還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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プロとアマの懸隔

私が子供の頃、「プロとアマの差が一番大きいのは相撲と将棋」と聞いた覚えがあった。
確かにその当時、大学相撲からプロ入りした力士の成績は褒められたものではない。
戦前の笠置山、戦後の吉井山など入幕を果たした力士は幾人かいたが、幕内の中ほどを行ったり来たりの繰り返しで、とても三役や大関以上を目指せる力量は感じられなかったようだ。
当時は未だ中学を出てそのまま入門する力士が多く、部屋から中学に通うケースも多かったと聞く。
故人となった北の湖が、両国中学時代に漫画ばかり読んでいたという話は良く知られている。
そして飯を腹一杯食べて毎日猛稽古に励めば、高校大学辺りのトレーニングとは比較にならないだろう。
だが日本が豊かになり誰もが高校や大学へ行くようになって、状況は変わった。
1966年(昭和41年)まで大学出の力士は僅か5人だったが、それ以降は増える一方。
今では幕内力士の半数近くは、大学の相撲部出身だそうだ。
最早、プロとアマの違いを云々する人はいないだろう。
下手すればアマの大学生の方が、プロの力士より強いことだった充分考えられる。
その代わり新鋭とか若手とか言われる幕内力士は既に24,5歳、昔であれば入門から10年近くを経た中堅であり、そろそろ先行きも見えて来る辺りではなかろうか。
どちらが良いとか悪いとかいうことではない。
だが、これだけ多くの大学出の力士が番付に四股名を載せたが、横綱に昇りつめた者はひとりしかいない。
1973年に横綱に推挙された輪島で、それ以降は皆無。
大関まで辿り着いた学士力士は輪島の他に6人いたが、いずれもそこまでで刀折れ矢尽きてしまう。
その理由については様々に言われているが、やはり修行の過程に問題があるのだろう。
勿論モンゴル勢の台頭で頭を押さえられてしまった、ということは間違いないが。

一方の将棋だが、ここは事情が少し異なる。
今話題の藤井聡太6段は大学将棋の出ではないし、第一未だ中学生だ。
つい先日まではアマチュアの仲間だったわけで、言うなれば経験豊富なプロ棋士がそのアマに手も無く捻られている、というのが実情と言えそうだ。
今までにも中学生程度でプロの4段になった棋士もいたが、この藤井6段のようなケースは空前絶後だろう。
将棋の最高位は名人だが、史上最年少でこの地位に上ったのは谷川浩司の21歳。
将棋界の仕組みもあって、藤井6段がこの2,3年で名人になることは難しい。
現在C級2組の彼はC級1組B級1,2組そしてA級に到達する必要がある。
全て順調に行けば後3,4年でA級に上れるかも知れないが、上に行けば行くほど対戦相手は強くなる道理。
百戦錬磨のつわものだらけの、B級A級をすんなり通過できるかどうか。
だが、誰もが至難と見ていたプロ入り1年以内の6段位獲得を成し遂げたのだから、先のことは分らない。
将棋界には「一時力(いっときぢから)」という言葉があって、並の力量と思われていた棋士がある時突然勝ち始めることを指して言うのだが、藤井6段の場合はこの「一時」を既に通り過ぎてしまったようだ。
彼の連勝が29で止まったとき、多くの人がこれからは勝ったり負けたりが続くだろうと思ったはずだ。
確かにその後幾つかの黒星があったが、いま又13連勝と積み重ねている。
ひょっとすると、という段階を過ぎてしまったのかも知れない。

将棋の棋士の、実力を測るのは簡単ではない。
無敵と思われた頃の羽生善治にしても、10番指せば2つ3つは負けても不思議ではない。
現に羽生の通算勝利数は1395で、負けは565、勝率は.712となっている。
A級やB級の棋士の勝率は結構高いが、7割を越えているのは羽生一人だ。
それも多くのタイトル戦を戦い続けていることを計算に入れれば、驚異的と言っても良い。
藤井6段の勝率はそれを上回っているが、対局総数が69では未だ未だ先は長いという他ない。
ただ、58勝11敗(勝利率.841)という数字は底知れないものを感じさせるように思う。
ひとつ残念なことにこの脅威の新人の本当の円熟期を見られるかどうか、あまり自信はない。
上手く行けば、タイトル一つか二つくらいの棋譜は見られるかも知れないが。

大学出の力士は、落ち着きは感じるがその分若々しさが物足りないようだ。
やはり大学の3年生4年生ともなれば、相撲部屋でいう「兄弟子」という雰囲気になる。
だが卒業して相撲部屋に入門すれば、再び新弟子という身分に戻るわけだ。
体育会系の気持ちは分らないが、多少ギクシャクするのは止むを得ないだろう。
22,3歳での入門となれば、はっきり言って相撲寿命はそんなに長くはない。
2年で十両になるとすれば、もう24,5歳で昔ならベテランの域に近い。
多少のまわり道があっても、27,8で三役になれなければ、その先はそんなに明るくない。
この先相撲界に生きるのであれば、年寄り株の手配も考えなければなるまい。
部屋つきの年寄りに甘んじるか、自前の部屋を持つか、これも結構頭の痛い問題だろう。
大学を出て精々10年程度で、そういう深刻な問題を抱え込むケースはそう多くない。
普通の会社であればやっと係長になれるかどうかという年齢で、早くも経営者としての資質を問われる。
恐らく周囲の大人たちが色々根回しをしてくれるのだろうが、それにしても大変な世界だ。
彼らの部屋経営の収支を知ることは出来ないが、魅力はあるのだろうと思う。
それでも最近のようにトラブルが増えて来ると、相撲の実力や指導力とは別の能力が必要とされる。
65歳の定年までの30数年は、さぞや長いものだろうと推察出来る。

その点、将棋の棋士には、まるで正反対に近い人生行路が立ちはだかっているようだ。
例え14歳でもプロの棋士になれば、もう一人前と看做され30代40代の他の棋士たちと同等に扱われる。
ましてタイトルホルダーともなれば、挑戦者は全力でぶつかってくるはずだ。
そんな社会が他に存在するだろうか。
普通であれば少年法などで保護されるべき存在。
何かトラブルに巻き込まれれば、即「少年A」と呼称は変わる。
そして彼らにとって、周囲にいる棋士たちは全てライバルであって友人ではない。
いや自分を保護してくれるはずの師匠だって、何時対戦相手として対局場に現れるかも知れない。
そして敗戦が続けばランクから外され、棋士の看板だって下さなければならないだろう。
「奨励会」という育成組織があるが、26歳までに4段になれなければ退会する規則だ。
これはある意味で、やり直す機会を早めに与えるためだという。
だが26歳で放り出された将棋しか脳のない若者は、何とかして将棋にしがみつくしかない。
街の将棋道場の指南役あたりにありつければ上々なのだろう。
「奨励会」に入れるのは、日本各地の「将棋の天才」ばかりだと言われている。
その天才でも、4段に上がれるのは数十人にひとり程度。
羽生や藤井クラスともなれば、数百人にひとりと考えた方が良い。
「アマチュアとの差は無限大」と言うのも分るような気がする。

非凡な天才であることは幸せかも知れないが、平凡な鈍才であることも捨てたものではない。
なんて言えば、鈍才の僻みと言われるかも知れないが…。

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