還暦スイマー望郷日記

30余年のニューヨーク、今浦島の心境を…

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冷たい料理を世界に?

ニューヨークで放映しているNHKテレビに、「Cool Japan (かっこいいニッポン)」という短い番組がある。
ゲストに世界各国から日本に来ている若者7,8人をスタジオに招き、司会の鴻上尚史(こうかみしょうじ)が日本独特の風習や文化、食べ物などを紹介して、彼らの感想を訊くというもの。
スタートして11年になるが、固定した聴取者層もいるらしく、評判は良いようだ。
過去に出演した外国人の評価が高かったのは、「温水洗浄便座」、「宅配便」、「100円ショップ」など。
ゲストは現在日本に住んでいるわけで、テーマの理解度は高い。
と言って、全ての事物に肯定的なわけではなく、批判的な意見も聞かれる辺りが面白い。

今回は「冷たい麺」が、テーマとして取り上げられた。
この数年、日本の外食業界は料理を冷やすことに熱心であり、言い替えれば冷やせないものはない、と言い切れそうな人気ぶりだ。
ところが、番組が始まってみると、出演者の中で誰一人として故国の料理を冷やす食べ方をしていない。
ベトナムや台湾の人などは麺を幾種類も知っているはずだが、それを冷やすという習慣はないという。
どうも麺は熱くして供するものだ、という前提に立っているようだ。
考えてみると、確かにニューヨークのアジアンフードレストランでも、冷たい麺はたった一種類、韓国の冷麺だけが充分冷やし込んで供されるが、それくらいしか思いつかない。
その韓国の冷麺にしても、何ページにも亘るメニューの中でたった1種類、「冷麺(ナンミョン)」とあるだけ。
つまりその冷麺のバリエーションは、無いらしいのだ。
ベトナムやタイに至っては、麺類は結構あるが冷たいスープのものは皆無。
番組にはタイからの留学生もいたが、「麺は温かくして食べるものだ」という自説を曲げようとはしない。
だがそれ以外の外国人たち、イギリスやアメリカ、中国などがいたが、全て冷たいスープをかけた冷たい麺がお気に入りの様子で、この新しい発見に興奮している様子だ。

日本は随分昔から冷たい麺を食べていたように思っている人も多いようだが、私の知る限り「冷やし中華」は数十年の歴史を持っているが、それ以外は「蕎麦」の「もり」のバリエーションに過ぎない。
少なくとも4,50年前には、冷やした料理はそれほどポピュラーではなかったはずだ。
多分「冷やしたぬき蕎麦」あたりがその先陣を切ったのではないかと思うが、それでも30年程度だろう。
阿佐田哲也のエッセーに、自宅近くの中華料理の店のメニューに「冷やしワンタン」を見つけて気に入り、その店に通うようになったという一文があるが、と言って「冷やしワンタン」が流行ったということもないらしい。
このエッセーが書かれたのは今から30年近く前だが、その当時は「冷やしラーメン」も無かったように思う。
「冷やしXXX」というブームが起こったのは、精々15年くらいだろうが、本当のブームになったのはこの7,8年程度ではないだろうか。
まあ私は日本に住んでいないから、見当違いのことを書いているかも知れないが。

私自身を言えば、実は何でも冷やすことを随分昔から試みている。
冷えた飯に冷えた麦茶をかけて、漬物で啜り込むのは高校時代からだっただろう。
古漬けになった茄子の糠漬けなどがあれば最高だった、と今でも懐かしい。
私の母は、出来たての粥に氷を放り込んで冷たくして食べていた。
あまり人様に自慢出来ることではなかったと見えて、冷えた粥を食うのはいつも台所の片隅だった。
ひょっとすると、姉たちはこの饗宴には参加していなかったかも知れない。

テレビ番組に戻ると、10人前後の外国人ゲストは、概ね冷えた料理に好意的だったようだ。
「では、貴方の国でこの料理はビジネスになると思いますか?」
司会の鴻上尚史が尋ねると、大きく頷いて同意を示す人がほとんど。
つまり冷えたうどんに冷えたスープを注ぎ、薬味を添えたひと品はその国で流行るだろうという推定。
イギリスでもアメリカでも、オーストラリアやベトナム、中国でも受けるだろうということだ。

