|
話は、いささか旧聞だが…。
2001年9月11日、これを普通、「ナイン.ワン.ワン」と言う。
この日、ワールドトレードセンターの2つのビルディングは、突入して来た旅客機に、もろくも崩れ落ちる。
3千人近い人が犠牲になったが、そのうちの多くは金融関係に働く人だった。
日本の銀行関係のビジネスマンも、何人か死んだ。
しかし、この人たちのことを思う度に私は、或ることを考てしまう。
それは、亡くなった人と同じようにこの2棟のビルで働いていて、この災難にあわなかった人たち。
別に逃げた、という訳ではない。
むしろ、無念の思いでこのビルを去っていった人たち、と言える。
無念の思いで去って、危難をまぬがれる。
人間の幸不幸ということを、まざまざと見せてくれた。
ワールドトレードセンターには、多くの金融関係の企業がいた。
主に、銀行である。
都市銀行もあれば、地方銀行もあった。
1970年代から、日本の銀行は大挙して海外に進出する。
ニューヨークは、世界の中心。
大から小まで、ほとんどの銀行は、支店や現地法人を、この都市に持っていたのではないか。
何をしていたか、は私には分からない。
というより、関心も薄かった。
マンハッタンの日本レストラン、ピアノバー、郊外のゴルフ場は、さぞ賑わっていただろう。
彼ら企業戦士は、或る意味で得意の絶頂にいた、と言えるかもしれない。
世界を動かす…。
好景気の日本をバックに、行く所行く所、可ならざることは無い。
まあ、そんな気持ちだった、かも知れない。
それが、大きく転換する。
バブル景気の破綻。
不良債権を抱え込んだ銀行は、リストラを余儀なくされた。
人員整理、支店閉鎖、経営統合、Etc.
多くの銀行が、ニューヨーク支店、アメリカ現地法人の見直しを始める。
縮小ならまだ救われる。
閉鎖、に踏み切ったところも多い。
当然、ワールドトレードセンターの住人は減って行く。
北海道拓殖銀行のように、銀行そのものが無くなってしまったところもある。
3,40人いた駐在員は、当然、帰国、または退職してアメリカで職を求める。
地銀の数行がそれに続く。
半分以上は、いなくなったのではなかろうか。
何とか踏みとどまれる他行を、羨んだ人もいた、と思う。
その他行に仕事を求めて果たせなかった人も、いたかも知れない。
その人たちは、全て助かった人たちである。
2001年9月11日、その人たちが何処で何をしていたか、は知りようが無い。
ただ、その時の不幸が、実は自分の命を救った…。
そのことには気付いた、と思う。
「禍福はあざなえる縄のごとし」
という中国のことわざがある。
ことわざという奴は、大抵どちらでも正しいように出来ている。
だから私は、悟り済ましたようなことわざを好まない。
だが、この一事に関しては、このことわざがしっくり来る。
私はそう思うし、もっと強くそう思う人が、少なくとも数十人はいる、だろう。
9.11に関しては、書きたいことは沢山あるが、一度には書けない。
少しづつ小出しにしてみたい。
ヤンキースのランディ.ジョンソンの不調は、どうも本格的だ。
昨日のインターリーグ、対メッツ戦。
1回にヤンキースは、ポンポンと4点を取った。
普通なら、もう安全圏だ。
なにしろ投げているのはランディである。
18億の黄金の左腕。
それが全くもたない。
ポンポンと点を取られる。
結局。5回で6−6の同点。
トーレ監督も、見切りをつけた。
6,7,8回と、お互いの中継ぎが押さえて6−6のまま。
9回裏、ヤンキースは、切り札リヴェラを投入。
これが裏目に出る。
ミスターメッツ候補(もう『候補』は要らないかも知れない)デビッド.ライトがセンターオーバーのサヨナラヒット。
リヴェラの別名は、”Mr. Automatic"(自動的に終了、という意味)。
Big Unit(大型装置 − ジョンソンのあだ名)とAutomatic が、揃って打たれた負け試合。
先行きに、灯りは見えてこない。
|