還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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私がニューヨークに来た40年ほど前、「チャイナタウン」は一つだった。
Canal street (埠頭通り)を挟んで南が中華街、北がイタリア人街と分かれていた。
と言うより、イタリア人が仕切っていた地域に、中国人がじわじわと入り込んで行った、という図式。
当時イタリアと呼べばマフィアと答えるくらい、彼らの勢力は強大だった。
そこを侵食して行くのだから、当然何らかの妥協点はあったのだ、と思われる。
別にパスタと麺というつながりではないだろうが、享楽的なイタリア人と金になるなら24時間でも働く中国系と、何処で話が合ったのか、些か不思議ではないだろうか。
それ以後、中国系は北へと勢力範囲を伸ばし、所謂「リトルイタリー」は消滅寸前という観さえあった。
考えてみれば無理からぬ話で、レストランや土産物店を経営するイタリー系は既に3代目や4代目。
彼らの子供たちはちゃんとした大学へ行き一般社会と混淆しているのだから、今更親の職業には興味が無い。
つまり、跡継ぎがいなくなり当主が引退すれば、店は手放すしかない道理。
そうなれば、しっかり働いて現金を溜め込んでいる中国人の出番だ。
黒を基調に金や銀の装飾を施されたレストランに挟まれて、けばけばしい赤や黄色の中国飯店がオープンする。
伝説のボスと言われたジョン ゴッティが投獄される頃辺りまでが、両者の蜜月時代だったのだろう。
その流れを大きく変えたのが、2001年の所謂「9.11同時多発テロ」の騒動。
チャイナタウンへの人の流れが止まり、中国人の分布も大きく変化した。
ニューヨークのあちこちに小規模なチャイナタウンが出来、それが次第に大きくなって行く。
現存するチャイナタウンは広東系中心だが、クイーンズのフラッシングでは台湾系、ブルックリンには本土系、雨後の筍のように処構わず町が出来て行った。

マンハッタンに住んでいた頃、休みの日にはチャイナタウンに行くのが日課のようになっていた。
車でも行けるが、家の前からバスに乗れば乗り換えなしでチャイナタウンに辿り着ける。
飲茶を食べ通りの店を冷やかし、生鮮食料を買い込んで再びバスで帰宅。
その習慣が現在の住居に移ってから、すっかり変わってしまった。
なんせ車でたった10分のところに、フラッシングというもう一つのチャイナタウンがあるのだ。
規模こそ小さいが、勤勉で清潔好きな台湾系が開発しただけあって、雰囲気は悪くない。
開発が進んでいるから、新しい店がどんどん出来て来る。
ただ大資本のバックアップが無い所為か、全てが小ぢんまりとしていることは否めない。
それでも既に10数年、マンハッタンのチャイナタウンのことはほとんど忘れかけていた。

最近、フラッシングのチャイナタウンが少々鼻について来た。
台湾系だったはずだが、本土からどんどん人が流れ込んで来る。
少々野暮ったいが落ち着いた感じの店が多かったのだが、今ではけばけばしい装飾が目立つ。
人が溢れる大通りは、歩行さえままならない時がある。
幾つかの台湾系のスーパーが店じまいし、後には騒がしい本土系スーパーが入る。
静かに食事が出来たレストランも、「酸っぱい」「辛い」最近流行のスナックに転身し、我々には用無し。
仕方なく行くが、うんざり感は拭えない。

