|
マンハッタンの5番街。
その52丁目を西に曲がり、30mほど行った右手。
入り口の上部に、競馬騎手を模した21の彫像がずらりと並んでいる。
恐らくニューヨークでも最も有名なレストラン、「21クラブ」。
インテリアも豪華だし、料理もそこそこ。
だが、この店が有名なのはそういう理由ではない。
ここを訪れる客の顔触れが、この店の売り。
政界の大物、財界の重鎮、マスコミの寵児、敏腕弁護士。
だから総ては、派手な挨拶の交換から始まる。
握手、キス、ハグが延々と続く。
と言って、直接私が見たわけではない。
全ては、聞き及んだことばかり。
この店の名を高らしめたのは、人呼んで「パワーテーブル」。
特殊なテーブルではない。
訪れる大物たちが、何時も座る「定席」をそう称している。
別に店がそう呼んでいるのではなく、年月をかけて定着した呼称。
7番はリチャード.ニクソンのテーブル、30番はハンフリー.ボガートのお気に入りの場所。
現存する人なら、ジョー.トーレの12番やビル.クリントンの31番。
ハリソン.フォードは、56番を好んでいると言う。
遡れば、アーネスト.ヘミングウエイの7番、41番はパバロッティでフランク.シナトラは14番。
それぞれが何回その席に座ったか、誰も知らない。
だが、彼らから予約が入れば、店はその席を確保するだろう。
それが分かれば、客も悪い気はしないはず。
そしてこの「パワーテーブル」が有名になれば、そこに座りたい普通の客がやって来る。
「ビル.ゲイツが何時も座る席を予約したいんだけど…」
「承知しました、42番テーブルをお取りします」
そこに座っても世界一の金持ちにはなれないが、その気分の万分の1くらいは味わえるだろう。
周囲を見渡せば、馴染みのある顔が隣に座っているかも知れない。
運がよければアンジェリーナ.ジョリーと目があって、微笑んで貰える可能性だって(先ずないか)。
でも、そういう期待でやって来る客は多いらしい。
メニューを見れば、驚くほど高いわけではないようだ。
ハンバーガーが32ドル、サーロインステーキが65ドル。
前菜やワインを入れても、一人100ドル前後で賄えそうではないか。
この手のアイデアは、日本でも使えるかも知れない。
「キムタクの席」とか、「吉永小百合シート」、「高倉健さんのコーナー」。
結構座りたい客が、押しかけて来るのではないだろうか。
だが、「野田佳彦」や「安倍晋三」、「石破茂」では、客は来ない。
「AKB48」では、誰が座ったか分からないし。
「香川真司」や「本田圭佑」で来る客は、高いものは頼まないだろう。
もう一ひねり二ひねり必要だろう。
「21クラブ」の歴史は、禁酒法時代に始まっている。
悪名高いこの法律は、1919年から33年の15年間。
1926年に二人の若者が、学費稼ぎにもぐりの酒場を開いた。
その手の店は、「Speakeasy (スピークイージー)」と呼ばれる。
違法の密輸の酒を提供する、いわば「やばい商売」。
客が声高に注文するとバーテンダーが、
「スピークイージー = 押さえて話せ」と言ったところから来た名前らしい。
取締りの網をくぐって、彼らの商売は大きくなる。
49丁目に作った店は、ロックフェラーセンター建設のために高額な立ち退き料を得た。
その金で、現在の場所に「酒場兼レストラン」を開く。
客に提供するのは、すべて密造か密輸の酒。
面白いように儲かっただろう。
今日の高級レストランの基礎が、違法の酒で築かれたわけだ。
勿論FBIは何度か、この店を急襲している。
だが、一度として摘発されていない。
FBIに内通者がいたという説も聞くが、店にも「仕掛け」があったらしい。
FBIや市警が手入れに来ることは、先ず門衛が察知する。
彼は秘密のボタンを押し、バーテンやウエイターに合図が行く。
すると、バーの酒棚が回転し、すべての酒類は壁の裏側に仕舞い込まれてしまう。
酒蔵への壁は、2トンの重さがあったと言う。
現在その仕掛けは、「21クラブ」のホームページで紹介されている。
手入れの間、当時のニューヨーク市長が秘密の部屋に隠れていたというから、何をか言わんや。
犯罪のからくりを堂々と見せているから、笑うしかない。
どういうわけか、ニューヨークの日本人の間では、「21クラブ」はそれほど好評ではない。
「たいして旨くもないのに、えらく気取ってるんで疲れちゃうんだよね」
「あそこより旨くて、サービスが良いレストランは一杯あるよ」
「年配の人が多くて、なんだか気ぶっせいなんだ」
日本で言えば、「吉兆」とか「金田中」のようなものか。
ニューヨークで日本人が高級レストランへ行く場合、男同士というケースが多い。
出張客を接待したり、日本からの役員のお供をしたり、という奴。
そういうグループが高級レストランにいると、結構目立つ。
全員がダークスーツで纏まっている。
周囲は、着飾った女性を混じえたアメリカ人のパーティばかり。
さっさと呑んでさっさと食う日本スタイルは、少々異様かも知れない。
かく言う私も、「21クラブ」には行ったことがない。
「フォーシーズン」には一度行ったし、今はない「タバーンオンザグリーン」も試した。
消え失せたワールドトレードセンターにあった「ウインドウオブザワールド」にも、母を連れて行った。
ニューヨークに住んだからには、一度くらい行ってみたいという気はある。
「そのうち、そのうち」と言いつつ、「とうとう行けなかった」ではいささか淋しいではないか。
|