還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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ニューヨークはラーメンブームが続いているようだ。
私も幾つかの店を試してみたが、価格との釣り合いが取れないのに嫌気がさして今は行かない。
流石に全店一律に同価格では共存出来ないのに気づいたのか、下げる店も出て来た。
と言っても税金とチップを入れて20ドルでは、原価と比して高過ぎる。
まあそこら辺が、安定期に入った気配はあっても新規参入が後を絶たない理由だろう。
ブーム第一号の寿司は、全てにコストが高かった。
店内は和風に設えなければいけないし、食器も日本製を取り寄せ、ウェイトレスに着せる着物だって安物にしても一応取り揃えなければなるまい。
さらに、自分が握れれば別だが寿司職人を雇わなければ店は開けられない。
つまり投下資本が馬鹿にならないのだ。
そしてこの2,30年、マンハッタンの家賃は高騰し、さらに追い討ちをかけるように賃貸期間がせいぜい10年、長くて15年辺りで頭打ちになり、回収すら覚束ない状況になって来た。
今新規に開店する寿司店は多くはないが、聞いてみると日本からの投資がありそこそこの期間は持ち堪えられる程度の経済的裏打ちがある店のようだ。
そしてほとんどが内装にも金をかけており、高級客が目当てとわかる。
勿論それで成功するという保証は何処にもないが、少なくとも開店準備に時間がかかり過ぎて結局諦めた、というような話は聞こえて来ない。

一方、ラーメン店にはそういう大きな投下資本は要らない。
内装が和風である必要はないし、従業員は南米系の若者で充分だそうだ。
食器にしても、こちらの食材供給会社のもので充分間に合う。
問題は高い家賃ということになる。
だがそれも食品原価率10〜15%程度で済むなら、よほど暇でない限り利益は出て来るはずだ。
ただ最近の無料日本語新聞を見ていると、「ラーメン職人募集」が増えて来ている。
私にはこれが分らない。
ラーメンというのは、素人が何処かの店で数年程度修行してから始めるものではなかったか。
つまり最悪の場合でも、自分と女房とで頑張れば何とかなる、程度のものだったように思う。
こういう求人広告を見ると、高い利益率に目が眩んでいるような気がしてならない。
ラーメン店で出すものは、ラーメンの他にはビール、餃子、枝豆程度。
そのどれもが、売価は低いが仕入れはもっと低いものばかり。
言い方は悪いが、どう転んでも儲かるようになっているはずだ。
それでも閉店する店が出て来、値下げに踏み切る店が幾つもあるということは何処かで齟齬を来たしている。
ラーメンの将来は、最早明るいばかりとは言えないようだ。

そもそも寿司が流行り出して、すぐに蕎麦店がオープンした。
これは日本の老舗の身内が始めたもので、言ってみれば本格的な日本の蕎麦屋。
オープン早々から満員が続いたこともあって、第二の寿司になるかと思われた。
事実日本から乗り込んで来た高級店は蕎麦以外に刺し身などのつまみを充実させ、接待にも使える店を目指しているように見え、そこそこ上手く滑り出すのではないか、と思われた。
又、マンハッタンで幾つかのレストランを経営している人も手打ちが売り物の蕎麦店を開いた。
この店は大学が近いこともあり近隣のインテリ層の興味を惹きつけたようで、これまた行列が出来る賑わい振り。
蕎麦が大きなブームを巻き起こすか、と見ているうちに、商売大繁盛の店が日本での支店経営のためにニューヨークを閉めることになり、情勢が変化し始めた。
高級店を目指したはずの店も、暫く噂を聞かないなと思っているうちに撤退してしまった。

うどんは2,30年前に日本の大きなチェーンがミッドタウンに出店したことがある。
ただこの店は日本人客の割り合いが常に50%以上で、日本のサラリーマンが帰宅途中に一杯呑んで〆にうどんを食べて行く、という使われ方でニューヨークに新風という雰囲気はなかった。
またダウンタウンに京都から出店しているうどんの老舗が今でもあるのだが、何故かほとんど話題にならない。
10年ほど前には、ミッドタウンに「讃岐うどん」を売り物にした店がオープンし、客の入りは上々と聞いたのだが数年後には何時の間にか店仕舞いしていた。
「うどん」と「蕎麦」、日本を2分する麺類の大勢力なのだが、見たところラーメンに押されている。
だが面白いことに、ラーメンの旗頭とも言うべき「とんこつラーメン」発祥の博多では、うどんの店が至るところにあり老若男女の客が引きも切らない。

