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「還暦スイマー」は、暫く泳いでいなかった。
怠けていた、というのは正しくない。
泳ぐべきプールが、閉まっていたのである。
犯人は、スーパーストーム「サンディ」。
強風であちらこちらの電気系統を、ぶっ壊した。
我が市民プールも、電気が止まり給水も排水も出来なくなった。
多分、下水も溢れたのではないか。
とにかく1ヶ月あまり、泳ぎたくても泳げなかった、というわけだ。
やっと旧に復したと聞いて、久々に泳ぎに行った。
これくらい休むと、なんとなく億劫になる。
年寄りが色々なことを「止める」のは、こういうきっかけからが多い。
まして、寒さは増して来ている。
いっそ春まで待つか、なんていう情けないことも思わないでもない。
何時もなら尻を押す家人も、沈黙を守っている。
(この寒さで泳いで、風邪でもひかれたらたまらない)
そんなことを考えているのではなかろうか。
そう考えると、意地でも泳がなければならない。
胸を張って颯爽とと言いたいが、うなだれてとぼとぼと、と言う形容の方が相応しい。
久し振りだから、忘れ物がないよう念には念を入れた。
着替えの下着くらい忘れてもどうということはないが、肝心の水着を忘れたら一巻の終わりだ。
全て揃っていることは、出かける前に確認済み。
それでも受付にカードを見せたあたりから、元気が出て来た。
館内に漂う温水の匂いに、「スイマー魂」が反応したのだろう。
着替えて、シャワーを浴びる。
ちゃんと温かい水が出ている。
時々温水のラインが故障して、冷水しか出ないシャワーもあるから注意が肝要だ。
予想したとおり、泳いでいる人の数は少ないようだ。
ここには25mのコースが10本あり、中の2本は「快線(速い泳者)」と指定されている。
私は何時もこの「快線」で泳ぐのだが、今日はその2コースが妙に混んでいる。
反対に4本ある「中線(普通の泳者)」の方が、余裕がありそうだ。
2人しかいない「中線」を選んで、水に入る。
温水とは言え、最初は冷たく感じるものだ。
少し身体を慣らして、クロールで泳ぎ始める。
何となく体が重いが、久し振りだからこんなものだろう。
少し泳いでから、私は「背泳」を試すことにした。
水泳部の頃、私の専門は「背泳」だった。
何故そうなったかは、既に幾度か書いた。
「背泳」に才能があった、と言いたいが言えない。
背泳だけは長時間泳げた、というのが真相。
それでも「メドレーリレー」は、私がいなければ成立しなかったのだ。
オリンピックの場合と同じで、不可欠の選手だった、ということ。
このプールで、「背泳」は禁止されているわけではない。
だが、混んでいる時は、何となく遠慮してしまう。
なんせ進行方向が見えないから、何時他の泳者とぶつかるか分からない。
だから滅多に泳がないが、この人数なら問題はないだろう。
私は、かねて腹案の「新型泳法」を試すことにした。
水泳の「泳法」は、少しづつ進歩している。
一寸見には分かりにくいが、比べてみるとよくわかるものだ。
昔は流れるような綺麗な泳ぎが全盛だったが、今はパワーで圧倒する泳法が主力。
「背泳」では、手を真下に掻いていたが、最近では手の平で水を押すように泳ぐ。
オリンピックなどで、水中カメラの映像をみるともっとはっきり分かる。
肘を曲げて、手の平で水を交互に押している。
力は必要だが、それが無駄に働かない。
実を言えば、この泳法には強い足の「ビート」が不可欠。
それがない私には無理なのだが、そこは私流。
「全てはフォームから」、が私の主義。
ゴルフを始めた時も、フォームから始めた。
「良いフォームがあって、しかる後に技術がある」
誰が言ったか忘れたが、私はこれを信奉している。
始めて2年目くらい経って、コースで組み合わされた人たちとプレーした。
「Professinaol form, Amature result (プロのスイングだが素人の結果だ)」
ベテランらしいアメリカ人ゴルファーに、そう言われた。
褒められたかと思ったが、そうではないらしい。
「見掛け倒し」という意味だった、と後で気づいた。
新泳法で、泳ぎ始める。
泳いでいた一人が上がって、コースには私と二人。
ぶつかる心配はほとんどない。
頭上から右手を廻し、肩の辺りから水中に入れる。
その右手の平で、腰の辺りの水を下方に押しやるように力を入れる。
右手を抜く前に左手が水に入り、同じように動く。
ちゃんと進んでいる。
スピードは、分からない。
「背泳」は他の泳ぎと異なり、空か天井しか見えない。
ターンするタイミングも分からないから、頭を壁にぶつける可能性もある。
そのためにゴールの壁の手前5mのところに、目印のラインが張られている。
それを目視して、自分の位置を知るわけだ。
大体そのラインから2掻きで、ターンになる。
左手で壁に触れ、ターンしてさらに泳ぐ。
「新型泳法」は、なかなか好調のようだ。
それでも75m辺りから、腕が重たくなって来た。
久し振りのせいか、新泳法のせいか、は分からない。
何とか100mを泳ぎ切って、一休みして水を呑む。
結局この日は、トータルで700mを泳いで終了。
その全てが、100mか200mという「金魚のふん」状態。
まあ、久し振りだからこんなものだろう。
何と言っても、復活出来たことが大きい。
「新型泳法」をこなせたことも、大きな収穫だ。
そんな自己満足だって、泳げばこそ。
何とか「還暦スイマー」の、看板だけは守れたような気がする。
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