近距離旅行記

「エンジョイ!運動不足ライフ」とか言ってると、運動不足で生活習慣病を指摘されます。そして治療の対象になります。

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前回の投稿から1ヶ月以上の間隔が空きましたが、大丈夫、東堂は相変わらず生きてます。

消化試合

久々に自分が追っかけられるどつぼ列車の日がやってきました。
阿波池田−佃を除き、現在まず土讃線でキハ47を見ない上、首都圏色。そして後ろにはトラ45000を連結と言う魅力ある編成を追っかけるべく、二人の高坊が早朝の高松駅に集合しました。

さーて、今回もどつぼの撮影まで時間があるので、いかにして消化試合を行うか話し合い、その結果、以下のような経路となりました。使用した切符は例によって四国再発見早特きっぷです。

経路

高松[↓]  4:56
多度津    5:35
          5:36
佃        6:26
          6:28
小島   6:57
          6:58
阿波池田 7:42
          7:57
坪尻   8:16
          9:52
阿波池田 10:06
         10:37
坪尻   10:52
         12:33
阿波池田 12:48
         13:48
大歩危  14:18
         16:02
阿波池田 16:19
         16:35
琴平   17:18
         17:25
高松[=] 18:20          
うち、小島往復が消化試合、坪尻―阿波池田で2往復したのは、悪天候のため坪尻があまりにも寒く、耐えられず、汽車の中の暖房への期待と、阿波池田でなにか温かいものを飲みたいという希望からです。

どつぼをねらえ

坪尻到着

「♪レールではだれでーもひとり一人きり(コートでは誰でもひとり一人きり…/Fromエースをねらえ)」などと歌いつつ(歌っていない)、現在は本日2回目の坪尻。
私は坪尻トンネルにレンズを向け、どつぼの到着を待っていた。
坪尻に多くの人がやってくるので、JRさんも坪尻では普通ありえない人員配置。
ところでお目当てのどつぼ列車は少々(少々ともい言い難い。比較的が適切か)遅れているみたい。その間ずーっと、しゃがんで構えておりました。そして取った写真…
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じつは、これらを撮るためのトンネルの試し取りが60枚越。

そして、この臨時列車のために上り南風が坪尻より窪川方の馬ノ背トンネルの坑口あたりで待機していたようです。そして、どつぼ列車が引き上げ線に進入し終えると、さきに特急が坪尻(25‰)を加速しながら通過し、
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その後タラコが駅着場に進入してきました。
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謎のテープカット

坪内政美さんからメールにあった通り、謎のテープカットが行われるようです。

政治家へのインタビューを思わせるカメラを持った人に囲まれて、お話しなさる妖怪さんや坪内さん。
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最初は"囲み"の最後列から背伸びにてを伸ばして狙っていたのですが、この写真の時点で最後列でも正面方に近寄って、人々に押される等しながら、擬似ブラウン運動をし、いつの間にか最前列真正面に立っていました。
なんか、自分がテレビに写っていた"撮影のためなら他人を無視するテツ"みたいに見えているのでは、と不安になってその場から立ち退きたかったのですが、真後ろもレンズの森。ここで立ち上がる方が迷惑と、しばしじっとしておりました。
プラス思考に、おかでで片上鉄道のコトラをベストポディションでとれた、としておきますが。

テープカット
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そして、私のツレが発見した、藪漕ぎをすこし登った上(途中から、山道も外れて道なき道を行く)にベストな撮影スポットから撮影。
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阿波池田

阿波池田で昼食。天気もあって、温かいかけそばを頂きました。
ちなみに、朝の暖とり池田往復ではホットコーヒをいただいております。やはり寒い。

そして、我慢できず剣山を撮影。
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大歩危にて

そして、メインディッシュの大歩危。

まずはじめに、ちょうどキハ47が、機関車でいう機回しにあたる作業の最中に、アローンとなったトラを撮影。
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機回しもどきで分岐器の向こうまで行く47。
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帰ってくる47
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じつはコトラは高松運転所の所属、とのこと。
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南風と、どつぼ列車
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47
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幕が…
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いざさらば
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その後

