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8月半ばに「Iphone アイフォン」所謂「スマートフォン」を家人から下賜された。
それは正しく「下賜」であって、私は多くの人がこの新兵器を嬉々として弄繰り回しているのを苦々しく見ていた。
自宅で机に坐ればセットアップされたパーソナルコンピューターがあり、出かけるときには普通の携帯(日本ではガラケーと呼んで多少軽侮の対象になっているやに聞くが)を胸ポケットに入れて、緊急の連絡には充分。
ただ、このスマートフォンは進歩著しく世界的規模で浸透しており、数年先には「持たざるものは人にあらず」とまで言われる可能性があるらしい。
家人は日本の母や姉妹と、朝晩にラインとかいうグループ内での通信を交わしており、私もそこに入れようと企んでいるような気配が濃厚だ。
手渡されてみると、私が持っているガラケーよりデザインも良いし、薄手だから上着のポケットに納まりそうだ。
(持ってみても悪くないかな)、という想いがよぎったことは認めざるを得ない。
しかし、この「Iphone」という奴は、小さな胴体に多くの機能を詰め込んでいるため、操作が複雑だそうだ。
で発売元の「Apple アップル」は、あちこちで講習会を開いている。
調べてみると、マンハッタンだけでも7ヶ所の店舗兼クラスルームがあり、ほぼ終日この新兵器の扱い方を無料で懇切丁寧に教えているということだ。
驚いたことにこの7ヶ所があるのはグランドセントラル駅ビルであったり、目抜き中の目抜きである5番街のすぐ横であったり、何処をとっても所謂一等地ばかりなのだ。
なるほど儲かっている企業が選ぶのは、さらに儲かるような立地条件のところばかりらしい。
家人はコンピューターの画面にそのクラスの日時や内容を表示し、さっさと私の名前を書き込んで一番初歩の初歩「Basic Iphone アイフォンの基礎」に申し込んでしまった。
正直に言えば、その瞬間に私は気が重くなった。
年を取ると、何であれ予定というものが鬱陶しくなって来た。
正月に夏のバケーションのホテルや飛行機を予約するなんて真っ平御免、と思うのは可笑しいだろうか。
日々変化し、想定したことがその通りに行かないのが世の常だと私は考えている。
たとえそれがこの週末の1時間のクラスだとしても、それに縛られるのはご免蒙りたい。
私には医師と会って現在の身体の状況を診断して貰うという動かし難い予定があり、それで充分過ぎる。
だが、既に家人は私の名前やE−メールのアドレスを書き込んでしまった。
これをすっぽかすことは私には出来そうにない。
手に取ってみると、確かに今まで使って来たガラケーとは随分異なっていることが分る。
薄くて持ち重りもしない。
ただ表面が滑らか過ぎるから、ちょっと屈んだときなどに滑り落ちる可能性はありそうだ。
現実にバスのなかなどでこれが滑り落ち、慌てて騒ぎ立てる高校生などを見て私が密かに快哉を叫んだことがあることを白状せねばならないだろう。
しかし、拾い上げたスマートフォンで何事もなかったように会話を続けているところを見ると、そういう衝撃には耐えるような構造になっているのだと思う。
この小さな物体がその内部に包含している能力の大きさを考えると、コンピューター時代以前を生きて来た私には現代の科学の改革の速度など想像もつかない。
この「Iphone」を駆使出来れば、その高みに少しでも近づけるのだろうか。
であれば、老骨に鞭打って講習会のカリキュラムにしがみつくのも一考かも知れない。
クラスのスケジュールは2日後から始まり、「Iphone basic アイフォン初歩」、「Iphone camera basic アイフォンカメラ初歩」に家人が受講申し込みをしている。
そこを何とかクリアーすれば中級へ進み、さらにはもっと高度なテクニックを習得出来るらしい。
まあ今の私から見れば、プロ野球を目指すリトルリーガーみたいなものだが。
2日後の午後1時、クラスのあるアッパーウエストのビルに行った。
1階は店舗のような構造になっているが、ほとんど人が溢れている。
これから「Iphone」を買おうという人たちなのだろうが、老若男女入り乱れて客の間を縫うように歩くスタッフに質問をぶつけたり商品を見せて貰ったり、気が弱い人なら呆然と立っているしかない、と言えそうな状況。
そういう私もクラスの場所を聞きたいが、黒いTシャツのスタッフに問いかけるきっかけがない。
やっと一人捕まえて訊ねると、黙って上を指差していなくなった。
どうやら2階にあるということらしい。
螺旋状の階段を上って2階に上がると、広いスペースに大きなテーブルが10台以上置かれ、大型のテレビを囲んで如何にも初心者という風情の数人の男女が坐っていた。
何によらず初心者の表情は似通っていて、その自信の無さが随所に垣間見えている。
と思っている私も同様の顔つきなのだろう、と自分でも思わざるを得ない。
大きなテーブルの端に坐って、黒いTシャツの青年が話しているのに耳を傾ける。
どうやら彼がこの初心者コースの先生役のようだ。
聞いてみると、彼はこの「Iphone」に備え付けられたボタンそれぞれの用途や役割などを説明している。
そこら辺は既に家人から聞いていたから、私は気楽に聞き流していた。
初歩の入門篇に参加して来ただけあって、テーブルにいる人たちは真剣な面持ちだ。
持っている「Iphone」もまちまちで6型7型が中心だが、中には最新式の10型持参の年配女性もいる。
ベンと自己紹介した青年は、各人に質問の有無を問うところからスタートした。
だが、ほとんど初めての生徒ばかりで、質問すら生まれて来ない。
私にも訊ねて来たが、
「Everything is new to me. 初めてのことばかりだから…」
「Will have more than 100 tomorrow. 明日なら山ほどあるだろうけれど」
実際、扱い慣れたガラケーとはまさに似て非なるもの。
内臓された機能だけでも数え切れないだろう。
電話とスカイプと写真くらいあれば充分と思っているところに、計算機だカレンダーだラインだ何だと使うことがあるかどうかさえ定かでない機能を押し付けてくる。
何とか追いついても、その頃はもっと新しい新兵器をくっつけて買い替えを迫って来るのだろう。
結局は旧来のセールス法に取り込まれるのが落ちなのだ。
だが手にしたからにはある程度は克服しなければ男が廃る。
今日ベンが教えたことの1割くらいは分ったような気がするから、この「Iphone basic アイフォン基礎講座」を10回受ければ、小学校卒業程度の学力がつくのではないか。
そしたら、「Iphone Intermediate アイフォン中級講座」を始められる。
それも10回くらいかな。
計算すれば気が遠くなりそうなスケジュールだが、まあぼちぼちやるしかないだろう、な。
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