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「漢詩」を最後に習ったのは、高校時代だったはずだから50年以上前のこと。
もはや既に大学入試には採用されないということが周知されており、あまり本気で打ち込んでいる生徒はいなかったような覚えがあるし、私自身も真面目に頁をめくったとは思えない。
ただ、母が「漢詩」を好んでいたこともあってか、蘇軾の「前赤壁賦」や李白、杜甫、さらには日本の頼山陽などを時々口の端に上せたことはあったようだ。
アメリカに住むようになってからは、「漢詩」とはほとんど無縁になったが、それでも稀にコンピューターから引っ張り出してごくごくポピュラーな詩を口ずさんだりしていた。
「漢詩」には幾つかの約束事があり、それに則って作詞するのは非常に難しいと言われている。
日本でまともな漢詩を作った最後のひとは夏目漱石だそうだが、明治維新の波は「漢詩」という日本の男性のたしなみごとをあっさりと消し去ってしまったことになる。
それでも日本の文学の世界に細々と足跡を残しているのは、やはりその詩がもつ感性や叙情性が日本の風土に結構しぶとく根を張っていたのだろうし、多くの人口に膾炙した古典には捨て去り難い深さがあるのだろう。
「帰去来兮。田園将蕪、胡不帰 (帰りなんいざ。田園将(まさ)に蕪(あ)れんとす、胡(なん)ぞ帰らざる)」
―さあ帰ろう故郷へ。田園はいまや荒れ果てようとしている、いま帰らなければ永遠に帰れないだろう ー
これは4世紀の詩人陶淵明の名高い「帰去来の辞」の最初の一節だが、知る人は多い。
地方政府の役人だった陶淵明は、彼の曽祖父や祖父が世に知られた存在であったため、その名を望まれて幾度か役職に就くが、その役に耐えられず短期間で辞し帰郷している。
「口を糊するために意に染まぬ仕事をするくらいなら、土に親しむ暮らしを選ぼう」
何処かで聞いたような言葉だが、現在だってこう考える人は少なくはない。
人の営みは数千年を経て来たが、思いが至るところは年月を越えて等しいようだ。
高位高官を望む人は多いが、そのために費やす膨大なエネルギーを忌避する人も又多い。
人生の終焉をどう迎えるか、「田園まさに蕪れんとす、何ぞ帰らざる」はその一つの形のようだ。
私のアメリカ生活も40年を過ぎた。
住み始めた当初は精々7,8年かもっと短い期間、ニューヨーク生活を経験してみようという程度だったのだが、何時の間にか20年を過ぎ、気づけば40年を越えた。
知り合った人も少なくないが、知らぬ間に消息が絶えた人も結構多い。
マンハッタンは若者が住むには好適なところだが、その目まぐるしさに草臥れることも珍しくない。
世界中から集まった人たちは興味深いと言えるが、鬱陶しいときもしばしば。
マンハッタン区から東寄りのクイーンズ区に移住して、どうにか人らしい暮らしに変わった。
「帰りなんいざ…」、というこの詩がちらつき始めたのもその頃だったろうか。
「望郷日記」なるブログを書き続けながら、その「望郷」の念を密かに胸の奥に仕舞い込んでいたのだろうか。
私の母は6年前に99歳でこの世を去った。
だが家人の母は90歳で元気にしている。
夜中に転んで脚の骨を折り歩行は車椅子頼りになったが、頭はシャープなまま。
40年以上離れていた家人からすれば、出来れば短期間でも世話をしたい気持ちはあるらしい。
私にしても身内は全て日本に住んでいるし、帰国を妨げるものはない。
具体的な計画を語り合うことはなくても、何となく空気は醸成されていたように思われる。
とは言え、数十年離れて住んだ故国に戻るのは、そう簡単ではない。
アメリカ国籍になっているわけではないから、日本に帰って住み始めればそれで万事は落ち着いてしまう。
それでも40年に亘る海外生活は、本人も気づかない間に様々な影響を与えているはずだ。
私は未だにほぼ生粋の日本人の思考方法を持っていると勝手に信じているが、周囲の人たちから観れば随分奇妙な部分が見受けられるかも知れない。
実際今の若い人たちの会話を聞いていると、何とも理解し難いもどかしいような感覚を受けるときがある。
「めっちゃ…」、「癒す」、「やばい」、挙げればきりがないが、口にしている若者たちには違和感はないらしいから、これは気にする私の方が可笑しいことになりそうだ。
こういうずれが、実際に帰国して生活を始めたら引っ切り無しに飛び出して来るのではないか。
まあ、少し前には私も年長者の言葉を聞いて世代の違いを感じたものだったが。
陶淵明と異なり、私には帰るべきふるさとの野山はない。
当然だが耕すべき土地もないし種を蒔く畑とてない。
だが、幸い日本は四方を海に囲まれており、その海には餌を追う魚たちが群れているはずだ。
40数年前の釣りしか知らない私に釣られる、どじな魚の2,3尾くらいはいるかも知れない。
「帰りなんいざ、田園荒れ果てても、海には魚あり磯には貝やあるべし」
「晴耕雨読」ならぬ「晴釣雨読」の日々が待っていてくれるだろうか。
大きな期待は出来ずとも、それでも何となく浮き浮きして来るから不思議だ。
まあ実際に帰ってみてから言うべきことなのだろうが…。
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