大歩危に残った我々は、時々来る特急などを写真に収めつつすごす。
そして、歩危マートに行ってみれば西瓜が…。
我慢できずに購入し、駅で頂きました。
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ちなみに連れは、ゆでダコを購入し喰ってました。

帰路の箸蔵にてどつぼを抜く。
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この先、坪尻や財田等で構えても良かったのですが、我々の体力的理由や、ある意味青春のシンボル「宿題」を理由に素直に乗り継げる列車で帰りました。
結局本日は、たとえ同じような構図でも、大量に撮ったため、撮影した写真が800枚近くになりました。
高松駅に着いてみれば、ちょうど学校帰りに高松駅寄るのと同じ時刻。なんか変な感じです。
夢物語は一瞬きの間に終了し、我々は現実へと還されました。

楽しかったよ、今日も。
さようなら、駿台模試一週間後(関係ねぇー!!)の今日。
本日は5月5日。粘る\2000の373.3kmという長編モノを書いてからちょうど1年が立ちました。
ちょうど1年目の前日の5月4日、私は再び似たようなこと(≒四国再発見早特きっぷを使用した旅)をしてきました。
この一年の間に、4時代出発に慣れきってしまって、「特別感」が皆無になってしまいました。

日程

高松[↓]   4:56
多度津     5:34
           5:35
佃     6:26
           6:28
穴吹    7:03
           7:16
佃     8:02
           8:03
琴平    8:58
           9:02
善通寺   9:07
        9:14
琴平    9:19
           9:20
阿波池田  10:06
          13:22
大歩危    14:02
          14:19
土佐北川  14:56
          15:12
阿波池田 16:31
          16:35
琴平      17:18
          17:25
高松[=]   18:20

本編

例によって

旧111Mこと103Mは、4:56に高松を出て松山まで各駅に止まる列車です。
このブログでもおなじみの列車となりました。
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乗るのは何ヶ月ぶりでしょうか。美作の時は3102Mに乗車したので、多分、どつぼ185のとき以来ですね(と言うよりも、確実にそのとおり)。
最初の穴吹往復は事実上「切符の有効活用」の為のものでした。

穴吹駅にて
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ミラーの足が邪魔。

4234D

坪尻訪問するときは、自分が拾われる列車4234Dに佃から乗車しました。
この列車、坪尻で長時間停車するんですね。なので、これまたどつぼ以来の坪尻を少し見てきました。
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去年の1月に還暦を迎えていたのですが、そのイベントには参加出来なかったです。
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やっぱり東堂はこの構図が好き
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その後は琴平行って善通寺行って折り返して阿波池田駅にきました。

池田散策

まずは、駅にて
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国鉄色のキハ47。
キハ58の前例があるから、国鉄色に戻されると引退が近いような気がして恐ろしいです。
鳴門線のホーム嵩上げ工事のニュースも入ってきましたし。

そして、特に理由もなく歩いてきたはずなのに、なにか神社の前にやってきました。
大通りから離れていて、まず見つけることのなさそうな神社に、引きつけられるように来てしまいました。
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大歩危トロッコ

阿波池田駅に帰って来てから、大歩危トロッコ号の指定席券を購入しました。
この、指定席券、乗車区間が短いためか、\310と安い。
キクハ32の動力は擬似国鉄色のキハ185系気動車です。
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310円は阿波池田-大歩危感の特定特急料金に等しいので、特急の椅子に座れてもオトク感が小さい。
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国鉄オリジナルシート(非リニューアル)。コッチのほうがありがたいです。

車番
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小歩危にて特急とすれ違います。
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キクハ32、ここから乗車できます。
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遠く下にはゴムボートで下る集団。
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やがて大歩危到着。
185のどつぼ列車を思い出させますね。
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幕は「臨時」
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どつぼ撮影の時に発見したスポットから撮影。
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ここのネックは電線が邪魔なこと。仕方がないです。

上り南風が去ってゆく。時間的にもどつぼと重なります。
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橋梁上の土佐北川

前々から来たいと思っていた土佐北川駅にきました。橋梁上にある珍しい駅です。
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ホームから線路を除くと、
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網越しに穴内川が見えます。