確かに一寸見では、如何にも暑い夏に流行りそうなコンセプトだ。
だが、世界中で冷たい料理を供しているのは、唯一日本だけという現実。
考えてみると興味深いことではないだろうか。
夏に猛暑に見舞われる国は多いし、日本だけが暑い国ではない。
だが暑い国の食事を調べてみると、カレー味あり激辛味ありだが、涼味とは聞かない。
日本には「もり蕎麦」という食べ物が古くからあったから、冷たい料理の下地はあったわけだ。
さらに、獲れ立ての魚を刺し身で食べるという、世界に類を見ない食事法があった。
今でこそ「寿司」の普及で、世界中に生魚を食べる食習慣が広まりつつある。
だが、実を言えば「生魚=刺し身」ではない。
寿司屋に来て食べている外国人を観察すると、彼らが白身の魚をそれほど好んでいないことが分る。
日本には幾十という種類の白身魚があるが、一般の寿司屋はそれほど白身を仕入れない。
マグロ、鮭、ハマチ、鯵、程度が外国人相手に売れる寿司ダネだろう。
脂っこい魚に濃いわさび醤油を絡ませて食べるのが、一番一般的な「スシ」の食べ方。
逆に鯛や平目、ハタ、さより、などが日本人の好む寿司ダネの上位を占めるだろう。

冷たい料理が外国で売れるか売れないか。
実は一番肝腎なのは、その料理を拵える調理場の衛生管理なのだ。
何故かは分らないが、日本人は食べ物の取り扱いには細心の注意を払う。
それは恐らく、先人が苦しんだ食中毒という害毒への恐怖からだろう。
寿司職人は、ひとつ握ったら必ず手を洗う。
それは料亭の台所も同様に違いない。
つまりこの知らず知らずに身についた習慣が、冷たいものや生ものを扱うに不可欠だったのだ。
今、何処か外国で冷たい料理を調理して出すとすれば、空中に舞い跳ぶ雑菌に最大の注意を払わなければならない。
過去数百年日本が苦労した、衛生管理という難関が待ち構えている。
調理場には何時でも冷たい真水が流れていなければならないし、料理人は食品に触れる度に手を洗わなければならない。

「ローマは一日にして成らず」という言葉があるが、何でもご同様ではないだろうか。

オリンピックの東京大会以後に関しては、奇々怪々と言うしかないようだ。
今までは数カ国が名乗りを挙げ、委員会は勿体ぶって調査委員会を拵え、その委員は大歓迎を受けて候補国に乗り込んで大歓待を受けるのが慣わし。
下へも置かぬもてなしで、どうやらご馳走攻め以外に金品の授受もあったと言われている。
当の委員会は否定するが、どうやらこれは慣習らしく、それあるがために委員会のメンバーになる希望者は引きも切らず、開発途上国の委員などは堂々と要求していたらしい。
今回日本の東京が開催地に撰ばれるに当たって、多額のコミッションが仲介者に払われたという報道があったが、暫くすると聞かれなくなった。
それでも仲介者なる人物の存在ははっきりしているようだから、日本がオリンピック招致のために少なからぬ金員をフィクサーに渡したことは確からしい。
そこへ来て、2024年と2028年の開催地決定の報である。
2024年の候補に残ったのがパリとロスアンゼルスだけだ、ということで、両者の話し合いで2大会を分け合おうということになったのだそうだ。
そして、パリが2024年を強く要求し、受け入れられずに2028年に廻されたらそれは辞退する、という脅しだか哀願だかよく分らない意思の表明であっさり決まってしまった。
この決定に他の委員会メンバーは好感を持って受け入れたと言うから、全ては見え透いている。

2024年に関しては、アメリカのボストン、イタリアのローマ、ドイツのハンブルグ、ハンガリーのブタペスト、決定した時期の違いこそあれ、全て国民の反対で辞退に追い込まれたようだ。
今までにも一度開催地に決まってから辞退した例が無いわけではないが、有力候補が足並みを揃えた事例は聞いたことが無いはずだ。
国際オリンピック委員会は平静を装っているが、ショックはかなりのものだろう。
少なくとも数年前までは、オリンピック招致に血道をあげた国は多かったし、国家として国際的に認知されるには最速最善の方法と考えられていたからだ。
さらに、テレビの放映権や入場料、コマーシャルの権利などで莫大な収入も予想出来た。
言うなれば、良いことづくめだったのだ。
それ以外にも、招致に動いた政治家実業家にも応分の利益供与があったろうし、それが法律違反かどうかは、判断の難しい仕組みになってしまっている。
現実に数年前、収賄の疑いで委員会のメンバーをフランスの警察が逮捕しようとしたが、彼を裁くには何処の国の法律が適用されるのか、はっきりしないままに有耶無耶になったようだ。

