西土佐をふたたび弥次喜多以来の一日モノです。2010年4月に友達5人で土佐久礼へ温泉・料理目当てに行きましたが(土讃カンロク常五杯)、その時と同じように、中学校の頃の仲間で集まって、どこかへ行こうという企画がありました。それをこの度春休みに行おうと、いつものツレと話が進み、友達にメールして、集まったのが我々含め3人(当時のメンバーの3/5が集合した)。ゆくは中村は下田の四万十いやしの里+α、温泉と食事をいただきます。経路高松[↓] 06:04
土佐久礼 09:10
10:40
中村 11:32
16:46
高知 18:32
21:20
高松[=] 23:24
しまんと1号、寒太郎春は3月26日の高松駅・5時台、いよいよ「水色のひと」もびっくりの高3になろうかとするもの3名が集合しました。列車に乗り、適当な話を行います。なんせ、2年ぶりに会うものだから、話も弾みましたが、このあたりに面白いネタも無いので、スルー。さて、讃岐山脈を越える頃に状況が変わり始めました―空の雲行きがあやしい。 讃岐財田通過時には気付きました、雪だ。それも、ちらつくだけでなく、地が白い。トンネルを幾つか越える途中、前後山にはさまれると、ここは雪国かと思ってしまうほどです。 坪尻にて それでも、池田ぐらいでは、寒そうではあるけれども、程度の景色となり、四国山地越るうち、ぽかぽかと気持ちよさそうな春の景色が見え始めました。 やがて平地に降り立ち、土佐山田、後免とすぎれば、列車の終点、高知です。しまんと1号は、前みたいに中村直通じゃないし、連結開放の時間がなく、駅から軽く遊びに行くことができないのに、あしずり乗り換えで中村につく時刻は一緒という―。 あしずりに乗り換えます。この間まで、高松から日帰りを組むならまずのれなかったあしずりです。 1本でも(往復すらしない)、エル特急を名乗っていたあしずりです(四国内全部L消えましたが)。 インターナショナル・テツドーあしずりでは自由席がいっぱいで、指定席前のデッキで立つことを決めましたが、指定席最前列には、外国の方が乗っていて、ジャパンレールパスを持っていました。ツレは英語で交流し、切符を見せてもらっていました。 久礼散歩さて、このまま中村まで行っても、予約した時間まで持て余すので、久礼で降りることにしました。2年前の目的地はここでした。 大正町市場へゆき、 タタキを焼くのを見せてもらい、 浜へゆき、遠くに見える、2年前に行った黒潮本陣を見て、駅に帰って来ました。 道中、くれ天というすり身の天ぷらを購入しました。 こんなものが。 私の考え方では、これ自体、何も問題ないと思う。解釈によるけど。 さて、南風1号で中村へつきました。 カヴァレリアルスティカーナ。中村駅から、四万十いやしの里までは、なかなかの距離で、路線バスで行くことが進められていますが、 私たちは、バスの発車時刻と時間、自転車でかかる時間、値段を考え、レンタサイクルで行くほうが安く且つ早い時刻に到着できると判断し、借りることにしました。 自転車に乗った私達3人はまさに騎兵(カヴァレリア)。 さてさて、この自転車、電動。これが快適で、楽で、私達はすっかり電動のとりこになってしまいました。 特に坂道ではぜんぜんちがう。 30分か、そのぐらい走って、いやしの里に到着。 まず、料理をいただきました。 デザート この、トマトが美味しい。 この施設、周辺は大きな公園になっています。 海が近くて、気分がいい。 温泉に入り疲れを癒したあと、周辺の公園で「童心に帰ろう企画」を行いました。 長い滑り台を滑り、 腰が痛いと絶叫しながら(私の場合、鬱血ポイントが別に痛む)、次の遊具の前へ行く。 さすがにこの遊具に挑めるほど、カラダは動きませんでした。 その後、展望台から景色を楽しみ、中村駅へ出発しました。 鳥が飛ぶ― いつか土佐で―眠らぬまちの美食―ONCE UPON A TOSA。先日、適当につべでContrabass Saxophoneで検索したら、お兄さんが咄嗟に いつか夢で を吹いていました、なぜか。聞いたとき、なんでまた…、あるいは、本当にこの曲だろうかと思いましたが、コメントの下の方(すべて表示にすると見れる)に、曲名を質問して、それに対する回答を得られたコメントがあったので、確実視しました。さて、逸脱から還って来て―、中村からあしずりで高知に来ました。 目当ては、ひろめ市場で塩たたき定食を食べること。 やっぱり、美味しいです。これが、今回の旅の楽しみの一つでもありました。 さらにはしごなどと称して、ラーメン、カツオのタタキ丼、冷奴を平らげて、ひろめ市場をあとにしました。 駅に帰る前に少し時間があったので、ライトアップされていた。高知城址へ行き、天守前まで登って来ました。 最終しまんとの体験結局、最終しまんとにて高松へ帰ることとなりました。客、殆どなし、我々饒舌。それでもだんだん疲れ色が私達を静かにします。 周囲闇、山の中。 これ、結構不安になります。本当に高松に向かっているのか、別世界に連れて行かれるのではないか、と。 それでも偉大に列車は高松へつくわけです。 駅には、ついにミッドナイトExpが入線する時刻となりました。 改札上の電光掲示板の一部はもう消えた。 そして、やっとついた、という思い。一つ旅が終わる寂寥。加えて、今回のはさすがに疲れ、という要素がそれぞれ組み合わさりl,旅終わり独特の感情が私達を包みます。 暗い高松駅を発って、帰って来たらやはり暗い高松駅がありました。一日という時間が、また狂いそうな中、旅に幕を下ろします。 格言、家に帰るまでが旅です。 弥次喜多以来、以前程、「乗るための乗車」の割合はへり、食事・温泉、特に食事の占める感情の割合が大きくなってきたような感じがするわたしです。 とても気分の良い一日を過ごし、次の旅についても脳内を構想が回り始めました。 一日列車に乗ったために襲ってくる、めまいに似た、静止しているのに揺れている感覚 に身を任せ、揺れる中で私は眠りました。(実際はバタンキュー)
