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ニューヨークはラーメンブームが続いているようだ。
私も幾つかの店を試してみたが、価格との釣り合いが取れないのに嫌気がさして今は行かない。
流石に全店一律に同価格では共存出来ないのに気づいたのか、下げる店も出て来た。
と言っても税金とチップを入れて20ドルでは、原価と比して高過ぎる。
まあそこら辺が、安定期に入った気配はあっても新規参入が後を絶たない理由だろう。
ブーム第一号の寿司は、全てにコストが高かった。
店内は和風に設えなければいけないし、食器も日本製を取り寄せ、ウェイトレスに着せる着物だって安物にしても一応取り揃えなければなるまい。
さらに、自分が握れれば別だが寿司職人を雇わなければ店は開けられない。
つまり投下資本が馬鹿にならないのだ。
そしてこの2,30年、マンハッタンの家賃は高騰し、さらに追い討ちをかけるように賃貸期間がせいぜい10年、長くて15年辺りで頭打ちになり、回収すら覚束ない状況になって来た。
今新規に開店する寿司店は多くはないが、聞いてみると日本からの投資がありそこそこの期間は持ち堪えられる程度の経済的裏打ちがある店のようだ。
そしてほとんどが内装にも金をかけており、高級客が目当てとわかる。
勿論それで成功するという保証は何処にもないが、少なくとも開店準備に時間がかかり過ぎて結局諦めた、というような話は聞こえて来ない。
一方、ラーメン店にはそういう大きな投下資本は要らない。
内装が和風である必要はないし、従業員は南米系の若者で充分だそうだ。
食器にしても、こちらの食材供給会社のもので充分間に合う。
問題は高い家賃ということになる。
だがそれも食品原価率10〜15%程度で済むなら、よほど暇でない限り利益は出て来るはずだ。
ただ最近の無料日本語新聞を見ていると、「ラーメン職人募集」が増えて来ている。
私にはこれが分らない。
ラーメンというのは、素人が何処かの店で数年程度修行してから始めるものではなかったか。
つまり最悪の場合でも、自分と女房とで頑張れば何とかなる、程度のものだったように思う。
こういう求人広告を見ると、高い利益率に目が眩んでいるような気がしてならない。
ラーメン店で出すものは、ラーメンの他にはビール、餃子、枝豆程度。
そのどれもが、売価は低いが仕入れはもっと低いものばかり。
言い方は悪いが、どう転んでも儲かるようになっているはずだ。
それでも閉店する店が出て来、値下げに踏み切る店が幾つもあるということは何処かで齟齬を来たしている。
ラーメンの将来は、最早明るいばかりとは言えないようだ。
そもそも寿司が流行り出して、すぐに蕎麦店がオープンした。
これは日本の老舗の身内が始めたもので、言ってみれば本格的な日本の蕎麦屋。
オープン早々から満員が続いたこともあって、第二の寿司になるかと思われた。
事実日本から乗り込んで来た高級店は蕎麦以外に刺し身などのつまみを充実させ、接待にも使える店を目指しているように見え、そこそこ上手く滑り出すのではないか、と思われた。
又、マンハッタンで幾つかのレストランを経営している人も手打ちが売り物の蕎麦店を開いた。
この店は大学が近いこともあり近隣のインテリ層の興味を惹きつけたようで、これまた行列が出来る賑わい振り。
蕎麦が大きなブームを巻き起こすか、と見ているうちに、商売大繁盛の店が日本での支店経営のためにニューヨークを閉めることになり、情勢が変化し始めた。
高級店を目指したはずの店も、暫く噂を聞かないなと思っているうちに撤退してしまった。
うどんは2,30年前に日本の大きなチェーンがミッドタウンに出店したことがある。
ただこの店は日本人客の割り合いが常に50%以上で、日本のサラリーマンが帰宅途中に一杯呑んで〆にうどんを食べて行く、という使われ方でニューヨークに新風という雰囲気はなかった。
またダウンタウンに京都から出店しているうどんの老舗が今でもあるのだが、何故かほとんど話題にならない。
10年ほど前には、ミッドタウンに「讃岐うどん」を売り物にした店がオープンし、客の入りは上々と聞いたのだが数年後には何時の間にか店仕舞いしていた。
