還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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「肉食」もたまには…

最早旧聞に属する類になるだろうが、ひと頃「肉食」と「草食」に人を大別することが流行っていた。
勿論別に科学的な考察が為されているわけではないだろうから、言わば面白半分に人の食の嗜好を推し測りその人の人間性にまで好き勝手に言及する、というあまり品の良くないブームだったようだ。
それにしても、最近の食べ物に関するエッセーや探訪記には意図的と思わざるを得ないほど「肉食」について書かれたものが多く、読んでいてうんざりするほど。
そして至るところに見受けられる焼肉店の広告の氾濫ぶり。
私は自分のブログはさぼっても、人のブログは結構小まめに読んでいる。
多いのは築地を中心とする水産関係の従事者の人たちのものと、やはりあちこちの店の食べ歩き。
だが食べ歩きブログは量的にも膨大で、とても細かに読むことは出来そうにない。
そこで、焼肉、ラーメンが主体のものは飛ばすようになった。
これは結局私が好んで食べるものに絞り込んでいるということ。
欲を言えば、ちょっと食べてみたいと思わせるような料理が紹介されているものが好もしい。
そうすると、所謂肉料理はふるいをかけた後にそれほど残らないことに気づいた。
生き残るのは、魚介類や野菜類が中心になる。
要するに、肉は手をかける部分が少ないということのようだ。
確かに肉料理は材料さえ良ければ、あれこれと弄繰り回さない方が美味しいと言えそうだ。
高級焼肉店などでも、宣伝しているのはその店が仕入れている肉の素晴らしさや希少さ。
いい肉がありさえすれば顧客の満足度を高めるのはそれほど難しくない、そんなニュアンスさえ感じる。      そしてほとんどの焼肉店の味付けは甘い。
私はそれ程焼肉店で食事をした経験はないから、断定は出来ない。
だが、高級和牛で名高い松坂をはじめとする肉料理専門店で食べた人たちの感想はその甘さ。
故丸谷才一が自身の食紀行を記した「食通知ったかぶり」で、松阪牛の名店での経験を記している。
「ここでちょいと小声で言へば、もうすこし砂糖を控え目にしてあのロースを食べてみたかったね…」
と、その名店の仲居が鍋に放り込んだ多量の砂糖を恨めしく綴っているのが可笑しい。

「Aged lean beef (熟成赤身牛肉)」、と言えば日本が世界に売り込みをかけた「霜降り肉」とは対照をなす最近流行のステーキだが、日本でも若者たちを中心に人気だそうだ。
というのも可笑しな話で、所謂「霜降り肉」というのは、日本独特の育成法で牛の体に脂肪分を行き渡らせたものであって、世界に類を見ない肉と言えるだろう。
日本の高級焼肉店がこの手の稀有な肉を客に供しているのは、同じ牛から一緒に取れる内臓や舌などの部位をも高価格で売れるからだろうと私は思う。
牛や豚の内臓を食べる国は西欧にもあるが、日本ほど食べ尽くす国はないようだ。
まして、中毒事件で禁止されたが、レバーを生で食べる国は日本をおいて他にはないだろう。
冷蔵技術の進歩が、様々な食品の「生食」を可能にしている。
それが良いことか悪いことかは分らないが、日本が魚を生で食する「刺し身」という調理法を持ち続けて来たことが、「生食」文化の根底にあることは間違いない。
序に言えば、肉の焼き方には「レア(生に近い)」、「ミディアム(半生)」、「ウエルダン(完全に火が通る)」の3種に大別できるが、「レア」で食べるのは日本人がもっとも多いという。
南米では「ウエルダン」が主流だし、ヨーロッパでも「ミディアム」をオーダーする人が多いらしい。
「レア」を好むのは、「生食」に慣れた日本の食生活の影響なのだろう。

食肉と言うと「牛」、「豚」、「鶏」の3種類が世界で最も消費される肉になるが、豚が1億1557万トンで鶏が1億1772万トン、牛が6829万トンと2016年の調査にある。
豚が世界で最も食べられている食肉ということになるが、禁忌として食べないユダヤ系とイスラム系を差っ引いての数字なのだが、その分までも消費しているのが中国系の国々だろう。
こうして見ると、豚や鶏に比して牛肉の消費量が半分に近い点が気にかかる。
そして今までこの分野に進出していなかった中国が、経済力の増大とともに牛肉の購入に力を入れていることが顕著になり、それが牛肉の価格がじりじりと上昇している理由だろう。
実は牛肉に留まらず、中国のワインや高額水産物の輸入量は急激な上昇カーブを描いているようだ。
この傾向はこれからも続くだろうから、蟹や海老の価格は上がりこそすれ下がる望みは薄い。

