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のっけから少々下品な話になるが、
「屁ならまだ 良いがおならの 気の毒さ」
という古川柳がある。
ちょっと解説を要するが、
「屁」は男言葉で、「おなら」は女言葉である。
つまり、男の「屁」は笑い話で済まされるが、女性の場合な気の毒だ。
とまあ、そういう時代があった。
洋の東西では、慣習も異なるところが幾つもある。
なかでも、この「おなら」の受け取り方が興味深い。
私は、昔南米で教会の日曜礼拝に行っていたことがある。
別に熱心なクリスチャンではなし、まあ興味半分といったところ。
1時間半から2時間のサービス。
アメリカ人主催だから、構成が上手く出来ていて飽きない。
若者たちのコーラスなども色を添える。
子供たちも多いから、ということもあっただろう。
その最中、必ず1度か2度、この空気音を聞く。
まさか大人ではないだろう。
みると、「クスッ」と笑う子供がいて犯人が分かる。
横には両親が座っている。
別段表情を変えている訳でもない。
泰然というか、平常心というか。
満座で恥をかいた、という風情は皆無。
「あの音は、それ程失礼ではないのよ。」
後で、そう聞かされた。
「それより『ゲップ』の方が、ずっと下品なの。」
確かに、欧米人はゲップを嫌悪する、と聞いた憶えがある。
「だから、うちでもゲップはうるさく注意することにしているの。」
この二つの音に、下品さの違いがあるとは初耳だった。
まあ、どちらも余剰空気の外部溢出ということだろう。
それが、上部からか下部からか。
何故、下部はOKで、上部はいけないのか。
日本であれば、どちらかと言えば下部の方が、より非難されるだろう。
もし、上部がそれほど下品だとすれば、ことは重大だ。
夜更けの居酒屋なんか、この音だらけ。
焼肉や辺りも、大生産地になる。
この一事をとってみても、文化の違いは大きい。
それが最も顕著に現われるのが、食卓。
私は、食卓に肘をついて物を食べるな、と言われて育った。
立膝も礼儀に外れる、と教えられた。
中国人で、肘をついたまま食事をする人は多いし、朝鮮半島では、立膝は普通。
逆に、日本では作法に適ったことが、無作法だったりする。
茶碗を持ち上げて、飯を食う。
これは、韓国では無作法らしい。
なかでも一番それがはっきり分かるのは、蕎麦の食い方。
日本では、大きく音を立ててすすり込む。
一瞬ギョッとするくらいの大音。
だが、誰も驚かない。
「いい食いっぷりだねぇ。」
逆に誉めるかも知れない。
ニューヨークの蕎麦屋。
半分くらいはアメリカ人、もしくはそれに準ずる人たち。
半分くらいは日本人。
粛々と蕎麦を食う。
そこへ突然、
「ズズーッ、ズズーッ」
一瞬、人々の箸が止まる。
会話も途切れる。
只一人、音の発生者は、涼しい顔。
日本から来たばかりの人、と見受けた。
食卓のマナーは、国によって随分違っている。
料理は欧米中心に発達して来たから、作法も西洋料理のそれは、割合知られている。
スープのスプーンは、イギリス式は手前へ、フランス式はその反対、だと。
一体、誰が決めたのか?
飯をフォークの背に乗せる、のが正式だったような。
あれで、西洋料理が嫌いになった人もいたのではないか。
私は、好きな時にフォークは右手に持ち替える。
ナイフが必要な時は、又フォークは左手。
これは、マナー違反なんだろうか。
確か、パリでもこういう方式が多い、と聞いた。
まあ、やんごとなき方々との晩餐会でも、という訳にはいかないだろうが。
大事なことは、いかに旨く料理を味わうか。
周囲に不愉快な感情を持たせないか。
それさえ守っていれば、マナーは自由、と私は考えている。
ああ、ただ、箸を割ってから1本づつ両手に持ち、こすり合わせているアメリカ人。
こういう人には、出来るだけそっと、しかしはっきりと言って欲しい。
「それは、日本でもあまり上品な動作ではありません。」と。
昨日、ヤンキースはイチロー一人に敗れた。
2−2で同点の8回無死。
イチローは、ゆるい内野ゴロ。
球が、ピッチャーマウンドとホームの間を転がる間に、俊足を飛ばしてセーフ。
内野安打。
1死後、2塁へ走る。
焦ったキャッチャーの球が、センターに逸れる間にらくらく3塁へ。
4番ラウル.イバネスの左翼へのフライで生還。
イチローの脚が全ての決勝点だった。
こういう勝ち方を、
「Ichiro onehandedly beat the Yankees.(イチロー一人でヤンキースをやっつけた)」
と言う。
コラムニストは続けて、
「日本から来て5年半、イチローは1269本のヒットを打ちながら、342打点しかあげていない。
長打も僅か250。そしてそれを常に批判されて来た。
だが、今日の試合のようにそのスピードを生かし、相手をかき回す攻撃が、イチローそのものだ。」
と結んでいる。
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