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すれ違う一瞬、目が合う。
にこっと微笑む。
別に声をかけるわけでもない。
すれ違いざまの、瞬時の笑み。
美人とは限らないし、時には親爺だったりする。
それでも、悪くない。
アメリカでは、この微笑は珍しくない。
のんびりした田舎では勿論、殺伐とした大都会でも。
ニューヨークの地下鉄の降り際、ちらっと笑みがこぼれる。
喧騒のなかの一服の清涼剤、とでも言うか。
ビジネスの微笑は、日本にもある。
デパートの売り場は、この微笑だらけ。
酒場ならもっと華やかに、微笑が飛び交う。
だが、そこには常に「見返り」の期待が、ある。
無欲の、無私の微笑みは、あんまり見ない。
この「微笑」は何処から来るのか。
私は考えた。
で、ある考えにたどり着いた。
これは、敵意の無さを示しているのだ、と。
人間が誰かと向かい合う場合、そこには「敵意」か、さもなくば「好意」がある。
太古の昔から、「敵意」は「好意」よりずっと多かっただろう。
「敵意」に向かい合うのは、簡単だ。
戦い、あるのみ。
が、「好意」は難しい。
黙って立っていても、「好意」は相手に伝わらない。
そこで、にこっと笑う。
相手も、笑い返す。
友好条約は、締結された。
日本にも、敵意がないことを示す行動はある。
侍は、刀を右手に持ち替える。
「貴方と刃を交えるつもりはありません。」
という意思の表われ。
力士が、相撲の前に両手を大きく広げるのも、何処にも武器は持っていないことを表わす為だ、
と聞いたことがある。
まあ、その後で張り手を喰らわせるのはちょっと、と思うが。
一度微笑を交わすと、相手に対して闘争的になることは、難しい。
因縁をつけられそうになったら、先に話し掛けろ、と教えられたこともある。
「お前、ガンつけたな。」
と言われる前、だ。
有効かどうか、試したことは無い。
誰か試してくれないか。
何が起こっても、責任は持てないが。
美人に微笑みかけられても、誤解してはいけない。
相手にとって、貴方はもしかしたら危険な存在かも知れない、だけなのだ。
それを未然に防いだ、に過ぎない。
また、むやみに笑いかけるのも良くない。
「何か俺の顔についているか?」
と凄まれないとも限らない。
何事も、普段の訓練が大事だ。
アメリカ人は、子供の頃から、この微笑を振りまいている。
まあそれでも、無愛想な顔で睨みつけるよりは、多少ぎごち無くても、微笑みはあった方がいい。
にわか仕込みの英会話より、はるかに日米友好に貢献する、はずだ。
ヤンキースのデレク.ジーターが、2000本安打を達成した。
メジャーに上がって12年目、レギュラーになって11年目だ。
年平均192本、と新聞に書いてある。
162試合出た、として1試合平均1.2本。
まだ32歳、「野球の殿堂」入りの3000本は、大怪我さえしなければ堅いだろう。
もっとも本人は、
「嬉しいけど、試合に負けちゃあ、ね。」
と、いたって恬淡としている。
ヤンキースは、勝率.239とメジャーの最下位の、カンサスシティ.ロイヤルスに負けた。
それも、先行されたのを逆転し、それをさらに逆転されての負けだ。
ロイヤルスの選手の年俸総額は4千万ドル足らず。
ジーターとAーロッド、二人でお釣りが来る。
大体、こういう弱いチームは、ヤンキースには闘志を燃やす。
「金じゃないぞ、この野郎!」
そんな下品な言葉を、発するかどうかは知らないが、思ってはいる筈だ。
ロイヤルスの選手たちは、さぞや溜飲を下げただろう。
でも、その後で、
「来期、ひょっとしたらヤンキースから、声がかからないかな。」
と思ったとしても、誰も責められないけれど。
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