還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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ニューヨークの蒲焼

私は、「鰻」を食べる機会には滅多に巡り逢わない。
ニューヨークに住んで40年強、こちらでは「鰻」を食べた憶えはほとんどない。
日系スーパーで串を打たれパックにされた「鰻蒲焼」を買って、家で暖めて幾度か食べた程度。
勿論「鰻」専門店のようなものはないが、メニューの片隅に見かけた記憶はある。
とは言うものの、「蒲焼鰻」なら韓国系中華系のスーパーに常時置いてあった。
寿司にはつきものの「穴子」がないから、その代わりに「鰻」を握って出すのが普通。
この「鰻」も台湾や中国本土で養殖するようになり、たれの甘さが人気を呼んだらしい。
生産過剰になった分をそのままアメリカに送りつけて来たらしく、スーパーの冷凍ケースには溢れんばかり。
価格も日本では上昇の一途だが、こちらでは安値安定。

「鰻」を食べる習慣は日本独自のものではない。
ドイツでは年末に「鰻」を食べるようだし、燻製を売っている店も少なからずある。
ニューヨーク周辺でも罠を仕掛けて「鰻」を獲る漁師がいるし、生きた「鰻」を置いている店もあった。
余談だが、「鰻」の罠の餌にはしばしば「Horseshoe crab カブトガニ」のぶつ切りが使われるという。
日本では「カブトガニ」は天然記念物だったはずだが、アメリカでは「鰻」の餌。
「処変われば…」というが、随分極端な変わり様だ。
ただ日本のように、1年のうちの一定の時期に人々がこぞって「鰻」を食べることはない。
「土用に鰻」というキャッチフレーズは江戸時代に平賀源内が考えついた惹句らしいが、今日でもちゃんと使われているところをみると、彼は天才的なコピーライターだったのだろう。
まあそれ以前にかの大伴家持が石麿という痩せこけた友人に贈った、「石麿に われ物申す 夏痩せに 良しといふもの うなぎ捕り召せ」、という歌は源内に遡ること千年だそうだから、当時既に「鰻」の栄養は知られていたらしい。
ただその頃の「鰻」料理がどのようなものだったかは、確たる文献や資料は無いという。
開いて串を打ち、甘いタレを塗って焼き上げるという手法は、恐らく江戸時代に生まれたのではないか。
しかし古典落語などを聴くと、当時でもそれほど安価な食べ物ではなかったようだ。
確かに、割いて串に打って、素焼きして蒸してもう一度焼く、というような手順であれば手間はかかる。
この中の、「蒸す」という手順が関西では行われていないそうだ。
又、「鰻」を割くとき、関東では背から関西では腹から割くのも結構よく知られている。
「関東では武士は腹を割くことを忌み嫌うから」とか諸説はあるようだが、本当のところは分らない。

私の記憶の中では、子供の頃父に連れられて神田にあった「N亭」という店に行き「うな丼」を食べたことはかすかに憶えているのだが、蒲焼のサイズなどはどうだったのだろうか。
家でもごく稀にお客に「鰻」の出前を頼むことがあったが、どうも家族には廻って来なかったようだ。
やはり蕎麦やラーメンとはちょっと格が違ったのかも知れない。
だからというわけではないが、私はあまり「鰻」を食べたいと思った覚えがない。
と言うよりは、そう簡単に食べられるものだとは思わなかったということだろう。
また、「江戸前」と言えば寿司や天麩羅を称するときに使うが、「鰻」にはそういう呼称はない。
「浜名湖」が名産地のように言われた時期もあったが、「鰻」は日本中にあったようだ。
強いて言えば、霞ヶ浦、牛久沼、手賀沼辺りに「鰻」を供する店が多くあり、今でもある。
勿論それらの池から天然の「鰻」が獲れることもあろうが、今はほとんど中国産の養殖と考えて間違いない。
何処で差がつくかといえば、中国から来た時期とその後日本で与える餌の種類だろう。
何時までも中国の池に住んで安価な餌を与えられていれば、脂肪はあっても身の締まらない蒲焼になる。
以前はそういう粗悪品があちこちに出回っていたようだが、今はルートが確立されたのか混乱は少ないという。
多くの「鰻」が国産と銘打って販売されているが、恐らく農水省の暗黙の了解のもとなのだろう。
消費者が満足して食べたのであれば、それ以上細かいことは詮索する必要は無いかも知れない。
しかし今のシステムを持続する限り、「鰻」は何時か枯渇する運命にある。
そのために多くの大学の研究室が「鰻」の完全養殖つまり人工孵化を試みているが、現在のところまで実用化が可能な段階には至っていないようだ。
それまでは沿岸で稚魚を捕獲し、それを育てる方式が唯一だが、業者が輸入を計画している世界各地の「鰻」の稚魚が絶滅危惧種に指定され、捕獲が不可能になってしまっている。
水産庁は2020年までに「鰻」の完全人工孵化方式を確立させようとしているが、まだまだ不明な点が多くすんなりとは行きそうにないという。