「うどん」と「蕎麦」、日本を2分する麺類の大勢力なのだが、見たところラーメンに押されている。
だが面白いことに、ラーメンの旗頭とも言うべき「とんこつラーメン」発祥の博多では、うどんの店が至るところにあり老若男女の客が引きも切らない。
うどんと蕎麦はどちらも出汁が味を決める食べ物だ。
蕎麦は鰹節と昆布が出汁の主体になっているが、うどんはもう少し柔軟性がある。
うどんを県名にしようという香川県では、瀬戸内海で獲れるカタクチイワシを干した煮干が出汁に使われることが多いようだが、その他にも鯖節、あご(飛魚)、鯵、数種類の魚の節が使われているらしい。
さらに、椎茸を干したものも出汁が取れるし、野菜にも良い出汁が出るものがあるという。
だがその何れも欧米の人々にとっては馴染みの薄いものばかり。
今、日本の出汁をヨーロッパのマーケットに売り込もうという動きがあるそうだ。
若しそれが可能なら素晴らしいことだが、欧米人が魚介系の出汁に馴染めるのだろうか。
例えばあの繊細なカツオ出汁の吸い物に、感動を得られる人がいるのだろうか。
欧米人は醤油を好み、山葵に感動し、寿司をこよなく愛するかも知れない。
だが、出汁はその人の幼い時期に味覚の根っこに滲み込んだ原点のような味だ。
言い換えれば、欧米人にとって肉を煮込んだシチューやコンソメスープは彼らの記憶にある母の味。
そんな時間をかけて体内に蓄積して来た味を、そう簡単に新しい味と入れ替えることが出来るだろうか。
日本の出汁には、欧米人が好む甘味と脂肪分がない。
蕎麦の中でかけ汁に鴨を浮かせた「鴨なんばん」や、漬け汁の中に鴨の切り身を入れた「鴨汁」に人気が集まるのは焼きを入れた鴨から滲み出す脂分ゆえに違いない。
私は自分でも鴨の胸肉を買って来て焼きを入れ、滲み出す脂を汁に浮かせて楽しむ。
鴨ほどの脂肪分ではないにしても、天麩羅を浮かせれば衣が汁を吸い込んで独特の旨味が出て来る。
海老などが無くても、揚げ玉だけでそれなりの味が作り出せるだろう。
で、問題は出汁である。
基本形として、昆布と鰹節と一緒に熱した出汁は、既に味と香りを取り込んでいるはずだ。
そこに若干の塩と薄口醤油を垂らしてやれば出来上がり。
日本人であれば、これをそのまま呑んでも抽出された出汁の味を楽しめるはずだが、欧米人がその味をごくりと呑んで旨いと感じることが出来るだろうか。
訊ねたら「Delicious デリシャス(美味しいよ)」と答えるだろうが、西欧人は決して悪くは言わない。
本当の感想を聞くには、結構時間がかかると考えた方が良い。
ただ、フレンチやイタリアンのシェフが日本風の出汁をどう自分の料理に活かすのか。
素人考えでは、結局和風料理に仕立て上げるしかないのではないか、と考えてしまう。
他国に和風の出汁を売り込もうという計画を立てる人たちにはそれなりのアイディアがあるのだろうが、あの味が西欧料理とどうマッチして行くのか、是非とも知りたいものだ。
また、うどんや蕎麦という出汁の味で食べさせる店がニューヨークでは低迷している。
私が考えるに、日本の出汁はガツンとしたインパクトが感じられない味だ。
日本人にはそれで充分旨いからこそ、日本ではファンが多いのだろう。
だが、欧米人にはやはりあの味は頼りないのではないか。
山葵が入っている寿司を、さらに山葵を溶かした醤油にどっぷり漬けて食べるのが欧米人。
温かい飯にバターをたっぷり載せて醤油をかけて食べる欧米人を、私は幾度も見ている。
つまり彼らにとって、日本食は印象の薄い食事なのだろう。
出汁が世界に飛躍するときが来るかどうか。
実際のところ、何処の国の料理でも他国に受け入れられて定着するときには、実は似ても似つかぬものに変貌していることが多い。
寿司だって、日本人は日本の寿司が世界中に伝播して行ったと考えがちだが、実態は見たこともないようなスシを世界の片隅で見かけて驚くのが現実だろう。
勿論それを日本文化の国際化だ、と胸を張るのもアリだとは思うけれど。
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