駅の看板
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帰路

今回もひとつの決まった目的地いう目的地のない、個々の乗車にだけ目的地のある旅でしたが、
帰路には家に帰るという大事な目的があります。どこかで聞いたような気がすると思ったあなたは、内田百間のファンですね?無論そっくりそのまま引用ではありませんが。

帰りのワンマン列車はキハ32。例によって特急に抜かれのすれ違いのでゆっくり帰ります。
土佐岩原で長時間停車。
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再び小歩危駅にて
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そして、いつか(どつぼ撮影)みたいに讃岐財田で狙うこともなく、素直に接続列車に乗って帰りました。

事件

※今回は、鉄分濃度の相当低いネタです。
悲しいお知らせです。
長らく早朝普通列車とは無縁な鉄道との付き合い方をしていたので気づかなかったのですが、
先月のダイヤ改正から4:56分発の普通列車旧111Mのレ番が103Mになっちゃってる。
そして、新111Mは7:38発の観音寺行になっている。

旧111Mこと新103Mは高松駅を4:56に出発し、「香西、鬼無、端岡の順に終点松山まで各駅に停車してまいります。」という奴です。列車番号の変わらない高松―松山を乗り通す普通列車としては唯一で、長距離普通列車や長時間普通列車のランキングでも結構上位にランクインしています。

その新103Mは高松より坂出以西に普通列車のみでゆく場合において最も早い時間に到着できる列車であるので、私はよく利用しております。
 私以外にも使用する人は多いでしょう。

その111Mは「1」がいっぱい並んでいるので、いかにも始発らしい名前だったのに…。仕方ないですね。
ちなみに高松駅及び予讃線、おそらくJR四国の昼行始発は変わらず3102Mですがマリンライナーで宇多津以西にはゆきません(宇多津は通過)。

あと、これまた「1」が並んでいた、高松からは多度津〜観音寺に特急乗車することで利用できる多度津発伊予西条行旧1111Mは101Mになりました。列車番号だけ見れば103Mの下り一つ番号が若い列車になりますね。

どっちにしても、列車番号が一新されたので驚きました。

男木女木帆槌鼻

男木行ってきました。昨日は土佐いって、ホンマようやるわ、私。
タイトルの帆槌ノ鼻は女木の南端。宇高航路では女木島の南を通るので「四国フェリーのあの勇ましい曲」に登場するのは問題ないのですが、今回は雌雄島海運の航路。でもまぁ、男木女木が登場するので。

ええっと、昨日の土佐久礼よりは楽な7:30集合。3人中昨日の土佐久礼とメンバーが共通するのは私と昨日遅れた彼ですが彼も含め皆定時集合いたしました。
 島の二日前から予約しないといけない伝説のうどん屋は今日臨時休業というので(2日前電話しました)、駅付近で弁当を調達し、めおん2に乗船しました。めおんは宇高・直島のそれとは一回り小型の船体で、揺れが大きくて逆に楽しいから酔わない船、でしたね。そーいや、乗り物基本酔わないんですね私。気持ち悪くないことはないけども、揺れが貧血で倒れる直前のめまいの感覚に近いとそれが貧血原因となることはあります。ゆえに飛行機の離陸は苦手です。

男木着

男木港にて
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といっても、乗ってきためおん2は左端に見える白いので、主な被写体となっているのは初代めおん。今は多客期に女木折り返しで運行されている奴ですね。

我々は北へ北へ歩きました。目指すは男木の灯台とその先の山道。

港―灯台の道は比較的整備されていて勾配もキツくなく、結構楽な道のりでした。

そして灯台
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なにちう(歴史的仮名遣い)日の丸。上に水平線と写真の枠の底辺が平行じゃない。

そのご山道に入ります。私の趣味のひとつに山道をあるくというのがあります。成長せんね、未だ冒険心むき出しのお子様ですわ、私。
その山道、結構きついぞ。
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いや、写真では楽そうですが、それは楽そうな場所が被写なのであって、この道自体はキツイんですわ。

ほんでからにジイの穴。
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洞窟です。我々、男木小と交流のある学校の出身だったので、直前まで失念こそしていたものの、標識をみてボォッっと思い出すことができました。
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下りもきついっす、先輩。
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これこれ、これが、きつい場所の写真
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石積みの塀とその上の平たい土地をみると、なにか深く考えさせられるものがあると思ふ。
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ネコ様。男木港にて
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その後昼食を食べるべく、灯台に言った時とは反対側の海岸線を歩き、エエ感じのところで弁当食べました。
そのとき、目の前を走るめおん2
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高松へ

