還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

「運動会」の記憶

秋は「運動会」のシーズンである。
と言っても、それは日本の話。
欧米では、「運動会」という催し物はないようだ。
ただ起源らしきものとして、イギリスやドイツで行われた体育競技会がある。
しかし、今日の日本の「運動会」は全く日本独自の形式であり様式。
日本での最初「運動会」は、1874年海軍兵学校で「競闘遊戯会」とされているようだ。
そして、それは徐々に全国に広がり、「富国強兵」の趣旨に添った試みとして奨励された。
戦前には、朝鮮や台湾でも「運動会」があったと言う。
ひょっとすると、今でも残っているかも知れない。

原型はヨーロッパにとったにせよ、日本では様々な趣向を加えて子供も大人も楽しめるように変化させた。
私の時代とは随分変わったかも知れないが、憶えているだけでも多くの競技種目がある。
「障害物競走」、「借り物競争」、「スプーンレース」、「「玉入れ」、「大玉転がし」、「2人3脚」。
物に付加価値を付け、興趣を添えるという日本人得意の技巧が、随所に見受けられる。
小学校なら、1年から6年までの生徒に、幾つかの種目を割り振らねばならない。
危険度も考慮に入れて組み合わせるのは、楽ではなかっただろう。
参加希望の父兄にも、活躍の場を与えることも重要だ。
普段軽く扱われている体操の教師も、ここぞとばかり張り切ったことだろう。
生徒だった時代には考えもしなかったが、あれはあれで大変だったのだ。

担任は担任で、生徒の振り分けに頭を痛めたことは間違いない。
運動神経の発達した子供たちは、先ず問題ない。
肝心なのは、足も遅く引っ込み思案の子供を、その種目に振り向けるか。
下手すれば、当日休む子だって出る。
大会の花形、クラス対抗リレーの選手はどうやって選ぶのが良いか。
下手すれば、外れた子の親から苦情が出かねない。
気の小さい先生なら、自分が休みたくなるだろう。

「運動会」は、私にとっては格別のものではなかった。
足が速いわけではないし、腕力が強い方でもない。
だから、「運動会」は好きでもないし嫌いでもないというところ。
ただ授業のない1日が、何となく嬉しかった。
しかしクラスに数人、この日を待ちわびている奴らがいる。
確実に「リレー」の選手に選ばれる連中。
普段は何処にいるか分からないが、「運動会」では存在感がある。
メンバーは、クラス全員の投票で決めた記憶がある。
担任としては、智慧を絞った挙句の方式だったのだろう。
無記名で投票させ、黒板に名前を書いて票数を加算して行く。
不思議なもので、この投票方式はほとんど間違いなく「速い」子を選び出す。
見てないようで、皆ちゃんと見ているものらしい。
選ばれた4人は、流石に嬉しそうだ。
年に一回だけの、脚光を浴びる日。
これから当日までは、何となく英雄気分でいられる。
当日以降は、結果次第だが。

運動会当日は、必ず花火が揚がる。
今でもそうだろうか。
それは必ず日曜日であり、父兄が参加出来るようになっていた。
早朝、体操着の子供たちが続々と校庭に集まって来る。
入場行進というのがあったが、一体何処から入場して来たのだろうか。
校舎の裏辺りに集まったような記憶はある。
皆照れ臭そうに、お互いの格好を笑いあったり。
だが良くしたもので、「行進曲」が流れ出すと気分はがらっと変わるのだ。
だがその「行進曲」が何だったか、どうしても思い出せない。
「東京オリンピック」の入場に使われた曲のイメージが、ダブってしまう。
まさか、「軍艦マーチ」ではないだろう。
スーザ作曲の「士官候補生」、だったような気もするのだが。
黛敏郎作曲の「スポーツ行進曲」にも、聞き覚えはある

練習の甲斐あって、全員が校庭に整列し、「運動会」が始まる。
例によって、校長の訓示、全員で体操などのお決まり。
未だ見物もちらほらで、低学年の徒競走あたりからスタート。
教師が場内アナウンスを受け持つが、この巧拙が「運動会」の成否に大きく係わっている。
ぎごちない放送は、生徒の演技もぎごちなくするようだ。
達者なベテラン教師は、ツボを心得ている。
笑わせてみたり、しゅんとさせたり。
6歳から12歳を相手だから、あれも結構コツが要るんだろうな。

昼食時になると、父兄の見物席もほとんど満員になる。
親がいる子は親の席で弁当を食べ、そうでない子は教室で一緒に食べたり。
クラスに一人二人は必ず、寿司屋の包みを開ける。
両親の店が忙しくて、準備もままならないのが理由。
それを知らない子供たちは、結構真剣に羨ましがる。
中味は精々稲荷にかんぴょう巻だが、当時としては贅沢品。
寿司を食べていた子の心中は、今ならなんとなく分かる。

プログラムが進めば、フィナーレは「クラス対抗リレー」と決まっている。
なんだかんだ言っても、これが一番の人気競技だ。
どういう訳か、5年6年だけだったような記憶がある。
5年のリレーも結構注目を浴びるが、何と言っても目玉は6年生。
言わば、「学校で一番速い4人」を決めるわけだ。
スタート前から、応援の声が飛び交う。
大人も結構「リレー」は好きと見えて、固唾を呑んで見守っている。
全員の注視を浴びる、16人の走者たち。
ひょっとすると、生涯で一番晴れがましい瞬間かも知れない。

めいめいが色の異なるバトンを持って、クラウチングスタートの構え。
一瞬、満場が静まり返る。
これまた晴れ舞台の体操教師の、ピストルの号砲一発。
スタートと同時に、大歓声がグラウンド一杯に広がって行く。
後はもう、阿鼻叫喚の状態。
1組がリードして、3組が追い抜く。
4組がじりじり追い上げて、第2走者へバトンタッチ。
差が開くと見えると、後続が迫って来る。
運動会の間中、つまらなそうにしていた生徒が、声を嗄らして走者の名を叫ぶ。

リレーの醍醐味は追い抜く時にある、と言っても過言ではない。
抜かれる走者には気の毒だが、逆転は人を最高に興奮させる。
箱根駅伝の柏原の人気は、山登りで次々と前の走者を抜き去った時に生まれた。
60年前の小学校の運動会だって、理屈は一緒。
この時は、私のクラスの最終走者が前の二人をごぼう抜きにして優勝した。
卒業以来顔を合わせたこともないが、会えばきっと「リレー」の話になるだろう。
どこにでも居る老人になった彼の脳裡に、あのゴールが浮かぶことは間違いない。

オリンピックだって、一番面白いのは「100m競争」だ、という人は多い。
「Simple is the best (単純が最高)」
採点もなく、ややこしいルールもない。
早くゴールを駆け抜けた奴が勝者。
「俺は伝説だ」とウサイン.ボルトは言った。
確かに彼の名は、数十年語り継がれるだろう。
だが小学校のリレーの勝者だって、長く語られる存在かも知れない。
単位は数十人に過ぎないが、クラス会にはきっとその話が出て来る。
それはそれで、結構凄いことではないだろうか。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事