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私は良きオペラファンではない。
劇中で歌われるアリアなどで好きなものはあるが、オペラ全てを愛好してはいるとは言えない。
どちらかと言えば、オーケストラや弦楽四重奏などが好みに合っている。
それもチャイコフスキーとかモーツアルトなどのポピュラーなものに偏っているというか、所謂素人好みのメロディに惹かれる傾向があるのだろう。
一方、家人は何時の間にかオペラ愛好家になり、得々と薀蓄を語ったりする。
同じくオペラ愛好家の友人と、チケットを買っては出かけて行く。
戦前はこういう愛好家を「ペラゴロ」と呼んだそうだが、それを知る人は今はほとんどいないだろう。
オペラと称する演劇はあったが、それはあくまでも物真似でしかなかったようだ。
当時の交通事情などを考えれば、日本人が本物のオペラに接する機会は望むべくもなかったろう。
78回転のレコードを聴くか、日本で本物まがいを聴くか、それくらいの選択肢だったはずだ。
先週末、何年ぶりかのオペラ観劇に出かけた。
演し物はヴェルディの「椿姫」、オペラ中のオペラとも言うべき名作である。
絵画やクラシック音楽と同様、オペラも18,9世紀に名作が多く生まれた。
モーツアルト、ワグナー、プッチーニ、ビゼー、ヴェルディ、ロッシーニなどの作曲家たちが生み出した数々のオペラが今日まで命脈を保ち、多くのファンを熱狂させている。
彼ら以後にも数多の作曲家たちがオペラを拵えたが、今日世界の舞台で演じられているほとんどは18,9世紀の音楽家たちが創ったものだ。
日本人の作曲家が作ったオペラも幾つかあるが、上演される機会は殆んどない。
踊りと音楽の融合という観点からみれば「歌舞伎」との相似点は少なくないが、大衆に受け入れられているという点では比較にならないだろう。
「椿姫」が上演されるのは、リンカーンセンターという幾つかのコンサートホールが建ち並んだ一角にあるメトロポリタンオペラ専用の劇場で、4千人を収容出来る。
ここにある劇場のうち収容人員の大きいホールは、そのホールを建てるにあたって巨額の寄付をした人の名前を付けることが多い。
最大のコンサートホールは「David Geffen デビッド ゲッフェン」と名づけられているが、此処は1973年に建てられた時、10.5ミリオンを寄付した「Avery Fisher アベリー フィッシャー」の名前をつけてオープンし、2015年に建て直しの計画が生まれ、その費用を賄うために500ミリオンの寄付を募ることになる。
そして100ミリオンと言う最高額を寄贈したデビッド ゲッフェンの名前を冠することになった。
自分の名前を冠した劇場にどれだけの値打ちを見出したのかは知らないが、こういうことが可能なのはアメリカの税制が日本と大きく異なるからなのだろう。
今日の「椿姫」というオペラの人気もあってか、結構早くからホールに詰めかけて来る人が多い。
さらに主役の「Violetta ヴィオレッタ」を演じる「Diana Damrau ディアナ ダムロウ」は現在最高のソプラノの一人と目されており、今日のオペラは映画に撮影して世界中の劇場で上演する予定だとか。
「こういう特別の舞台では出演者の気合の入り方が違うから、観客の期待も大きいわけ」
「ペラゴロ」の家人の薀蓄を聞かされているうちに、場内は徐々に暗くなりやがて真っ暗になる。
私たちの席はかなり上の方で、所謂「天上桟敷」までは行かないが、歌舞伎で言えば「通」がたむろしている辺りのようだが、それでも45ドルほどするらしい。
まあこの「椿姫」を見るためにわざわざ日本からやって来る人も多いらしいから、45ドルで観られることは感謝するべきなのだろう。
「椿姫」は、一言で言えば「擬似恋愛」を売り物にする娼婦が純愛に目覚める話である。
もっと簡単に言えば、昔の吉原を舞台にした話と良く似ていると言えそうだ。
太夫と呼ばれる高級娼婦は和歌漢詩の教養を身につけ、琴や囲碁将棋の嗜みさえあったらしい。
落語や講談で語られることが多いため真偽の程は定かではないが、10代あまり続いた「高尾太夫」には大名に落籍されたほどの名花もいたようで、彼女の客になるには余程の身代がなければならず、かかる費用も交わす言葉もまさしく「椿姫」の世界そのままだ。
落語の「紺屋高尾」は人情話として有名だが、これは史実だとも言われているらしい。
「椿姫」で歌われる「乾杯の歌」は、このオペラで最も知られた歌曲だが第一幕の冒頭に出て来る。
人気のオペラだけあって、何処かで聞いたようなメロディが絶え間なく流れ、それがディアナ ダムロウのソプラノなのだから観客の拍手は鳴り止まない。
このオペラの登場人物は至って少なく、言ってみればソプラノの独擅場に近いのだが、彼女の恋人の父親を演ずる「Quinn Kelsey クィン ケルシー」というバリトンが素晴らしかった。
娼婦である「椿姫ヴィオレッタ」に自分の息子と別れてくれと説得する役割だが、最後には彼女の純愛を知って息子と幸せになって欲しいと願い、病に倒れたヴィオレッタを力づける。
終演後の拍手は、ソプラノのダムロウに次いで多く、ほとんど互角とさえ見えた。
アメリカのオペラ観客は見巧者が多く、気を抜いた歌いっぷりなど見せれば、「ブー」を浴びせられる。
まあ今日は映画撮影があったそうだから、大いに張り切って歌っただろうことは想像に難くない。
それにしても主役クラスが3人しか出ていないのだから、その中心にいるソプラノはほとんど歌い続けであり、その体力には驚かされてしまう。
調べてみるとこのダムロウはすでに47歳、2児の母だそうだが余程鍛えているのだろう。
私は日本のオペラを観たことはないが、こんなに体力を消耗する舞台に耐えられるのだろうか。
陸上競技やバスケットボール、ラグビーなどで見せ付けられた彼我の体力の差を改めて感じた。
2度のインターミッションを挟んで3時間以上の舞台だったが、世界の一流に圧倒されるばかり。
最後に登場人物が舞台に並んで挨拶をする辺りで、客の拍手喚声は頂点に達したようだ。
私にとって十数年ぶりのオペラ観劇だったが、やはり本物には本物の迫力がある。
今度は良いテノールを聴きたいものだ。
誰かチケットを廻してくれないかな。
「カルメン」「魔笛」「リゴレット」なんかも悪くない。
などと虫の良いことを考えながら劇場を後にした。
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