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ヒラリー クリントンが、「これから先、選挙に出ることはない」と公式に表明した。
彼女の回顧録の出版の一環としてテレビに登場しての言だから、一応信じて良いのではないか。
これで彼女の長かった大統領を目指す戦いは終わりを告げた、と言えそうだ。
私は彼女のファンではないが、一つの時代の終焉を感じないわけには行かない。
彼女くらい出る度に本命視されながら、最後に打っちゃられて苦杯を呑まされた候補はいない。
選挙の度に「自分は大統領になれる」、という確信を持っていただろう。
勿論本人ばかりでなく、世界もそれを信じていたのではないか。
でありながら、大方の予想を裏切って彼女は負け続けた。
その敗因については色々言われているが、なるほどと思わせるものは少ない。
彼女が初の女性候補だったことを挙げる人もいるが、それだけではないだろう。
オバマは初の黒人候補で、黒人が大統領になるのは未だだいぶ先のことだと思われていた。
それが何時の間にか形勢を逆転し、彼の流れを作ってしまった。
油断と言えば油断だろうが、大統領選挙を戦おうという候補者やその支援者が情勢の判断を間違えるなどということがあり得るのだろうか。
私は彼女が眦を決して叫んだ「Shame on you, Barak Obama (オバマよ、恥を知れ)」という一言が、それ以降の全てを変えたと考えている。
「綸言汗の如し(一度口から出た言葉を引っ込めることは出来ない)」そのままだと言えそうだ。
彼女は予想外にオバマの国務長官になって、4年間を勤め上げた。
アメリカの国務長官は、「Secretary of state セクレタリーオブステイト」が正式名称だが、その職責はほとんど他国の外務大臣と変わらない。
その多忙さは衆目の知るところで、任期中の飛行距離は恐らく世界でも1,2を争うのではないか。
それだけが理由ではないかも知れないが、大統領の任期2期8年を勤め上げたのは、ロナルド レーガンの国務長官だったジョージ シュルツの1989年が最後で、それ以降は全て1期4年で交代している。
ヒラリーが1期4年で退任した時、彼女の動向は色々と囁かれた。
次の大統領選挙に意欲ありという見方も勿論あったが、彼女の年齢も悲観材料だった。
2016年の選挙に出れば彼女は69歳の候補者になり、2期8年と考えれば77歳になってしまう。
「ヒラリーは終わった」という囁きもあったが、彼女には強力な親衛隊がついていた。
「ヒラリーを大統領に」という合言葉で結束したグループは、時には派手に時には地味にヒラリーを担ぎ上げる運動を続けており、一度の敗戦ではへこたれてはいなかったようだ。
そして、オバマの任期が切れる1年以上前から、民主党の次期大統領候補はヒラリー クリントンで決まり、という暗黙の了解のようなものが出来上がっていたようだ。
その空気に押されたのかどうかは分らないが、ヒラリーの対抗馬と目された民主党の有力者は早々と戦線を離脱し、最後に残ったのはバーニー サンダースひとり。
サンダースはヒラリーに勝つチャンスはまずないと思われていたし、むしろ撤退の時期が取り沙汰されていた。
だが彼は望みの薄い戦いを持続し、ある意味ではこれがヒラリーの敗因のひとつかも知れない。
最終的にサンダースが敗北を認めクリントン支持を表明したのは7月であり、ヒラリーはそれまではサンダースとトランプ双方を対抗馬として戦って来たわけで、そのエネルギーは馬鹿にならないだろう。
それでもその7月頃まで、ヒラリーは以前最有力と看做されていた。
ただ彼女にとって不運だったのは、戦いの相手が普通の政治家ではなかったことだ。
政治家でないだけではなく、弁護士でも社会運動家でもなかった。
つまり、全く未経験の相手と外交を論じ政策論争をしなければならないわけだ。
そしてドナルド トランプは、言うなれば八方破れの候補者であり、負けても失うもののない立場。
本気か出任せか分らないことをまくし立て、個人攻撃をも厭わない。
外交に関しても実現不能のようなアイデアをぶち上げ、煙に巻く。
不法就労の外国人を追放してアメリカ市民の職を取り戻す、などという訴求対象を絞った公約を次々と並べ立て、はっきり言えば日本の弱小政党が総選挙の時に持ち出すような耳に優しい言葉を囁くのだ。
何でも並べてみて、それで勝ったらその時はその時、と言えば一番分り易いだろう。
