還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

このブログを始めてから、「理髪」のことを幾度か書いた。
物心ついてから所謂「床屋(理髪店)」に行くようになったのは、小学校の2,3年ではないだろうか。
当時は男子の髪型は2種類あって、「坊主刈り」か「坊ちゃん刈り」。
「坊主刈り」の方が当時は主力であって、クラスの3分の2くらいは丸坊主だった。
後で知ったが、私が住んでいたのは東京郊外の住宅地だった所為か、それでも「坊ちゃん刈り」が結構いた。
そして山手線の内側の高級住宅地にある学校では、半分以上の「坊ちゃん刈り」がいたという。
そして上には上がいて、都心にある私立の学校では全員が「坊ちゃん刈り」だったそうだ。
だが国鉄(現在のJR)の駅で10以上離れている郊外に住む私たちには、それを知る由もない。

「理髪店」に行くのは、専ら母の命令による。
「随分伸びたわね。明日でも髪を摘んでいらっしゃい。」
髪は「刈る」ものだったように思うが、母は常に「髪を摘む」と言っていた。
言葉は異なっても、理髪店でやることは変わらない。
鋏で長くなった部分を刈って、バリカンで際を整え、あるかなしやの髭をあたってお仕舞い。
年にどのくらい通ったか、今では定かではないがまあ7,8回といった辺りだろう。
近所に2軒あった理髪店に行った記憶はあるが、どちらにより頻繁に通ったかは思い出せない。
成人した頃から、少し離れた別の理髪店に行くようになった。
どうして店を替えたか、恐らく子供時代に通った店には何となく行きたくなくなったのだろう。
その当時どんな理髪店で調髪して貰っていたか、あまり鮮明な記憶がない。
デパートの中の理髪店や盛り場の店に気の向くままに通ったのだと思う。

ニューヨークに来てからは、行った店ははっきりと憶えている。
数軒しかない日本人経営の店のうちの1軒。
決して安くはなかったはずだが、気楽さが捨て難かった。
結構大きな店で客は男女を問わなかった。
「ユニセックスサロン」とでも呼ぶのだろうか、そこそこ繁盛しているように見えた。
確かに、美容院や理髪店で言葉が通じないのは気分の良いものではない。
「上のほうは短めに、裾はきっちり刈り込んで下さい」
日本でならどうということもない台詞だが、さて英語で話すとなると結構厄介だ。
ましてそれがこの道30年といった風な年配の床屋だったら、意思の疎通は最初から諦めた方が良い。
と、これは私の数少ないアメリカの床屋の経験から言っているのだが。
それやこれやで、私は日本人経営の店で日本人の理髪師に整髪して貰って来た。

私は理髪店をしょっちゅう替える趣味はない。
技術云々より、一々細かい説明をしなくても良い環境が好もしいのだ。
その店でも、10年以上の間に精々2,3人の理髪師しか知らない。
その2,3人だって、辞めたり日本に帰ったりで別の技術者に代わっただけ。
最後のO君は他の店に移ったので、私もその店に行くことになった。
まあゴルフの話題があったことと、彼の仕事ぶりが丁寧だったことが理由かも知れない。
O君はその店で結構人気があり、なかなか予約が取れなくなって来た。
そしてその店自体が5番街近くのビルに移り、高級店に変貌した。
客層を見るとモデル風あり上流階級のマダム風ありで、私はどんどん場違いになって行く。
日本の女性誌に紹介されたとかで、若い日本女性が順番待ちをしている。
段々行き辛くなって来て、とうとうその店に行くのを辞めた。
そしてそれから私の「理髪師行脚」が始まる。