それ以前にも開催国を決める投票で、候補国から金品を受けて票を投じた開発途上国の委員が除名されたが、それくらいが組織委員会に為しうる全てだったようだ。
オリンピックのみならず、サッカーなども開催国決定の投票では不明朗な票の動きがあるようだが、それに対して国際サッカー連盟が粛清の動きに出たとは聞いていない。
こう書いて来て気づいたのは、オリンピックもサッカーもアメリカが主要メンバーとして参加していない。
世界一の大国であるアメリカが、オリンピックの運営に大きく拘わっていないのはいささか不思議だ。
恐らくオリンピックが創設当時は、「アマチュア」スポーツ中心だったからではないか。
アメリカは、1876年にプロベースボールの組織を立ち上げた。
その後アメリカンフットボール、アイスホッケー、バスケットボールと次々にプロ化し、そのどれもが100年近く経過した今日でも人気スポーツとして君臨している。
オリンピックはアマチュアリズムを標榜し、当初はプロに対しては厳しく接した。
特に「ミスター アマチュアリズム」と称されたエイベリー ブランデージが会長だった1952年から72年にかけては一層度合いを強め、1972年の札幌冬季オリンピックでオーストリアのスキー選手カール シュランツが、プロ的行為があるとの理由でレースへの出場を拒否され、論議が喧しくなった。
ブランデージが1972年に会長職を退くと、スポーツ界は雪崩を打つようにプロ化して行き、オリンピックのプロ選手受け入れの態勢は整って行く。
そして1984年のロスアンゼルスオリンピックは、アメリカの組織委員会の会長にピーター ユべロスを据え、彼はこのオリンピックを1銭の税金も使わずに成功裡に終わらせ、2億ドルの利益をもたらした。
その方法は徹底していて、スポンサーを30社に絞込み、1社あたり最低400万ドルの協賛金を出させ、競技場は1932年のロスアンゼルスオリンピック使用したものを改装して間に合わせ、また選手村には大学の寮を当てるという徹底振り。

この大成功が、それ以降のオリンピックにいろいろな面で大きな影響を与えたことは間違いない。
良い面では、経済的に厳しい国でもオリンピックの収益で大会を賄えることに気づいた点。
悪い面では、その収益に頼り過ぎて時代の流れを見極める努力を怠った点ではないだろうか。
そして規模だけは大会毎に大きくなり、かかる経費も膨大なものになって行く。
そして2000年のシドニーを最後に、強い経済の裏打ちがない国には開催に手を挙げることも非常に難しくなってしまった。
そして、その経済大国にしてもオリンピックの開催は容易なものではない。
言うなれば、拡大して行く規模について行けなくなってしまった、というところが本当だろう。
以前のように、大きな経済的効果が期待出来るかどうか。
手を挙げた国の国民は、以前のような期待は持っていない。
今では、開催が決まればそのほとんどの部分は既にコンピューターで計算され尽くされていて、主催者は僅かに残された利潤を弾き出すだけ。

日本のオリンピックは、国の面子にかけてもちゃんと終わらせるだろう。
ただその利益や損失がどの程度になるか、国民には最後まで知らされないのではないか。
残るのは山ほどの、使いみちのない多くの建築物だけ。
ほんの稀に、何かの催しに使われることになり、ほんの稀に国民に姿を見せるのだろう。
まあ、驚くほどのことではないのかも知れない。

世界中には、そういう姿を見せることのない競技場や球技場が山ほどあるのだろうから。

私が最後に日本に帰ったのは去年の3月になる。
過去40年、少なくとも年1回は帰国してきたから、今回は少し間があいているわけだ。
今までは仕事の関係で、秋から冬にかけては帰ったことはほとんどない。
多いのは5月6月の所謂梅雨時。
別に好んで帰ったわけではないが、母の誕生日が6月半ばだったので、自然とそういうことになったようだ。
その母はもういないし仕事も離れてしまったから、実はいつでも構わないのだが、習慣は恐ろしい。
又日本で逢う家族や友人たちも、何となく私はその時期に来るものだと思っているふしがある。
それが数十年続いていたから、何となく決まりごとのようになってしまったのかも知れない。
まあ、迷惑そうな顔をされるよりは待っていてくれる方がやはり嬉しい。

