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この度の地震に会われた方々にお見舞い申し上げます。 高松目指して高松を発つ馬(栗毛)の代わりに、鉄道を我が足にして、とんでもない旅をしてきました。今回の旅の、元々の目的は、3/13が期日の高松⇔松山4枚回数券のあまり2枚を消費することにあり、そのためにはてどうしよう、103Mで松山行って…、などと考えておりましたが、結局驚異の経路となりました。 経路高松[↓] 4:53 多度津 5:31 5:33 阿波池田 6:31 7:20 高知 9:59 10:44 須崎 11:55 12:22 窪川 12:47 13:28 宇和島 15:27 16:02 八幡浜 16:33 16:44 (伊予長浜経由) 松山 18:29 19:36 高松[=] 21:10 ご覧のとおり、四国の約3/4をぐるっと大回りする、とんでもない旅です。 高松―須崎間には全駅に停車しています。 ツレと、何処が往復の境界か議論しましたが、結局高松に向けて高松を発ち、往路も復路もない、という結論に達しました。 行きと帰りらしく、2回別方向で通るところは高松-多度津間のみ(宇和島-北宇和島は例外的)。 すでに復路か出発から早速ドラマを生む。かつて、103M(や前身の旧111M)に乗車するときに余裕を持って出発していた時刻に出発したら、高松駅到着がギリギリだったのです。とても強く、自転車のタイヤ―アスファルト間の動摩擦力を感じながら、「きつい」と言葉を漏らしながら、「うんうん」と力を入れながら漕いぎました。この原因は、大体検討がついていて、「エンジョイ!運動不足ライフ」とか言っているからだろうと予想されます。さて、ぎりぎりで着いた私と、待っていたツレは、103Mに乗り込みました。 そして、多度津で乗り換えて、これまでキハ32や、54が主にあてられてきた阿波池田ゆきに乗れば、其れはかつての32・54ではなく、1000形でした(便所無し)。 黒川発車後まもなく 窓越しで申し訳ないです。 坪尻にて とかや言う内、阿波池田へ。 池田散策去る09年の5月5日、粘る\2000の373.3kmとかやいう旅でも池田散策を行いましたが、こちらは旅の規模が半端ない代わりに、散策はゆるめの、へそっ子公園周辺にて。全国の池田町長が集まったことがあったそうで、おのおのの池田町のカエル(?)が野球していました。 我らが小豆郡池田町も有りました。 へそっ子公園から山脈が朝日に染まるをみる 阿波池田の構内 やはり東堂は阿波池田のホームがお好き。 新ホームにて上り南風2号 Spring Breath March。 高知行、土佐山田までワンマンまた聞き覚えのあるタイトルですが、今回は乗り通します。ひたすら山地越えの鉄路をゆけば、折り重なる山々の物語も聞こえてくる、朝のしじま。 しじまたるも、当たり前で、なにせ乗客はツレと私のみというのが久しく続きました。 そして、長時間停車の土佐山田駅 ♪朝日の雫に泣きぬれながら きょう琴平 きょうは土佐山田(霧の土讃線、夕陽のしずくに― の所より) 今まで1両ワンマンだったのが、ここから2両になります。 駅前には、JR四国バス こんな、国鉄の香りのする看板・コンテナー 須崎行1000形ワンマンこの列車、時間帯や曜日も重なって非常に生活感溢れるものでした。外の風景は…春日。高徳線で春日を走るときのイメージですね。 徐々に田畑と33・56号と山、といった感じの風景が広がり、のどかで、かつての思い出がよみがえること限りなしです。 高知で購入したお弁当を頂きます。 これで、380円のお得なお弁当でした。 ここ須崎までは先述のとおり、全て各停で来ました。 ここからは時刻表の関係で、どうしても特急を使わざるを得なくなり、窪川まで特急に乗車します。 車窓には太平洋がチラリ見え、土佐久礼を過ぎます。 土佐久礼は、ちょうど1年ほど前に土讃カンロク常五杯で、中学の友達と訪れました。 その時に訪れた黒潮本陣の建物も車窓から見え、当時と同じ海を横に見ながら窪川へ向かいました。 もちろん、今日のツレもその時のメンバーですから、二人して思い出にひたりつつ、でした。 窪川窪川のJR駅舎とTKT駅舎予土線の汽車はすでに入線してました。 中村線0キロポスト 中村線のキャラクターと思われ TKTホームに停車する8000形気動車 予土線ホームは階段裏で突然切れます。 |
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この3連休、ワタクシはずっと高松にいたのですが、私の学校の |
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JR四国2000系気動車以来の久々のイラスト投稿です。 古くからの友達が描いた、先代の高松駅の絵を見て、久々に自分も描こうと思いました。 以前はブログ意外にも学校と言う、面向かって感想を言ってもらえる公開場所があって、書くのにも熱が入ったのですが、最近はその公開場所がなくなってしまいました。 今までは真横からの画しか描かなかったのですが、今回は斜めからで、そのため陰影がかかってきて少々面倒ではありましたが満足できるものになりました。 |
運動不足高校生になってからというもの、超のつく運動不足。日に500mも歩かず、公共交通に頼り切った通学と、徹底して歩かない信念により、体力はがくんと落ちました。 割に太らず、むしろ体重は減少。「∴運動を止めればやせる」という結論を出せば詭弁ですが、真相は食事量も減ったためです。 中一の時はらくらくだった自宅から三条池のPC DEPOT往復にもダウンして休み休み帰るようになったので、さすがにこれはやばいと思いました。 いずれもいずれも極端な運動不足に終止線を引くべくだした解決法はズバリ登山。 しかし、最近学校の階段でも息切れしているのに大丈夫か?と思いましたが、とりあえず根性で頑張ろうということにしました。 無理せず五剣山あたりにしておけばいいものを、「これほどの運動不足を解消するためには少し力を入れなければ」と、西讃の大麻山を選択しました。 幼少に琴平で過ごした時期もあり、大麻山付近の地理は身に染み付いているものの、出発は午後に(≒大麻山のテレビ塔は無理)なったので、奥社で引き返すことにしました。 琴平方面を選択した理由に、あと2日でIruCaの割引率が元に戻ってしまう、というのもありました。 本宮よりここまでの経緯は大幅削減。ただ、結論を言えば、カナーリしんどかったっす、先輩。 前は、ここはおろか、奥社までひょいひょいと登って、さらに高瀬―詫間間を歩いていたのに。 奥社へ向かう道このあたりまで来れば、しんどいも何も感じず、とりあえず何も考えずひたすら歩きました。 その後、諦めた大麻山へ抜ける道を背に折り返し参道を歩きました。 再度本宮より南風を望むこの目線から見れるとはありがたや。 琴平驛駅に来る前に、西山の焼豚を購入。ここからはJR特急で帰ることにしました。 その間に琴平駅を撮影し、しまんとに乗り込む。 車内で微睡んでいる間に高松へ帰って来ました。 高松では今日から瀬戸内国際芸術祭。
まぁまぁ、賑わっていましたが、私は素直にバスで帰りました(←この自宅〜高松駅もつい数カ月前まで自転車を使用していたのだ。うーん、エンジョイ!運動不足ライフ)。 |