何十年いや何百年とアメリカ市民は多くの政治家を見て来た。
無能有能の差こそあれ、少なくともトランプのような絵空事を垂れ流す候補者は見たことがなかっただろう。
そして、その支離滅裂ぶりに狂喜する階層がアメリカには結構いたようだ。
アメリカ映画を見慣れた人なら、映画の善玉に金髪はほとんどいないということを知っているだろう。
その代わり、悪役には圧倒的に金髪若しくはプラチナブロンドが多い。
金髪ブルーアイと言えば、美女の代名詞のようなもの。
だが男はそうは行かない。
「007 ロシアより愛をこめて」という映画があったが、ダークヘアーのジェームスボンドに配するに抜けるようなプラチナブロンドの凶悪な敵役が出ていた。
そして、アメリカの大統領にも金髪は非常に少ないのだ。
考えてみれば、人は金髪に憧れるが反感も持ちやすいということではないだろうか。
だがドナルド トランプは、奇妙な髪型ではあるが金髪だ。
私は、彼の髪の色を見たとき、勝ち目はないと思った。
だが共和党のダークヘアーの対抗馬たちは次々と脱落して行く。
そこら辺で、私にもこの選挙戦の不可思議さが感じられたのかも知れない。
アメリカの大手メディアも日本の新聞やテレビも、クリントンで楽勝という予測で記事を書いている。
というより、ビジネス界にいたトランプという候補者の資料をほとんど持っていないのだろう。
それも不動産業界だから、外国との取り引きもほとんどない。
8月頃までは、ヒラリー楽勝という読みが圧倒的だったように思う。
実のところ、ヒラリー自身もそう考えていたのではないだろうか。
最後まで戦いを止めなかったサンダースを、7月で振り切った。
後は民主党の大票田を固め、共和党との接戦州を重点的に攻めて行くという青写真。
実際はこの時期、既にかなりの州がトランプに奪われていたようだ。
その主力は中流から低所得の白人層であり、さらに共和党支持の大企業の株主やオーナーたち。
親トランプというより反ヒラリーと呼んだ方が正しいかも知れない。
過去数十年、アメリカは他国の紛争に介入して膨大な軍事費を消費して来た。
湾岸戦争の日本のように金を出す国もないではなかったが、ほとんどはアメリカ任せ。
近代戦争はとにかく金がかかる。
アフガニスタンのタリバーンのように岩穴に潜り込んでいる連中に高価な爆弾を振り撒いても実効は少ない。
自軍の兵士を失わない代わりに、金だけはどんどん出て行く。
ビンラディンを襲撃して殺害しても、タリバーンの自爆テロがなくなるわけではない。
末端が散らばってゲリラ活動やテロ行為が各処で起こるだけだ。
低収入に喘ぐアメリカ市民にとっては、海外での戦争は無意味なものでしかない。
一見夢物語のようなトランプの公約が、一縷の希望のようにさえ見えて来る。
「メキシコの国境に高い壁を立てて、不法入国者を一歩も入れない」
トランプは言いたい放題をぶちまけるが、ヒラリーはそれに付き合うわけには行かない。
選挙前の9月頃になると、言った者勝ちという様子さえ見えて来た。
ヒラリーも白人低所得者層に訴える公約を持ち出したが、少々遅過ぎた。
結果はご覧の通り、世界から見れば大番狂わせでありトランプに言わせれば予定通り。
とは言え、トランプにも恐らく最後まで勝利の確信はなかっただろうが。
決まった瞬間、彼の脳裡には選挙中垂れ流した実行不可能な公約が浮かんでは消えていただろう。
だが、それを「困った」と考えるメンタリティはないだろうから、「何とかなる」程度だったのではないか。
それは企業経営者の感覚だというしかない。
1992年、ビル クリントンの大統領就任以来、24年に亘ってヒラリーは話題の中心だった。
「最もパワフルな女性」であり、「世界でもっとも尊敬される女性」であり、「アメリカ最初の女性大統領になるべき人」であり、世界で最も有名な人物でもあった。
大統領にこそなり損ねたが、あれだけ世界の耳目を集めて来たのだから、今が退きどきだろう。
と多くの人は考えるだろうが、私は未だ完全に得心していない。
ひょっとすると2年後、彼女の名前は民主党の候補の一人に載せられているかも知れない。
若しそうなればオリンピック開催中、世界の注目は東京ではなくヒラリーに向けられるのではないか。
結構強力なライバルになりそうな気がしないでもない。
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