還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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70の手習い?

8月半ばに「Iphone アイフォン」所謂「スマートフォン」を家人から下賜された。
それは正しく「下賜」であって、私は多くの人がこの新兵器を嬉々として弄繰り回しているのを苦々しく見ていた。
自宅で机に坐ればセットアップされたパーソナルコンピューターがあり、出かけるときには普通の携帯(日本ではガラケーと呼んで多少軽侮の対象になっているやに聞くが)を胸ポケットに入れて、緊急の連絡には充分。
ただ、このスマートフォンは進歩著しく世界的規模で浸透しており、数年先には「持たざるものは人にあらず」とまで言われる可能性があるらしい。
家人は日本の母や姉妹と、朝晩にラインとかいうグループ内での通信を交わしており、私もそこに入れようと企んでいるような気配が濃厚だ。
手渡されてみると、私が持っているガラケーよりデザインも良いし、薄手だから上着のポケットに納まりそうだ。
(持ってみても悪くないかな)、という想いがよぎったことは認めざるを得ない。

しかし、この「Iphone」という奴は、小さな胴体に多くの機能を詰め込んでいるため、操作が複雑だそうだ。
で発売元の「Apple アップル」は、あちこちで講習会を開いている。
調べてみると、マンハッタンだけでも7ヶ所の店舗兼クラスルームがあり、ほぼ終日この新兵器の扱い方を無料で懇切丁寧に教えているということだ。
驚いたことにこの7ヶ所があるのはグランドセントラル駅ビルであったり、目抜き中の目抜きである5番街のすぐ横であったり、何処をとっても所謂一等地ばかりなのだ。
なるほど儲かっている企業が選ぶのは、さらに儲かるような立地条件のところばかりらしい。
家人はコンピューターの画面にそのクラスの日時や内容を表示し、さっさと私の名前を書き込んで一番初歩の初歩「Basic Iphone アイフォンの基礎」に申し込んでしまった。
正直に言えば、その瞬間に私は気が重くなった。
年を取ると、何であれ予定というものが鬱陶しくなって来た。
正月に夏のバケーションのホテルや飛行機を予約するなんて真っ平御免、と思うのは可笑しいだろうか。
日々変化し、想定したことがその通りに行かないのが世の常だと私は考えている。
たとえそれがこの週末の1時間のクラスだとしても、それに縛られるのはご免蒙りたい。
私には医師と会って現在の身体の状況を診断して貰うという動かし難い予定があり、それで充分過ぎる。
だが、既に家人は私の名前やE−メールのアドレスを書き込んでしまった。
これをすっぽかすことは私には出来そうにない。

手に取ってみると、確かに今まで使って来たガラケーとは随分異なっていることが分る。
薄くて持ち重りもしない。
ただ表面が滑らか過ぎるから、ちょっと屈んだときなどに滑り落ちる可能性はありそうだ。
現実にバスのなかなどでこれが滑り落ち、慌てて騒ぎ立てる高校生などを見て私が密かに快哉を叫んだことがあることを白状せねばならないだろう。
しかし、拾い上げたスマートフォンで何事もなかったように会話を続けているところを見ると、そういう衝撃には耐えるような構造になっているのだと思う。
この小さな物体がその内部に包含している能力の大きさを考えると、コンピューター時代以前を生きて来た私には現代の科学の改革の速度など想像もつかない。
この「Iphone」を駆使出来れば、その高みに少しでも近づけるのだろうか。
であれば、老骨に鞭打って講習会のカリキュラムにしがみつくのも一考かも知れない。
クラスのスケジュールは2日後から始まり、「Iphone basic アイフォン初歩」、「Iphone camera basic アイフォンカメラ初歩」に家人が受講申し込みをしている。
そこを何とかクリアーすれば中級へ進み、さらにはもっと高度なテクニックを習得出来るらしい。
まあ今の私から見れば、プロ野球を目指すリトルリーガーみたいなものだが。

2日後の午後1時、クラスのあるアッパーウエストのビルに行った。
1階は店舗のような構造になっているが、ほとんど人が溢れている。
これから「Iphone」を買おうという人たちなのだろうが、老若男女入り乱れて客の間を縫うように歩くスタッフに質問をぶつけたり商品を見せて貰ったり、気が弱い人なら呆然と立っているしかない、と言えそうな状況。
そういう私もクラスの場所を聞きたいが、黒いTシャツのスタッフに問いかけるきっかけがない。
やっと一人捕まえて訊ねると、黙って上を指差していなくなった。
どうやら2階にあるということらしい。
螺旋状の階段を上って2階に上がると、広いスペースに大きなテーブルが10台以上置かれ、大型のテレビを囲んで如何にも初心者という風情の数人の男女が坐っていた。
何によらず初心者の表情は似通っていて、その自信の無さが随所に垣間見えている。
と思っている私も同様の顔つきなのだろう、と自分でも思わざるを得ない。
大きなテーブルの端に坐って、黒いTシャツの青年が話しているのに耳を傾ける。
どうやら彼がこの初心者コースの先生役のようだ。
聞いてみると、彼はこの「Iphone」に備え付けられたボタンそれぞれの用途や役割などを説明している。
そこら辺は既に家人から聞いていたから、私は気楽に聞き流していた。
初歩の入門篇に参加して来ただけあって、テーブルにいる人たちは真剣な面持ちだ。
持っている「Iphone」もまちまちで6型7型が中心だが、中には最新式の10型持参の年配女性もいる。
ベンと自己紹介した青年は、各人に質問の有無を問うところからスタートした。
だが、ほとんど初めての生徒ばかりで、質問すら生まれて来ない。
私にも訊ねて来たが、
「Everything is new to me. 初めてのことばかりだから…」
「Will have more than 100 tomorrow. 明日なら山ほどあるだろうけれど」