今年は病気もあったので5,6月は諦めて、各処にもその旨メールを送って断りを入れた。
では次は何時か、とは未だ言える状況ではないようだから、そのままになっている。
身体の回復状況に合わせて決めようと考えてはいるが、それが決め難い。
医師に相談すれば「大丈夫ですよ」、というご託宣を戴けるだろうが、最終決定は自分でするつもり。
3,4年前からの数人の医師との付き合いで、私も学んだことが多い。
その事柄を一々挙げるわけにはいかないが、だからと言って医師を信じていないわけではない。
信ずるに足ると思われる医師でも、彼らもそれで生活をしているのだ。
結構親しくなって私がそういうことを匂わせると、案外素直に認めたりする。
だからそういう部分を納得した上で、彼らに命を預けていると考えるのが正しい。
そうでないと、あの医者この医者と渡り歩くようになって、何も信じられなくなってしまう。
今の私は、一人の医師を主治医にして、彼の医療グループの入っている各専門医師に身体のあちらこちらを診て貰い血を採られ、注射をされて薬を呑み、少しづつ快方に向かっている状態。
この経験から分ったことは幾つかあるが、医者はやはり自分の治療を信じているということ。
私の具合が良いと言えば、それは彼の治療が良いのであって、他の医師は大して貢献していないらしい。
同じグループとは言っても仲良しグループではないから、平然と批判もする。
そういう医師集団だから、やはり最終判断をする主治医が不可欠になるわけだ。
アメリカに来て以来40年、私の主治医は2人しかいないから、上手く行っていると言えそうだ。

今の体調から考えると、この秋から冬くらいには帰国が可能かも知れない。
だが、肺炎を経験した身としては、寒い時期の移動は出来るだけ避けた方が良いだろうと思っている。
日本で正月を過ごしたいという夢はあっても、家族や友人たちは正月にほとんど興味がないらしい。
と言って、温泉旅館などに行ってお仕着せの正月ごっこなどをしたいとは考えない。
今までは自分で正月支度をして友人知己を招いていたが、ここ数年それも開店休業状態。
「帰って来て正月の用意をしてくれるなら歓迎よ」
そんな声が聞こえたようで聞こえないような気がするが、最早それだけの体力は残されていない。
で、このアイデアは残念ながら諦めるしかなさそうだ。
となれば、体調が許せば10,11月くらい、または来年の4月過ぎということになりそうだ。

私は帰国すれば、必ず築地中央市場を覗く。
仕事で付き合いのあった人たちと逢うにも築地は便利だ。
昨年帰った時は、築地市場を見るのも最後だと思い、それほどの感傷は無かったが、新しい豊洲市場の完成予想図などを見たりしていた。
その後小池百合子新都知事の移転延期の決断などもあり、どうやら来年6月までは現状維持ということになったようで、あの古ぼけた場内市場と小汚い場外市場に再会するつもりでいた。
そこへ来て、場外市場の火災のニュースがテレビで伝えられた。
一番人通りの多いところで、ラーメン店やそばやなどが隙間無く建て込んでいる。
中でも火元と目されたラーメン店は、1坪程度の小さな調理場で1日に500杯以上のラーメンを売り上げる超有名店であり、客の列の長さも良く知られている。
私ももう20年以上前に一度食べたことがあるが、それ程の美味かどうか判断はつかなかった。
幾度も書くようだが、私はラーメン聖地と呼ばれた荻窪の育ちだから味にはうるさい(つもり)。
その舌で味わった限りでは、化学調味料の入った昔風の平凡な中華蕎麦だったようだ。
築地に見物に行く人の半分近くはこのラーメンを食べたがるそうだが、再建された店が同じように客を集めることが出来るかどうか、いささかの興味は持っている。
ただ、以前のままの状態では恐らく消防局の許可は下りないだろうから、暫く時間はかかるのではないか。

