還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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マラソンがブームと言われだして、随分経つ。
当初は素人が42.195kmを走り抜くことが可能だとは、とても思われなかった。
ああいう長距離走は、専門の訓練を受けた選手が走るものだ、という概念が先に立っていたのだろう。
私が子供の頃は、マラソンと言えば山田敬蔵であり、広島庫夫であり、広島日出国だった。
顔を歪め、水も飲まず、ただただ苦しそうに耐えて走っていた記憶しかない。
はっきり言えば、「物好き」のスポーツと見ていたかも知れない。
それでも日本人選手は結構高いレベルだったらしく、日本中が沸き立つこともあったようだ。
それが最高潮に達したのが、東京オリンピックの円谷幸吉の3位入賞だっただろう。
「走る哲学者」と言われたアベベ ビキラの2連覇が世界的には最大のニュースだったが、国内的にはゴールに3位で倒れ込んだ円谷の健闘が大声援で迎えられた。
私はこのレースを神宮外苑に座り込んで観ていたのだが、円谷は私の眼前を2位で通過して行った。
既にそれ以前にアベベの雄姿が通り過ぎていたが、やはり日本人選手への歓声は大きかった。
それ以降、日本人にとって「マラソン」は特別なものになったようだ。
その過大な期待が、円谷の自殺に繋がったのは皮肉ではあったが…。

私の中学高校時代の友人が、ボストンマラソンに挑戦すると言う。
このボストンマラソンは100年を越える歴史を持つが、以前は有力選手だけが走れるレースだった。
男子なら3時間、女性でも3時間半位が、参加出来る最低線ではなかったか。
だがここ数年参加希望者の増大で、主催者側も参加資格の見直しを行い、2万人程度を受け入れている。
私の友人も、日本からのマラソンツアーに参加して来るらしい。
だが彼は既に5年前にニューヨークシティマラソンも走っているし、日本国内のマラスンにかなりの回数参加し、完走しているようだ。
ニューヨークのマラソンは、私のオフィスの近くを走るし、家人が5,6回参加しているので、言わば勝手知ったコースであり、応援に行くにも問題はなかった。
人ごみの予想されるマンハッタンを避け、スタートから3,40分のブルックリンで待ち構え、声を掛け写真も撮った。
だがボストンとなると、そう簡単ではない。
70歳の記念に走る、ということだから可能ならば現地で声援したい。
だが不慣れな土地だから、どこら辺で応援すれば良いか、も分からない。
ボストンに住む知人に尋ねてみると、一昨年のテロ事件で警戒はかなり厳重だろうし、何処でなら応援し易いか、住民にも良く分からない、という話だ。
考えた挙句、現地での応援は断念することにし、友人にその旨メールを送った。

ボストンマラソンは、毎年4月の第3月曜日、「Patriots day愛国者の日」に催される。
アメリカ独立戦争の口火が切られた日として、マサチューセッツ、メーン、ウィスコンシンの3州が祝日と制定しており、ボストンでは休日だが、全国的には普通のビジネスデイ。
色々な面で、月曜開催は不具合が多いはずだが、ボストンは決してこの開催日を変えようとはしない。
頑固と言うより、「その日を顕彰するため」と信じ込んでいる姿勢からだろう。
「アメリカの原点は我々だ」という、無言の主張が聞こえて来そうだ。
しかし、当然ではあるが、テレビの全国放送はない。
だから私の頼りは、友人が送ってくれた彼の「Bib ビブ(胸当て)」番号だけ。
「ボストンマラソン」のホームページに、この番号をインプットすると、友人の出発からゴールまで、距離やタイム全てを同時に表示してくれる、というシステムになっているらしい。
その秘密は、恐らく彼が自分のスニーカーに貼り付けた小さなタグだろう。
このタグに内蔵された発信機の信号を、人工衛星の受信装置が読み取って送って来る仕組みではないか。
「6時間以内にゴールインしたい」という友人の言だが、彼の実績から言えばそこには多少の謙遜があることは間違いない。
かつては4時間台で走っていたのだから、5時間そこそこを狙っていると見た方が良いだろう。
彼のスタート時間は11時30 分辺りだろうから、午後4時半過ぎのゴールが想定出来る。
試しに10時にインプットして見たが、ランナーらしきイラストはぴくりとも動かない。
友人には気の毒だが、今日は生憎の雨天。
スタートを濡れながら待つのは、なかなか大変だろう。
カウチに寝そべってパソコンの画面を見ているのが、何だか申し訳ないような気がしないでもない。