実際、扱い慣れたガラケーとはまさに似て非なるもの。
内臓された機能だけでも数え切れないだろう。
電話とスカイプと写真くらいあれば充分と思っているところに、計算機だカレンダーだラインだ何だと使うことがあるかどうかさえ定かでない機能を押し付けてくる。
何とか追いついても、その頃はもっと新しい新兵器をくっつけて買い替えを迫って来るのだろう。
結局は旧来のセールス法に取り込まれるのが落ちなのだ。
だが手にしたからにはある程度は克服しなければ男が廃る。
今日ベンが教えたことの1割くらいは分ったような気がするから、この「Iphone basic アイフォン基礎講座」を10回受ければ、小学校卒業程度の学力がつくのではないか。
そしたら、「Iphone Intermediate アイフォン中級講座」を始められる。
それも10回くらいかな。

計算すれば気が遠くなりそうなスケジュールだが、まあぼちぼちやるしかないだろう、な。

係累との別離

1週間ヨーロッパに行っていた。
スイスのジュネーブに住んでいる姉の夫つまり義兄の容態が悪く、かなり危険な状態らしい。
もう一人の姉も、日本から飛んで来る手はずになっている。
ジュネーブはフランス語圏だから、行ってすぐに姉の役に立てるかどうかは分らないが、義兄には全く身寄りがなく姉も限られた友人しか近くにはいないという。
急なことなので、PCで最速で現地に行ける便を探した。
最初のサイトで「アイスランドエアー」での1ストップ便があらわれた。
首都のレイキャビックを経由して、11時間ほどで到着するらしい。

実は私はこのエアラインは未知の航空会社ではない。
10数年以上前に、仕事でアイスランドには4,5回訪れている。
平面の地図で見ると結構距離があるようだが、北極に向かって飛ぶから意外と近い。
以前も6時間くらいの飛行時間だったような記憶がある。
ニューヨークを夜の10時頃出て、レイキャビックに朝6時頃到着したはずだ。
そんなに速く着いてどうするんだ、と勿論私は不思議に思ったが、乗客は揃ってホテルに向かう。
ホテルも当然のように部屋のキーを渡してくれる。
真っ先に温泉の出るシャワーを浴びて寝支度をした。
日照時間が4,5時間しかない頃だから、ベッドに入ればすぐ眠りに落ちた。
9時頃起きて朝食を取り、ビジネス街に向かった。
夏に行けば白夜だったのだが、生憎この国に行くのは常に冬だった。

久々のレイキャビック空港は当時と比して随分大きくなったようだし、駐機している飛行機が多い。
交通の要衝とは聞いた覚えがないが、それなりに経済も伸びているのだろう。
とは言え、人口が40万足らずだそうだから規模は知れている。
優秀な学生はさっさとイギリスやドイツの大学に転校して、そのままその地の人になるらしい。
だが政府は、そういう人材を引き止めるような工作はしていないと聞いた。
「去るものは追わず」ということなのだろうか。

アイスランドは古い命名法を固持しているようで、男子は父親のファーストネームに「son(サン)」をつけて苗字とするし、女性は同じく父親のファーストネームに「dottir (ドッテイール)」をつけて苗字とするシステムを数百年来墨守している。
北欧にはこういう命名法は珍しいものではなく、「John (ジョン)」の子供が「Johnson (ジョンソン)」であったり、「Donald (ドナルド)」の息子が「McDonald (マクドナルド)」であったりしていたが、徐々に淘汰され親の苗字をそのまま踏襲するのが普通になって来た。
それだけにアイスランドの「頑迷固陋(?)」ぶりがひと際目立つのだが、今では個性となっている。
別に法律で定められている訳ではないのだから父親の苗字を引き継いでも構わないらしいが、逆に世界に類を見ない命名法だから、多少は誇らしさもあるようだ。
ただ子供のファーストネームを捜すのが面倒に感じる親もいるようで、祖父、父、息子3代の名前を見てみると、「祖父 クリスチャン ジョンソン 父 ジョン クリスチャンソン 息子 クリスチャン ジョンソン」という具合に何の努力もしていない例も結構あるらしい。

