|
週末、ここ数年恒例になっている、知人の「サマーハウス」に招かれた。
ニューヨークから車で3時間弱、150マイル(240km)のドライブ。
ロードアイランド州の海岸沿い、文字通りの避暑地。
正面は大西洋だから、真っ直ぐ行けばフランスのはずだ。
「道中何の話もなく…」、と言いたいところだが、生憎の豪雨。
昔中学校の英語の時間に、
「Raining like cats and dogs (犬や猫のように降る雨)」
そう習ったが、今頃実感したような気がする。
犬や猫が路上で跳ねているように、雨が跳ね返っている。
途中、制限速度65マイル(104km)の部分があるが、とてもとても。
どうにか50マイルくらいで、しっかり前を見て走行。
週末の金曜日だから、不慣れな運転者が多く出て来ているようだ。
ぶつかられたって面倒なことには変わりがないから、なるべく離れて走る。
それでも、2,3度「ひやっ」とする場面に遭遇した。
どちらも後期高齢者風の、年配のご婦人。
前だけを見て、ハンドルを握り締めている。
警告のホーンを鳴らしたが、多分聞いてもいないだろう。
よくその年齢まで生きて来れましたね、と感服するしかない。
雨が小降りになった頃、漸く目的地に辿り着いた。
一面のトウモロコシ畑を抜け、細い邸内に小路を走るとサマーハウス。
知人の祖父が、20世紀初め頃に買ったという広大な土地に、数軒の家が建っている。
祖父に二人の息子がいて、その息子たちに数人の子供。
銘々が自分たちの家を建てているが、まだまだ土地は幾らでもありそうだ。
ワシントンに住んでいた祖父は、馬車でやって来たらしい。
距離にして、恐らく350マイル近いのではないか。
馬車で何日かかったか、想像もつかない。
時代は流れて馬車は車になり、急ぐなら飛行機になった。
交通機関は変化しても、住人たちの生活はほとんど変わっていないそうだ。
やって来たら窓を開け掃除をし、途中で買い込んだ食糧を料理して食う。
食べるものは、何も特別なものはない。
海岸を散歩し、拵えたコートでテニスを楽しみ、本を読む。
今でもテレビがある家はないそうだから、全員の考えは一致していることになる。
住んでいる全員が親戚だが、一緒に食事することは非常に稀だとか。
付属しているプライベートビーチで顔を合わせれば、挨拶しハグを交わす。
プライベートビーチは、幅300mほど。
隣接するパブリックビーチとの境界に立て札はあるが、歩いて通過する分には構わない。
滅多にないことだが、ごく稀に警察を呼んで不法侵入者を排除することもあるとか。
この家のすぐ隣に、小さな家が数百立ち並んでいる。
随分昔に、建売として販売されたサマーハウス群だそうだ。
彼らの前の浜は、パブリックビーチになっている。
そのビーチを越えると、今度は数百台のキャンピングカーが停まっている。
安い地代で借りた土地に銘々のキャンピングカーを定住させ、夏場にやって来るらしい。
この辺りもパブリックビーチ。
たまに本当に込むと、盛夏の逗子鎌倉に似た様相を呈するとか。
そう言う時に、プライベートビーチに入り込んで来る、ということが起こる。
なるべく波風を立てないように気遣っているのだが、と知人は言う。
だが、時々パブリックビーチが悪天候で「遊泳禁止」になることがある。
すると、ライフガードのいないプライベートビーチに来て泳ぐ人が現れるそうだ。
放っておけば良いと我々は思うが、そうも行かないらしい。
万一溺死者でも出ると、訴訟沙汰の可能性もあると言う。
何だか割り切れない話だが、その可能性を排除するために、侵入者を防ぐ必要が出て来る。
訴訟社会のアメリカならでは、の話。
随分余裕をもって出発したのだが、想定外の豪雨で、到着したのは午後4時過ぎ。
家人は女性たちと連れ立ってビーチに出かけたが、浜には人影もなかったそうだ。
私は緊張した運転で多少疲れたようで、ソファで読書。
この家から浜までは歩いて数分だが、家の2階から見えるのは一面の緑と大西洋のほんの一部。
その一部を瞥見すると、大きな白波が押し寄せて来る様が見える。
これではとても、泳ぐことは出来ない。
夕食は、タイ風イカサラダとラザニエという簡単なもの。
白と赤のワインが抜かれ、お好きな方をどうぞ、というやり方。
少々ワインが廻って、運転の疲れもあり、早々にベッドルームに引き上げて寝た。
翌日も天候は芳しくない。
望見すると、相変わらず白波が見える。
でも折角来たのだから、と一応水着で浜へ向かう。
木立の中の細い小径を抜けると、大西洋が視界一杯に広がって来る。
波は高く、打ち寄せる音は大きい。
