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私がニューヨークに来たのは1976年だから、43年の昔だ。
「昔は寒かった」、私同様数十年この街に住んでいる人たちは決まってそう言う。
私もそう思い信じていたが、このところその考えが些か揺らいで来たような気がする。
40年前も寒かったが、30年前20年前もそれなりに寒い日々を過ごしたように思う。
ひょっとすると、「地球温暖化」というフレーズが頭に刷り込まれた所為かも知れない。
私の場合を考えると、年中摂氏20度前後の赤道直下の国に1年半住んだ後にアメリカに来た。
そこへ青森県と同じ緯度のニューヨークの冬に遭遇したのだから、ひと際寒く感じても不思議ではない。
さらに、住んでいた場所にも因るのではないか。
私のニューヨーク最初の棲家は、築100年の5階建て、エレベーター無し、暖房は部屋のみのアパート。
その後マンハッタン、クイーンズと移り住んだが、そのどちらも全館暖房プラス各部屋付属の冷暖房機能。
要するに、住居を変えれば冷暖房機能もそれにつれて変わって来た、ということになる。
まあひと口に言えば、寒暖に関して断定的に言えるだけの裏打ちがないのだ。
とは言え、やはり寒いことに変わりはない。
そういう点で言えば、このアパートに付属しているジムとプールは実にありがたい存在ということになる。
ジムにはサウナとスチームバスがあるから、その2つを行ったり来たりしている親爺もいるし、プールサイドのジャクージーに小1時間以上浸かっている小母さん連も多いようだ。
私は長い間、このジムのプールで泳ぐことだけに専念して来た。
以前他のジムでトレーニングの器械を弄り回した結果肘を痛めてしまい、それ以降プール以外に関心が無くなり泳ぐことに集中して来たわけだ。
だが、今回は筋肉の訓練の必要に迫られて器械によるトレーニングを始めた。
私は体内に炎症がある、という医師の診断でステロイド内服薬を呑み続けている。
「リューマチ性筋痛炎」ということらしいが、原因も炎症の箇所も不明のまま。
ステロイドを呑み始めて、既に2年半が経過した。
「結構長くかかることもあるからね」、と言われてはいたが、確かに気の長い投薬期間だ。
まあその間に肺炎で2週間入院し、ステロイドとは全く逆方向の効能をもたらす抗生物質の点滴を受けたことで、拮抗する2つの薬のせめぎあいが何らかの影響を及ぼしただろうことは間違いないだろう。
それにしても、である。
ステロイドは徐々に減らしながら最終的にゼロにするのが私の医師の計画だったのだろうが、その間赤血球の減少などの予想外のトラブルもあって、ステロイドの量は減らしたり増やしたりの繰り返しで、今は1日12mgになっている。
ひと頃1日7.5mgまで減らしていたのだから、言うなればぶり返したことになるのだろう。
そして、階段を上るような肉体的な作業での疲労度はほとんど改善されていない。
そのために、毎日のトレーニングにジムの器械を取り入れることにした。
一昨日、ジムのオフィスからメールが送られて来た。
「ジムの天井に問題が生じたので、補修のため暫く器械ルームを閉鎖します。 再開は4月初旬になる予定です」
おいおい、今まで使わなかった私がさてこれから、という時になんてこった。
プールや卓球、ビリヤードなどは問題なしということだが、ジムはちょっと問題だろう。
私のような、プールがほとんどだったメンバーにとってはこの閉鎖は大した問題ではないだろうが、ジムにだけ通っているメンバーも少なくないはずだ。
会員費は毎年10月に一括に徴収しているが、当然返還なり値引きなりの要求は出て来るのではないか。
と思っていたら、翌日新たなメールが送られて来た。
「このジムの経営は非常に苦しい状況なので、値引き、返還は一切考えていません」
「申し訳ないとは思いますが、何卒ご協力下さい」
敵もさるもの、先手を打って来たようだ。
だが、これで全員が納得するのだろうか。
此処には2棟のアパートがあり、1棟に500世帯で合計1000世帯が住んでいる。
勿論全員がメンバーであるはずはないが、まあざっと半分程度ではなかろうか。
そのうち半数近くはマンハッタンに通勤しているビジネスマンだろう。
彼らは、出勤前か帰宅後にジムでトレーニングに励んでいる。
そういう連中が「器械ルームの天井が壊れたので2ヶ月強休みますが、会費の返還は出来ません」、というメールで大人しく諦めるだろうか。
さらに残り500世帯の半分以上はリタイアしたカップルだが、彼らだって健康な老後のために少なからぬお金を払ってメンバーになったジムを2ヶ月間も休めるだろうか。
と考えていたら、さらに新たなメールが舞い込んで来た。
「ジムの器械のうちの幾つかは、エクササイズルームに移して使えるようにします」
「また、ちょっと離れていますが同じようなアパートにあるジムを使えるよう交渉しました」
「1回に10ドルをお支払い戴かなくてはなりませんが、それは各自のご負担になります」
オフィスも色々苦労しているようだが、どれをとっても「これだ」、というようなアイデアではない。
メンバーの中から音頭とりの得意な人が出て来て、ある程度の賛同者を募って交渉を始めるのではないか。
若し、法律的な問題に持ち込まれたら、ジム側に勝ち目は限りなく薄いように見える。
ただ問題は、このジムのオフィスにはそういう専門業者を雇っているというところだ。
彼らが契約を打ち切って引き揚げてしまったら、事態はさらに悪くなるしかない。
私はこのアパートを数ヶ月以内に引き払う予定でいる。
そういう点から言えば、半分くらいは傍観者の立場だ。
だが、それまで頑張って続けるつもりでいた脚のトレーニングには、大きな番狂わせではないか。
別に会費の返還は求める気はないが、私の意気込みはどうしてくれるのか。
帰国までにまともな身体に戻っていたい、というささやかな願いは叶えられないのだろうか。
タイミングが悪過ぎる、と嘆かざるを得ない。
とは言っても、時間は容赦なく過ぎて行くものだ。
日本に帰るまでに、出来うる限りのリハビリを続けなければなるまい。
そう考えて決意を新たにしたのだが、その出鼻を挫くような状況になって来た。
一大寒波の襲来である。
今は朝の5時だが、外気温は摂氏マイナス16度、そして日中はマイナス9度だという。
そして明日も似たような気温が続くのだそうだ。
こういう場合、何もせずに厚着で室内に籠っているのがベストのはずだ。
だがそれではリハビリにならない。
と言って、プールに飛び込むには気温が低すぎるのではないか。
右せんか左せんか、年はとっても悩みは尽きない。
まあ、こういうことで悩んでいる間は惚けないのだろうから、それも良しとするか。
いや、こんなことで愚痴っている辺りが、惚けの始まりではないのだろうか。
とりあえず、室内でストレッチからでも始めてみようか。
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