還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「カルタ取り」最終戦

ニューヨークの正月は1月1日だけと言っても良い。
2日になれば、街中は普段同様のスケジュールで動き始める。
公共機関も開いており、お祭り気分など微塵も見られないし人々の表情もクリスマス以前に戻っているようだ。
日本から来たばかりの人にとって何となく淋しいものらしいが、一人で浮かれているわけには行かない。
確かに私が子供の頃、日本では「松の内」と呼ばれる7日間は未だ正月の尻尾を引き摺っていた。
街でもあちこちで「新年会」があり、言うなればお屠蘇気分から抜け切っていなかったのだろう。
今の日本の「松の内」がどうなっているか、私には良く分らない。
正月の祝いからして放棄して旅行に行ったりするくらいだから、正月気分などはあっさりと消えてしまいそうだ。
それでも旧来の仕来りを守っている地方都市も少なくないようだから、正月に関しても守旧派と革新派がせめぎあっていると見ても間違いではないだろう。
何もしないで家を留守にする人もいれば、数日かけて正月料理を用意する人もあり、そこまではしないが料理屋やデパートあたりから「おせち料理」のセットを買い込んで形を作る人は中間派とでも言おうか。
私もニューヨークでその中間派的な正月をささやかに祝って来たが、この数年はそれも隠居状態。

「正月」と言えば、「おせち料理」や飾りつけなどを想起する人も多いだろうが、実際にはそれ以外の諸々もある。
「初詣」は、行事を何もしない人でも気軽に出かけるようで、大きな神社などでは数十万の人出があると聞く。
目立って廃れたのは、会社の上司宅への「年始」や子供たちの「凧揚げ 羽根突き」辺りではないか。
私が子供の頃は「独楽まわし」なども正月の遊びだったはずだが、これは真っ先に消えて行ったような気がする。
「百人一首」の「カルタ取り」もあまり見なくなったようだが、不思議なことに時々テレビドラマの題材などに取り上げられることもあって、根強い人気があるそうだ。
「日本一」を争う大会などもあり、男女別に覇を競っているらしい。
と言っても、明治時代の尾崎紅葉が「金色夜叉」で描写した、若い男女の出会いの場という風情は最早無い。
ただ、中学や高校にクラブがあって、カルタを取るスピード比べといった競技に変貌している。
彼らは自分が取ったカルタの歌の内容などはほとんど分らないままに、単純に速さを競うことを楽しむらしい。
だから当然のことながら、藤原定家が万葉集以来400年余に編纂された歌集から選び抜いた秀歌を味わうなどということは先ず有り得ないだろう、と思えば一抹の淋しさもある。
勿論それでも、この歌集が忘れ去られることを考えれば、人の口の端に上るだけでも充分価値はあると言える。
18世紀後半の江戸期に「ちはやふる」という落語のネタに取り上げられたことでも、大衆の中にこの「百人一首」が溶け込んでいたことが分るし、庶民の教養の高さも理解出来そうだ。

私はニューヨークで、正月には「百人一首」の集まりに参加していた。
友人のHさんの自宅で、幾人かの経験者たちが集まってカルタを取りあう遊びを30年近く続けただろうか。
駐在員の奥さんなども参加していたが、4,5年で日本に帰ってしまう。
結局、最終的には永住者が中心になって細々と続けていた、というのが実情。
若い人に声をかけても、積極的に加わって来る人はほとんどいない。
言い方は悪いが、供される食べ物や酒に釣られて来るのだから、本気でカルタを楽しむわけではない。
またまた年長者だけでカルタを取り合うことになってしまう。
そういう経緯の積み重ねで、そのメンバーの中の主要人物が2人病没し、この7,8年カルタの集まりはほとんど行われなくなってしまった。
私も稀に日本に帰ることはあっても正月というタイミングではないし、カルタが出来るのは母と2人の姉だけだからほとんど組み合わせが成り立たないことになる。
それやこれやで、もう10年ほどカルタの札に触ってもいなかった。

