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今半ばまで来たリオデジャネイロオリンピックは、近来稀に見る問題だらけの大会になった。
当初からある程度は予想されたことだが、ブラジル自体の治安の悪さ、政治体制のぐらつき、南米特有の「Hasta manana アスタマニアーナ(明日には何とかなるさ)」の国民気質、全てが相俟って不安だらけの夏季オリンピックをおっかなびっくり施行している、ということだろう。
ところがその上に、開幕直前にロシアが国主体の「Doping ドーピング (薬物使用)」疑惑に巻き込まれ、初めは国全体を出場停止にする、という大騒ぎになってしまった。
紆余曲折もあって、最後はIOC(国際オリンピック委員会)が選手の出場の可否を傘下の団体の決定に委ねる、という訳の分からない「丸投げ方式」で、半数以上は出場可能に振り替わってしまった。
考えてみればロシアを始め以前の共産圏諸国は、悪名高い「States amateur ステーツアマ (公務員選手)」を過去のオリンピックに送り込んでおり、その当時から運動能力亢進の薬物の存在は噂されていた。
ベルリンの壁崩壊で共産主義国家の多くは民主主義を標榜するようになったが、未だ様々な面で過去の体制の残滓は引き摺っている、と看做されている。
そう簡単に埋まらない経済や文化の格差を縮めるため、結局は旧体制の悪弊が蘇ることになったようだ。
今ではロシアは独裁主義国家と見紛うばかりだし、国力を誇示するために様々な機会を利用している。
2014年の冬季オリンピックを国内の保養地ソチで開催した時は、何が何でも金メダルをという姿勢に鼻白んだ参加国も多かったようだ。
その時、様々な禁止薬物がロシア選手に与えられ、しかもその計画実行が国家単位で為されたという事実が内部告発によって明るみに出てしまった。
IOCの原案ではロシア全ての選手を出場禁止にする、という厳しいものだったが、反対意見やロシアの恫喝などもあって、結局は各団体の判断でという曖昧な処置となったということらしい。
この薬物、一般には「ステロイド」と呼ばれているようだが、世間の話題になったのはアメリカのメジャーリーグの選手の筋肉増強に効果があったという辺りからだろう。
前年に10本程度のホームランを打った選手が、まるで生まれ変わったように30本40本と量産する。
ベーブ ルースやロジャー マリスの60本台の争いから一気に70本台に突入してしまった。
1998年、セントルイス カージナルスのマーク マクガイアーは70本のホームランを打ち、66本のサミー ソーサと熾烈な本塁打競争を繰り広げた。
それから3年後、サンフランシスコ ジャイアンツのバリー ボンズが73本を放って記録を塗り替える。
だがこれを頂点として、ホームラン量産競争は沈静化してしまった。
それはプレーヤーの肉体の巨大化が問題にもなり、各種機関が調査に乗り出したことと無縁ではない。
2001年のバリー ボンズの73本以後、60本を越えたホームラン王は一人もいない。
60本を越えれば薬物使用の嫌疑をかけられる、という懼れが選手の脳裡に住みついたかのようだ。
それでも、ミッチェル上院議員の疑惑リストに載せられた選手たちは、一様にそれを否定した。
この否定のしかたも、それ以降に影響したように思われる。
ラファエル パルメイロのように否定の口調が強く反抗的に響いた選手はメディアからも激しく叩かれ、その後の「野球の殿堂」の投票でもほとんど無視されたままだ。
もっとも、ステロイド使用がほとんど確信されている選手の場合、如何に優れた数字を残していても「殿堂」入りの前途はかなり険しいもののようだ。
巷間「ビッグスリー」と呼ばれるバリー ボンズ、ロジャー クレメンス、アレックス ロドリゲスの実績は1回目の投票で選ばれて可笑しくないものだが、最長15年間の有資格期間に達成出来るかどうか。
メジャーリーグの騒ぎをよそに、日本のプロ野球はまるで無関係のように静まり返っているが、実際のところはどうなのだろうか。
私は、かつて「大横綱」と言われた力士や、既に引退した強打者の体型の変化から、彼らがこの薬品を使用したことをほとんど確信しているが、言及したメディアは無かったようだ。
野球賭博の例でも窺えるように、隠せるものはとことん隠すのが日本流だ。
アメリカで次から次へ作り出されるこういう薬物が、日本に無縁のままでいられるとは思われない。
現にアメリカのマイナーでプレーした日本人選手が、薬物使用で出場停止になっている。
今のうちに対策を講じて置く方が身のため、と普通なら考えるのだが。
面倒なトラブルは先送り、という従来の手法が通じるとは思われないのだが、どうだろう。
この「ステロイド」という薬、危険だという評価が定まってしまっているようだが、実はなかなかの優れもの。
体内の炎症を抑える効果が大きく、医薬品として広く使われている。
実は私もこの6月以来、原因不明の四肢の痛みや発熱で悩まされ、主治医からリューマチ専門医、そこからさらに血液専門医とたらい回しにされ、病名不明のまま「ステロイド」服用を勧められた。
最小単位と言われる20mgを1日の単位とし、10日も続けると今までの痛みや熱が嘘のように消えた。
つまり、体内で発生した炎症がステロイドで押さえられている、ということらしい。
「今、痛みや熱は消えているでしょうが、この薬の服用を止めれば直ぐ戻って来ます」
リューマチの権威と言われるフィッシャー医師は、重々しく言う。
「だが2年以内に、問題は解決するはずです」
2年間も、この「ステロイド」錠剤を呑まなければいけないらしい。
そう言えば数年前、左肘を痛めた時に、外科医に「コーチゾン」の注射を打たれた。
これは肘の関節の中に針を突っ込んで打つ注射だが、私の人生で最高の痛さだったのではないか。
だが、取り付いていた肘の鋭い痛みが10分ほどで嘘のように消えた覚えがある。
「この注射は1年間で3本以上は打てません、危険ですから」
1年3本ということは、4ヶ月で1本。
最初の注射から4ヶ月経つと、あの痛みはちゃんとぶり返して来た。
で、再び肘関節への強烈な痛み、そして嘘のように消える疼痛。
2年間も通っただろうか、痛みはそれきり戻って来ないようだ。
考えてみれば、あれも「ステロイド」の1種だったようなことを言われた。
ただ「コーチゾン」は効き目が速く、効能が消えるのも速い。
対して「ステロイド」は、ゆっくり利き始めて完治に時間がかかる。
出来れば、効き目が速くて効能が長持ちする方がありがたいが、世の中そう甘くはないのだろう。
不快がすぐ消えてよい気分が長く持続するなら、まさに麻薬ではないか。
医学の進歩は、様々な有効な新薬を生み出して来た。
そういう薬は高価であるか副作用が危険であるか、未だ欠点が多いらしい。
最近開発された「癌」の新薬は、月に数千万円もかかるという話だ。
私の服用している「ステロイド」は300錠で3ドル。
1錠が1セント、1日で4セントという計算になる。
それはこれが「Generic ジェネリック (後発医薬品)」、つまり新薬の特許が切れた後に作り始めたからだ。
この制度のお陰で、多くの病人が新薬を安価に入手出来るようになったそうだ。
私もその恩恵を蒙っていることになる。
昔に較べれば嫌な世の中だと思うことが多いが、こういう悪くないこともあるものだ。
ということに気づくのが些か遅きに失した、と言えそうだが…。
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