|
昨年の12月半ばから、ニューヨークは大寒波に襲われた。
私のアパートは一応全館暖房システムになっていて、それで足りない場合のために各部屋に冷暖房兼務のエアーコンディッショナーが付設されている。
もう住み始めて15年以上になるのだが、この臨時用のエアコンを使用した憶えは数えるほどしかない。
勿論使用ゼロというわけではないが、建物自体がちょっとした高台に建っているおり、夏は湿気が少ないせいか寝苦しかった記憶はあまりなく、冬はビル全体の温度調節が効いていて不満はない。
簡単に言えば、このアパートに関しては寒暖差の問題は皆無に近かった。
だが、昨年の暮から情勢に変化が生まれたようだ。
寒くなる、という情報は結構早くから聞いていたしある程度の覚悟もしていた。
とは言っても、私は日本という温帯地方の国の、暑さも寒さもほどほどの東京に育った。
春夏秋冬が満遍なく訪れて来るという、言うなれば温帯の見本のような都市。
生まれて5歳まで育ったのも九州の福岡県だから、両者を較べてみても大差はない。
30を過ぎて南米に行き、赤道直下の国に1年半ほど暮らした。
此処は一年中同じ気候の国で、その毎日もほとんど変化がなかった。
朝は涼しく、昼から夕方まで20度C前後が続き、陽が落ちると涼しくなる。
人は四季を通じて同じ服を着ているし、何を着ても可笑しいといわれる心配もない。
そんなところからニューヨークに移り住めば、環境の変化は著しい。
1976年の秋にマンハッタンに住み始めたのだが、その冬は寒かった。
勿論それ以前のニューヨークは知らないのだから、比較は出来ない。
だが足許から這い上がって来るような寒気は、ただものとは思われない。
それでも未だ若かったから、仲間を語らって夜の街に繰り出す元気に溢れていた。
秋田出身という男は素足に下駄履きで、真冬のマンハッタンを闊歩していた記憶がある。
この時の寒さは、暫くは私の記憶に留まっていたはずだ。
以来40年、私は温暖化進行中と言われる地球に住んで来た。
吹雪が続いた年もあったし、豪雪と言われた年も幾度かあった。
とは言っても、心底寒いと思った年はなかったように思う。
確かにニューヨークの緯度は東京より高く、気候は青森県の八戸並の寒冷地だという。
日本に帰るのは年に精々1度か2度だが、日本の冬も結構寒い。
構造の所為だろうが、部屋と部屋の間や風呂場や手洗いなどは一瞬震え上がるほど。
子供の頃こんな隙間風が吹き抜ける家に住んでいたのか、と驚いてしまうこともある。
何時頃からか冬場に日本に帰らなくなったのは、風邪を引くまいという警戒心も作用していたのだろう。
日本に帰って風邪を引いたという話は結構良く聞かされる。
まあその逆、ニューヨークに行って風邪を引いたという話も割り合い聞く話だから、人は旅先では風邪を引き易いという結論に落ち着くのかもしれない。
今年は12月の初めから、プールにまめに通っていた。
週5日から6日、日に平均して800程度だから、多くて5000、均して4000くらいだろうか。
12月の15日くらいまで、自分で自分を褒めたいくらいきちんと泳いでいたが、段々寒くなって来た。
男性ロッカーからプールに行くまで、プールでシャワーを浴びて水に入るまで。
何処を通っても寒さが身体を包み込んで来る。
水温は27,8度Cなのだが、体感温度は精々25度程度にしか感じない。
寒さを堪えて泳ぎ始めるが、簡単に暖まってはくれない。
200程度泳いだが、体の寒さは一向に変化する気配はないようだ。
ひと休みすると、体が小刻みに震えている。
頑張って500まで泳いだが、これ以上泳げば身体はさらに冷えて行きそうだ。
プールから上がって、ジャクジーに飛び込んだ。
それ以降、気温は下がる一方で終日零下の日が続く。
プールを覗いて見ると、この気温にめげず泳いでいる人はいるようだ。
かねがねコーカソイド(白人)は寒さに強いと思っていたが、我々モンゴロイド(蒙古系)とは基本的な肉体構造が異なっているのだろう、という確信を持つに至った。
零下であれば、私はカシミアのマフラーをしっかりと巻いて、その下には分厚いセーターを着用に及び、下半身には厚手のタイツを穿いてコーデュロイのパンツをその上に穿いている。
しかし若い白人連中は胸元を大きく開けて肌を覗かせ、寒風をものともしない風情だ。
ゴルフだって、彼らは11月頃までショートパンツでプレーしている。
どう考えても、我々とは身体を構成している成分が異なっているとしか思われない。
流石に昨年末から新年にかけての気温は、異常に低かったようだ。
ジムの入り口に告知が貼り出された。
プールを閉鎖して、ジャクジーだけはオープンするということらしい。
確かにこの水温では、プールの浅い処を歩いている年配の男女には堪えるだろう。
トラブルが起きる前にプールを閉めてしまおう、という考えも頷けないことはない。
私もジャクジーに入って身体を温めることで暫く我慢することにした。
水着を着用してジャクジーに入っているのだが、入って来る人はほとんどいない。
寒い日に温かいお湯に入る、日本人なら大喜びしそうなアイデアだが、どうもこのアパートの住人たちはそういう考えに至らないらしい。
たまに来ても、精々4,5分程度で引き揚げて行く。
お湯に浸かって身体を芯から温めるという習慣は、もともと無いのだろう。
日本へ行って温泉に入りたいという西欧人は、身体を長時間お湯に浸すことに耐えられるのだろうか。
考えてみれば、アジアでも長時間お湯に身体を浸すという習慣を持つ人種は少ない。
東南アジアでは身体を温めるという考えはないだろうし、中国に温泉地が人を集めているとも聞かない。
朝鮮半島は火山地帯ではないから、温泉の数は限られているだろう。
地震や噴火というある種の天災に見舞われながらも、湧出する温泉を利用している日本という国は、まさに「災い転じて福となす」を数千年続けていることになる。
確かに地形的に見ても、日本はそう簡単に住居地域を変えられるようにはなっていない。
幾度も地震や津波に見舞われながらも、その地に住み続けて数千年を経ている。
止むを得ず、と言ってしまえばそれまでだが、そのお蔭で数千年の平和が保たれて来たのではないだろうか。
正月の3日、久しぶりに泳いでみた。
やはり水の冷たさが普通ではない。
少しづつ身体が冷えて行くのが分る。
急いで転がり込んだジャクジーの温かい湯が、天の配剤とさえ思われて来るようだ。
どうやら未だ早過ぎるということだろう。
此処は一番、大人しく外気も暖かくなるのを待つしかなさそうだ。
すぐこう考える辺りが、年の功というのだろうか。
それともただ単に気弱になっているだけなのか。
何と言っても記録的な寒さだとTVでも騒いでいるくらいなのだから、素直にその記録を肌で感じるべきだろう。
まあ夏になれば、こんなこともすっかり忘れて泳いでいるのだろうから。
泳ぎを忘れなければ…だけれど。
|