私の家の近くに「Peter Luger (ピーター ルーガー)」というステーキレストランがある。
実はこの本店がブルックリンにあって、この数十年「全米一」という評価を取り続けているのだが、予約が取れないことでも全米一ではないか、と言われているようだ。
別に何処かに牧場を持っていて、そこで特別な牛を育てているわけではないようだ。
店主がマンハッタンにある「Meat market (肉牛市場)」へ行って、自分が気に入った肉を買いそれを店の地下にある「Aging room (熟成室)」に入れて、2,3週間寝かせておくだけのことらしい。
私はこの店と仕事上の付き合いがあったこともあり、担当の女性に頼み込んで取れない予約を取ってもらって幾度か行ったのだが、そのうち支店でも味は変わらないと聞いて家の近くの店に行くようになった。
とに角この店に行ったら食べるものは「Porterhouse steak ポーターハウスステーキ」別名「T bone steak ティーボーンステーキ」しかないから、メニューを眺めて迷う必要はない。
このステーキはTの字になった骨の両側にサーロインとフィレミニヨンがあり、つまり二つを楽しめるわけだ。
一人前が500g(骨付き)くらいあって、若者ならともかく女性や老人には完食は難しいだろう。

先日、私の誕生日だったこともあって、この「ピーター ルーガー」に久々に予約を入れた。
本店は1,2ヶ月先しか取れないと言われているが、この支店は割り合いすんなり取れる。
店も小さいが、この近辺の人口密度も極めて低い。
4,5日前に電話して、土曜日の開店と同時の予約を貰った。
12時45分の予約時間ぴったりにドアを開けて店に入る。
見ると何故かすでに数組が待合室に坐っている模様。
そのうち3組は全て中国人のようだ。
テーブルに案内されるのを待っている間にも、数組の中国人らしき若者が入って来た。
大学生かひょっとすると高校生くらいのカップルも混じっている。
この町に結構な数の中国人が住んでいることは知っていたが、目の前に見ると少々驚く。
ステーキしかない店だから、一人7,80ドルはかかるはずだ。
高校生や大学生が気軽に入って来る店ではない。
だが見たところ物怖じしている気配もなく、既に幾度か来ているような風情だ。

やっと案内された席に着くと、私たちの隣のテーブルに学生風の2組のカップルが坐った。
メニューを見ているところから察すると、それ程の常連ではないかも知れない。
私たちは「Steak for two (2人前のステーキ)」と付け合せに「Baked potato (ポテト炒め)」、誕生日でもあるし赤ワインを2人分注文したが、彼らはメニューから前菜のようなものをオーダーしているらしい。
さらにロブスターを女の子のために注文したようだ。
私は本店を含めて「ピーター ルーガー」にはかなりの頻度で行っているが、ここでロブスターを頼んだ客は初めて見たような気がする。
全米一のステーキが売り物の店で敢然とロブスターを注文するには、それなりの度胸と無知が必要だろう。
流石にウエイターは平静に見えるが、周囲の客は興味深げにオーダーした若い女性をそれとなく見ている。
考えてみれば、ニューヨークのステーキレストランは売り物のステーキの他に大きなロブスターを常備している。
「Surf and Turf サーフアンドターフ(寄せる波と芝生)」と言えばほとんどのステーキ店のメニューにあるはずだ。
言うなれば最高のご馳走という意味合いなのだろうが、日本で言えば「刺し身にステーキ」という辺りか。
とは言うものの、「Surf サーフ(寄る波)」の方はもうほとんど忘れられているように思われる。
この若い女性のオーダーで、思い出した人も多いのではないか。

滅多にない光景に気を取られているうちに、我々のステーキが運ばれて来た。
2人前だからほとんど1kgのステーキが、大きな銀盆に鎮座している。
滲み出した脂が、斜めに置かれた盆の下側に溜まっているのが食欲をそそる。
ウエイターはサーロインを数片とフィレを1片、我々の皿に取り分けて肉汁をかけまわす。
傍らに置かれたソースは店の看板らしいが、私は塩だけの方が好みだ。
先ずフィレを半分ほどに切って口に運ぶ。
注文がレアだから、中心部はほとんど熱を感じない。
だが噛み締めてみると、中から肉汁がじわっと口中に溢れてくるのが分る。
ソースやタレがないだけ、肉そのものの味わいがストレートに伝わって来るようだ。
最初の2,3切れを食べている時は、ほとんど無口のまま。
このレストランでの最も幸せな時間と言っても良いだろう。
肉を飲み込んだら、ワインをその後に送り込んでやる。
そして新たな肉片に挑戦して行く。