どうも私以外の隊員は急勾配でしんどそうだったので、午後からの山歩きは断念し、帰ることにしました。
帰りのめおんの揺れが心地よい心地よい。自然に夢の世界へ誘われ、高松につく頃には心身ともにリフレッシュされました。

ほんだら、暇やねん。 さてなにせうと討論し、特に意味はないけれども恩師と同じ名字の人をハローページから探してその家の近くに行ってみようということで香東川の警察学校の向かいにきました。
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こんなところに穴場の花見スポットが…。ここ、ほんまええですわ。
んで、河を飛び立つ鳥を撮影しました。
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これ、結構がんばったんよ。動く動物をブレんように頑張ったんよ。
水平じゃないけどね。

その後、それでも時間が余るので、BOOK OFFいって、HARD OFFいって、紀伊国屋いって旺文社の英単語ターゲット買って解散しました。

ほんま、一日にいろんなことよっけしたなぁと思いました。男木行って山登って弁当くって船乗って他人家さがして香東川で花見して挙句の果てには旺文社。今日も昨日並みの密度の高い一日になりました。

土讃カンロク常五杯

ええっと、タイトルは無視してください。土讃線と、香川県民的にゴロが良い土三寒六常五杯をかけただけです。

あじ散による旅行計画

本ブログにおいても、前々から予告を行ってきた土佐久礼への旅行を行ってきました。
最終行き先は土佐久礼の「黒潮本陣」。お食事と温泉に日帰りでも行ける旅館みたいなところです。
そこで、鰹のたたき喰って温泉入って帰ってきました。

最終的な経路

高松
大杉
土佐久礼
高知
高松

※大杉に寄った所以は今から説明します。

出発

集合はゆるく、6:05の2001D、しまんと1号での出発でありましたが、どーも人数が一人いない。
やがて発車時刻が迫って、車内に移動したけど、一人来ん。彼の携帯電話から家からメールからできるだけ多くの連絡系統に絨毯爆撃したけど、かかってこない。
仕方なく、現在いるメンバーで彼から連絡来次第、「2003Dに乗れ」と言ふことで同意しました。
やがてしまんと1号出発定時。
そしてまだ香西通過前、高松運転所よりも手前でこんなメール、「今起きた」。

おいおいおいおい。

ええと、2003Dに乗って宇多津で南風側に乗れと言いました(高知で切り離すから)。

大杉下車

遅刻した彼は土佐久礼で合流だと思っているので、彼を驚かすために大杉で下車して南風1号を待機し彼を驚かすことにしました。なぜ大杉かといふと、大歩危発車後に彼を驚かすことを思いついたからです。

大杉驛

大杉に下車する以上、大杉を楽しもうと努力せねばならぬのが我々の信念です。信念を持つことは大切ですが、明けましておめでとうと言うのは新年になった時です。
まずは、旅行らしく入場券購入。発券機がすげぇ。
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こんな、箱の横から、マルス券がにゅるっと出てくる。しかも、このマルス券は感熱試験紙。

大杉散歩

大杉から高知方にある大杉トンネルが完成する前、土讃線は大王の穴内川を縫う様に蛇行していたと言うことは、廃線好きの方々には有名だそうです。私も廃線跡は気になります、というより山の中を歩くのが好きです。
駅員さんに聞くと、新線トンネルと廃線が分岐するところまで、スタンド・バイ・ミーする(=線路を歩く)ことなく線路脇の生活路を通っていけるとのこと。
いきましたがな。

大杉隧道の手前にて
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日光があたってゴーストが映ってますね。恥ずかしー。

新線と廃線の分岐点
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今となっては普通の生活路なのに、側面をコンクリで固めてられているのが廃線遺構である証拠です。

花見の時期ですな。時機よし!
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こんなものが、
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地図上の線路は穴内川を縫う様に蛇行。

こんなものが、 パート2
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大杉とはいふけれど、時間は少なすぎ。
もう引き返さなければならない。

