前回より
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一日目
二日目
昨日、帰った後、倒れまして(小学校中学年から貧血持ち。最近回数が減ってきた)、更新が遅れました。
ごめんなさい。
というわけで、昨日(7/20)の話になります。
計画倒れ
当初の計画経路は以下のとおり。
高松⇒大歩危⇒阿波池田(経由)⇒牟岐⇒田井ノ浜⇒徳島(経由)⇒児島⇒高松
でも雨の中田井ノ浜に下りても仕方ないので実際は牟岐〜徳島(経由)の間を以下のとおり変更しました。
牟岐⇒徳島(経由)⇒池谷⇒鳴門(トンボ返し)⇒徳島(乗り換え)⇒児島⇒高松
そのうえ、宇多津〜児島間を先述のとおりグリーンにしました。
本編
例によって午前5時40分前後の高松駅に来たた私はまず最初にみどりの窓口へ行き、当日の南風22号のグリーン席を宇多津⇒児島間でとりました。一駅間でグリーンとは何たる贅沢。
ちなみに外は最悪の雨模様。
近所の少し低い道にあったものは浮き、トイレは流れない模様。そのうえテレビは映像が時々乱れ、ついには「しばらくお待ちください」画面になるほど。
でも、遅れの情報はないし、どうにかなるだろうと決行。
繁忙期突入前日の珍事
今旅二度目の乗車となるしまんと1号(勿論G席を指定)は、いつもの2000系DMU3両に加えて1寮のN2000系DMUが増結されてました。
本来の最後尾と増結N2000DMUの連結部のドアにはヘッドマックがついてました。
車内検札では車掌氏から、大歩危でのドアカットの旨(増結ゆえ)、天気が悪いから気をつけることとの話を聞いた。
で、先頭G席に大歩危まで乗って,
軽く観光。
大歩危に来るときは 前回も含めていつも天気が悪い。 これを人は後に大歩危マジックと呼ぶようになったそうな(大ウソ)。
大歩危駅の時計のうそつき
大歩危から帰る際の南風4号は7:52発。 大歩危の時計がまだ35分ぐらいのときにDMUエンジン音が聞こえてきて特急列車が入ってきたので、ああ、ひとつ前の列車だろうとのんきにトイレでも行っていて、とりあえず号数確認だけでもするか、と車内を見てみれば、車内の時計は49分。
危ない危ない、これが4号じゃん。
とこれに乗って事なきをえました。
まったくもう、うそつき。
大歩危⇒阿波池田の1停車駅間もグリーンという贅沢選択。
キハ185系DMU
阿波池田⇒牟岐間はキハ185系DMUのむろとに乗車。
キハ185系DMUは拝んだ事こそあるものの、乗車は初体験。
ちなみに座席はリニューアル済みタイプで、車内はTSEのようなイメージさえ受けました。
むろとのヘッドマークは名のとおり室戸岬をイメージした感じで、
ちなみに運転席横には剣山のヘッドマークがおいてあって、入線直後に運転士さんが(!)付け替えていました。
こういうのは、保線区とかの人がやるのだとずっと思ってました。
臨停2駅の今日のむろと
今日のむろとは牛島と、田井ノ浜、なんと、二駅も臨時に停車しました(客扱いあり)。
そのうち牟岐へ。
牟岐の長時間待機
牟岐に来たはいいものの、雨が降り出してきた。
さて何をしようと、牟岐川土手をしばらく歩いて、なんにもないので駅近くのスーパーで昼食を調達して、駅で待つことにした。
まだ、次の特急まで1時間半はあるのに。
とりあえず待合室で飯を食い、延々と待機。
そのうち特急も来て乗車。
自由席
じつは帰りのむろと、牟岐⇒田井ノ浜間で指定席を取っていたのだが、下車も面倒なので、自由席に座ることにした。
田井ノ浜まで指定席に座って後は自由席に座ってもよかったが、動くのが面倒なのではじめから自由席にした。
それに、指定席のある車両はリニューアルシート、自由席の車両は国鉄時代からのオリジナルシートで、どっちに座ると聞かれたら、そりゃ、国鉄シートにしますわ。
まどろみ
田井ノ浜は通過時に駅名標を撮影。
が、その後阿南までまどろんでしまった。
23分間も、しかも、途中で停車駅があるのに。
普段は、次の停車駅までまたは停車時には目が覚める。よっぽど疲れているのだろう。
で、徳島着いて、国鉄感たっぷりの行き先指示幕を撮影した後は、
さて何をしよう、鳴門でもいくかと、特急うずしおに乗車。
いままでで最も乗車経験の多い、親しみ深いうずしおだ。
それで池谷で45分かけて乗り換えて、
鳴門では改札だけ通る驚異のトンボ返しを行い、
うずしお22号徳島発車までの時間をつぶした。
最速達のうずしお22号
うずしお22号は徳島⇒高松間55分の最速達。
しかし讃岐相生通過後から志度停車直前まで寝てた。
で、高松から進行方向が変わり宇多津では連結される南風のG席に座り、
児島からはマリン・パノラマでトンボ返し。
マリン・パノラマの写真も撮りたかったけど、満席で、とれず。
こんな微妙な終わり方で三日間の旅行は終了しましたとさ。
めでたし、めでたし。
最後に
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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