見るともなしに見ると、若者たちもステーキと格闘しているようだ。
その「格闘」という言葉が、ここでは相応しいような気がする。
塩だけで焼いた肉を、口中で噛み締めて味わい尽くす。
そこへ何年かを樽の中で眠っていたワインが、熟成された葡萄のエッセンスを振り撒いて行く。
「肉食家」と自称することのない私でも、稀に食べる肉の旨さが与えてくれる感動は別格だ。
たかだか小一時間に満たない至福の時だが、年に一度か二度のことと考えれば貴重だ。

ステーキは「For two (二人前)」で107ドルとなっている。
高いか安いかは別として、ここ数年でコンスタントに価格は上昇しているようだ。
それでもこの味を維持出来るのであれば、別に不満はない。
味以前がなっていない店が増えている昨今、たまの満足を与えてくれるこういう店は貴重と言わなければならないだろう。

このブログを始めてから、「理髪」のことを幾度か書いた。
物心ついてから所謂「床屋(理髪店)」に行くようになったのは、小学校の2,3年ではないだろうか。
当時は男子の髪型は2種類あって、「坊主刈り」か「坊ちゃん刈り」。
「坊主刈り」の方が当時は主力であって、クラスの3分の2くらいは丸坊主だった。
後で知ったが、私が住んでいたのは東京郊外の住宅地だった所為か、それでも「坊ちゃん刈り」が結構いた。
そして山手線の内側の高級住宅地にある学校では、半分以上の「坊ちゃん刈り」がいたという。
そして上には上がいて、都心にある私立の学校では全員が「坊ちゃん刈り」だったそうだ。
だが国鉄(現在のJR)の駅で10以上離れている郊外に住む私たちには、それを知る由もない。

「理髪店」に行くのは、専ら母の命令による。
「随分伸びたわね。明日でも髪を摘んでいらっしゃい。」
髪は「刈る」ものだったように思うが、母は常に「髪を摘む」と言っていた。
言葉は異なっても、理髪店でやることは変わらない。
鋏で長くなった部分を刈って、バリカンで際を整え、あるかなしやの髭をあたってお仕舞い。
年にどのくらい通ったか、今では定かではないがまあ7,8回といった辺りだろう。
近所に2軒あった理髪店に行った記憶はあるが、どちらにより頻繁に通ったかは思い出せない。
成人した頃から、少し離れた別の理髪店に行くようになった。
どうして店を替えたか、恐らく子供時代に通った店には何となく行きたくなくなったのだろう。
その当時どんな理髪店で調髪して貰っていたか、あまり鮮明な記憶がない。
デパートの中の理髪店や盛り場の店に気の向くままに通ったのだと思う。

ニューヨークに来てからは、行った店ははっきりと憶えている。
数軒しかない日本人経営の店のうちの1軒。
決して安くはなかったはずだが、気楽さが捨て難かった。
結構大きな店で客は男女を問わなかった。
「ユニセックスサロン」とでも呼ぶのだろうか、そこそこ繁盛しているように見えた。
確かに、美容院や理髪店で言葉が通じないのは気分の良いものではない。
「上のほうは短めに、裾はきっちり刈り込んで下さい」
日本でならどうということもない台詞だが、さて英語で話すとなると結構厄介だ。
ましてそれがこの道30年といった風な年配の床屋だったら、意思の疎通は最初から諦めた方が良い。
と、これは私の数少ないアメリカの床屋の経験から言っているのだが。
それやこれやで、私は日本人経営の店で日本人の理髪師に整髪して貰って来た。