うどんと蕎麦はどちらも出汁が味を決める食べ物だ。
蕎麦は鰹節と昆布が出汁の主体になっているが、うどんはもう少し柔軟性がある。
うどんを県名にしようという香川県では、瀬戸内海で獲れるカタクチイワシを干した煮干が出汁に使われることが多いようだが、その他にも鯖節、あご(飛魚)、鯵、数種類の魚の節が使われているらしい。
さらに、椎茸を干したものも出汁が取れるし、野菜にも良い出汁が出るものがあるという。
だがその何れも欧米の人々にとっては馴染みの薄いものばかり。
今、日本の出汁をヨーロッパのマーケットに売り込もうという動きがあるそうだ。
若しそれが可能なら素晴らしいことだが、欧米人が魚介系の出汁に馴染めるのだろうか。
例えばあの繊細なカツオ出汁の吸い物に、感動を得られる人がいるのだろうか。
欧米人は醤油を好み、山葵に感動し、寿司をこよなく愛するかも知れない。
だが、出汁はその人の幼い時期に味覚の根っこに滲み込んだ原点のような味だ。
言い換えれば、欧米人にとって肉を煮込んだシチューやコンソメスープは彼らの記憶にある母の味。
そんな時間をかけて体内に蓄積して来た味を、そう簡単に新しい味と入れ替えることが出来るだろうか。
日本の出汁には、欧米人が好む甘味と脂肪分がない。
蕎麦の中でかけ汁に鴨を浮かせた「鴨なんばん」や、漬け汁の中に鴨の切り身を入れた「鴨汁」に人気が集まるのは焼きを入れた鴨から滲み出す脂分ゆえに違いない。
私は自分でも鴨の胸肉を買って来て焼きを入れ、滲み出す脂を汁に浮かせて楽しむ。
鴨ほどの脂肪分ではないにしても、天麩羅を浮かせれば衣が汁を吸い込んで独特の旨味が出て来る。
海老などが無くても、揚げ玉だけでそれなりの味が作り出せるだろう。

で、問題は出汁である。
基本形として、昆布と鰹節と一緒に熱した出汁は、既に味と香りを取り込んでいるはずだ。
そこに若干の塩と薄口醤油を垂らしてやれば出来上がり。
日本人であれば、これをそのまま呑んでも抽出された出汁の味を楽しめるはずだが、欧米人がその味をごくりと呑んで旨いと感じることが出来るだろうか。
訊ねたら「Delicious デリシャス(美味しいよ)」と答えるだろうが、西欧人は決して悪くは言わない。
本当の感想を聞くには、結構時間がかかると考えた方が良い。
ただ、フレンチやイタリアンのシェフが日本風の出汁をどう自分の料理に活かすのか。
素人考えでは、結局和風料理に仕立て上げるしかないのではないか、と考えてしまう。
他国に和風の出汁を売り込もうという計画を立てる人たちにはそれなりのアイディアがあるのだろうが、あの味が西欧料理とどうマッチして行くのか、是非とも知りたいものだ。
また、うどんや蕎麦という出汁の味で食べさせる店がニューヨークでは低迷している。
私が考えるに、日本の出汁はガツンとしたインパクトが感じられない味だ。
日本人にはそれで充分旨いからこそ、日本ではファンが多いのだろう。
だが、欧米人にはやはりあの味は頼りないのではないか。
山葵が入っている寿司を、さらに山葵を溶かした醤油にどっぷり漬けて食べるのが欧米人。
温かい飯にバターをたっぷり載せて醤油をかけて食べる欧米人を、私は幾度も見ている。
つまり彼らにとって、日本食は印象の薄い食事なのだろう。
出汁が世界に飛躍するときが来るかどうか。

実際のところ、何処の国の料理でも他国に受け入れられて定着するときには、実は似ても似つかぬものに変貌していることが多い。
寿司だって、日本人は日本の寿司が世界中に伝播して行ったと考えがちだが、実態は見たこともないようなスシを世界の片隅で見かけて驚くのが現実だろう。
勿論それを日本文化の国際化だ、と胸を張るのもアリだとは思うけれど。

毎年8月になると、何となくうんざりするところがある。
6日、9日、と連続して原爆が投下された。
15日は日本が無条件降伏を受け入れた日であり、一切の戦闘行為が停止された日でもあった。
そこで全てが沈静したわけではなく、ソ連が一方的に国境を侵し少なからぬ生命が奪われた数日間だ。
ひとつひとつの事象を考えるだけでも心が重くなるのだが、それに輪をかけてくれるのがマスコミである。
待っていました、と言わんばかりに当時の国民の苦悩や悲惨さをあらん限りの言葉を羅列して止まない。
黙って聞いていると、何だか日本人が悲惨な戦争の被害者だったようにさえ聞こえる。
ここ数年で意識が逆転してしまった、若い日本人もいるのではないだろうか。
お盆休暇を利用して海外に行く人も多いようだが、サイパンやハワイの真珠湾がどういう意味を持つ処なのか、ちゃんと理解は行き届いているのだろうか。
様々な解釈はあっても、戦端を切ったのは日本であることは間違いない。
開戦の知らせの遅れが、「Sneak attack スニークアタック(騙し討ち)」と今でも言われる理由だとしても、それ以降の戦いは何も恥じるところは無いはずだ。
それどころか、多くの戦いの場で、日本は望まないにしても愚かな失策を犯しているのだ。
隠密裡に交わされるはずの暗号電報がほぼ同時に解読されていた、などはその最たるものだろう。
こういった過去の事実は、少しづつ明らかにされるのが普通だが、極端な場合には戦争が完全に終結した後で戦勝国側の報告で白日の下に曝される。
連合艦隊司令長官の山本五十六大将がブーゲンビル島の上空で撃墜され死亡したが、彼の行動は米軍の暗号解読で全て知られていたことが戦後発表された。
少なくとも日米間の諜報の戦いで、日本は大きく遅れをとっていたことは確かなようだ。

