還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「肉食」もたまには…

最早旧聞に属する類になるだろうが、ひと頃「肉食」と「草食」に人を大別することが流行っていた。
勿論別に科学的な考察が為されているわけではないだろうから、言わば面白半分に人の食の嗜好を推し測りその人の人間性にまで好き勝手に言及する、というあまり品の良くないブームだったようだ。
それにしても、最近の食べ物に関するエッセーや探訪記には意図的と思わざるを得ないほど「肉食」について書かれたものが多く、読んでいてうんざりするほど。
そして至るところに見受けられる焼肉店の広告の氾濫ぶり。
私は自分のブログはさぼっても、人のブログは結構小まめに読んでいる。
多いのは築地を中心とする水産関係の従事者の人たちのものと、やはりあちこちの店の食べ歩き。
だが食べ歩きブログは量的にも膨大で、とても細かに読むことは出来そうにない。
そこで、焼肉、ラーメンが主体のものは飛ばすようになった。
これは結局私が好んで食べるものに絞り込んでいるということ。
欲を言えば、ちょっと食べてみたいと思わせるような料理が紹介されているものが好もしい。
そうすると、所謂肉料理はふるいをかけた後にそれほど残らないことに気づいた。
生き残るのは、魚介類や野菜類が中心になる。
要するに、肉は手をかける部分が少ないということのようだ。
確かに肉料理は材料さえ良ければ、あれこれと弄繰り回さない方が美味しいと言えそうだ。
高級焼肉店などでも、宣伝しているのはその店が仕入れている肉の素晴らしさや希少さ。
いい肉がありさえすれば顧客の満足度を高めるのはそれほど難しくない、そんなニュアンスさえ感じる。      そしてほとんどの焼肉店の味付けは甘い。
私はそれ程焼肉店で食事をした経験はないから、断定は出来ない。
だが、高級和牛で名高い松坂をはじめとする肉料理専門店で食べた人たちの感想はその甘さ。
故丸谷才一が自身の食紀行を記した「食通知ったかぶり」で、松阪牛の名店での経験を記している。
「ここでちょいと小声で言へば、もうすこし砂糖を控え目にしてあのロースを食べてみたかったね…」
と、その名店の仲居が鍋に放り込んだ多量の砂糖を恨めしく綴っているのが可笑しい。

「Aged lean beef (熟成赤身牛肉)」、と言えば日本が世界に売り込みをかけた「霜降り肉」とは対照をなす最近流行のステーキだが、日本でも若者たちを中心に人気だそうだ。
というのも可笑しな話で、所謂「霜降り肉」というのは、日本独特の育成法で牛の体に脂肪分を行き渡らせたものであって、世界に類を見ない肉と言えるだろう。
日本の高級焼肉店がこの手の稀有な肉を客に供しているのは、同じ牛から一緒に取れる内臓や舌などの部位をも高価格で売れるからだろうと私は思う。
牛や豚の内臓を食べる国は西欧にもあるが、日本ほど食べ尽くす国はないようだ。
まして、中毒事件で禁止されたが、レバーを生で食べる国は日本をおいて他にはないだろう。
冷蔵技術の進歩が、様々な食品の「生食」を可能にしている。
それが良いことか悪いことかは分らないが、日本が魚を生で食する「刺し身」という調理法を持ち続けて来たことが、「生食」文化の根底にあることは間違いない。
序に言えば、肉の焼き方には「レア(生に近い)」、「ミディアム(半生)」、「ウエルダン(完全に火が通る)」の3種に大別できるが、「レア」で食べるのは日本人がもっとも多いという。
南米では「ウエルダン」が主流だし、ヨーロッパでも「ミディアム」をオーダーする人が多いらしい。
「レア」を好むのは、「生食」に慣れた日本の食生活の影響なのだろう。

食肉と言うと「牛」、「豚」、「鶏」の3種類が世界で最も消費される肉になるが、豚が1億1557万トンで鶏が1億1772万トン、牛が6829万トンと2016年の調査にある。
豚が世界で最も食べられている食肉ということになるが、禁忌として食べないユダヤ系とイスラム系を差っ引いての数字なのだが、その分までも消費しているのが中国系の国々だろう。
こうして見ると、豚や鶏に比して牛肉の消費量が半分に近い点が気にかかる。
そして今までこの分野に進出していなかった中国が、経済力の増大とともに牛肉の購入に力を入れていることが顕著になり、それが牛肉の価格がじりじりと上昇している理由だろう。
実は牛肉に留まらず、中国のワインや高額水産物の輸入量は急激な上昇カーブを描いているようだ。
この傾向はこれからも続くだろうから、蟹や海老の価格は上がりこそすれ下がる望みは薄い。