私は理髪店をしょっちゅう替える趣味はない。
技術云々より、一々細かい説明をしなくても良い環境が好もしいのだ。
その店でも、10年以上の間に精々2,3人の理髪師しか知らない。
その2,3人だって、辞めたり日本に帰ったりで別の技術者に代わっただけ。
最後のO君は他の店に移ったので、私もその店に行くことになった。
まあゴルフの話題があったことと、彼の仕事ぶりが丁寧だったことが理由かも知れない。
O君はその店で結構人気があり、なかなか予約が取れなくなって来た。
そしてその店自体が5番街近くのビルに移り、高級店に変貌した。
客層を見るとモデル風あり上流階級のマダム風ありで、私はどんどん場違いになって行く。
日本の女性誌に紹介されたとかで、若い日本女性が順番待ちをしている。
段々行き辛くなって来て、とうとうその店に行くのを辞めた。
そしてそれから私の「理髪師行脚」が始まる。

理髪師行脚と言ったが、私の髪型はそんなに難しいものではない。
禿げこそしていないが、全体に淋しくなっているから誰がやっても簡単だろう、と私は思っている。
行脚が始まって以降、中国人の店にも幾度か行ったが、ものの15分程度で片付いてしまう。
鋏のごく短時間で、あとはほとんどが電気バリカンで処理する。
シャンプーもないから、これだけでチップ込みで12ドルぽっきり。
仕上がりに文句を言わなければこれくらい簡単なものはない。
ただ困るのは、ちょっと慣れるとその職人がいなくなること。
私のアパートに近いフラッシングという街は、人口が急増中。
だから美容院や理容院があちこちにオープンしているようだ。
それはつまり、職人の不足を意味している。
手早く客を捌ける職人が経営者に好まれるのは自明の理。
どういうわけか客捌きが上手い職人は、言葉が通じなくても何となく辻褄を合わせてくれる。
一度合えば、次の時からは言葉は要らない。
だが、店からいなくなったら最早手の打ちようはない。
再び行脚にでることになる。

そこに朗報が飛び込んで来た。
日本で多店展開をしている「カットオンリー」の店が、ニューヨークに進出してくるという。
20ドルとチップで男女を問わず整髪をしてくれるのだそうだ。
その代わりシャンプーとか髭剃りとかは一切なし。
マンハッタンのど真ん中で既に営業を開始しているらしい。
20ドルは少々高いようだが、日本語で指示出来るのであれば止むを得まい。
それに職人が消えてしまう懸念も解消されそうだ。
このチェーンは日本国内に300近い店舗を稼動させているという。
しかし、髪のカットというサービスだけでアメリカに乗り込んで来るとは大した度胸と言わざるを得ない。
立ち食いステーキの店もやって来たし、低価格の眼鏡チェーンも上陸間近いと聞いた。
確かに日本人の肌理の細かいサービスをもってすれば、客の心を惹きつけるのは容易だろう。

私は早速その「カットオンリー」の店に向かった。
3,40平米程度の店に客の椅子が3つ。
既に女性の職人が2人、女性客の髪に鋏を入れている。
手が空いていた男性職人が、私に椅子を座らせて大きなエプロンを掛けてくれた。
どうもこの男性は中国系らしい。
中国系から日本系に、と考えて来たのだが当ては外れたようだ。
だが店の小奇麗さに於いて、断然こちらが優っている。
「How do you like? (どうしますか?)」
彼が聞いて来たから、私は自分の頭を指さして、
「Same as before (前と同じに)」
そういうと、彼は大きく頷いてバリカンを始動させる。
見ると、彼は大中小3種類のバリカンを棚に置いているようだ。
バリカンとは子供の頃からの馴染みだが、その名前の由来は知らなかった。
「Barriquand et marre (バリカン エ マレ)」という呼称は販売した会社の名称であり、その会社名が製品名である「Hair clipper(ヘアクリッパー)」に代わって広まって行ったものらしい。
丁度「Hotchkiss (ホッチキス)」という会社の製品である「Stapler (ステイプラー)」が、社名で広く知られるようになった経緯と良く似ている。

職人は3種類のバリカンを駆使して私の頭を短く刈り上げ、仕上げに上辺の髪を櫛で持ち上げ軽く切り落とす。
そして、すかさず手鏡を翳して私の頭の後部を映し、
「Is this OK? (これで良いですか)」と訊ね、私が頷くと刷毛で首の周囲を払い始めた。
ものの10分というところだろうか。
見れば先に始まった2人の女性客は未だ終了していない。
別に不満はないが、何となく軽く扱われたという感は否めない。
と言って申し立てる不満も無いのだから、苦情を述べる必要もないことになる。
私は20ドルとチップの5ドルを渡して店を後にした。

