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「夕涼み よくぞ男に 生まれける」
有名な句だが、私はこれを川柳だと思っていた。
最近、俳句であることを知った。
芭蕉門下の筆頭、宝井基角が作者である。
暑い夏の夜、縁台に向こう脛をむき出しに座る男たち。
この句が生まれた時代なら、ビールは未だない。
「本直し」(冷やした焼酎に味醂を加える)といきたいところ。
胸をはだけて、団扇を使う。
確かに、女性では出来ない。
まあ、この夕涼み風景も「男ならでは」のものだが、もう一つの快感がある。
「逆剃りて よくぞ男に 生まれける」
季語が無いが、これは私の実感句である。
指先で確かめた短い髯を、剃刀でしっかりと逆剃りする。
その後、手にアフターシェイブローションをたっぷり取って、剃り跡を叩く。
沁み込むローションで、脳天にまで痛みが走る。
一瞬の痛みと、その後に来る清涼感。
これは一回だけだ。
もう一度やっても、あの痛みと快感はもう来ない。
私は、電気剃刀を使わない。
もう30年以上、剃刀で髯をあたっている。
電気剃刀を使ったこともあるが、剃り後が今ひとつすっきりしないので止めた。
理髪店で使う、レザーという長刃の剃刀を使ってみたい気はあったが、手入れが難しい。
無難なところで、2枚刃の安全剃刀を愛用している。
ジレットのセンサーという。
剃刀で髯をあたるには、石鹸を泡立てるブラシが要る。
シェービングクリームを、私は好まない。
石鹸なのか、ただの泡なのか分からないのが嫌だ。
きちんと、ブラシで石鹸を泡立てる。
そして、それを顔の下半分に塗る。
剃刀の当たる部分は、全て塗っておかなくてはならない。
その前に、熱い蒸しタオルで顔を蒸す作業がある。
これ無しでも、やってやれないことはないが、小さな傷が出来ることが多い。
ローションの沁み方が、適宜な心地よさというより、痛みの方に傾く。
別に痛みを求めている訳では無いので、出来る限り蒸す。
剃り始めは、もみ上げから。
つまり、「髯 (ほほひげ)」である。
順目に剃りおろす。
蒸しが十分であれば、ほとんど抵抗なく剃れる。
次いで。「鬚 (あごひげ)」である。
下唇から喉に向けて順目に剃る。
ここら辺までは、それほど神経は使わない。
さらに、「髭 (くちひげ)」も順目に剃る。
これで、最初に塗った石鹸の泡は、ほとんど剃刀が浚ってしまっている。
もう一度泡を立て、塗り直す。
ここで、剃刀を逆手に持ち替える。
まず、喉仏の辺りから、逆剃りを始める。
安全剃刀であるから、間違いないとは思うが、やはり少々神経を使う。
逆剃りは、思い切って剃らなければ意味が無いので、なお更である。
剃りながら、左手で剃り跡を確かめる。
少しでも髭先が感じられたら、そこに又剃刀を這わす。
次いで、頬からもみあげも逆剃る。
ほっぺたは年齢とともに、窪んでいる部分がある。
そこを剃る時は、頬を膨らませてやらねばならない。
本人は真剣だが、あまり人に見せたい表情ではない。
鼻の下を剃る時も同様。
思い切り伸ばさなければならない。
かなり緩んだ、だらしない顔になっていることは確かだ。
だが、ここの逆剃りは一番気を使う。
もっとも怪我をし易い部分でもある。
口の周囲は、形状も少々複雑だから、剃るのに苦労する。
色々顔の表情を変えながら、どうにか終了。
2ヶ所ほど、血の滲んでいるところがある。
なかなか完璧にはいかない。
ローションを、手のひらの窪みににたっぷりと取る。
それを、両手に伸ばし、剃り跡に思い切りなすり込む。
「………。」
清涼感と小さな傷跡に沁み込んだ痛みが、渾然一体。
「よくぞ男に 生まれける」
の、数秒である。
私には、不満がある。
この手順でお判りのように、剃刀で髭を当たるのは、結構な手間である。
蒸してから、ローションの快感まで、15分はかかる。
電気剃刀なら、高々5分ではないか。
いや、歩きながら使う人もいるらしい。
手洗いで、しゃがみながら剃る人もあると言う。
かかりっきりの15分。
片手間の5分。
本格派の私の不満は、不公平感である。
これだけ苦労して剃った髭も、片手間に鼻歌交じりで剃った髭も。
翌日には、同じように伸びて来るのだ。
「いいじゃない、翌日も又『よくぞ男に…』を楽しめるんだから。」
こう言われる。
確かにそれはそうだ。
それはそうだが…。
出来れば、3日に1回くらいがちょうど良い。
こう思う今日この頃ではあります。
余談になるが、アメリカでは、剃刀派が圧倒的に多いらしい。
ジムでも、ほとんどの人が剃刀で髭を当たっている。
比べて日本は、電気剃刀派が主流のようだ。
これはやはり、日本の通勤事情が大きく影響しているのではないか。
「逆剃り」の快感よりも、「1分でも長く寝ていたい」欲望が強いのだろう。
それも分からないではないのですが。
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