日本軍がアメリカに比して大きく劣っていた部署に、食料や武器弾薬の後方支援がある。
「輜重輸卒が 兵隊ならば ちょうちょとんぼも 鳥のうち」
これは一般兵士が輸送部隊の兵士を軽侮して歌っていた戯れ歌であるが、日本軍には前線で戦う兵士がもっとも高く評価され、後方部隊である輜重隊や衛生隊は付け足しのような扱いだったらしい。
それは海軍における機関兵が、一人前と看做されなかったことに似ている。
どうしてそのような差異が生じて来たのだろうか。
その一つに「金鵄勲章」という兵隊に授けられる勲章が大きいと言われている。
これは戦功のあった兵卒から将官にまで授与されるもので、軍人としては最高の栄誉とされていた。
金鵄勲章はどうしても第一線で戦う兵士や将校に与えられる機会が多く、地味な裏方作業にまで配慮が及ぶことは滅多にない。
また他の勲章と異なり、金鵄勲章は対象者を軍人軍属に限りしかも相応の戦功が無くてはならない規定があったため、一段格上と看做されるようになった。
この勲章の受章者は師団や旅団、大隊や連隊の名誉とされる風潮が生まれ、それは勲章受賞に価する軍事行動を奨励する気運が蔓延し始めたようだ。
その傾向は兵士や下士官から上は将官にまで及び、極端な場合は戦功争いのための戦線拡大なども珍しいことではなく、中国で勃発した幾つかの戦闘行為には、その手の疑いをもたれているものも多いと聞く。
こういう状況下では、綿密な作戦に付随して立案される兵站作戦などは二の次にされてしまう。

NHKが今年の終戦記念日の企画に「インパール作戦」を取り上げたと知って、私は正直驚いた。
日本の陸軍が仕掛けた数ある作戦の中でも、「インパール作戦」はその無計画性において最悪のものと言われ続けて来たからだ。
私が戦記物を読み始めたのは20歳を過ぎてからだが、最初は先ず海軍物から入っていった。
所詮敗戦の記とは言えアメリカを向こうに廻しての大会戦であり、読み物としての面白さも充分ある。
私も「連合艦隊の最後」という本から読み始めたが、まるで一巻の歴史小説を読むように引き込まれた。
戦後のアメリカにも多くの資料があり、生き残った将官の証言も迫力充分であり、言うなれば起承転結のはっきりした講談本の趣きさえあったように思う。
だがこれが陸軍となると、同じ戦闘でも書く人によって内容も結果も変わって来る。
ある人から見れば勝ち目の無い無謀な戦闘でも、当事者によれば充分練りに練ったものだと言う。
その周囲にいたはずの証言者の多くは故人であり、若しくは当事者の部下であったりもする。
内地での戦闘に不可欠な兵站補給などでも、「現地調達せよ」という命令が当時の陸軍ではごく当たり前の作戦とされていたと聞けば、何をか況やであろう。
「インパール作戦」はしかし、多くの将官たちが無謀として反対し、それを現地司令官のM中将が押し切って遂行したという点で、誠に分りやすくなっている。
勿論こういう軍事作戦は現地司令官の一存で決められるものではなく、東京の大本営の認可が不可欠。
とは言うものの、敗戦の色濃い中国戦線のことを知悉している軍令部員がいるはずもなく、結局は現地の責任者に全てを任せるしかないことになって行く。
だが大本営の認可ということは、それは天皇の裁可を受けるということであり、最終的な責任は大元帥である天皇が負うことになってしまう。
流石にそれは陸軍軍令部でも躊躇ったらしく、実際にはその辺りは曖昧のままらしい。

インパール作戦における日本の当面の敵はイギリスだが、日本はアメリカに比べてイギリスの兵力はかなり落ちると希望的に判断していたように見受けられる。
ただ、イギリスは内部にインド独立派という反政府グループがおり、その独立派はインパールの日本軍に6000人の兵力を送り込んでいた。
M中将指揮下の日本軍総数は95,000人、ではあるが実際のところ武器弾薬や食料の補給はほとんど見込めない不安で一杯の戦力だった。
既に1944年の3月、日本の敗色は濃厚であり、言わば起死回生の大博打のような作戦だった。
制空権はイギリスに握られ、補給ラインはずたずたに遮断され、はっきり言えば奇蹟頼みの作戦。

