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「Fast food ファストフード」は、第二次大戦の後から世界中に蔓延し始めた。
勿論それ以前から、アメリカやヨーロッパの諸国に同様の形式の店はあったという。
だが戦地へ供給する膨大な食料品を、最前線で直ぐ兵士に配給出来るように工夫しているうちに、それが今日のハンバーガーやホットドッグ、フライドチキン、ピザなどに集約されて行ったのではないか。
そしてそれ等は終戦後直ちに、商品として流通するようになったと思われるがどうだろう。
飯盒や鍋代わりのヘルメットで、1日5合の米を炊いていた日本軍とは大きな違いがあったはずだ。
「ファストフード」が既にあるか、ほぼ完成の域にあった米国軍と、明治時代と変わらない糧秣事情で大戦に臨んだ日本軍とでは、はじめから勝負にならなかったとも言えそうだ。
実際、戦後書かれた多くの戦記の中で、中国や東南アジアで如何に悲惨な飢餓が兵士を襲い、多くの兵が戦う以前に肉体の消耗を強いられていたことが書かれている。
充分な食料の供給を受けられた米軍の兵士とでは、最初から勝負にはならなかっただろう。
理由は異なるが、私も入院中やそれ以後食欲の減退で体重を大幅に減らしてしまった。
医師のアドバイスもあり、なるべくカロリーの高い高蛋白質のものを摂取するように心がけた。
だが、朝はパン1切れ程度、昼は軽く夜は多目という長い習慣はそう簡単に変えられない。
特に昼時にマンハッタンにいる場合、食べられるものが見つからない。
ましてそれが昼時であれば何処でも込み合っているし、レストランで食べることは先ず不可能。
ここ数年、マンハッタンの外食産業の価格は高騰を続けている。
今では10ドル以下のランチを望むなら、デリのサンドイッチ程度しかない。
なんせラーメン1杯ですら、税金とチップを加えると20ドル近いのだから。
日系企業でも、レストランで昼食を摂れるのは日本から駐在で来ている社員くらい。
所謂現地採用の若者は、サンドイッチでも高いと考えているらしく、自宅から持参する昨晩の残り物程度でランチを済ませる人が増えているという。
勿論マクドナルドやケンタッキーフライドチキンのような店はあるが、それでも7,8ドルはかかる。
退院後、私はほぼ毎日のようにマンハッタンやフラッシングに出かけるのを日課にしていた。
医師に言われた「散歩」でのリハビリが主目的だが、中華系や韓国系では入手出来ない食材を探すという目的も含まれている。
そこで問題になったのが、「昼食」をどうするかということ。
体重を増やすには、3食をきちんと食べるのが最良だという。
となれば、昼を簡単に済ませるのは良策とは言えないだろう。
だからと言って、一人でレストランの客になるのは何となく気ぶっせいだ。
それなりに栄養素があって一人でも問題なく入れるのは、「ファストフード」レストランだろう。
だが、ハンバーガーショップは敬遠したい。
そうなると、マンハッタンに沢山あって手軽さでも価格でも好感が持てるのは「ピザ」ショップだろう。
私はピザには馴染みが薄い。
私の少年時代、ピザは未だ一般的ではなかった。
六本木にあった気取った若者の溜まり場が、ピザを売り物にしていた。
勿論、私はその店に入ったことはない。
どんな食べ物か、想像力を働かせていただけ。
20代の頃幾度か食べた記憶はあるが、美味だったという印象はない。
「いまピザって幾らぐらいするんだろう?」
家人に訊ねてみると、
「1枚2ドル50セントくらいじゃない、それにトッピングが1ドル50くらいになるし、ソーダが1ドルかな」
つまり、素のピザならば2ドル50程度ということらしい。
脂肪分もあり炭水化物もある。
「ニューヨークの若者の肥満は、ピザとソーダが元凶だ」、と随分昔に聞いた覚えがある。
ならば、肥りたい人には絶好の食べ物ということになるではないか。
勿論私だって、幾度かピザを食べた記憶はある。
40年間に7,8枚というところだろうか、いやもう少しあるか。
それに較べれば、ハンバーグの方がずっと多いように思われる。
それにはちゃんと理由があって、アメリカのハイウエイで空腹になった場合、ハンバーグのチェーンは必ず表示が出て来るし、出口から直ぐのところに店を見つけることが出来るシステム。
若し「俺はマクドナルドやバーガーキングは嫌だ」、と意地を張れば、出口から結構なドライブが必要になる。
ひと口に言えば、そういう部分も大チェーンに買い占められているということだろう。
まあ年に1,2回くらいしか利用しない私には、不平を並べる資格は無さそうだ。
翌日、病院で診察を終えて表通りに出てみると、ちゃんと大きな「ピザショップ」を発見した。
いままで数十回以上此処を通っていたはずだが、自分には無縁と思っていたから全く気づかなかった。
薄暗い店内に入ると、大勢の若者がピザの窯の前で忙しそうに立ち働いている。
私がケースの前に立つと、物も言わずじっと待っているという雰囲気。
「One piece Pepperoni ワンピースオブペパロニ」、今までに食べたピザはほとんどマッシュルームだったが、家人の勧めに従ってスパイスの効いたサラミをトッピングしたピザを頼んでみた。
「And… ?」, 店員は言いかけてじっと私を見ている。
何を言うべきだったのだったか、何となくどぎまぎしてしまう。
「Oh, yeah, stay (此処で食べるよ)」、これがこういう店では必須の会話だったのだ。
頷いて、彼は一切れのペパロニを載せたピザを銀紙に包み、目の前の大きな窯に放り込む。
これが「New York crust ニューヨークサイズ」と呼ばれる奴らしい。
窯の蓋を開けると、数枚の銀紙が中で廻っている。
2周もすれば再加熱が終わるようで、紙の皿に載せて目の前に置かれた。
これで4ドル25らしいから、決して安くはない。
だが、この周辺にある他のファストフードの店を思えば、この価格で食べられるものはない。
受け取った皿を持って、小さなテーブルに置かれた容器を改める。
7,8種類のスパイスが用意されているようだが、何が中味なのかは良く分らない。
推定で、大蒜の粉とバジルの粉末を振りかけた。
12インチの円形を8つに切り分けているから、私の皿にはほぼ3角形のピザが載っている。
その1枚を2つに折って、口に運ぶ。
溶けかけたチーズが口中に広がって来る。
そのチーズと全面に塗られたトマトソースが一体となって、私の舌に斬新な味を繰り広げているようだ。
記憶にはあるのだが、それでも懐かしい舌触り。
「あっ、旨い」、というわけではないが、何となく安心感がある。
2口3口と食べ進むうちに、相手の手の内が分って来たような、と言えば良いだろうか。
「大好きになることはないが、2度と食べないとは言わないだろう」、くらいのところか。
だが、実はそれから3回くらいピザを食べている。
どうしても食べたいという希求は無いが、何故か小腹が空いた時にピザの店を見つけてしまう。
既にオーダーの仕方も覚えたから、入っていくのに抵抗感が無い。
食べながら壁にかけられたメニューを見ていると、この店には「パスタ」もあることを知った。
「マルゲリータ」とか「ボンゴレ」とか、ファストフード店で食べた記憶は無い。
そのうちに試してみようか、などと考えているのだが、それも体重が戻るまでの話。
調子に乗って食べていると、ろくなことはない。
ということはちゃんと心得ているのだが…。
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