私が築地に行くのは、やはり何処かで昼飯を喰う楽しみが目的のひとつなのだが、最早寿司はそこから外すしかないほどどの店も混んでいる。
場内に有名な2店があるのだが、そこで寿司を喰うためには夜中の12時1時頃から並んで、朝4時か5時の開店を待たなければならないそうだ。
色々な人が書いたブログを読むと、この2店は銀座や新橋なら1万円以上の値打ちがあるコースを4千円程度で食べさせるのが人気の理由らしい。
面白いことに場内には他にも4,5店寿司屋があり、ほとんど同様の寿司を提供しているが、客の列の長さは比較にならないと言われている。
この状態はもう5,6年以上続いているのだから、この2店の人気は他を圧しているのだろう。
私は寿司を安く喰うために4,5時間並ぶ粘り強さは持ち合わせていないから、それ以外の店に行く。
以前はKという店で煮魚や焼き魚を食っていたのだが、そのKは昨年店を閉じてしまい、今は別の経営者が全く同じ店名で営業している。
ところがこの新しい店には昔のKの顧客はほとんど顔を出さないらしく、いつでも暇だそうだ。
店の人気は計り辛いもので、以前「Tちゃん」という洋食店が大人気だったが、代替わりしてからはさっぱりらしく、再び店を閉めてしまって、新規に寿司店として開けるらしい。
場内が再整備になれば、こういう食堂も顔触れを一新するのではなかろうか。
ただ場内で古くから経営している店は、豊洲移転に伴って新店舗を移すつもりだったろうから、残留決定となったら豊洲の店はどうするのだろうか、他人事ながら心配になる。

体調管理もあって、久々にプールに行った。
朝8時頃だったせいか、コースには人もまばら。
6ヶ月ぶりくらいだから、ゆっくり泳ぎ始めた。
100泳いでひと休み、50泳いで又ひと休みといった具合。
合計300ほど泳いで、今日は終わり。
半年かけて失ったものは、半年かけて取り返すしかないだろう。

焦らず少しづつ、ということなのだろう…。

最後に生き残るのは?

この3月に入院して、2週間の病院生活を送った。
とに角何を食べても不味くて、運ばれて来た病院食にほとんど手をつけなかった。
後で考えれば、病院食も確かに不味いけれど、弱った身体には味わう力も無かったのだろう。
ただどれを口に入れても、味付けが甘いのには心底参ってしまった。
その上、喉の薬を呑まされるのだが、これがまたべたべたと甘い。
もともと甘いものが嫌いだから、地獄の責苦といえば大袈裟だが、それに近かった。
看護婦に、「食べなければ回復が遅くなります」と言われると、「そうだろうな」と思って何とか食べようとするのだが、一口食べるともう胸が一杯になってしまう。
家人が味噌汁とか米の飯を家から持って来てくれるのだが、それでもほんのちょっぴりしか喉を通らない。
退院して自宅で体重を計ったら57kgしかない。
入院時には64,5kgはあったはずだから、ざっと7,8kgは減った計算になる。
医師は「動物性淡白質を多く摂りなさい」と言うのだが、それが具体的にどういうことなのか良く分らない。
ステーキやトンカツをもりもり食べれば良いのだろうが、そこまでの食欲は未だない。
そもそも私は本質的には魚食人間であって、肉食や草食ではないこともある。
勿論肉や野菜も食べるが、好物と訊かれれば水産物と答えるだろう。

40年前アメリカに来た時、スーパーで売っている肉の安さに驚嘆した覚えがある。
ただ、売る単位が大き過ぎて滅多に買うことは無い。
なんせ分厚いビーフステーキの12枚入りが、棚に山と積んである。
挽肉でも最低単位は1ポンド(450g)だから、買ったら暫くそれを食べなければならない。
私の住んだマンハッタンでは流石にもう少し小さな単位で買えるが、それでも冷凍する羽目に陥る。
私のアパートは日本食料品店の上階にあったから、買い物では便利だった。
だがその分価格は高くなるのは止むを得ない。
だからバスに乗ってチャイナタウンへ行き、買い物はそこで済ませた。
今ほど食品添加物の危険が叫ばれていなかったから、ほとんど気にせず食べていた。
勿論アメリカ人だって、未だオーガニックなどは知らなかっただろう。
何の疑問も無く、大きなステーキにかぶりついていたに違いない。