11時30 分丁度に、イラストのランナーが脚を回転させ始めた。
このコースは折り返しも周回も無く、郊外の町からボストンへ一直線。
PCの画面で見る限りでは起伏は分からないが、最後の30kmを過ぎた辺りから「心臓破りの丘」と呼ばれる登りがあって、ランナーに恐れられているとか。
雨で濡れていれば、走るにも最大限の注意が必要だろう。
実際に走るのを見ているのと異なり、画面は遅々として進まない。
まあ42.195kmが高々10cmくらいに縮尺されているのだから。当たり前なのだが。
それでも、画面のランナーは間違いなく友人を具現化している。
この小さなイラストの陰で、汗して走っている彼がいることは間違いがない。

5km地点、10km地点とペースは快調だ。
換算してみると、ゴール地点では4時間半を切ることになる。
ちょっと飛ばし過ぎなのではないだろうか。
誰かに引っ張られているのか、それとも体調の良さに釣られているのか。
気は揉めても、400km離れたニューヨークからでは、どうしようもない。
フルマラソンの経験は充分なのだから、ペース配分は熟知しているはずだ。
グループで組んだツアーだから、同程度のランナーと一緒に走っている可能性も大だ。

スタートを見たら、ちょっと出かけてゴール前30分頃に帰宅する計画でいた。
だが実際にコンピューターで見始めると、中断出来なくなって来る。
これはなかなか不思議な感覚だ。
目の前に友人が走っているわけではない。
声をかけられるわけでもない。
私がここに座っていてもいなくても、彼はゴールラインに到達するだろう。
と分かっていても、少しづつ進むイラストから離れることが出来ない。
実際に走っているところで応援するならば、一ヶ所でエールを送って終わりだ。
すかさずゴール地点に移動することは、実際には不可能だ。
しかし、パソコンの前にいる限り、彼の動向は全て知ることが出来る。
体調や気分は知る由もないが、イラストが動いていれば、彼が走っていることは間違いない。

中間地点の21kmを過ぎても、ペースは落ちない。
ゴール推定タイムは、5時間を切りそうだ。
まあこの後に、「心臓破りの丘」が控えているのだから、疲労も相俟って少し落ちるだろう。
それでも、謙遜気味の「6時間」は間違いのないところ。
勿論走っている本人だって、充分分かっているだろうが。
寝そべって観ていたのだが、何時の間にか起きて画面に見入っている。
やはり知っている人が苦労していると、だらしない格好は出来ない、ということなのだろうか。
相撲だって千秋楽の大一番となると、起き上がって画面を凝視することになる。
「国会中継」など、一度として起き上がらないのは、画面の中が真剣ではないからだろう。
NHKも、そういうアンケートをとってみたら、面白い結果が出るのではないか。
「起きて観た人は15%、寝て観た人は65%、どちらとも言えない(寝たり起きたり)は20%」
そんな結果が出たら、流石の各政党も焦るだろう。
だが国会で居眠りする政治家も結構いるそうだから、何とも思わないかも知れない。
そもそも「国会中継」の視聴率が何%あるのか、先ずそれが知りたいものだ。

30km地点にかかって、やはり少しペースが落ちて来たようだ。
彼の周囲にどれくらい他のランナーがいるか分からないが、未だ結構続いているはずだ。
それでも、ニューヨークマラソンのように10時間以上かかる、などというケースは無さそうだ。
35km地点で、彼は未だ5時間に達していない。
5時間台の前半で行けるのではないだろうか。
既にゴールした全体1位のエチオピアの選手が、2時間9分17秒だったらしい。
女性の部ではケニアの選手が、2時間24分55秒、とこれまた平凡なタイムで終わっている。
近代マラソンとしてはありふれたタイムだが、雨天を考えれば立派なものだろう。
日本では世界最高とか日本最高とか、とかくタイムで比較しがちだが、コース設定や天候、温度で大きく左右されることを考慮に入れれば、あまり意味のあることではないようだ。
日本陸連などは、そういうこともちゃんと考え合わせているのだろうか。
悪口ばかり言いたくないが、既得権の保持に必至になっている様子は些か情けない。
「日本最高記録に1億円」とは大きく出たが、ケニア人が帰化したらどう扱うのだろう。
今は日本人と結婚すれば、日本国籍は容易に手に入るのではなかったか。
熟慮の挙句の報奨制度だと思いたいが、何となく心配になってしまう。

40kmも過ぎて、最早ゴールは目前。
5時間20分前後のタイムが予想される。
じっと画面を見ていたら、イラストの人影が一瞬、ぴたりと止まった。
42.195kmを完走した、ということだ。
5時間22分12秒と画面に映し出された。
これが彼の満足行くものかどうか分からないが、走っていない私も何となくひと安心出来る。
取りあえず、「祝完走」のメールを彼の携帯に送った。

これで、今夜のビールは旨いこと請け合い。
彼もボストンの何処かで、旨いビールを呑むことだろう。
まあ、ビールは何時でも何処でも旨いものだが…。

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