アイスランドエアーが離陸して少し落ち着いた頃合に、備え付けの印刷物をめくってみた。
どうやらこの便のエコノミークラスには食事のサービスは無いらしい。
それでも一応メニューらしきものがあり、欲しい乗客は有料でそれを食べることが出来る。
メニューと書いたが、食事の種類は精々4,5種類でピザ、ハンバーガー、サンドイッチなどと数種類の酒の摘みらしきものがあるようだ。
だがフライトアテンダントが廻って来たときには、既にピザとハンバーガーは売り切れだった。
結局私は、白ワインの小瓶とタパスセットというお摘みを購入した。
この航空会社の代金決済はカードのみで、現金は受け取らない。
これがIT時代の金銭授受の新方式らしいが、見ていると時間がかかること夥しい。
まあ考えてみればこういう弱小航空会社には様々な国の人々が乗り込んで来るわけで、彼らの通貨にいちいち釣銭を用意することは不可能に近いだろう。
この数年、日本帰国くらいしか飛行機に乗らなかった私は、日本の航空会社の普段の努力に救われている面が多々あることを再認識させられたことになる。

レイキャビックからジュネーブ行きの便に乗り換えて、昼過ぎにはジュネーブ着。
ここは世界的には名が売れているが、人口20万そこそこの中小都市。
それでも40万のチューリッヒに次いでスイス2番目の都市であり、国際的な機関が数多く置かれ世界での知名度では上位を争っている。
ジュネーブはフランス語圏のスイス人の旗頭的存在で、ドイツ語圏のチューリッヒと大袈裟に言えば張り合う立場にあると言えそうだ。

姉のアパートに荷物を置き、日本から来た下の姉夫婦を迎える。
翌朝4人で義兄の入院している病院へ向かう。
彼の容態はかなり重篤で、スイス人の医者はもうこれ以上の治療行為は難しいと言ったそうだ。
日本と異なり、ヨーロッパでは長期入院での治療行為は回復の見込みが大きい患者を優先している。
それが所謂「寝たきり老人」が極端に少ない理由らしい。
病室に入って義兄と久々の対面と言いたいが、もうほとんど意識は無いから黙然と細くなった表情を見ているしかない。
そして全員で彼のベッドを囲んでいる時に、義兄は臨終を迎えた。
と言うと突然のようだが、実際は全員がそのときが近いことは感じていたはずだ。
姉が呼吸をしていないことを確認し、その時ひとつの命が世を去ったことを知らされたことになる。
ある程度の覚悟を持ってここへ来たはずだが、やはり粛然とするしかない。
看護婦や医師が忙しく病室を出入りするのを、我々は黙って見ていた。

私は両親の臨終にも立ち会うことは出来なかった。
だからこれ以降の諸事万端にはほとんど知識はない。
そして法的な届出や病院側との折衝など、フランス語が必要な部分では全く助けにならない。
結局それは姉ひとりの肩にかかってくることは避けられない。
つまり気はあっても、実際に出来ることはごく限られているのだ。
さらに、新聞に告知広告を出したこともあって、電話は鳴りっ放し。
一応受話器を取ることは出来るが、その先はちんぷんかんぷん。
多少英語が話せる人もいるが、故人の年齢を考えれば、フランス語は必須という感じ。
それでも故人の教え子や若い友人たちの助けもあって、何とかチャペルでの葬儀とその後の「アペロ(葬儀の参列者に軽い酒食を提供する)」の段取りだけは目処がついた。

式当日、予定時間は1時間半程度。
それでも大事をとって、司会者にはプロの女性を紹介して貰った。
バイオリンの独奏者も伝手で2曲弾いてもらう手はずになっている。
式開始前から三々五々連れ立ってやってくる人たちは、ほんの普段着が多い。
ジーパンにウインドブレーカーなどが代表的なスタイルに見える。
「こちらでは黒なんて着ないのよ」、と姉が言っていたがそういう習慣は無いらしい。
私も黒のスーツはやめて紺のブレザーにした。
それでもフォーマル過ぎたかも知れない。
式そのものは滞りなく進行した。
若いときからランニングに打ち込んでいたこともあってそのクラブから、ジャンジャックルソーの会などから結構苦労して絞り込んだ計5人のスピーカーが語り、バイオリン独奏なども織り交ぜて予定通り終了。
すぐ近くのレストランを借り切っての「アペロ」が1時間半ほど。
これで一応の葬儀は終了したことになるわけだ。

翌日私は帰米の途についた。
再びアイスランドエアーでレイキャビック経由。
それほど姉の役に立ったとは思われないが、義兄の臨終に居合わせることが出来たことはそれでも救われた思いがする。
だが私の周囲には年長の係累が少なからずいる。
12人兄弟の11番目の母の末っ子なのだから、巡り合わせと考えるしかない。
近づいて来るJFK空港を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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