうしているかと言えば、品物を受ける大卸(荷受とも呼ぶ)と出荷者で大まかな話し合いをして事前に価格を決めておくのが普通だ。
それでは「慣れ合い」ではないか、という批判が聞こえて来そうだが、現在の中央卸売市場が扱える数量とそれを切り回す各社の従業員の労力を考えれば止むを得ないと誰もが考えている。
若し全ての魚の価格を競りで決めるとすれば、まる1日かけても競りは終わらないことになり兼ねない。
その2種類にしても時間内に終わらせるのは非常に難しく、競り残しを馴染み客に頼んで引き取ってもらう、などという競りの後のやり取りは日常茶飯になっているらしい。
この2種類にしても限られた時間内に終わらせるためには、定時に始めて時間内に終了させることが必要だ。
だから競りを見たければ時間に遅れないように競り場に行かなければならない。
競り場に一番近い宿泊施設は、市場の前にあるビジネスホテルか市場の中にある施設に泊まるくらいだが、そのどちらも部屋がタバコ臭くてとても安眠できるとは言い難い。
で、何時の間にか7時過ぎにちょっと顔を出す程度のものになってしまった。
何のことはない、朝飯を食べに行っているのと大差はないわけだ。
しかもここ数年は、まさに単なる「朝飯客」そのものになっていたし。
豊洲市場の大体の場所の見当はついてはいたが、そこに行くルートは未だ知らなかった。
新橋に着いて汐留口に出て、私は2人連れの警察官に尋ねることにした。
「それは1番のバス停から豊洲行きに乗って下さい」
ニューヨークのポリスとは全く異なる丁寧な言葉遣いで、彼は私に答えてくれた。
探すまでもなく1番の停留所はすぐ近くにあった。
ややあってやって来たバスに乗り込み、後はバスに連れて行かれるのを待つだけ。
どうやらこの路線は以前「築地市場行き」だったようで、見慣れた築地4丁目から勝鬨橋を渡る。
流石に新しい市場へ行く路線だけあって、結構混雑しているようだ。
それでも都合40分ほどで終点「豊洲市場」に着いた、
すでに10時に近く、市場の建物のそこかしこにはかなり大勢の人影が見える。
グレーっぽい4,5階建てのビルが幾つか建ち並び、だが此処からは何の建物かの見当はつかない。
とり合えず少し纏まった人の群に混ざって手近なビルに行って見ることにした。
この群は主として外国人用のツアーらしく、ガイドのような女性が英語で説明をしながら歩いて行く。
だが考えてみるとこの時間帯なら、もうほとんどの競りも中卸店の営業も終わっているはずだ。
巨大なマグロが競りにかけられる場面を期待してやって来た人たちには気の毒だが、そのマグロたちは既に解体されて中卸店で売られているか、既に客に買われて運ばれているか、なのだ。
ビルに入った辺りで、私はこの集団と別れて最上階の商店街に向かった。
以前は固まっていた商店や飲食店は、此処では幾つかのビルに分散されている。
だから、狙って来た寿司店の行列が長過ぎても急遽別の店に目標を変えるのは簡単ではない。
まして以前は場内の店が駄目なら場外の店にシフトすると言う手もあったが、今ではそれも出来ない。
まあ半年くらいは試行錯誤が続いて、出るべき不満も全て出て、どうにか落ち着くのではないか。
しかし景気が下向いている水産業界の最前線を死守している中卸店には、かなり厳しい試練の数年だろう。
私が知っているだけでも数十軒が廃業したり倒産したりしているし、廃業の大きな理由は後継者不足だと言う。
後を継ぐ2代目3代目が安定した大企業に雇われてしまえば、親の権限で店を継がせられる時代ではない。
そもそも水産業というビジネスが根底からぐらつき始めているのだから、何を言っても説得力が無い。
生産者―漁協―魚市場(大卸)−中卸―小売業、飲食業 という明治大正昭和と先人たちが築き上げたルートを後生大事に守り続けて来たツケが廻って来たとも言えるし、獲れるのを良いことに好き放題に魚を捕って来た旧来の漁法が自らの首を締めた、とも言えそうだ。
所謂「栽培漁業(養殖)」の生産量が世界的に急激に伸びたこともあって、水産物総合計では中国の8,152万トンが群を抜いており、日本は世界7位の434万トンに留まっている(2016年)。
内水面栽培漁業(地上での養殖)での日本の技術は高く評価されているが、世界市場に売れるものより国内価格が高い産品を製造する傾向が強く、その辺りがこの産業の将来を占う面で問題なのかも知れない。
