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将棋の「藤井聡太」フィーバーは峠を越したようだが、かなりの数のファンがこの新人の指し手のひとつひとつに一喜一憂する様を見ると、彼の実力は間違いなく誰もが認める本物と思わざるを得ない。
彼が将棋界の話題の中心に躍り出た時、実はすでにプロ入りして無敗のまま30連勝に近づいていた。
マスコミの異常な持ち上げ方もあって、逆に連勝が途切れるのを待つ人もいただろう。
予想通り30連勝は出来なかったが、実はその後に彼が真の力を見せつけたのだ。
52勝9敗が今の彼の成績だが、29連勝以降では23勝9敗ということになる。
それだけでも勝率7割以上という数字になり、堂々たるものと言えるだろう。
藤井4段が信じられない快進撃を見せたため、将棋に不案内な人は高段者と低段者の差異に理解が及んでいないかも知れないが、ひと度4段に昇進してプロになればそれ程の力の差は無いと言われる。
現に低段者の多いC級2組には4段5段の棋士も多いが、かつて上級リーグで活躍しタイトルを獲得した8段9段の高段者も少なくない。
将棋の棋士は、20代から40代始め辺りが指し盛りと言われている。
7大タイトルを取るのもその程度の年齢が多いし、所謂「羽生世代」も30〜40代頃が最盛期だっただろう。
羽生、佐藤、森内という3強が羽生を中心に交互に大タイトルを取り合っていた時代。
這い上がってくる若い芽もあったが、如何せんこの3人の壁は厚かった。
現在「龍王」のタイトルを持つ渡辺明が、辛うじてその一角を占めたくらい。
そしてこの2,3年で、3強の時代が幕を下ろそうとしているように見える。
佐藤は将棋連盟の会長になり、森内はフリークラスに転出した。
ひとり羽生だけが第一線で若手と戦い、直近では渡辺竜王からタイトルを奪取し全てのタイトルで「永世王者」となる壮挙を成し遂げた。
この2,3年保持していたタイトルを次々に失い残るはたった一つという瀬戸際での勝利だから、「羽生未だ衰えず」の感を強くした将棋ファンも多いことだろう。
となれば、未だ暫くは羽生と若手強豪とのせめぎあいが続くと誰しも思うに違いない。
そして最終的にその羽生に取って代わるとすれば、衆目の一致するところ藤井聡太だろう。
未だ4段であり、A級8段になるまでには時間が必要だが、それでも何れは彼の時代が来ることは将棋界ではほとんど確信に近いようだ。
過去、大山から中原、中原から谷川、谷川から羽生という第一人者のバトンタッチは、それなりの実力者が周囲にいたけれど疑う人はほとんどいなかったと言われている。
唯一、渡辺明が羽生の座を奪いとるかに思われたときもあったが、未だに名人戦の挑戦者にもなれない状態では、今後に多くは望めないだろう。
恐らく将棋界が描いている近未来は、数年後には藤井が幾つかのタイトルを取り第一人者への地歩を固めている状況ではなかろうか。
だがそのとき多くのファンは、今のような熱狂的な声援を藤井に送り続けているかどうか。
過去の例を見れば、恐らくそんなことはありえないだろうと私は思う。
理由は簡単で、今の藤井ファンは将棋についてほとんど知らない。
たまにテレビなどで棋戦を中継するが、1手指すのに数十分以上、場合によっては数時間の長考が挟まれる対局を楽しんで見られるファンはごく限られた人たちだろう。
また高段者たちが指すひと手ひと手の意味や必然性が分る人がどれだけいるか、怪しいかぎりだ。
正直のところ、私自身プロの棋譜を見て、その将棋が既に終わっているかどうか、明快には判断出来ない。
今藤井4段の勝ち負けに一喜一憂しているファンだって、おそらくその程度の棋力だろう。
つまりファンの大半は、藤井4段の将棋を楽しんでいるのではなく、彼の持っているストーリーを追っているのだ。
そしてそのファンは、20年以上前に「若き天才羽生義治」を追いかけた人たちと同じファンだ。
私は別にそれを非難しているわけではない。
人は新しいヒーローを好み、そのヒーローが高みに昇って行くことに喜びを感じている。
だが、そのために10年20年を待つかどうかは分らない。
しかし、固唾を呑んで見守るファンが想像だにしない好手奇手を放って大一番を手中にする棋士は、常に多くのファンの注目を浴びるだろうし、折に触れては話題に取り上げられることも多いのではないか。
故人ではあるが「大山 升田」と並び称せられた升田幸三9段は、棋士としての数字は大山に遠く及ばないものの、ここ一番で見せた妖刀とも称される奇手で未だに多くのファンを持っている。
奔放不羈の性格で知られ味方も多いが敵も多かったそうだが、「新手一生」という座右の銘に相応しく「升田新手」や「升田の鬼手」などの後世に残る指し手の数々が彼の生涯を飾っている。
升田の指し手が如何に独創的だったか、それは今の現役の棋士に「今対局してみたい棋士は?」と訊ねると多くの中堅若手が「升田」と答えることでも理解出来るではないか。
勿論その中には、生前の升田9段を見たこともない若手棋士も含まれている。
言うなれば、既に升田は「伝説の棋士」と看做されていたのだろう。
それでも、将棋の世界では升田ではなく大山を史上最強として遇して来たし、それに羽生が取って代わることはあるだろうが、それ以外はこれから出て来る若手にしか可能性はない。
言ってみれば如何に素晴らしい棋譜を残そうとも、最終的には多くのタイトルを取り続けた者が真の名人であり数百年の歴史を持つ将棋の世界の第一人者と認められるのだ。
将棋の世界のランク付けはひと口には言えないが、「A級8段」を目安としている。
スタートは「奨励会」という、小中学生の将棋好きの中でも際立って強い少年が集まる組織から。
此処で揉まれて4段になれば、晴れてプロ棋士となってリーグ戦入りする。
と、簡単に書いたが、この壁を通り抜けられるかどうかが、ある意味最大の関門と言えるだろう。
年2回のリーグ戦の上位2名だけが4段になれるという狭き門。
多くの天才棋士は、此処で前途を断たれる仕組みになっている。
4段になると先ずC級2組という最下のリーグに組み込まれ、勝ち進めばC1組、B2組、B1組と上がって行くのだが、勿論上に行けば行くほど戦いは熾烈になって来る仕組みだ。
そこで最上位のA級に辿り着けば8段となり、そのまま名人位挑戦のリーグ戦に突入する。
A級には11人の棋士がいるが、そのうち2人は全局を戦い終えたときの成績でB級1組に落ちる規定。
全ての棋士にとってA級で戦うことは名人になれる可能性を秘めているわけだから、石に齧りついても留まりたいのは当然だが、それは決して生易しくない。
A級在位の最長は大山の45期だが、後を追う羽生はまだ25期。
勿論一度もA級に上がれない棋士も決して珍しくないし、逆に10期以上留まっていたとすれば、それは一流の棋士の証明のようなものと言っても良い。
騒がれている藤井にしてもA級に到達するにはあと数年はかかるだろうし、その地位を何年保持出来るかどうかは神のみぞ知る領域だろう。
今多くのファンが期待しているのは、A級8段になった藤井を羽生名人が迎え撃つ大一番だろう。
5,6年後とすれば羽生は50歳を過ぎているし、藤井は未だ20前の若武者。
なかなか難しい顔合わせだが、確かに夢の対局ではある。
出来れば私も間に合いたいものだが…。
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