先週、全く久しぶりにマンハッタンのチャイナタウンの近くに出かけた。
時間があるので、昔よく行った辺りを少々歩いてみる。
やはり大きく変わっているようだ。
流行の日本人経営のラーメン屋が店を出している。
昼前だったが、店内はがらがら。
メニューを見ると、ラーメンが13ドルから、とある。
最近は少し価格を落とす店も出て来たが、此処は相変わらず強気らしい。
私はそのはす向かいの、広東系「粥麺」の店に入った。
昔は長蛇の列が出来ていたが、今はそれほどでもない。
ワンタン麺が$5.25だから、やはり値上がりはしている。
西欧系の客も多いらしく、写真入のメニューが各テーブルに置いてあるのが目立つ。
お茶を持って来たウェイターに「ワンタンミェン」と、中国語らしく注文してみる。
通じたようで、横にあるコンピューターにオーダーを打ち込む。
同じテーブルで中年の親爺が、ぶっ掛け飯をかき込んでいる。
皿に飯を山盛りし、それに叉焼や焼鴨の切り身を載せただけのもの。
肉を齧っては飯を口に運び、飯を飲み込んでは再び肉を齧る。
こういう単調な作業を反復して飽きないのだろうか。
日本人なら、合間に漬物を挟んだり味噌汁を啜ったりするのだろうが、彼らにはそんなものはない。
ただ肉を食らい飯をかき込む作業の繰り返し。
潔いといえば潔いが、味気ないといえば味気ない。

ワンタン麺が運ばれて来た。
昔散々食べたひと椀だが、数年ぶりともなると些か構えてしまう。
この広東風の麺は、鶏で出汁を取る。
頼りないくらい薄味なのだが、その奥に滋味が漂う。
ワンタンはまるでシュウマイのように、ごろっとした塊が6,7個載っている。
麺はちょうど日本のソーメンほどの太さだが、ずっとコシが強い。
卓上の辣油を皿にとって、ワンタンに軽くまぶし口に運ぶ。
小さいが丸々の海老が幾つか入っている。
何となく懐かしい味、ということになるだろうか。
麺を箸で掬い蓮華に載せ辣油をまぶし、するりと口に入れる。
やはり広東風ワンタン麺はこの麺でなければならない。
小ぶりの丼だが、汁まで飲み干すと結構腹に溜まる。
チップを入れて、$7.00ちょうど。
お向かいの半分以下で済んだ。

腹ごなしに、旧リトルイタリー側を歩いてみる。
最早見る影もないかと考えていたが、結構賑やかに営業しているようだ。
最近増えて来た観光客で、息を吹き返しているのだろう。
ただ此処も「パスタ」と「ピザ」の看板が目立つ。
黒いベスト姿のウェイターが、表まで出て客を誘い込んでいる。
重たげなドアの向こう側に佇立していた昔とは、全く様変わりしてしまった。
そこを通り越して少し歩くと、急に中華系の店舗が建ち並ぶ通りに変わる。
急拵えのバラック状の粗末な店だが、商品だけは溢れるほどだ。
野菜、鮮魚、肉に混じって昔ながらの乾物の店も数軒。
この店を見ると、中国は乾物にかけては世界に冠たる国だったことを思い出す。
遣唐使の昔から、日本のアワビ、ナマコ、貝柱、フカ鰭などは重要な輸出品として中国に渡った。
その歴史は、連綿と今日に引き継がれている。
為政者たちがいがみ合ったり戦ったりしているのを尻目に、彼らは黙々とこの作業を続けたのだ。
昨日今日の諍いなど、ささやかなものではないだろうか。
底辺にいる人民には、国同士の争いなど他所事のようなものだ。
中華系の店は、思ったより遥かに北に伸びていた。
スーパーに入って棚を眺めてみると、中国だけではない、タイやベトナム、ミャンマー、ラオスなどアジア各国の商品がところ狭しと並べられ、中には日本の醤油や酢、調味料もある。
まあこういう食材のほとんどは昔中国から他国に渡ったものだろうから、此処にあっても不思議はないわけだ。
安物ばかりかと思っていると、突然高価な中国茶や乾物が出て来る。
このアンバランスが何とも可笑しい。

久しぶりのマンハッタンのチャイナタウンだが、新しい発見も少なくなかった。
フラッシングに馴染んでいる間に、他処もどんどん変化していることに気づかされる。
新宿にどっぷり浸かっていて、池袋の変化に驚かされるようなものか。
このチャイナタウンは、実はまだまだ広い。
今日歩いたのは、ほんの3分の1ほどだろう。
南に広がっている地域も、この目で探索する必要がありそうだ。

何となく、面白くなって来たような…。

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