だが欧州を市場と考えた場合、養殖鮭の輸送価格はノルウェーよりずっと高くなるし、アメリカと看做せば南米のチリの優位は動かないことが分るだろう。
だからどうしてもそんな諸経費を含めた価格が期待出来るような、国内需要の高い商品に向かうことになる。
鯛をはじめ、ハタやクエなどの高級魚の養殖が盛んになるのは無理からぬことと言えそうだ。
だが高級魚を養殖したからといって、それが期待通り高値で買われるかどうか、難しいところだ。
養殖の魚の価格が上がれば、その魚種の天然物の価格はさらに一段高くなることは必定だ。
某大学が成功したホンマグロの完全養殖にしても、天然を凌ぐとは誰も言わない。
鯛であれ鰤であれ、話は全く同様だろう。
新しい市場は以前と異なって各部門は結構離れており、慣れるには時間がかかりそうだ。
さらに新しく出来たビルだが、その薄いグレーの外観はあまり明るい印象ではない。
旧市場では長屋風に纏まっていた商店群も、此処では幾つかの棟に分けられている。
多くの外来客が求めている食堂も4つ5つの棟に分散しているから、先ずその店を見つけなければならない。
人気の中心は、やはり寿司を筆頭に生鮮魚介を提供する店のようだ。
顔触れを見ると、以前聞いたことも無い店が幾つか混じっている。
移転を契機に廃業した店の代わりに新規開店した店なのかも知れない。
私も何か食べたいと思ったが、旧市場で人気だった店には此処でも長い列が出来ている。
それでも以前は3,4時間待つこともあったらしいが、この様子なら1時間程度だろう。
と言っても、私には1時間以上待つ気はない。
昔1,2度行った天婦羅屋を探すことにして、壁の場内地図を眺める。
ぽつんと離れた棟にはたった4軒しか店が入っていない。
以前大人気だった寿司店とその天婦羅屋と蕎麦屋。
エレベーターに乗って一階に下って、試行錯誤の末やっと天婦羅屋に辿り着いた。
私の前には一組のカップルがいるだけ。
店の表には待ち客用の椅子が幾つか用意されていた。
中を窺うと一応満員だが、それほど待たされる様子ではない。
表にでは看板にはメニューが出ている。
「天丼 1300円」「芝海老穴子天丼 1600円」「大海老天丼 1600円」などとある。
神田新橋辺りのサラリーマン相手の店とすれば高いが、銀座と較べれば似たようなものか。
築地の場内店は高い、と良く言われていたが、それは彼らが本職の板前や魚屋を客筋として持っていることに最大の理由があったことは知られている。
「プロ相手に変なものは出せない」「一流料亭の職人だって来るんだから…」
そんな矜持が各店にあったかどうかは別として、流石に不味いと言われる店は無かったように思う。
中には「煮魚定食」で5000円という店もあったが、そこそこに客はついていたらしい。
その店はこの豊洲に移転して来たが、新しい店のメニューは「お任せ 10000円」のみというから驚く。
試してみたい気はするが、やはり躊躇してしまうのは当たり前だろう。
しかし最高の食材を取り揃えた朝昼兼用の食事とはどんなものか、垣間見るだけでも悪くはない。
妄想に耽っている間に、私の席が空いたらしい。
流石に開店したばかりの店だけあって、全てが新しく清潔感がある。
だが、ちょっと角度を変えて見ると東北大震災後の仮設店舗という感がないでもない。
天婦羅屋なのに油の香りがしない。
板場の店主もサービス担当の女将さんも、未だ何処と無くよそ行きの雰囲気が抜け切れていないようだ。
私は「芝海老穴子天丼」を頼み、缶ビールを1本追加した。
私の席は壁に向かっているが、背後の4人掛けの3つのテーブルはゆったりとしている。
以前のこの店の狭苦しさを思い出すと、やはり何か違和感が拭えない。
どんな老舗でも内装も外装も変わってしまえば、その店らしさを取り戻すには時間がかかるものだ。
まあ最低でも2,3年はかかるのだろうな、と私は芝海老を齧りながら考えた。
有り難いことに食べ物に違和感はない。
流石に築地場内で数十年生き抜いた店だけのことはある、と褒めたいくらい。
この次又この店に来ることがあるかどうかは分らないが、満足したことは確かだ。
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