結論をいえば、遅刻した彼は寝ていて、あまり驚かなかった。

南風1号

高知駅にて。ここで後ろ2両を切り離します。まぁ、離さぬにしても長時間停車します。
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TKRの車両かな。


高知駅から乗り込んだご夫婦が、私たちのために席を変わってくれました。
人の優しさに触れることができると、旅の気分も良いものとなりますね。
ちなみに方々は須崎でお降りになったのですが、帰りの上りでもまた須崎よりお乗りになられ、再び顔を合わせることができました。その時、私たちの顔を覚えてくれていて、また挨拶してくださいました。

黒潮本陣

海を目の前に黒潮本陣は建立されていました。
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まずは黒潮本陣のバルコニーで記念撮影。
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少し顔が暗いかな。

その後、ご飯まで時間があるのでお風呂へ。
自由に風呂に入れるって、贅沢ですね。クセになります。

おご馳走をいただく
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昼食後、また、風呂に入ったり、涼んだりしながらゆっくりと贅沢なひとときを過ごしました。
実に精神的に健康な時間でした。

大いなる帰路はまだまだ始まらぬ

タイトルカックイイ!! わたし、文学者とか筆に生きる人になろうか?
ええと、土佐久礼より上り南風に乗りましたが、これはまだ帰路にあらず。第二の目的地高知を目指す旅なのです。
土佐久礼駅を少し取材し(私のHP、「駅めぐり」用に)、
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上り南風へ。これ、新塗装のアンパンマン列車でした。
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前述の通り須崎で往路に席を譲ってくれた人に再開しました。デッキで立っていた私たちに挨拶してくれました。素晴らしきかな、日本の旅。
日本の旅は鉄道です、というと岡山香川では日曜早朝の永六輔の曲が出てくるのは私だけではないと思います(遠くへ行きたいのこと)。1970年がもう40年前なのですね、番組で言ってました。生まれてないとはいえど、70年代=30年前代というイメージがあったので、少しショックです。
話を本線に戻します。

高知市観光

高知で下車し、路面電車で大橋通へ。途中のはりまや橋電停での乗り換えで少し寄り道しました。
天下のはりまや橋。
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高知の方には失敬にも、日本三大◯◯だけのことはあるなと思ってしまいました。
高知の方々、ごめんなさい。
今晩のお食事は、去年7月のバースデー切符旅行にも大橋通電停が最寄のひろめ市場です。
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ここで鰹飯丼(\300)を食べました。やたら安いのは久礼の方で衝(笑)撃のクジラ事件があったのも一因です。事件概要はご想像におまかせします。

南風28号/しまんと8号 岡山・高松行

夕方というか宵の19:34高知を旅立ちました。
もう夜中で車窓と言う車窓もないのに、閉塞信号や中継信号などの標識を便りに、「おお、新改や!」とか騒いだり(騒ぐいふほどのものでもないが)、一人旅やテツ二人旅ではまずありえない言葉遊びゲームをしてみたりしながら池田、琴平、多度津と宵も明るい街過ぎて行き宇多津。…話はそれますが、いまうたづをうたずと入力したのにちゃんと変換してくれました。GoogleのIMEは賢いなぁ。
話は本線に。宇多津で南風としまんとは分かれます。動画共有サイトとか見ると、昼間の分割併合映像はよく落ちてますが、夜中のは見たことない。夜中の2000系の分割、萌えますわぁ。
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なんで萌えっていうんかなぁ、萌えいづるの萌え、芽ぐむことですよねぇ本来。

そして旅は終りを告げる。あまりに濃縮された一日であったため、まるで今朝旅が始まったのがウソのよう。本旅が日常とかしているような感覚である。暫くの間毎日がこの旅であったような感覚。その旅が終わる寂寥をどこに投げ捨てよう?
私は、宇高国道フェリーの「国」の字の「玉」に捨てた。
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ネオンサインがところどころ消えて、国の字が國構えだけになっている。
未だ旅感覚から抜け出せない私をこのネオンが少しだけ現実に引っ張ってくれた…。

fin.


かっちょええ!!、うぉー私、やっぱり筆に生きれるね。

ああ、私が「私―しようか?」とか「私―できるね」、とか言ったときは大概冗談ですからね。

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