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アメリカに住んで36年経つ。
日本とは異なる風俗文化に最初は戸惑ったが、今ではほとんど気にならない。
だが、未だに馴染めないものも幾つかある。
その最たるものが、「ヤードポンド」と言う計測の単位。
毎日運転しているせいか、「マイル」にはあまり抵抗がない。
「1マイル=1.6km」、という換算が容易なこともあるだろう。
55マイルのスピード制限は、88kmと暗算出来る。
実は暗算する必要もないくらい、身体に滲み込んでしまった。
だが、普通使う「フィート」や「インチ」、「ポンド」や「オンス」や「ガロン」には苦労している。
「1フット(単数はフット、複数はフィート)」は30.3cmであり、「1インチ」は2.54cmだ。
「1ポンド」は「454g」で、その16分の1の「1オンス」は28.4g。
「1米ガロン」は3.785リットルだが、「1英ガロン」は4.546リットルとややこしい。
こういった計量の単位は、色々な国が決めた方式がその後纏められたもの。
だが、貿易などで習慣になってしまったものは、そのまま使われているようだ。
「アメリカでガソリンは幾らですか?」と尋ねられれば、
(先ず価格を凡そ3.8で割ってリットルにし、それに現在の円ドル換算レートを掛ける)
頭のなかで目まぐるしく計算し、暫くたって、
「大体1リットルが、80円くらいかな」、と答えることになる。
相手は質問したことを、忘れているかも知れない。
今「ヤードポンド法」を守っている国は、実は世界に3カ国しかない。
アメリカは誰でも知っているが、残りの2カ国はリベリアとミャンマー。
不思議な取り合わせだが、これは周知の事実。
だがリベリアやミャンマーは、既に「メートル法」を取り入れているから、実質的にはアメリカだけ。
小学校では一応「メートル法」を教えているらしいが、一歩街に出れば「ヤードポンド」だらけ。
「松井秀喜」の身長は「6フィート2インチ」、体重は「220ポンド」と紹介される。
馬鹿々々しいのは、オリンピックなどの「幅跳び」や「高飛び」など距離を競う種目。
「室伏広治、78m71の記録で銅メダル」、は日本のテレビ。
だがアメリカのテレビ局の画面は、それを「258フィート2と3/4インチ」と表示。
場内の掲示板を見損なえば、私はその「フィート」表示を計算し直さなければならない。
労力の浪費、と考える方が普通だろう。
「メートル法」は、1791年にフランスで作られた「長さ」の単位制度。
北極点から赤道までの子午線弧長の1千万分の1を、1メートルと定めたもの。
同時に10分の1立方メートルを、1キログラムと決める。
つまり10cm四方の容積(1立方デシメートル)が1リットルとなる。
既に他の尺度も存在したため普及は遅々としていたが、1837年に法定され一気に進む。
他国も関心を持ち始め、1875年には「メートル法」を各国に導入するため「メートル条約」が制定される。
驚くなかれ、アメリカはこの条約の原加盟国であり、一応法律上は公式の単位なのだ。
実際アメリカでは「ヤードポンド法」を、「Customary Unit (慣習的な単位)」と呼ぶ。
「メートル法」で統一された諸外国との貿易などに不便はあるが、圧倒的な国力で抑えて来た。
「ヤードポンド法」の廃止は、思い出したように議論になるが、反対論も根強く、宙ぶらりんのまま。
言わば、アメリカの国力の象徴のような制度であり、そう簡単に廃止出来ない情況にもある。
しかし、状況は少しずつ変わりつつあるらしい。
以前は輸出であれ輸入であれ全てポンド表記だったが、今は輸入国に合わせた表記の場合もあると言う。
「メートル法」は早くから日本に取り入れられていたが、目方に関しては「貫匁」が使われていた。
これが「グラム」に変わったのは、私が小学生の頃。
「1貫=3.75kg」だから、スムースに移行したとは言えないだろう。
店は、「100匁」は「400g」で売りたい。
客は、「200g」買えば節約になると考える。
誤解や混乱はあったが、思いの外早く定着した。
こういう場面では、日本人の適応能力は恐るべきものだ。
「貫」も「匁」も「尺」も「寸」も、今では誰も使わない。
「裸一貫」とか「百貫デブ」と言った言葉は自然に廃れてしまった。
「一寸の虫にも五分の魂」なんかも、若い人は知らないのではないか。
正直のところ、「ポンド」や「フィート」は使いづらい。
アメリカでは「5.5ポンド」とは言わない。
「Five and a half pound (5と2分の1ポンド)」という習慣。
これが細分化した場合、「one sixteenth pound (16分の1ポンド)」と言う。
454gの16分の1は、一体何グラムなのか。
計算する気も起こらない。
「Two and a quarter inches (2と4分の1インチ)」だって、同じこと。
アメリカ一国のために、こんな不便がまかり通っている。
住人である私がそう思うのだから、他国はもっと鼻白んでいることだろう。
だが、消えて行ったものもあることはある。
以前水泳には「110ヤード」とか、「1650ヤード」などという単位のレースがあった。
プールが25ヤードか50ヤードが、標準になっていたアメリカのためだろう。
だがこれは、いかにも不便だった。
流石のアメリカも、プールを改造して25メートル、50メートルに合わせた。
つまり、「やれば出来る」のである。
何とか早く「やって」欲しい、と願うのは私一人ではないと思うのだが。
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