実はそれ以後2,3度その店に行っている。
どういう訳かいつもその中国人の職人が私の係になり、どうやら私は彼の常連になっているようだ。
考えてみれば、彼のカットにそれ程の不満があるわけではないし、仕事が速いことは悪いことではない。
どうもこのまま行きそうな雰囲気だが、まあそれはそれでも良いとするしかないだろう、な。

日本は数十年ぶりの暑さとか新記録の高温とかいうことらしいが、ニューヨークでもなかなかの暑さが居座っており、やはり近年稀に見る酷暑らしい。
私が住んでいるアパートはビル全体を一定の温度に冷しているが、それでも我慢出来ない住民は各個に備え付けのエアーコンディッショナーでもう一段冷すという手段がある。
私たちはこのアパートに住み始めて15年以上になるが、結構暑かった過去の夏を思い出してもこの部屋のクーラーをフル稼働させた記憶は何処にもないようだ。
だがこの夏は、とうとう耐え切れずに部屋の冷房をONする破目に陥った。
そしてこの暑さは食生活にも多大な影響をもたらすことになる。
我が家の台所には窓がないし、換気の装置もない。
だから台所でガスに点火すれば、それは室内の温度を間違いなく高くすることになる。
そういう場合、どんな食生活が相応しいか、日本人であれば答えはひとつだろう。
「冷たい麺類」か「パンとコールドカット」あたりで済ませることになる。
「冷たい麺類」となれば、「冷しうどん」か「ソーメン」か「冷し中華」などが浮かんで来るのが普通だ。
これがもし日本ならば、家を出て近所の蕎麦屋なりうどん屋なりに飛び込むか、ラーメン屋で冷し中華か。
だが、このニューヨークでは幾つものチョイスは与えられていない。
韓国レストランに行けば「冷麺」があるかも知れないが、味の良し悪しには何の確証もない。
また全ての韓国レストランのメニューに「冷麺」があるとは限らない。
中華レストランとなるともっと悲惨で、「冷麺」と称するものは北京料理にあるようだが、はっきり言って食べる気にはなれない。
やはり日本風の「冷しうどん」や「ソーメン」などを体が欲しているのを感じる。

「冷しうどん」や「ソーメン」を旨く食べるカギは「汁」にかかっている、と私は思う。
さらに贅沢を言えばそれに合わせる「薬味」だろう。
「刻み葱」、「おろし生姜」、「紫蘇葉の繊切り」、「擂り胡麻」辺りがすぐ思いつく。
麺類だけでは澱粉質過剰になりそうだから、「茄子」や「ピーマン」などの細切りを炒めたものも悪くない。
私は「温泉卵」を拵えておいて、汁に割り入れることが多い。
また「胡麻ダレ」が加わると、何となく新味のような感覚を味わえる。
だが何と言っても、「汁」そのものが不味ければ話にならない。
「汁」はカツオ出汁に味醂と醤油が基本なのだが、それでは少々物足りない。
そこで私は、多少の手間をかけて煮干と昆布で「汁」を拵える。
築地で求めた、瀬戸内海は「伊吹島」の煮干と羅臼の昆布。
煮干はkgあたり3千円以上するから、決して安いものではない。
さらに頭と腸は取り去るのだから、コストはさらに上昇するわけだ。
家庭の主婦から見れば「勿体無い」ということになるのだろうが、その「勿体無さ」も味のうち。
業界では名の通った「伊吹島」の煮干で作った「汁」は、言わばルイ ビトンのハンドバッグのようなものだ。
そこに羅臼の「出汁昆布」が合わされば、フェラガモのスカーフを首に巻いているとも言えるだろう。
小さな贅沢だが、若い女性のヴィトンとフェラガモが私の「煮干」や「昆布」に相当すると考えれば良いわけだ。
いや、もうひとつ付け加えれば私は「麺」にも結構贅沢をしている。
貰い物だが、秋田県の「稲庭うどん」を張り込んだし、ついでに器も唐津焼を登場させた。
これで不味かったら、このさき人様に料理を云々することはすっぱり諦めようという意気込み。
こういう「汁」を、私はごく薄めに拵える。
吸物より濃いが、市販の「麺つゆ」と較べればかなり淡白な味。
うどんを啜り込むと一緒に「汁」を呑んでも充分旨い、と思う程度の割合。
言うなれば「かけうどん」をそのまま冷たくしたようなもの、と考えても良い。

