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「寿司」はニューヨークで、大きなブームを巻き起こした。
ナマの魚を食べること自体西欧の人たちには未知の経験だったが、それと併せてこの日本独自の食べ物は彼らに新しい文化体験をもたらした。
それは「カウンター」という、食事を摂る場所である。
別にカウンターという座席が今まで無かったわけではない。
コーヒーショップや軽食をサーブする「ダイナー」には、独りで気軽に座れるカウンターがある。
さらに、専ら男の社交場だが「バー」というアルコールを提供する店には、背の高い座椅子があって飲み物を摂ったり軽いスナックを摘んだり出来、勘定もバーテンダーとのやり取りで簡単に済ませられるシステム。
ただ、西欧の常識から言えば、カウンターは紳士淑女の座るべき場所ではない。
特に女性がカウンターに独りで座っていれば、それは特殊な職業の婦人と看做される覚悟がいる。
また女性に限らずきちんとした身なりの紳士は、レストランではちゃんとしたテーブルを要求するのが普通だ。
だが日本レストランの「寿司場の座席の法則」は、彼らの築き上げた「社会的地位に則ったレストランに於いて占めるべき位置」の標準を根本から打ち破った、と言っても良いのではないだろうか。
「寿司」レストランは、はじめから高級な客層を対象に始められた。
「寿司はニューヨークに限る」というアメリカ人のエッセーが評判を呼んだのは確かだが、その頃既に「寿司」は日本でも庶民が気安く手を出せるスナックではなくなっていたのだ。
それでも日本よりはかなり格安だったのは確かで、中でも大西洋で捕れるホンマグロが日本に較べれば信じられない価格で食べられるとあって、多くの日本人旅行者がニューヨークの寿司店に押しかけて来た。
まあ実はその頃既に、「如何にしてこのホンマグロを東京に運び入れるか」という企みは着々と進んでおり、マンハッタンからホンマグロが消えるのはそう遠い話ではなかったのだが。
だが少なくともこの段階で「寿司店」で食事が出来るのはアメリカでもそれなりの階層の人たちに限られていた。
そして前述した通り、カウンターはちゃんとした社会人が食事を摂るところではない。
しかし日本の習慣から言えば、「カウンター」は寿司店でも上客が占めるべき特等席である。
それは今でも同様で、普通L字型のカウンターの角は所謂「花板(最高位の板前)」が立って左右の得意客にサーブする場所とされて来た。
此処に座る客は板前にあれこれと指示することはない。
黙って坐っていれば、好みのネタがタイミング良く握られてツケ台に置かれる仕組みになっている。
注意して見れば、そのネタの部位だって同じ魚の中でも最高の部分を切り取っているはずだ。
何も言わなくても店内を見回せば、誰が最上客かは一目瞭然になっているのだ。
寿司ブームの初期の頃、この座席の問題はなかなか悩ましかったらしい。
店から見て最上の客を、そのカウンターの真ん中の席に坐らせるのはひと仕事だっただろう。
「I don’t like this seat. この席は気に入らない」
「This is the best position in this counter. 此処は一番良い席なんです」
他の西欧風レストランへ行けば、最上客の席は誰が見てもすぐに分るようになっている。
だが、寿司店のカウンターを理解するには時間と経験が必要だ。
説明を繰り返し、どうにかその客がその席に腰を落ち着けるまでに数ヶ月かかったという。
そして、カウンターに座りたがる別の客とのやり取りも、又新しい難題になって行く。
ショーケースのまん前に坐れば、様々な色や形の魚類を見ることが出来る。
例え食べてみることはしなくとも、それはなかなかの観物であることはたしかだろう。
「What is this fish? この魚の名前は?」、板前に聞けば答えないわけには行かない。
「This is tuna fish. これはマグロ」、「これはひらめ」、と言う具合に客の好奇心は限りが無い。
カウンターに座る場合は、板前が勧めるネタを食べるのが礼儀、という日本システムが浸透するまでには多分半年程度の日時は必要だったのではないだろうか。
