五色温泉 宗川旅館のHPより
今より1300年前、諸国を行脚中行者の祖とされる役小角が吾妻連峰の木々の狭間より
鮮やかに漏れ出す五彩の湯煙を発見したのが始まりとされている。
以後、 その五彩の宝は伊達、蒲生そして上杉氏へと稀代の秘湯として受け継がれたとされている。
五色温泉は標高800メートルの山中にある1軒宿
直江兼続が奇病にかかり、医薬で治らなかったものが五色温泉で快癒したことも・・・
兼続の嫡男・景明(竹松)は病弱で両目を患い、兼続が足軽に警備させ五色温泉で治療させたと伝えられる
直江兼続の生涯
永禄3年(1560) 坂戸城主・長尾政景の家臣・樋口兼豊の長子として生まれる。幼名は与六。
非凡な才能を仙桃院に見出され、6歳から景勝の小姓として仕える。
景勝(喜平次)と兼続(与六)は雲洞庵の住職・北高全祝や通天存達の下
互いに切磋琢磨し南魚沼で過ごす。
天正2年(1574) 景勝に従って春日山城に入り上杉謙信より「愛と義」の教えを受ける。
天正6年(1578) 謙信が死去。御館の乱では景勝を勝利に導く。
兼続の妻お船の方は与板城主直江景綱の娘として弘治3年(1557)に生まれる
天正9年(1581) 直江家は上野国総社長尾顕吉の子・信綱を婿に迎えたが、御館の乱の後信綱が死去。
景勝の命で樋口与六兼続が直江家の婿に入る。
そのとき兼続22歳 お船25歳。1男2女をもうける。
慶長3年(1598) 上杉氏の会津移封に伴い、米沢城6万石の城主となる。
関が原の合戦では敗れ、上杉氏は米沢30万石へと減封。
兼続の働きにより上杉家の存続が許された。
上杉家を守るため本多正信の次男・政重を娘婿として迎える。
米沢には家臣団6千騎と約3万人が移ったが、城下町づくりと民政に尽力する。
慶長9年(1604) 景勝の正室・菊姫京都で死去。
景勝の側室・四辻大納言公遠の姫が玉丸(定勝)を出産。
産後の肥立ちが悪く死去。お船が玉丸の母代わりとなって養育をした。
慶長10年(1605)兼続の次女・お梅、長女・お松と相次いで死去。
その後、養子の政重は本多に復姓して上杉家を離れて前田家に移る。
元和元年(1615) 大阪夏の陣で大阪城が落城。秀頼、淀君が自害し豊臣家は滅亡。
この年、兼続の嫡男・景明が病死。直江家は後継者を失う。
元和2年(1616) 4月17日 家康死去。享年75。
元和5年(1619) 12月19日 兼続江戸鱗屋敷で死去。享年60。
元和9年(1623) 3月20日 景勝米沢で死去。享年68。
お船の方は兼続の死後は後室と呼ばれ
定勝の政治に裏から尽力し、女性としては異例の禄3千石を与えられています
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
母代わりをつとめた定勝とは大変深い交流があったようで、景勝が元和9年(1623)に死去し、
定勝が米沢藩主になった後も、お船は化粧料3000石に加え手明組40人を与えられている。
また寛永13年(1636)にお船が病に倒れると、定勝は自ら見舞いに訪れ病気平癒を祈願した。
しかし定勝の願いは通じず、翌寛永14年(1637)1月4日死去。享年81。
戒名は宝林院殿月桂貞心大姉。墓所は米沢市の徳昌寺。のちに改葬されて林泉寺。
和歌山県高野山清浄心院にも分骨されている。
定勝は高野山に使者を派遣し、お船のために墓石を立てたという。
直江夫妻の墓も当初直江家菩提寺・徳昌寺にあったが、上杉家菩提寺・林泉寺との争いの末林泉寺に移された
その際直江家に属する与板衆は林泉寺への移転に反対、兼続の位牌は母の実家の菩提寺・東源寺に移された
上杉家中でも兼続を奸臣扱いした時期があったが
第九代米沢藩主・上杉鷹山が「直江夫妻の法要を営まないのは人情にあらず」と百回忌の法要を行ったという
<背が高く、容姿端麗で頭脳明晰、文武両道に秀でた武将であった>と伝えられている直江兼続
兜の<愛>の文字は、「愛染明王」・「愛宕権現」への
信仰からきたものであるという説と兼続の「愛民」の精神からきているという説があります
上杉謙信は死の間際に「そなたの義を求めよ」という言葉を残し
謙信の<義>の教えに従い、その遺志を継ぎ、迷いながら己の<愛と義>を生涯貫き通しました
長い間 直江兼続紀行 新潟・福島・山形 を読んで頂き有難うございました。
兼続に興味を持ったきっかけは当時としては珍しく兼続は生涯側室を一人も持ちませんでしたのこの一文。
まさか歴史苦手の私がここまで追っかけをするようになるとは・・・
新潟のゆかりの地めぐりでは不思議なことがいろいろありました。
車での移動中には雷や集中豪雨に悩まされたが、目的地に着く頃には雨も上がり写真撮影ができたり
城跡に登ろうか、どうしようかと迷っていると、いきなり雨が降り出し濡れずに済んだりと・・・
また、午前中の観光客は豪雨で見学できなかった城跡が見学でき、「貴方たち運がいいねぇ〜」といわれたり
<兼続様に守られているのでは・・・>と勘違いしたくなりそうな不思議な現象が幾度もありました。
大河ドラマ天地人も終盤に入りまもなく(11月末)終了ですね。
これから<米沢の町づくり>の放送を楽しみにしたいと思います。
本当に長い間有難うございました
|