そのHさんから、「亡くなった妻の7回忌をやりたい」、というメールが来た。
彼女はそういう集まりの中心人物でもあったから、その死後積極的にかるたや麻雀などの人集めをする人がいなくなったことも全てが低調だった理由でもある。
「出来れば、彼女が好きだったことをやって偲びたい」、というHさんの意向もあって久々のカルタ会がセットされることになった。
セットされた、と言っても参加者がいなければ集まりは成立しない。
指折り数えても、カルタを取れるのは3,4人しか集まらないのではないか。
カルタには「読み手」という、歌をちゃんと詠める人が不可欠で、その人はゲーム参加者以外ということになる。
つまり一つのゲームが成り立つには、最低でも3人が必要というわけだ。
亡くなったHさんの奥さんや、芸達者だった新聞記者の故Yさんがいた頃は結構な組み合わせが出来たのだが、今ではハワイにリタイアした人や日本に帰った人たちも缺けてしまったのだから、心許ないこと夥しい。
とは言え、故人を偲ぶという目的で企画した集まりだから、泣き言を言っても始まらない。
まして、私には日本に帰るという計画があり、そうなればこれが彼らとの最後の機会になるかも知れない。
であれば、数云々ではなく、何とかこの会を成立させなければならないことになる。

10年近く離れているのだから、私の「百人一首」の知識は随分頼りなくなってしまっている。
このカルタは、詠み手が上の句を読み出してからどれだけ早く下の句を探り出して目の前に並べられた札を取るかにかかっているのだが、そのためには自分の取り札を自分にとり易く並べなければならない。
その方策の第一は、下の句(取り札)を並べる時に上の句で並べる技術が必要だ。
「千早振る 神代も聞かず 竜田川 からくれないに みずくくるとは」という在原業平(ありわらなりひら)の有名な歌を例に取れば、上の句は「千早振る 神代も聞かず 竜田川」であり、下の句は「からくれないに みずくくるとは」であって、詠み手は「ちはやふる…」と詠みはじめるから、そこで「からくれないに…」に手が伸びれば良いわけだ。
つまり、上と下の句を憶えていればそれが可能になる。
私も小中学生の頃は、歌や歌人の名前を結構憶えていたのだが、その記憶は年々薄れている。
それでも西行、在原業平、小野小町、紫式部、清少納言など、歌以外でも名を知られた人たちの作品は憶えてしまえば中々忘れることはないようだ。
ただこの歌集が成立したのは13世紀初頭らしいが、中味はそれ以前400年の詩歌集から選り抜かれている。
藤原定家が完成させた頃は鎌倉幕府時代だから、当然それ以前の平家の歌人のものは少ないし、源氏を名乗る歌人の歌はそれなりに選ばれているあたりに選者の立ち位置が感じられるようだ。
だが流石にと言うべきか、幕府に刃向かって敗れた2人の天皇の歌はちゃんと2首選ばれている。
隠岐の島に流された後鳥羽天皇の
「人もおし 人も恨めし あじきなく よをおもふゆへに 物思ふ身は」
、とその第3皇子で佐渡に配流された順徳天皇の
「百敷や ふるき軒端の しのぶにも なをあまりある むかしなりけり」
、であるが、全部で8首選ばれた天皇の歌のうち2首を承久の乱で破れた天皇が占めているあたり選者の定家の腐心の跡が垣間見えるようだ。
「紅旗征戎わがことに非ず」とは定家が白楽天の詩から借用した文言だが、「権力を争う戦いには、何の関心も無い」と言って憚らなかった定家も、彼の庇護者であった後鳥羽天皇の歌を選ばないわけには行かなかったのだろう。

百人の歌人から1首づつ選んでいるのだが、全てがその代表作というわけではない。
例えば西行法師には、「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ」、という余りにも有名な歌があるのだが、歌集の流れから言えばこの歌が入り込む場所が無かったというところだろう。
「鎌倉右大臣」という名で選ばれている源実朝からは「世の中は つねにもがもな なぎさ漕ぐ あまのをぶねの 綱手かなしも」であって、有名な「時により すぐれば民の なげきなり 八大竜王 雨やめたまえ」ではないのも同じような理由によるものだろう。
そんなエピソードが分ってくればそれなりに興味も湧いて来るのだが、カルタ競技は一部で行われていても、その歌を噛み砕いて味わうという機会が少ないのは残念というしかない。
「『この味がいいね』と君が言ったから 七月六日はサラダ記念日」、ひと頃持て囃された女流歌人の歌だが、それがそれ以前の万葉集、古今集、新古今集へと繋がって行くことはなかった。
口語体の歌が悪いとは思わないが、文語体の歌を賞玩する糸口になれば日本語の再生にも役立つのではないか、と思うのは私だけではないだろう。

ニューヨーク最後のカルタ会だが、さてどんな運びになるか。
かなり頓珍漢な競技になることは仕方がないだろう。
未だメンバーさえ分っていないのだが、故人のためにも盛会であることを祈るばかりだが。


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