医師が言う「動物性蛋白質」は、肉類を指しているのだろう。
牛であり豚であり、鶏肉を食べて栄養補給しろという意味らしい。
だが残念ながら牛肉は、ここ数年著しい値上がり傾向を見せている。
どうやらもともと牛は食べなかった某国が、生活水準の上昇もあって牛肉が好きになったらしい。
実は牛ばかりではなくて、ワインやチーズも同様の傾向があるという。
そして我が日本においても、牛の消費量は右肩上りであり、恐らくワインやチーズも同様だろう。
寿司や刺し身が愛好されているはずなのだが、肉の伸びには及ばない。
それは昔から言われていることなのだが、調理の簡単さに拠るところが大きい。
忙しい主婦にとって、魚にかける手間は肉類の手間の倍以上だろう。
そして、今の子供たちは骨や皮のある魚を嫌うそうだから、将来は魚をはじめ水産物は加工食品の材料になってしまうのではないだろうか。
恐らく骨についた身肉をしゃぶるなどという作業は、この2,30年以内に消えて行くだろう。
「刺し身」に人気があるということは、それ以外の骨やカマなどは棄てられているわけだ。
1尾の魚から刺し身だけを取るということになれば、その歩留まりは30%以下ではないか。
以前は、魚の頭や腹骨は焼いたり煮たりして人間の血や肉になっていたのだが、現在では不要なものとして廃棄物にされているというわけだ。
只でさえ高いと言われていた魚が、可食部分が大きく減ったために、それがコストに跳ね返っている。
今一定価格で供給されているのは「養殖」の魚だけ、ということになってしまった。
採算に合う養殖の魚は、餌を多量に食べて早く成長する、という条件がある。
「ハマチ」はその条件にぴたりと嵌ったから多量に生産されているのだ。
では養殖魚はこれからもどんどん増えて行くのだろうか。
この事業に参画を考えている国も多いだろうが、問題は餌の手当てだ。

日本がハマチの養殖を始めた時期には、イワシが豊漁で餌は潤沢だった。
だが今ではそのイワシの手当てが難しい。
そのため業者はイワシの価格高騰について行かれず、ありとあらゆる種類の食材を餌として与えている。
野菜は勿論、牛や豚の端肉や昆虫の幼虫やサナギ、それすらも不足しかけているらしい。
「質量不変の法則」を持ち出すまでもなく、世界中に存在する物質は増えもせず減りもしない。
ハマチを1kg大きくするために5kg以上の餌が必要だそうだが、それでは何時まで続くか不安で一杯だ。
つまり、世界の各国が養殖事業に雪崩を打って来れば、あっと言う間に餌不足が表面化するだろう。
そうなれば、何処の国とは言わないが、信じられないような餌を稚魚に与え始めるだろう。
抗生物質をはじめ、ありとあらゆる化学薬品が生簀にぶち込まれることになる。
すでにそれあるを予測して、予防手段を講じている国があるとは聞いたことがない。
水産物の養殖事業には2種類あって、塩水の海水面を使うものと淡水の池や沼、人造のプールなどを使うものに分かれるが、現在では海水を使う養殖事業が多い。
海水が出入りする湾や入り江に生簀を浮かせる方法はプランクトンの摂取も出来るなどの利点も多いが、同時に魚の食べ残しの餌が海底に堆積してしまう問題がある。
確かに海水面は陸地よりずっと広いが、養殖が出来る海水面は思ったより限られているらしい。
そこに各国が生簀を浮かせて餌をぶち込めば、どういう結果になるかは分りきっている。

世界に人口はもう直ぐ75億を越えると言われている。
人口が増えれば、食料の生産は不可欠になるだろう。
今生産されている家畜や野菜、水産物の合計で一体どれだけの人口が賄えるのか。
考えるのも恐ろしいが、人口のコントロールのための戦争だって考えられないことではない。
人類にとって最終的に必要なのは食料であることは明白だ。
誰も発表しないが、地球に存在する質量で生存出来る人類の総数は既に分っているのではないか。
そのボーダーラインは何処にあるのか。
80億か90億か100億か。
どれにしても、今のまま放置していれば、その時が来るのはそんなに遠い未来ではないだろう。
その時になって人類は鯨が海にいることを思い出すのだろうか。
捕鯨が出来る国だけが生き延びることになるかも知れない。
まあ、日本の農林水産省のお役人がそれを計算に入れているとは思われないが。
でも計算だけは優れているようだから、ひょっとしたらそういう統計はあるかも知れない。

