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日本の男はカレー好きが多いようだ。
もし食べ物の人気ランキングをつけたら、堂々の一位に輝くのではないか。
カレーの凄いところは、この人気に衰えが見えないこと。
私が子供の頃からカレーは常に愛される食べ物であり、今でもその座は揺るがないだろう。
忙しない日本人に、カレーほどぴったり来る料理はない。
きちんと作れば結構面倒なものらしいが、食品製造会社のたゆまぬ研究開発で、今では料理初心者でも一応のものが作れるまでになっているらしい。
子供がカレー好きなら、母親にとってこんなありがたいことはないはずだ。
カレーを暖めて、これまた暖めた飯にかければ一食は瞬く間に出来上がる。
恐らく学校給食でも人気の上位を争っているだろう。
もう50年の昔、大阪でカレーファウンテンという店に入ったことがある。
入り口で好みのトッピングを言って金を払い、席に着くとほとんど同時にカレーが目の前に置かれた。
食べやすいように飯の温度も調節されていたのだろう。
ものの3,4分で食べ終わってしまった。
店の外に長い行列が出来ていたが、食べ終えて出て行く客も多いから、入れ替えはスムース。
それ以後日本でカレーを食べたことはないから、その印象は鮮明に残っている。
私が日本を離れてからの40年で、日本の外食産業は大きく変化した。
最大の変化は、なんと言っても続々と上陸してきたファーストフードのチェーン店。
ハンバーガー、フライドチキン、ピザ、ドーナッツ、コーヒー、それを迎え撃つカレー、スパゲッティ、ラーメン。
私にとっての驚きは、この両者が今日に至るまでちゃんと生き延びていることだ。
試行錯誤はあっただろうが、日本人の嗜好に合わせた努力は特筆物と言える。
力及ばず消えて行ったチェーンもあるだろうし、他社に吸収された店もあるだろう。
それでも、日本のファーストフードの店の数は人口に較べれば断然他国を圧しているのではないか。
それが良いことかどうかは別にして、日本を理解する上で興味深い気がする。
私は外食でカレーを食べることは先ずない。
その理由は本人でも良く分らないのだが、恐らく飯とは白飯と副菜であるべきという先入観念が身体に染み込んでいると考えるほかない。
帰国して一人で昼食する場合、無意識に定食屋のようなところを探している。
大袈裟に言えば、折角日本に帰って食事をするのにそんな手軽なものは御免蒙りたいのだ。
私の考えでは、カレーやラーメンは「軽食」というジャンルに含まれていて、「食事」ではない。
欧米人の中には、テーブルクロスのないレストランでは食事をしない、という人がいる。
また、カウンターには決して座らないという人も結構見かけた。
それと同一ではないが、まあ似たようなものかも知れない。
とは言っても、昼間から何千円もする飯を喰えるわけはないから、定食でも精々千円以下。
それでも焼き魚に小鉢、味噌汁に香の物が目の前に並ぶと何となく落ち着く。
食堂街などではカレーやスパゲッティの店にも長い行列が出来るが、入ったことはない。
久々の日本という感情もあって、何が何でも白飯とおかずとならざるを得ない。
まあ私くらいの年齢の日本男性なら、同じような行動をとる人も多いだろうと思う。
私は日本でカレーを食べた記憶はないのだが、ニューヨークでは実は結構食べている。
帰国時にカレーを食べない理由は前述した通り。
だがニューヨークには、インド人をはじめパキスタン人などカレー食人種の固まっている地域がある。
そういうところにある店には、数え切れないほど行ってカレーを食べて来た。
マンハッタンの東30丁目近辺にはパキスタン人の集まっている区画があり、そこにある「Curry in a hurry カレーインナハリー(急ぎの時のカレー)」はもう40年近い馴染みの店だ。
1階がキッチンになっていて、そこで好みのカレーを受け取って金を払い、2階へ上がって食べる仕組み。
10種類近い野菜、4,5種の肉類、タンドーリチッキンや甘味も並べられている。
色々試してみたが、長い間には好みは一定して来てしまう。
私はタンドーリチッキンの腿肉一切れと野菜カレーを専らにしている。
この店にはパキスタン人のタクシードライバーや、近所の病院の看護婦などが昼時には多い。
カレーには窯で焼いたナン(パン)がつくが、足りない連中は米飯を注文して分け合っているようだ。
ひと品づつは安くはないが、多勢で分け合えばアメリカ風サンドイッチなどより手軽だという。
この店に初めて来たころ、私はビーフやラムを主として食べていた。
どうも日本で育つと、価格が同じなら野菜より肉を取ろうという気持ちが強くなるようだ。
しかし、近頃は茄子やほうれん草のカレーの方が旨いような気がして来た。
因みにほうれん草のカレーは、見た目はまるでシチューだがヨーグルトをはじめ様々なスパイスが練りこまれている所為もあるのだろうが、形容し難い不思議なそれでいて玄妙な味。
飯にかけても良いが、ナンで掬い取って食べる方に雰囲気が出るようだ。
稀に指先で飯とカレーを摘み上げて食べている人を見かける。
恐らくパキスタンの人なのだろうが、見ていると指の動きが結構優雅だ。
と言って我々が簡単に真似出来るとは思われない。
日本料理だって、正しく美しい箸使いがこなせる外人はそうざらにはいない。
今は西洋料理の正しい食べ方なんてテレビでもやらないが、昔は英国風フランス風だとうるさかった。
やれ左右に並べたナイフやフォークの外側から使えとか、フランス風にスープを飲むときは皿を傾けてスプーンで掬えだの、成人してから一度もその知識を活かした憶えはない。
カレーにも何やらルールめいたものがあったようだ。
気取った店では飯とカレーは別々の容器で供され、少しづつ飯にかけ混ざった部分を食べる。
どうやらこれはイギリス風のカレーの食べ方のようだ。
日本にもたらされたカレーはインドからではなくイギリスからだったのは周知の通り。
名称も「Curry and rice カレーアンドライス」だったと推測される。
だがその上流社会風の食べ物は、日本の風土で一転し庶民のざっかけない食べ物に変化。
皿に飯を盛り、その上にカレーをかけるという至ってシンプルなもの。
だがそれ故に瞬く間に庶民の大好物になりおおせたのだろう。
ルーさえあれば、牛でも豚でも鶏でも、それすら無くてもOKという万能選手。
面白いことに、インドやパキスタンなどの旧来からのカレー食人種を除けば、こんなにカレーを食べている国は、どうやら日本しかいないようだ。
私は日本ではカレーの良きファンではなかったが、ニューヨークで改心してカレー食人になった。
年齢が人間を変えるのか、環境が変えるのか、なかなか興味深い…ほどではないか。
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