「Omakase (お任せ)」などという言葉が一般的になったのはこの1,2年のことだろう。
それでも、折角拵えたカウンターには客を入れぬまま営業している店もあるという。
初めての客にカウンターで食べる仕組みを説明するのが面倒だという理由と、そこまで苦労して坐らせてもそんなに利益が生まれるわけでもない、辺りが実際のところらしい。
実は日本でも寿司カウンターには座らない、という人たちもいないわけではない。
カウンターに座って好きなものを板前に注文する、というやり方は一般的になっているが、悪く言えばあまり行儀の良い食事作法とは看做されない。
別室に卓を用意して、うちうちで寿司を愉しむという客層は寿司店に取っては怖い存在だろう。
寿司がざっかけない食べ物から、次第に上流階層に好まれるようになり、それに併せて上客を受け入れる店の構えが出来上がって来たように考えられる。
寿司に限らず「鰻」や「天麩羅」、「蕎麦」「うどん」の類に至るまで、気安い庶民の食べ物から徐々に手をかけて材料にも心を砕き、料理法ひとつにも研究を重ねて来た結果と言えるのではないか。
カウンターという日本独特の長椅子と机を組み合わせたような代物は、恐らく江戸期に出来たのだろう。
カウンターに符合する和名が無いあたり、その歴史の浅さを感じさせる。
このカウンターは西欧には無いはずのものだったが、今では結構な数があるだろう。
ヨーロッパやアメリカの大都市には必ず寿司店があり、そこにはカウンターが設えてあるはずだ。
今はラーメン店のカウンターが、着々とその数を増やしているに違いない。
近いうちにカウンターは世界中のレストランの必須項目になって来る可能性だってあり得る。
いや、今日本で大流行の「立飲みカウンター」だって、世界各地に姿を見せる可能性が大だ。
不遜に聞こえるかも知れないが、日本は今や味覚の世界をリードしていると言えるのではないか。
日本人が愛好する多くの水産物が、いまだに世界の多くの人々から見れば未知の領域にある。
つまり、日本から紹介される新しい味は、これからも世界の美食家たちを捉えて離さないとも言えそうだ。
辛うじて中国が美味美食の深奥を究める努力を重ねて来たが、他文化を征服しては破壊し尽すという歴史の繰り返しで、残されたものはごく僅かでしかないと言われている。
皮肉なことに、中国が世界に誇る「フカひれ」、「干しナマコ」、「干しアワビ」「干し貝柱」、どれをとっても日本の漁業者たちが中国の戦乱から守り続けたものばかりだ。
言ってみれば、日本が守った平和が中国の食文化を維持する大きな手助けをしたということだろう。
そしてその水産物の見返りに日本人が得た「漢字」、「仏教」、「稲作」などは、日本で成長しそれぞれに大きな花を咲かせていることは言うまでもない。
日本は既に「生の魚」を紹介し、「手で摘んで食べる」ことへの抵抗も無くし、今まで忌避されて来た「カウンター」での食事を日常のものにしてしまった。
この先には何が待ち受けているのだろうか。
別にそれ程目新しくはないかも知れないが、「内臓料理」に関しても日本は今や先端を行っているようだ。
牛や豚などの内臓は西欧でも食べるが、日本ではほとんどを食べ尽くすし、大型魚の内臓は漁師料理のジャンルを越えてファンを開拓しつつあるようだ。
恐らくそう遠くない将来に、今まで捨てられていた部位の料理が陽の目を見る時が来るだろう。
その一歩は多分「カウンター」から生まれて来た、と私は思いたい。
今、日本のステーキハウスがマンハッタンに挑戦している。
「立ち食い」を売り物にスタートしたようだが、やはり無理があったのかテーブルになってしまったらしい。
それでも結構な人気だと聞く。
きっとそのうち「立ち食い」も実現させてしまうだろう。
言うなれば、カウンターを跳び越えて、その一歩先に到達してしまうことになる。
「不可能に見えることを何時の間にか可能にする」のが、日本式経営の本質と言えそうだ。
そう考えると日本料理の将来は、結構洋々たるものかも知れないではないか。
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