自動運転で車が走るのは、最早夢ではないらしい。
だが、車が走っても乗る人がいなくなったら、笑い話にもなるまい。
なんだか世界の動きを見ていると、そんなジョークのような話が次から次へと出て来ているようだ。
トランプ、プーチン、習近平、安倍晋三、金正恩…。
100年後には、昔人気を博したコメディアンたち、とでも言われているのではないだろうか。

天皇にも隠居生活を

日本では普通のサラリーマンは大体60歳から62、3歳で仕事から離れる。
昔は55歳が定年だったから、この4,50年で7,8年伸びたわけだ。
ただ平均寿命の伸びはそれを上回っているから、定年後の時間はずっと長くなったということ。
男性が現在の平均寿命と言われる80歳強を生きるとすれば、余命10数年ということになる。
また農家や漁業従事者ともなれば定年はないから、人によってはさらに長く働く計算。
テレビのドキュメント番組などを観ると、70代くらいでも沖に漕ぎ出して釣りをし、それなりの釣果を上げて小遣い以上のものを得ている人も少なくないようだ。
日本では長い間高齢者も働くことが普通だったから、何もしない時間の使い方が上手くない。
妻は以前と変わらぬままに炊事や洗濯に時間を費やしているが、夫は今まであった仕事が突然なくなるとその余った時間をどうするか、ぼんやりしていることが多い、という人もいるだろう。
確かに日本のスーパーなどに行くと、妻の後をついて廻っている高齢者が目立つ。
こういう夫を「濡れ落ち葉」と呼んで、「払っても払ってもなかなか離れない」ことを意味するらしい。

アメリカの場合定年という制度はないが、一人一人が職を退く時期を設定していて、さらにはその後をどう過ごすかも計画を持っている場合が多いようだ。
だから平均的退職年齢は不明だが、おそらく62,3歳前後なのではないだろうか。
もちろん事志と異なって、計算通りに退職してリタイア生活をエンジョイ出来ない場合だってあるだろう。
だが、各地にあるリタイアメントホームの集落に行けば、贅沢さえ言わなければ結構快適らしい。
3度3度の食事は用意されているし、飽きさせないように色々のゲームやパーティもあるという。
ダンスパーティ、ボーリング大会、ビーチパーティと盛り沢山だし、大きな祝祭日には特別な催しもある。
勿論こういうホームは運営する組織があるわけだが、中にはただ高齢者が家を購入して住んでいるだけの区画もあるようだ。
有名なのはフロリダ州の海岸沿いの地域だが、全米中にそういう高齢者用に開発された区画がある。
高齢者が多いから、当然ながら亡くなる人もあり、やもめになってしまう人も出て来る。
そういう人同士が結び付くことも多いようで、結婚式は割り合い頻繁に行われるらしい。

ニューヨーク市内にも高齢者専用の集合住宅があるが、住民は圧倒的に女性が多い。
男性もいないわけではないが、なかなかこういう施設に入る決断が出来ないらしい。
男性は入居年齢が高く死亡年齢が低いわけだから、住民に女性が圧倒的に多いのも頷ける。
聞いてみると、女性は時間を持て余すこともなく活用しているという。
どうも男性の分が悪いようだ。
まあ考えてみると、リタイアメント生活という言葉自体が男性のためにあるようなもので、女性は改めてリタイアなどはしないのではないか。
夫が定年退職した場合、妻もそれなりに感慨はあるかも知れないが、日々の生活は変わらない。
場合によっては、夫が定年退職しても、妻は働き続けている可能性もある。