私は「インパール作戦」に関しては、既に幾冊か本を読んでいる。
そしてどれを読んでもこの作戦で斃れていった兵士のことを考えると、胸が塞がる思いがしてしまう。
死を覚悟して日本を出て来た兵士にしてみれば、こういう最期は想像も出来なかっただろう。
90,000人の兵士のうち、戦死者が11,000人、戦病死が約8、000人。
そしてさらに多くの餓死者が一帯を埋め尽くしたそうだ。
「5,000人殺せば、あの山は取れますよ」
NHKの放送の中で、M中将の秘書役だったS中尉は軍のトップ2人の会話を想起している。
S中尉は、当初敵を5,000人殺せばその山を取れるという話だと考えていた。
だが彼らは、5,000人の日本兵を死地に追いやればその山が取れる、という話をしていたのだ。
そのトップ2人は、最後の攻撃が無為に終わった後前線を離れて行き、S中尉はそれから死地をさ迷い歩く数ヶ月間を送ったと番組は語っている。

「インパール作戦」の物語は、幾度読んでも聞いても胸が痛まないことはない。
M中将は前線を離れて予備役となり、戦後は「自分は正しかった」と言い続ける晩年を送ったという。
別にM中将は特別珍しい例ではないだろう。
生き残った人は、常に自分を正当化しようとする。
別に戦地に行った人だけではない。
真珠湾以後、日本の勝利を祈っていた人たちも、戦後は声を潜めるようになった。
軍部の尻馬に乗って大本営発表を一面に大きく載せた新聞も、戦後は平和主義者に変貌した。
そして、戦争を称揚する小説や歌を作った人たちを筆で叩いた。
万人にうたわれた「戦友別杯の歌 (云ふなかれ 君よ別れを…)」を作った大木敦夫は、戦争協力者と名指しされ不遇な晩年を送ることになる。

「インパール作戦」は、様々なことを教えてくれる。
「いざ子等よ 戦うなかれ 戦かわば 勝つべきものぞ 夢な忘れそ」
戦時中の外務大臣だった東郷茂徳が、戦犯として収容されていた巣鴨刑務所で詠んだ歌だ。
4年に及ぶ第二次世界大戦は、結局はこの1首が全てなのかも知れない。

甲子園は不滅か?

毎年この時期になると、NHKのスポーツニュースが元気づいて来る。
もう幾十年にもなるだろうが、夏の甲子園はやはり高校野球の真打ちという想いがあるような気がする。
これだけは、春の甲子園を取り仕切っている毎日新聞がどれだけ歯噛みしても追いつけない。
さらには朝日新聞の高校野球欄を担当していた、早稲田OBの飛田穂洲のアマチュア野球にかける情熱がそれに拍車をかけたこともあるだろう。
茨城県水戸市出身の飛田は、早稲田の野球部の主将を務めた後に監督に就任する。
その後朝日新聞に入り、主に学生野球の論評を行いながら、東京六大学野球連盟理事や公式記録員、早稲田大学野球部顧問として活動し、学生野球の重鎮となって行った。
彼の存在が、朝日新聞と高校野球の絆を強くしたことは間違いないだろう。
貢献した部分も多いが、学生野球に精神的な部分を求めひいては「野球道」とも称したことに関して、毀誉褒貶は定かではないように思われる。
さらに最近問題になっている投手の投球回数の問題などは、精神野球の残滓を引き摺っているような気がする。

16,7歳の少年投手が100球はおろか200球に近い球数を投げ、さらに翌日にも先発する。
近代野球ではまさに狂気の沙汰なのだが、今でも肯定的な意見があることに驚いてしまう。
4年前の春の甲子園で、愛媛の済美高校の2年生安楽智大が5試合で772球を投げ、アメリカの新聞までが報道したことで国内でも大きな話題になった。
それでも当時の監督は躊躇うこともなく彼を連投させ、記者団の質問にも「日本の高校野球では、肉体の酷使を精神力で乗り越えるのが伝統」と言い放ったという。
彼の高校野球の監督としての実績は、確かに誇れるものだろう。
だが、こんな指導者が好き勝手出来る今の制度はどこか可笑しい、と思わざるを得ない。
「一将功なって万骨枯る」という言葉があるが、今まで春夏の甲子園で無名の高校を率いて優勝旗を手にした監督は、必ず他の高校に引き抜かれて有望選手で固めたチームを作り上げる。
勿論見合った報酬もついて来るのは間違いない。
そして連投に次ぐ連投で数試合を投げ抜き、結果として投手生命を絶たれた投手も又多い。
メジャーのスカウトや球団は、日本の若手投手を高額の契約金で獲得することに、疑問を抱き始めている。
実際、野茂に続いた日本人投手では入団後に肘や肩の違和感を訴えて利き腕の腱を移植する「トミージョン手術」を受け、半年から1年の休養を余儀なくされた投手は少なくない。
松坂、ダルビッシュ、大塚(2回)と続けて手術を受け、ヤンキースの田中将大はトミー ジョン手術こそ受けなかったが、幾度か肘や手首に違和感を訴えて登板を回避した。
その遠因に高校時代の過剰投球があるのではないか、という疑問がメジャー経営陣の頭脳にこびり付いているように私には思われてならない。

