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ニューヨークで放映しているNHKテレビに、「Cool Japan (かっこいいニッポン)」という短い番組がある。
ゲストに世界各国から日本に来ている若者7,8人をスタジオに招き、司会の鴻上尚史(こうかみしょうじ)が日本独特の風習や文化、食べ物などを紹介して、彼らの感想を訊くというもの。
スタートして11年になるが、固定した聴取者層もいるらしく、評判は良いようだ。
過去に出演した外国人の評価が高かったのは、「温水洗浄便座」、「宅配便」、「100円ショップ」など。
ゲストは現在日本に住んでいるわけで、テーマの理解度は高い。
と言って、全ての事物に肯定的なわけではなく、批判的な意見も聞かれる辺りが面白い。
今回は「冷たい麺」が、テーマとして取り上げられた。
この数年、日本の外食業界は料理を冷やすことに熱心であり、言い替えれば冷やせないものはない、と言い切れそうな人気ぶりだ。
ところが、番組が始まってみると、出演者の中で誰一人として故国の料理を冷やす食べ方をしていない。
ベトナムや台湾の人などは麺を幾種類も知っているはずだが、それを冷やすという習慣はないという。
どうも麺は熱くして供するものだ、という前提に立っているようだ。
考えてみると、確かにニューヨークのアジアンフードレストランでも、冷たい麺はたった一種類、韓国の冷麺だけが充分冷やし込んで供されるが、それくらいしか思いつかない。
その韓国の冷麺にしても、何ページにも亘るメニューの中でたった1種類、「冷麺(ナンミョン)」とあるだけ。
つまりその冷麺のバリエーションは、無いらしいのだ。
ベトナムやタイに至っては、麺類は結構あるが冷たいスープのものは皆無。
番組にはタイからの留学生もいたが、「麺は温かくして食べるものだ」という自説を曲げようとはしない。
だがそれ以外の外国人たち、イギリスやアメリカ、中国などがいたが、全て冷たいスープをかけた冷たい麺がお気に入りの様子で、この新しい発見に興奮している様子だ。
日本は随分昔から冷たい麺を食べていたように思っている人も多いようだが、私の知る限り「冷やし中華」は数十年の歴史を持っているが、それ以外は「蕎麦」の「もり」のバリエーションに過ぎない。
少なくとも4,50年前には、冷やした料理はそれほどポピュラーではなかったはずだ。
多分「冷やしたぬき蕎麦」あたりがその先陣を切ったのではないかと思うが、それでも30年程度だろう。
阿佐田哲也のエッセーに、自宅近くの中華料理の店のメニューに「冷やしワンタン」を見つけて気に入り、その店に通うようになったという一文があるが、と言って「冷やしワンタン」が流行ったということもないらしい。
このエッセーが書かれたのは今から30年近く前だが、その当時は「冷やしラーメン」も無かったように思う。
「冷やしXXX」というブームが起こったのは、精々15年くらいだろうが、本当のブームになったのはこの7,8年程度ではないだろうか。
まあ私は日本に住んでいないから、見当違いのことを書いているかも知れないが。
私自身を言えば、実は何でも冷やすことを随分昔から試みている。
冷えた飯に冷えた麦茶をかけて、漬物で啜り込むのは高校時代からだっただろう。
古漬けになった茄子の糠漬けなどがあれば最高だった、と今でも懐かしい。
私の母は、出来たての粥に氷を放り込んで冷たくして食べていた。
あまり人様に自慢出来ることではなかったと見えて、冷えた粥を食うのはいつも台所の片隅だった。
ひょっとすると、姉たちはこの饗宴には参加していなかったかも知れない。
テレビ番組に戻ると、10人前後の外国人ゲストは、概ね冷えた料理に好意的だったようだ。
「では、貴方の国でこの料理はビジネスになると思いますか?」
司会の鴻上尚史が尋ねると、大きく頷いて同意を示す人がほとんど。
つまり冷えたうどんに冷えたスープを注ぎ、薬味を添えたひと品はその国で流行るだろうという推定。
イギリスでもアメリカでも、オーストラリアやベトナム、中国でも受けるだろうということだ。
確かに一寸見では、如何にも暑い夏に流行りそうなコンセプトだ。
だが、世界中で冷たい料理を供しているのは、唯一日本だけという現実。
考えてみると興味深いことではないだろうか。
夏に猛暑に見舞われる国は多いし、日本だけが暑い国ではない。
だが暑い国の食事を調べてみると、カレー味あり激辛味ありだが、涼味とは聞かない。
日本には「もり蕎麦」という食べ物が古くからあったから、冷たい料理の下地はあったわけだ。
さらに、獲れ立ての魚を刺し身で食べるという、世界に類を見ない食事法があった。
今でこそ「寿司」の普及で、世界中に生魚を食べる食習慣が広まりつつある。
だが、実を言えば「生魚=刺し身」ではない。
寿司屋に来て食べている外国人を観察すると、彼らが白身の魚をそれほど好んでいないことが分る。
日本には幾十という種類の白身魚があるが、一般の寿司屋はそれほど白身を仕入れない。
マグロ、鮭、ハマチ、鯵、程度が外国人相手に売れる寿司ダネだろう。
脂っこい魚に濃いわさび醤油を絡ませて食べるのが、一番一般的な「スシ」の食べ方。
逆に鯛や平目、ハタ、さより、などが日本人の好む寿司ダネの上位を占めるだろう。
冷たい料理が外国で売れるか売れないか。
実は一番肝腎なのは、その料理を拵える調理場の衛生管理なのだ。
何故かは分らないが、日本人は食べ物の取り扱いには細心の注意を払う。
それは恐らく、先人が苦しんだ食中毒という害毒への恐怖からだろう。
寿司職人は、ひとつ握ったら必ず手を洗う。
それは料亭の台所も同様に違いない。
つまりこの知らず知らずに身についた習慣が、冷たいものや生ものを扱うに不可欠だったのだ。
今、何処か外国で冷たい料理を調理して出すとすれば、空中に舞い跳ぶ雑菌に最大の注意を払わなければならない。
過去数百年日本が苦労した、衛生管理という難関が待ち構えている。
調理場には何時でも冷たい真水が流れていなければならないし、料理人は食品に触れる度に手を洗わなければならない。
「ローマは一日にして成らず」という言葉があるが、何でもご同様ではないだろうか。
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