理髪師行脚と言ったが、私の髪型はそんなに難しいものではない。
禿げこそしていないが、全体に淋しくなっているから誰がやっても簡単だろう、と私は思っている。
行脚が始まって以降、中国人の店にも幾度か行ったが、ものの15分程度で片付いてしまう。
鋏のごく短時間で、あとはほとんどが電気バリカンで処理する。
シャンプーもないから、これだけでチップ込みで12ドルぽっきり。
仕上がりに文句を言わなければこれくらい簡単なものはない。
ただ困るのは、ちょっと慣れるとその職人がいなくなること。
私のアパートに近いフラッシングという街は、人口が急増中。
だから美容院や理容院があちこちにオープンしているようだ。
それはつまり、職人の不足を意味している。
手早く客を捌ける職人が経営者に好まれるのは自明の理。
どういうわけか客捌きが上手い職人は、言葉が通じなくても何となく辻褄を合わせてくれる。
一度合えば、次の時からは言葉は要らない。
だが、店からいなくなったら最早手の打ちようはない。
再び行脚にでることになる。

そこに朗報が飛び込んで来た。
日本で多店展開をしている「カットオンリー」の店が、ニューヨークに進出してくるという。
20ドルとチップで男女を問わず整髪をしてくれるのだそうだ。
その代わりシャンプーとか髭剃りとかは一切なし。
マンハッタンのど真ん中で既に営業を開始しているらしい。
20ドルは少々高いようだが、日本語で指示出来るのであれば止むを得まい。
それに職人が消えてしまう懸念も解消されそうだ。
このチェーンは日本国内に300近い店舗を稼動させているという。
しかし、髪のカットというサービスだけでアメリカに乗り込んで来るとは大した度胸と言わざるを得ない。
立ち食いステーキの店もやって来たし、低価格の眼鏡チェーンも上陸間近いと聞いた。
確かに日本人の肌理の細かいサービスをもってすれば、客の心を惹きつけるのは容易だろう。

私は早速その「カットオンリー」の店に向かった。
3,40平米程度の店に客の椅子が3つ。
既に女性の職人が2人、女性客の髪に鋏を入れている。
手が空いていた男性職人が、私に椅子を座らせて大きなエプロンを掛けてくれた。
どうもこの男性は中国系らしい。
中国系から日本系に、と考えて来たのだが当ては外れたようだ。
だが店の小奇麗さに於いて、断然こちらが優っている。
「How do you like? (どうしますか?)」
彼が聞いて来たから、私は自分の頭を指さして、
「Same as before (前と同じに)」
そういうと、彼は大きく頷いてバリカンを始動させる。
見ると、彼は大中小3種類のバリカンを棚に置いているようだ。
バリカンとは子供の頃からの馴染みだが、その名前の由来は知らなかった。
「Barriquand et marre (バリカン エ マレ)」という呼称は販売した会社の名称であり、その会社名が製品名である「Hair clipper(ヘアクリッパー)」に代わって広まって行ったものらしい。
丁度「Hotchkiss (ホッチキス)」という会社の製品である「Stapler (ステイプラー)」が、社名で広く知られるようになった経緯と良く似ている。

職人は3種類のバリカンを駆使して私の頭を短く刈り上げ、仕上げに上辺の髪を櫛で持ち上げ軽く切り落とす。
そして、すかさず手鏡を翳して私の頭の後部を映し、
「Is this OK? (これで良いですか)」と訊ね、私が頷くと刷毛で首の周囲を払い始めた。
ものの10分というところだろうか。
見れば先に始まった2人の女性客は未だ終了していない。
別に不満はないが、何となく軽く扱われたという感は否めない。
と言って申し立てる不満も無いのだから、苦情を述べる必要もないことになる。
私は20ドルとチップの5ドルを渡して店を後にした。

実はそれ以後2,3度その店に行っている。
どういう訳かいつもその中国人の職人が私の係になり、どうやら私は彼の常連になっているようだ。
考えてみれば、彼のカットにそれ程の不満があるわけではないし、仕事が速いことは悪いことではない。
どうもこのまま行きそうな雰囲気だが、まあそれはそれでも良いとするしかないだろう、な。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事