とは言ったが、記録を見るとかなり多くのアメリカ人投手もトミー ジョン手術を受けている。
言ってみれば投球回数が多過ぎることが本当の原因かどうか、未だ真相は明らかにされていないようだ。
過去に多くの大投手たちが故障も無く投手生命を全うしているし、日本でも金田、米田、小山などが今では信じられないような投球回をこなしている。
その一方、稲尾や杉浦などが肘や肩の故障で若くして引退している点、疑問は捨て切れない。
唯一の400勝投手である金田は、「速球とカーブは投げたが逆回転のシュートは最後まで投げなかった」と広言し、球種によっては肘や肩に悪影響を及ぼすと言っている。
大リーグでもノーラン ライアンのように27年のプロ生活で5386回を投げ、5714の三振を奪うという常人では不可能と思われる成績を残した投手もいた。
現在では故障の無い投手でも1年に200回強を投げるのが精々だが、それでも故障で戦線から離脱して行く投手は後を絶たない。
つい2,30年前には年間300回程度は楽々と投げ切っていたのに、である。
信じるに足るかどうかは不明だが、続々生み出される新しい変化球が投手の肘や肩に与える影響は大だという。
「直球」と言えば、投手が何の捻りも加えずに真っ直ぐ捕手のミットに投げ込む球だが、今ではその時球の何処を握るかで微妙な変化が生じ、それが大きな効果をあげているらしい。
ヤンキースの田中の場合、縫い目の何処に指を掛けるかで変化が異なって来ることから「2seam (ツーシーム)」若しくは「4seam (フォーシーム)」と呼ばれて、はっきり区別されているようだ。
スピードはほとんど変わらずに手許で僅かな変化を見せることで打者を幻惑するものらしいが、その時縫い目にかかった指に何の負担も生じないのかどうか。

投球回数と肘や肩の損傷の関連については、実は今日まで明確な関連性は立証されていない。
それは「タバコと肺癌」の相関に似て、「大いに疑わしいが最終的な断定にまでは及ばない」という。
それでも、メジャーリーグではその関連性を「強い疑問」」と位置づけ、投手の春季キャンプでの投球数や1試合での投球数の自主的制限(ほぼ100球)を既に長期間実施しているようだ。
勿論学生野球での投手の球数に関しては、選手の将来に拘わる問題だけに保護者も加わっての協議会が毎年もたれているそうだ。
調べてはいないが、リトルリーグでもほぼ同様の規制が行われていると考えて良いのではないか。
本来野球にせよバスケットボールにせよ、スタートは遊戯から始まっている。
少年が集まってわいわいと遊んでいるうちに、何となくゲームのルールも確立して来た、辺りだろう。
誰一人として、身体を壊してまで全精力を傾注するものだとは考えていなかった、と思う。
「Play the game ゲームを遊ぶ」、という感覚が行き渡っている証左だと言えそうだ。
正直に言えば、この点に関して日本は最も遅れている、と言えるかも知れない。
「先発完投」、これは長い間日本の投手の金科玉条だった。

リリーフという分野がアメリカである程度確立されてからも、日本では「完投」は投手の鑑とされて来た。
今でも、その名残は色濃く残っているような気がする。
投手が7回あたりを目処と看做し始めたのは、精々この4,5年ではないだろうか。
それは必然的に、「中継ぎ」という分野の重大性を理解させ始めた。
「Closerクローザー(締め括り)」が1回を基準として調整するとすれば、先発からその間を繋ぐ役割を受け持つ投手が当然ながら不可欠になって来る。
2,30年前のメジャーでは、先発投手の失格者の仕事がそれだった。
「中継ぎ」には2種類あって、勝ち越している状況で出て来れば「Set upper セットアッパー」であり、先発が打ち込まれて点差が開いた段階では「Mop upper モップアッパー(後片付け)」と変わる。
「セットアッパー」は「クローザー」の予備軍であり、「モップアッパー」はマイナー行き寸前の状態だと言えそうだ。
と言っても、あまり馬鹿には出来ない。
メジャーでは、「セットアッパー」であれ「モップアッパー」であれ、コーチの扱いはほとんど変わらないそうだ。
確かに、その差は実は紙一重だということを一番知っているのはピッチングコーチだろう。

夏の甲子園は、実力派同士の決戦で決着がついたようだ。
期待していた超高校級スラッガー清宮幸太郎が出て来なかったことで、メディアは期待を裏切られた。
そして今度は、甲子園の本塁打記録を作った広陵高校の中村選手を追いかけ始めているようだ。
スターを拵えてファンに追いかけさせるのは、一番簡単な人集めだ。
その典型を求めれば、日本ハムの斉藤祐樹あたりだろうか。
昔なら大田幸司などという甲子園が生んだ大スターもいた。
だが、真の実力者はなかなかそこからは出て来ない。
松井秀喜、田中将大、ダルビッシュ有、松坂大輔…。

さて今年の顔触れから数年後の大スターは生まれてくるだろうか?