ホンマグロに関しても日本の乱獲が大きな問題点とされ、「鰻」についてもその漁獲の8割以上を日本が消費していることで、世界の非難の眼は年々厳しくなっているようだ。
「水産物の乱獲」ということになると真っ先に名が挙がるのは日本であり、農水省も非難の矛先を交わすのに精一杯という状況であって、先行きは決して明るくない。
鯨、ホンマグロ、鰻、どれをとっても日本がそのほとんどを食べている。
他国から見れば「漁獲制限」をしても痛くも痒くも無いわけだ。
普通、食べる人がいない物を食べるのであれば、何の遠慮も要らないはずだ。
だがこれに世界政治が絡めば、話は変わって来るから不思議だ。
発足当時は僅か10数カ国だった国際捕鯨委員会は、1980年代には一気に参加国が増えた。
その多くは捕鯨の経験も無く、勿論食べたことも無く、極端な場合は海に面してさえいない。
簡単に言えば、西欧の捕鯨反対国の圧力に押さえ込まれたということになる。
西欧諸国は19世紀まで世界中に船団を送って鯨を捕り、その油を貴重な資源として本国に持ち帰っていた。
だが石油の発見で鯨油の需要は大きく落ち込み、多くの国は捕鯨から撤退するようになった。
だが鯨を食用としそれ以外の部分も洩らさず活用する日本は、変わらず捕鯨を続けていた。
そして世界は「捕鯨禁止」の方向へ向かいつつあり、反対する勢力は徐々に減って行く。
それから数十年、「反捕鯨」は世界の大勢となり日本はノルウエーやアイスランドなどの一握りの捕鯨国と共に、孤立状態に追い込まれて行くことになる。

「鰻」はそこまで極端な話ではない。
だが、大きく成長した日本の経済に、近隣の諸国からの売り込みは激しさを増し、その中でも「鰻」の養殖とそれに伴う稚魚の需要は彼らの狙いの中心だった。
海老の養殖が順調だった台湾は、その池を「鰻」の養殖に転用することを考えた。
そしてさらに対岸の中国本土に目をつけ、その海岸線にある池や沼を「鰻」産業に取り込む。
日本から業者が中国に行き、養殖の方式や蒲焼の機械の使用法を教え込んだ。
そして中国の業者は、自分の池の収容能力の倍以上の稚魚を買い込んで多量の餌を撒く。
水が汚れるから、これまた多量の抗生物質を池に放り込む。
不正行為のようだが、これは全て日本の業者が教えたことばかり。

今では鯨は高価になり過ぎて気軽に食べることは出来ない。
ホンマグロのトロは、同様に一部の人たちの愛好品になってしまった。
そして、今また「鰻」さえも庶民の食卓から消えようとしている。
出自さえ判然としない「鰻」の蒲焼が、4千円5千円で罷り通っているらしい。
鯰を使った「鰻蒲焼もどき」がテレビなどで紹介されているが、観ていると情無い。
「鰻」やマグロのトロくらい、ちょっと無理すればたまに食べられる程度の美味だったはずだが、今ではかなり無理しても手が出ない高みに行ってしまっているらしい。

日本から帰って来るとき、2串の「鰻」の蒲焼をスーツケースに忍ばせて来た、
本当は何処かの名店で「鰻重」を食したいと考えていたのだが、上手いタイミングが取れない。
人はどう思うか知らないが、「鰻」は独りで食べるに相応しい食べ物とは私は思わない。
二人乃至は数人で一杯やりながら、「鰻」が焼けるのを待つ小一時間が謂わば至福の時ではないか。
そして「鰻」が焼きあがると同時に飯が炊き上がり、その熱々が運ばれて来る。
「鰻丼」であれ「鰻重」であれ、蓋を取ったと同時に立ち上がる湯気も食味のうちだろう。
それを何とかニューヨークで実現させよう、そう考えたわけだ。
「鰻」に限らず丼物には炊き立ての飯が必須だ。
数時間前に炊いた保温中の飯では、どんな天麩羅や親子を載せてもあのわくわく感は生まれて来ない。
私がニューヨークで「鰻」を食べようと思わない理由には、それも含まれている。
若しニューヨークの自宅で日本の名店に近い味が出せれば、素人料理の金字塔とも言えそうだ。
用意した串は御徒町の「Y」の中串だから、相手に取って不足はない。

米は日本から運んで来た、「コシヒカリ」の新米。
「鰻」に付き物は奈良漬けらしいが、此処は甘味を押さえた絞り沢庵漬け。
「肝吸い」は無いから、「花かつを」の一番出汁で掻き玉汁を添える。
飯が炊き上がる3分ほど前に、「鰻」から串を抜き加熱したオーブントースターに入れた。
用意した丼に熱湯を張って暖める。
炊き上がった飯を湯を捨てた丼に7分目によそう。
同じく湯で温めた添付のタレを飯にかけまわし、その上に「鰻」を載せてさらにタレをかけた。
掻き玉汁を温めて椀に注ぎ、白髪葱を浮かせる。
これで準備万端整ったわけだ。
充分に熱い飯に、タレの滲みた「鰻」の一切れを載せて口に運ぶ。
柔らかい「鰻」の腹肉が溶けて、タレの甘さと渾然一体となり口中一杯に拡がって行く。
掻き玉汁を啜り、さらに「鰻」と新米のコンビネーションをゆっくり噛み締める。
随分久々の「鰻」だが、記憶の中の味の1頁にちゃんと整理されていたようだ。
食べ進むうちに、「鰻」と飯は融合しひとつになって行く。
「鰻」はのんびり食うものではないようだ。
一気呵成に掻き込む方が、いかにも「食っている」という雰囲気に満ち溢れてくるのではないか。
まあ、それは他の丼ものにも言えるかも知れないが。

久しぶりの「鰻」だったが、それなりに旨かったと言えそうだ。
まあ比較する相手がいないのだから、独り相撲をとっているようなもの。
とは言え、記憶の中のほかの「鰻」と較べても、それほど遜色は無かったような気がしないでもない。

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