私は「ソーメン」を食べる時、「ソーメン」の水分が「汁」に混ざって味が薄くなって行くのを好まない。
蕎麦やうどんの専門店が水を張った容器に麺類を入れたがらないのは、そういう理由からではないだろうか。
だから、「ソーメン」や「冷麦」などを提供する店はほとんどない。
「ソーメン」はそれでも家庭で食べられているが、「冷麦」の現状は悲惨と言うに近い。
スーパーなどでは一応棚に置いてあるようだが、人気があるとは思われない。
というより、今の若い人たちは「冷麦」の存在そのものを知らないのではないか。
古来からある麺類の主生産地は、結構知られている。
うどんは讃岐や秋田、福岡や伊勢などが固定のファンを持っているし、蕎麦は長野、栃木、福井、島根など、又「ソーメン」は奈良や瀬戸内海周辺が長い歴史を持っているが、「冷麦」は残念ながら蚊帳の外。
起源はあるらしいが、今ではそれが取り上げられることもほとんどない。
言い方は悪いが、「冷麦」には最早いるべき場所がない、と言えるかも知れない、
調べたところでは1.3mm以下は「ソーメン」で、1.3〜1.7mmは「冷麦」になるのだそうだ。
確かにそれだけの違いでは、わざわざ「冷麦」と指定して買う気にはなれないだろう。
遠くない将来、「冷麦」は淘汰されて行く定めになっているようだ。
だが、その他にも需要が少なくなっている麺類は幾つかある。
「きしめん」という平べったい麺類だが、多くの人はこの麺は愛知県周辺で愛好されていると思っているらしい。
しかし調べてみると、愛知県の人が取り分け「きしめん」を頻繁に食べているわけでもないそうだ。
「味噌煮込みうどん」と言えば「鰻の櫃まぶし」や「天むす」と並ぶ愛知の名物だが、この時使ううどんはごく普通のうどんであって、「きしめん」は登場しないそうだ。
人によっては「きしめん」が愛知の特産と思われることが心外だ、とまで言うらしい。
そうなると実態を知らない私には何も言いようがないが、三河の片田舎から江戸に移って辛抱を重ねた挙句天下を取った徳川家にも色々の思惑はあったとしか考えようがない。

ところでこの「きしめん」とそっくり同じ形状の麺類を、私が子供の頃東京で結構良く食べた記憶がある。
「ひもかわ」と呼ばれていたのだが、一説には群馬県辺りの特産で「ひらうちうどん」とも呼ばれていたという。
とにかく非常にしばしば食卓に上ったから、かなり安い食品だったのではないか、と邪推している。
日曜日などに母に言いつかって、何故か近所の豆腐屋にこの「ひもかわうどん」を買いに行った。
6人家族だったが、10玉くらいを買って来たような記憶がある。
この当時は未だ「出汁の素」などという便利な代物はなかったから、煮干が登場した。
これが私の苦手だった、というのも母は煮干を丸ごと鍋に放り込むのが常だったのだ。
「カルシウムがたっぷりあるのよ」、というのが母の口癖だが、出汁をとった後の煮干は本当の「出し殻」だった。
今私は出汁をとった後の煮干は中骨も取り去って、刻んだ昆布と一緒に煮込んで「佃煮」を作る。
少年時代の「出し殻」とは似ても似つかぬ辛口に煮上がった煮干と昆布は、酒にもぴったりの逸品。

今年のような酷暑の夏ともなると、「うどん汁」の製造にも拍車がかかる。
ぐっと呑めるほど薄味に仕上げているし、暑さでどうしても「冷しうどん」や「ソーメン」で済ませることが多くなる。
たっぷり拵えたつもりでも2,3日で500ccくらいが消えて行く。
それは良いのだが、うどんと出汁だけでは栄養が偏ることは避け難い。
と言ってもこの暑さの中では、例え炊き立ての飯でもそれほど食欲を掻き立ててくれない。
ビールが旨いことはありがたいが、摂取するのが炭水化物ばかりでは体がもたない。
アメリカにいてさえこの有様だから、猛暑酷暑の日本だったらどうなってしまうのだろうか。

望郷の念は募っても、はてさて40年ぶりの故国に適応出来るのかどうか。
ああでもないこうでもないという思案が、これから暫く続くのだろう。
まあ、暑さが過ぎればまた別の考えが浮かんで来るのではないか。
それまでは、「うどん」と「汁」で生き延びていかねばなるまい。
では煮干の頭と腹を取る作業に取りかかろうか。

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