将棋界の近未来

棋士藤井聡太4段の日常は、随分静かなものになったようだ。
弱冠15歳で既にプロ棋士であるということ自体非凡な才能を示しているのだが、大見出しになるようなネタを追いかけているマスメディアから見れば、物足りないに違いない。
メディアに引っ張られて一緒に騒いでいた俄か将棋ファンも、目標を見失ったように沈黙している。
それでも順位戦のC級2組で3勝0敗の成績は、今望める最高のものだ。
順当に勝ち上がれば来季はC級1組に上がり、さらにはB級2組1組を目指すことになる。
様々な棋戦はあるが、将棋の棋士が目指すのはA級1組に上がって8段となり、そこでトップの成績を勝ち取って名人戦の挑戦者になることなのだ。
現在162人の棋士がいるが、その全てがかつては近隣の神童と謳われた天才ばかり。
末は名人を夢見て奨励会の門を叩いたはずだ。
その162人の脚元には、さらに多くの元神童がいたが、26歳までに4段にならなければ退会、という厳しい規則の前に夢破れて去って行った。
この26歳という年齢は言ってみれば中途半端なところであって、改めてやり直すには少し年を取りすぎているし、と言っても門戸は閉ざされてしまったのだから、多くの若者が此処で現実にぶち当たり、己の行く先を模索して悩むという、言ってみればプロ野球を自由契約になった選手のような立場になるわけだ。
奨励会退会者で多いのは地方の将棋道場のコーチに雇用されるケースだが、誰でもなれるわけではない。
将棋連盟でもこの制度について色々考えて来たようだが、退会期限を伸ばせば人生をやり直すことがどんどん難しくなるし、早めにすれば若い才能を尚早に摘み取ってしまうことにもなる。
奨励会に入ること自体、プロ棋士の推薦が必要なのだが、だからと言って師匠が彼の人生を丸抱えするわけでは、もちろんない。

将棋の師匠は弟子とは生涯に2番しか指さない、と言われている。
入門前のテストと、夢破れて去って行く弟子への餞の一局。
だから、羽生や渡辺のようなタイトルホルダーは師匠とは未だ1番しか指していないことになる。
藤井4段も、恐らく餞の1局は指さないままで棋士人生を全うするのではないか。
私は山口瞳という作家が書いた将棋関連の本で、将棋の棋士の様々な生態を知ることが出来た。
彼は将棋連盟を「バケモノ屋敷」だと言う。
人が指している将棋を横から見て、10数手若しくは4,50手も読んでしまう。
自分が指した対局のほとんどを記憶してしまい、お節介にも他人の対局も記憶している。
そんなことが出来るのは「バケモノ」以外の何者でもない、というわけだ。
私にはその「バケモノ」という表現は良く分らないが、彼らの集中力は正しく人並外れていると思う。
私も昔新宿の将棋道場に通った経験がある。
先ず棋力のテストの1局を指し、4級ということでその道場の会員になった。
ひとつ上のクラスとは香車落ちで指し、下の指し手にはこちらが香車を落とす。
5連勝でひとつクラスが上がり、5連敗でひとつ下がる。
半年くらい通っただろうか、最高で3級という辺りで終わった。
その程度の棋力で敢えて言えば、プロの棋士は常人ではない。

今回藤井聡太4段の対局がテレビや新聞で紹介されたが、何故彼がそう指したか、何故彼が勝利を得たか、指摘出来る人はアマチュアの4,5段の棋力があるだろう、と私は思う。
実際のところ、片側が「参りました」と言って終わった将棋を、さらに素人2,3段同士で指し進めたとしたら、勝敗が逆転するケースはかなりあるだろう。
素人ならまだまだ指せる局面でも、プロは勝ち目が無いと考えたら投げる。
記録に残る棋譜(全ての指し手を記録する)を汚すことを、プロ棋士は何より嫌う。
ここ数年、コンピューター将棋との対決が話題を呼び、研究が進んだPC側の棋力が人間の棋士を上回るようになった結果、最早これ以上の対決は無駄、という結論が出てしまった。
だがコンピューターに破れた結果にショックを受けたプロ棋士はそれ程多くなかったらしい。
子供の頃から将棋漬けの毎日を送って来た彼らは、コンピューターが勝つ日は必ず来ると覚悟していたようだ。
考えようによっては当たり前の話だ。
棋士は四六時中新しい戦法を考えているし、又それを破る戦術を脳裡に描いている。
それは時には数ヶ月かかるし、時には数年かかるらしい。
そしてその戦法が白日の下に曝されたと同時に、コンピューターはそれを組み込んでしまう。
言うなればコンピューターのソフトに組み込まれた将棋の指し手は、過去誰かが指したものなのだ。
そう考えれば、人間が機械に破れたことはごく当たり前のことでしかない。
若し100mを9秒4で走るロボットを作ったら、ウサイン ボルトは幾度走っても勝てないだろう。
だがそれを見て愕然とする人間がいるかどうか。