此処は浜からすぐ急深にえぐれているので、うっかりすると引き波に沖に持って行かれる。
泳いで泳げないことはなさそうだが、万一の時助けられる人がいない。
我は昔の我ならず、泳ぐことは諦めた。
隣の浜では若者が4,5人泳いでいるが、ほんの波打ち際程度。
ライフガードに諌められているのかも知れない。
そうそう、命を粗末にしてはいかんよ。
昼過ぎ、今晩の食料のロブスターを買いに近在の港町へ出かけた。
流石にバケーションシーズンのど真ん中。
人も車も多い。
知人が良く行く店も、ロブスターを求めて来る客で溢れんばかり。
今年のロブスターは豊漁で価格は下落中だが、此処では強気な値つけだ。
まあ普通の人は、相場を知らないだろう。
私たちの前の客は、15尾を買い込んだ。
我々は6尾。
知人の依頼で、私がタンクに手を突っ込んで選ぶ。
殻の硬いオスを選んで、籠に入れる。
この近海は浅い漁場だから、殻の黒っぽいロブスターが多い。
深場で捕れるロブスターは、太陽光に当たらないので殻がオレンジ色をしている。
勿論、どちらも茹でると真っ赤になる。
帰路の途中、野菜を売っている小屋によって「トウモロコシ」を買う。
此処も人手溢れかえっている。
どこの家でも、ロブスターとトウモロコシなのだろうか。
見るともなく値札を見ると、ニューヨークより遥かに高い。
まあ、一年中で今しか稼げる時はないんだろうから、仕方がない。
人が払うとなると、気持ちが鷹揚になるから不思議だ。
帰宅したら、早速ロブスター調理の準備。
6尾を一度に蒸すのだから、普段使われない特大の深鍋が取り出される。
一般的には、ロブスターとトウモロコシは一緒に蒸す。
だが6人前となると、一つの鍋では難しい。
で、深鍋でロブスター、普通の鍋2つでトウモロコシを蒸すことにする。
早くも用意された白ワインを啜りながら、ロブスターを鍋に放り込む。
あまり嬉しくなさそうに、ロブスターは鍋の中で動き回る。
下から湯気が吹き上げているのだから、確かに愉快ではないだろう。
「往生しろよ」と言いつつ、蓋を被せる。
ワインを飲みつつ、談笑すること30分余。
真っ赤に蒸し上がったロブスターを、大皿に盛り付ける。
ほぼ同時にトウモロコシも、茹で上がって来る。
蟹や海老類は、人の心を高揚させるようだ。
何となく、座が賑わって来た雰囲気。
日本で言えば、「刺身に天麩羅」というところだろうか。
改めて銘々のグラスにワインを注いで、乾杯。
各人が、腕を撫してロブスターに挑戦する。
別に初めてではないから、食べ方は良く知っているはず。
ロブスターは「伊勢海老」とは、似て非なるもの。
大きな違いは、ロブスターの持つ2つの鋏。
そう、ロブスターは「ザリガニ」と同じ種に属している。
そして、何故か大西洋にしかいない。
フランスでは「オマール」と呼び、高級食材。
アメリカの東海岸では、夏の風物詩的な存在と考えられている。
我々のように、サマーハウスで食べるご馳走の代名詞。
食後、リビングに移って暫く四方山話。
この家の持ち主は、初代の持ち主の孫だが既に80歳を越えた。
ゆくゆくはこのサマーハウスを子供たちの代に譲ることになるが、結構問題が多い。
昔はただ同然だっただろうこの土地も、今では結構な資産。
毎年の税金も馬鹿にならない。
さらに、家の保険料は上がる一方だと言う。
持っているだけで、年1.5万ドルはかかる。
さらには、家の営繕費も考えなければならない。
子供たちはそれぞれ一家を構えてはいるが、とてもサマーハウスを維持できる力はない。
何時かは、手放す話が出て来る可能性もある。
だが、この土地は一族で維持するという大前提。
さて、その時どうしたら良いか、に頭を悩ませているそうだ。
何となく話に引き込まれて聞いていたが、はっと我に還る。
考えてみれば、庶民には縁のないお話だ。
アメリカには、この程度の金持ちは山ほどいる。
数百年の間に、蓄積されてきた結果と言えるだろう。
我が日本とは、懸け離れた世界と言っても良い。
そう思ったら、眠気が襲って来た。
で、挨拶して寝室へ。
翌日は、ニューヨークに帰る日。
連休最後の日曜日は、ニューヨークを目指すハイウエイは何処も渋滞が必至。
朝食もそこそこに、帰宅の途に着く。
まる2日の避暑地の生活は、リフレッシュにはなった。
だが、テレビもコンピューターもない生活は、その程度が限度。
帰ったら、溜まっているだろうスパムメールを整理しなければならない。
撮り置きのテレビ番組も、結構あるだろう。
結構忙しそうだ。
まあ、これが典型的な「日本式」夏季休暇なのだろう。
|