私の家の近くに「Peter Luger (ピーター ルーガー)」というステーキレストランがある。
実はこの本店がブルックリンにあって、この数十年「全米一」という評価を取り続けているのだが、予約が取れないことでも全米一ではないか、と言われているようだ。
別に何処かに牧場を持っていて、そこで特別な牛を育てているわけではないようだ。
店主がマンハッタンにある「Meat market (肉牛市場)」へ行って、自分が気に入った肉を買いそれを店の地下にある「Aging room (熟成室)」に入れて、2,3週間寝かせておくだけのことらしい。
私はこの店と仕事上の付き合いがあったこともあり、担当の女性に頼み込んで取れない予約を取ってもらって幾度か行ったのだが、そのうち支店でも味は変わらないと聞いて家の近くの店に行くようになった。
とに角この店に行ったら食べるものは「Porterhouse steak ポーターハウスステーキ」別名「T bone steak ティーボーンステーキ」しかないから、メニューを眺めて迷う必要はない。
このステーキはTの字になった骨の両側にサーロインとフィレミニヨンがあり、つまり二つを楽しめるわけだ。
一人前が500g(骨付き)くらいあって、若者ならともかく女性や老人には完食は難しいだろう。

先日、私の誕生日だったこともあって、この「ピーター ルーガー」に久々に予約を入れた。
本店は1,2ヶ月先しか取れないと言われているが、この支店は割り合いすんなり取れる。
店も小さいが、この近辺の人口密度も極めて低い。
4,5日前に電話して、土曜日の開店と同時の予約を貰った。
12時45分の予約時間ぴったりにドアを開けて店に入る。
見ると何故かすでに数組が待合室に坐っている模様。
そのうち3組は全て中国人のようだ。
テーブルに案内されるのを待っている間にも、数組の中国人らしき若者が入って来た。
大学生かひょっとすると高校生くらいのカップルも混じっている。
この町に結構な数の中国人が住んでいることは知っていたが、目の前に見ると少々驚く。
ステーキしかない店だから、一人7,80ドルはかかるはずだ。
高校生や大学生が気軽に入って来る店ではない。
だが見たところ物怖じしている気配もなく、既に幾度か来ているような風情だ。

やっと案内された席に着くと、私たちの隣のテーブルに学生風の2組のカップルが坐った。
メニューを見ているところから察すると、それ程の常連ではないかも知れない。
私たちは「Steak for two (2人前のステーキ)」と付け合せに「Baked potato (ポテト炒め)」、誕生日でもあるし赤ワインを2人分注文したが、彼らはメニューから前菜のようなものをオーダーしているらしい。
さらにロブスターを女の子のために注文したようだ。
私は本店を含めて「ピーター ルーガー」にはかなりの頻度で行っているが、ここでロブスターを頼んだ客は初めて見たような気がする。
全米一のステーキが売り物の店で敢然とロブスターを注文するには、それなりの度胸と無知が必要だろう。
流石にウエイターは平静に見えるが、周囲の客は興味深げにオーダーした若い女性をそれとなく見ている。
考えてみれば、ニューヨークのステーキレストランは売り物のステーキの他に大きなロブスターを常備している。
「Surf and Turf サーフアンドターフ(寄せる波と芝生)」と言えばほとんどのステーキ店のメニューにあるはずだ。
言うなれば最高のご馳走という意味合いなのだろうが、日本で言えば「刺し身にステーキ」という辺りか。
とは言うものの、「Surf サーフ(寄る波)」の方はもうほとんど忘れられているように思われる。
この若い女性のオーダーで、思い出した人も多いのではないか。

滅多にない光景に気を取られているうちに、我々のステーキが運ばれて来た。
2人前だからほとんど1kgのステーキが、大きな銀盆に鎮座している。
滲み出した脂が、斜めに置かれた盆の下側に溜まっているのが食欲をそそる。
ウエイターはサーロインを数片とフィレを1片、我々の皿に取り分けて肉汁をかけまわす。
傍らに置かれたソースは店の看板らしいが、私は塩だけの方が好みだ。
先ずフィレを半分ほどに切って口に運ぶ。
注文がレアだから、中心部はほとんど熱を感じない。
だが噛み締めてみると、中から肉汁がじわっと口中に溢れてくるのが分る。
ソースやタレがないだけ、肉そのものの味わいがストレートに伝わって来るようだ。
最初の2,3切れを食べている時は、ほとんど無口のまま。
このレストランでの最も幸せな時間と言っても良いだろう。
肉を飲み込んだら、ワインをその後に送り込んでやる。
そして新たな肉片に挑戦して行く。

見るともなしに見ると、若者たちもステーキと格闘しているようだ。
その「格闘」という言葉が、ここでは相応しいような気がする。
塩だけで焼いた肉を、口中で噛み締めて味わい尽くす。
そこへ何年かを樽の中で眠っていたワインが、熟成された葡萄のエッセンスを振り撒いて行く。
「肉食家」と自称することのない私でも、稀に食べる肉の旨さが与えてくれる感動は別格だ。
たかだか小一時間に満たない至福の時だが、年に一度か二度のことと考えれば貴重だ。

ステーキは「For two (二人前)」で107ドルとなっている。
高いか安いかは別として、ここ数年でコンスタントに価格は上昇しているようだ。
それでもこの味を維持出来るのであれば、別に不満はない。
味以前がなっていない店が増えている昨今、たまの満足を与えてくれるこういう店は貴重と言わなければならないだろう。

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