将棋の歴史は長い。
江戸時代には将軍の前で対局を見せたという。
当時の将棋指しは、大名のお抱えになることが何よりの名誉だったと聞く。
明治維新で大名の庇護を失った棋士たちは、生きるために自分たちの対局を愛好家に見せることで生活の糧を得るようになり、次いで順位をつけて棋士同士を競り合わせるようになって行く。
そして東京大阪に分裂していた将棋界をひとつに纏め、実力名人制度が施行される。
この制度に大いに貢献したのが13世名人関根金次郎であり、彼の生涯のライバルが阪田三吉であった。
関根金次郎以降実力制名人制度のもと、現在の佐藤天彦まで13人の名人を数えるのみ。
5期以上名人位を保持した(連続でなくとも良い)場合には、永世名人の称号が与えられるが、資格保持者は羽生義治まで6人しかいない。
名人戦以外にも6つのタイトル戦があり、羽生義治は現時点で98期のタイトルを保持して来ている。
そして162人いる現役棋士の中で、一度でもタイトルを取ったことのある棋士は24人。
棋士になるのは勿論大変だが、さらに一度でも選手権者になることはまさに至難の業と言えそうだ。
となると羽生義治のように98回もタイトル戦に勝利している棋士は、空前絶後と呼ぶしかない。

藤井4段の前途は洋々ではあるが、その先を占うのはそれこそ大海の一粟を求めるに似ている。
未だ中学生棋士にはこれから幾百幾千の対局があり、少なからぬタイトル戦は待っているだろう。
言うなれば、火がついたばかりの焚き火をよってたかって全員で口を尖がらして吹いているようなもの。
現在の様子を見ると、メディアが気抜けしたようで可笑しいのを通り越して気の毒ですらある。
彼らが張り切っているのは、テニスの錦織、ゴルフの松山、野球の大谷、そして将棋の藤井だろう。
だが残念ながら、将棋は中でも一番ファンに理解してもらうのが難しい。
日本は将棋ブームだそうだが、私はあまり信用していない。
手軽に理解出来て直ぐ夢中になれるゲームが山ほどあるのに、歩の動かし方から学ばなければならない将棋に今の子供たちが真剣になるとはとても思われない。
そして残酷なことを言うようだが、将棋にはある程度の頭脳が不可欠だ。
故人になったが将棋連盟会長だった米長邦雄名誉棋聖の兄弟は全員東大を出ているし、前会長の谷川浩司の兄もやはりと東大へ進んでいる。
「王将」の阪田三吉ゆえか、目に一丁字が無くても将棋指しにはなれるような印象があるが、実際にはかなり明晰な頭脳が必要なゲームだと考えられるのは、羽生や谷川を見れば分かるだろう。

とは言え、藤井は羽生や渡辺に次ぐ将棋界次代のスーパースター候補の最右翼。
谷川や羽生を先例と考えれば、少なくともあと7,8年後には藤井がタイトルホルダーたちの一角を占めていて可笑しくないと思われる。
その先となれば羽生が引退し、藤井が幾つかのタイトルを保持して群がる若手を退けている時代になるかも知れないが、私の想像はその辺で終わりそうだ。

隆車に向かう蟷螂の斧

今世界は、何処へ行ってもきな臭いような気がする。
シリアやイラク、アフガニスタンは年中行事のように撃ち合っているし、でなければパリ、ロンドン、トルコのようにこっそり持ち込んだ銃や爆弾で騒ぎを巻き起こす。
あまりにもあちこちで事件が起こるから、一体その流れはどうなっているのか理解は容易ではない。
シリア政府とアサド大統領はアメリカをはじめとする国連の主要国から退任を迫られているのだが、ロシアが後押しして職に留まっている。
アサド政権を倒そうとしている反政府集団はアメリカなどの後押しを受けて、当初は有利な態勢だった。
だがそこにIS組織(イスラム国)が参加して、政府軍反政府軍双方と戦い始めたから話はややこしくなり、事態の収拾はますます難しくなってしまったようだ。
一番手っ取り早いのは、政府と反政府集団で共同してIS国を倒し、しかる後に双方が戦って真の勝者を決める、言ってみればバトルロイヤル方式なのだが、ことはレスリングではない。
なんと言ってもイスラム国家間の関係は複雑怪奇であり、容易に理解出来ない。
例えばイラクとイランと言えばどちらもイスラム教の大国だが、イランはアラブ民族ではないことがこの両者が基本的に相容れない根源的な問題なのだろう。