今上天皇が、公務を着実に果たすには肉体的負担が大き過ぎるということで生前退位を申し出た。
ひと言で言えば、リタイアしたいということだろう。
我々のような一般人から見れば重々納得の行く希望であって、阻むものは何も無いように思われる。
国民が一定の年齢に達した場合は、古い言葉で言えば「隠居生活」に入るのは当たり前のこと。
つまり人間の肉体が機能する年齢には限りがあるわけで、天皇とは言え特別製でも何でもない。
その天皇自身が「辞めたい」と宣言したのに、そう簡単には辞められないらしい。
天皇の公務や私生活に関与している宮内庁という役所は、何に拠らず前例の無いことは許さない。
記者会見などでも「前例のないことですから…」という台詞が頻繁に出て来た。
前例の無いことが出来ないのであれば、天皇は何も新しいことは出来ないことになる。
だが今回の天皇の宣言はテレビを通じて国民に呼びかけたもので、宮内庁も無視は出来ない。
安倍首相が有識者や大学教授を集めて、様々な角度からの論議が交わされたようだが、所詮普段は何処からもお呼びのかからない方々のこととて、己の学識の披露で終わったようだ。
そもそも、こういう会議のメンバーを誰が決定するのかは分らないが、大学学長、教授、右翼系評論家、さらにバランスをとるためか女性が2人加えられているが、別に適任者ということではなさそうだ。
推察するに、大筋は会議の前に政府と宮内庁の合意で決められているから、会議のメンバーは形作りに過ぎない、言わば横綱審議委員会のようなものだったのだろう。

それにしても、最終的な政府の案が今上天皇のそれとは余りにも異なっていることに唖然としたのは私だけだっただろうか。
天皇は、自分の発案でこの先の天皇は一定の条件を満たせば、退位が適うと考えただろう。
ところが最終的に国会に提出されたのは、今回の退位は1代限りであって、この先の天皇が位を退く希望を持った場合は、また同じような会議を開いてその可否を決める、ということらしい。
天皇は政府案に対しかなりの失望感を持たれたようだ、という新聞の論調がある。
私も天皇のテレビでの発言を聞いた時には、これから先の天皇が自分で出処進退を決定出来るような新制度を期待したのだろう、と考えた。
それが現政府には気に入らなかったらしい。
内閣はほとんど天皇の希望を無視し、最小限の譲歩で大筋を決めてしまった。
天皇はこの法案には不満だろうが、「政治には拘われない」という立場もあり踏み込んだ発言はない。
だが、決して満足していないことは多くの人の知るところだろう。
だが何故安倍首相がこういう法案で事態を収拾しようとしたか、いささか謎めいている。

周知のように、今の天皇制は明治維新後に薩長政府によって確立された。
江戸時代は名ばかりの権力を持つだけの存在だったのが、維新以降は権力の中枢に位置し、それなりの政治的行動もあったとされている。
だが、薩摩長州から政府の要職に就いた高官から見れば、自分たちが拵えた存在と看做す傾向があったのではないだろうか。
鳥羽伏見の戦いでは天皇は「玉(ぎょく)」と呼ばれたらしい。
その玉を取り込んだ薩長連合軍が官軍となって、江戸幕府側は賊軍になる。
明治になってから、天皇の周囲には常に維新の功労者が取り巻いていた。
そのなかで最大の実力者だった西郷隆盛は下野し、西南戦争で賊将として斃れた。
さらに薩摩のもう一人の大立者大久保利通は、西郷の死後時を置かずして暗殺されてしまう。
となれば残るのは長州の高官だけということになったわけだ。
伊藤博文や山縣有朋が権力を掌中にするのは、これ以降のことだと思われる。
彼らは、天皇という存在を最大に利用し、天皇を通じて政権を自在に操ったようだ。
言うなればこの時代、天皇は長州勢力の最大の庇護者だったとも考えられる。
山縣は昭和天皇の婚姻に関して、候補者の久邇宮良子(くにのみやながこ)が島津家の血筋であることを嫌って婚約を取り消そうと画策したこと(宮中某重大事件)で昭和天皇の不興を買い、政治的な権威は傷ついたまま翌年この世を去った。

天皇には確かに歴史的に見て2千年以上に遡れる皇統があるが、現在のように天皇の第一男子が正統な後継者だと定められたのは明治以降ではなかろうか。
身内同士の争いも珍しくなく、激しい権力争いもあったことが記されている。
存命中に皇位を子や弟に譲って退位した例も多く、死ぬまで皇位にいなければならないなどという規範は何時出来たのか、宮内庁あたりに教えて欲しいものだ。
つまりちょっと時代を遡れば、退位も譲位もそんなに難しいものではなかったことが分る。
明治維新という薩長の権力簒奪劇が創り上げた天皇を、それ以前の形に戻した方が良い。

なんて言っていると、「非国民」と呼ばれるかも知れないが…。


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