シリアやイラク、さらにその周囲の国家は、常に何らかの紛争を抱え込んでいるから、言うなれば精神的に常時臨戦態勢にあるようだ。
爆撃されて崩壊した町に、1,2日すれば屋台の店が出て商いを始め、爆撃が再開すれば何処へともなく姿を消して潜り込んでしまう。
そういう情景をテレビの画面で見せられると、人間とは実際しぶといものだと思わされる。
考えてみれば、ほんの7,80年前には日本でも同じような光景があったはずなのだが。
食べるものを得るために、箪笥から着物を取り出して農村へ持って行き、米と交換して来る。
戦後は取締りを避けるために、大きな駅の手前で降りて歩いたそうだ。
「何処で取締りがあるか」、の情報は問わず語りに人々に伝わって行ったと聞く。
それから70年余。
今の日本人は相変わらず「安全と水」はただだ、と信じ込んでいるらしい。
軍備拡張には反対だが、安全は欲しい。
周囲に危険な国はあるけれど、同盟国アメリカが守ってくれる(らしい)。
一人で心配してもどうにもならないから、テレビでも観て一杯呑んで寝る方がましだろう。
そこら辺が大多数の日本人の思考方法ではないだろうか。

北鮮とアメリカが言葉の応酬をしている間にも、大勢の日本人が海外旅行に出かけて行く。
流石に韓国へ行く人は減ったようだが、ハワイへアメリカ本土へ、ヨーロッパへ引きも切らない。
つまり、トランプと金正恩がお互いを脅し合っている限り、実戦は起こらないと思っているのだろう。
確かに拳は振り上げてみたものの、どちらもそれを振り下ろす決断は出来ない。
その周囲を中国や欧州の各国が取り囲んで、わいわい言い合っているのが現状。
「会話で収拾を」、「とにかく落ち着いて」、「国連で話し合おう」…。
もう今まで何十回何百回言い尽くされた言葉が飛び交う、これまた見慣れた状況。
違うのはアメリカの大統領の顔と北鮮の首領の顔。
もうひとつ違うのは、北鮮が原爆を搭載出来るICBM(大陸間弾道弾)を手中にしていること。
勿論、彼我の戦力は月とスッポンより差が大きい。
北鮮がひと度ミサイルを撃ち込んだら最後、あの国は消滅するだろう。
だがその時に巻き込まれる国が出て来る。
日本であり韓国である。
そのダメージをアメリカは恐れているはずだ。
それを分っているから、北鮮は強気を装っていられるわけだ。

10数年以上前になるが、私のところに食客があった。
日本の水産会社の社員だが、その前には技術指導で北鮮に数ヶ月いたというT君。
色々話してくれたが、強調したのは国民が何も知らないという点。
「いや、日本は目じゃないって言うんですよね」、未だ原爆をひとつ持つか持たないかの頃だ。
「アメリカだって、やってみなくちゃ分らない、そう本気で言うんですよ」
本当のところを言えば日本に帰れなくなるかも知れないから、T君は黙っていたそうだ。
「話していて、少し怖くなりましたね」
盲蛇に怖じずという格言があるが、ずばりそのままではないか。

今その時の会話を思い出すと、それに酷似した状況を思い出した。
戦艦大和や武蔵を製造するにあたって、海軍はこう言ったそうだ。
「大和や武蔵クラスに太刀打ち出来る戦艦を作ったら、パナマ運河を通行出来ない」
つまりアメリカは戦艦を太平洋と大西洋に分割して持たなければならなくなる。
そうすれば、巨大砲を積載した日本の大戦艦の相手にならない。
勿論海軍にだって世界の流れを知悉している将官は幾人もいた。
「航空機の時代になれば、戦艦は無用の長物になってしまう」
今なら中学生でも分ることだが、戦艦対戦艦の戦いでロシアのバルチック艦隊を破って大成果を挙げた海軍首脳は、聞く耳を持たなかったらしい。
それだけが敗因ではないだろうが、一事が万事この調子で日本は敗れ去った。

当時の日本の軍部の思考は、例えては悪いが今の北鮮のそれと大差は無いのではないか。
日本が真珠湾を攻撃して大戦果を挙げた、と大騒ぎしていた時でさえ、アメリカが負けると考えた欧州の国は無かったと言われている。
当時の日本と今の北鮮を同列に見るのは酷かも知れないが、じっくり見詰めれば大差はないだろう。
多くの北鮮の国民はミサイルを発射するたびに大騒ぎしているようだが、真珠湾の翌日の日本の新聞やラジオは今の北鮮のテレビと似たような放送を流していたのではないか。
さらに考えれば、似ている面は他にもありそうだ。
1党独裁と言うより1人独裁という面も似ているし、マスコミが黙りこくっているところも同様。
まあ、これはつけたしだが、どちらの国も三代目だし。

私は何も無駄に心配しているわけではない。
勿論杞憂に終わってくれれば言うことはないのだが、今回の米朝のチキンレースは落としどころが見つけ難いのが心配と言えば心配だ。
普通であれば、アメリカに対して様々なアドバイスが寄せられるところだが、なんと言っても今の大統領が可愛くないのが最大の欠点だろう。
それは北鮮も同様で、金正恩は未だ習近平にもプーチンにも会ったことがない。
言ってしまえば、無知のまま放り出されたようなものだ。
そこら辺も私が恐れる一つの要因ではあるのだ。

まあ、私一人心配しても事態はどうにも変化はしないだろう。
では私もテレビでも観て、一杯呑んで寝てしまおうか…。


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