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県外
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この度の地震に会われた方々にお見舞い申し上げます。 高松目指して高松を発つ馬(栗毛)の代わりに、鉄道を我が足にして、とんでもない旅をしてきました。今回の旅の、元々の目的は、3/13が期日の高松⇔松山4枚回数券のあまり2枚を消費することにあり、そのためにはてどうしよう、103Mで松山行って…、などと考えておりましたが、結局驚異の経路となりました。 経路高松[↓] 4:53 多度津 5:31 5:33 阿波池田 6:31 7:20 高知 9:59 10:44 須崎 11:55 12:22 窪川 12:47 13:28 宇和島 15:27 16:02 八幡浜 16:33 16:44 (伊予長浜経由) 松山 18:29 19:36 高松[=] 21:10 ご覧のとおり、四国の約3/4をぐるっと大回りする、とんでもない旅です。 高松―須崎間には全駅に停車しています。 ツレと、何処が往復の境界か議論しましたが、結局高松に向けて高松を発ち、往路も復路もない、という結論に達しました。 行きと帰りらしく、2回別方向で通るところは高松-多度津間のみ(宇和島-北宇和島は例外的)。 すでに復路か出発から早速ドラマを生む。かつて、103M(や前身の旧111M)に乗車するときに余裕を持って出発していた時刻に出発したら、高松駅到着がギリギリだったのです。とても強く、自転車のタイヤ―アスファルト間の動摩擦力を感じながら、「きつい」と言葉を漏らしながら、「うんうん」と力を入れながら漕いぎました。この原因は、大体検討がついていて、「エンジョイ!運動不足ライフ」とか言っているからだろうと予想されます。さて、ぎりぎりで着いた私と、待っていたツレは、103Mに乗り込みました。 そして、多度津で乗り換えて、これまでキハ32や、54が主にあてられてきた阿波池田ゆきに乗れば、其れはかつての32・54ではなく、1000形でした(便所無し)。 黒川発車後まもなく 窓越しで申し訳ないです。 坪尻にて とかや言う内、阿波池田へ。 池田散策去る09年の5月5日、粘る\2000の373.3kmとかやいう旅でも池田散策を行いましたが、こちらは旅の規模が半端ない代わりに、散策はゆるめの、へそっ子公園周辺にて。全国の池田町長が集まったことがあったそうで、おのおのの池田町のカエル(?)が野球していました。 我らが小豆郡池田町も有りました。 へそっ子公園から山脈が朝日に染まるをみる 阿波池田の構内 やはり東堂は阿波池田のホームがお好き。 新ホームにて上り南風2号 Spring Breath March。 高知行、土佐山田までワンマンまた聞き覚えのあるタイトルですが、今回は乗り通します。ひたすら山地越えの鉄路をゆけば、折り重なる山々の物語も聞こえてくる、朝のしじま。 しじまたるも、当たり前で、なにせ乗客はツレと私のみというのが久しく続きました。 そして、長時間停車の土佐山田駅 ♪朝日の雫に泣きぬれながら きょう琴平 きょうは土佐山田(霧の土讃線、夕陽のしずくに― の所より) 今まで1両ワンマンだったのが、ここから2両になります。 駅前には、JR四国バス こんな、国鉄の香りのする看板・コンテナー 須崎行1000形ワンマンこの列車、時間帯や曜日も重なって非常に生活感溢れるものでした。外の風景は…春日。高徳線で春日を走るときのイメージですね。 徐々に田畑と33・56号と山、といった感じの風景が広がり、のどかで、かつての思い出がよみがえること限りなしです。 高知で購入したお弁当を頂きます。 これで、380円のお得なお弁当でした。 ここ須崎までは先述のとおり、全て各停で来ました。 ここからは時刻表の関係で、どうしても特急を使わざるを得なくなり、窪川まで特急に乗車します。 車窓には太平洋がチラリ見え、土佐久礼を過ぎます。 土佐久礼は、ちょうど1年ほど前に土讃カンロク常五杯で、中学の友達と訪れました。 その時に訪れた黒潮本陣の建物も車窓から見え、当時と同じ海を横に見ながら窪川へ向かいました。 もちろん、今日のツレもその時のメンバーですから、二人して思い出にひたりつつ、でした。 窪川窪川のJR駅舎とTKT駅舎予土線の汽車はすでに入線してました。 中村線0キロポスト 中村線のキャラクターと思われ TKTホームに停車する8000形気動車 予土線ホームは階段裏で突然切れます。 |
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本日は5月5日。粘る\2000の373.3kmという長編モノを書いてからちょうど1年が立ちました。 ちょうど1年目の前日の5月4日、私は再び似たようなこと(≒四国再発見早特きっぷを使用した旅)をしてきました。 この一年の間に、4時代出発に慣れきってしまって、「特別感」が皆無になってしまいました。 日程高松[↓] 4:56
多度津 5:34
5:35
佃 6:26
6:28
穴吹 7:03
7:16
佃 8:02
8:03
琴平 8:58
9:02
善通寺 9:07
9:14
琴平 9:19
9:20
阿波池田 10:06
13:22
大歩危 14:02
14:19
土佐北川 14:56
15:12
阿波池田 16:31
16:35
琴平 17:18
17:25
高松[=] 18:20
本編例によって旧111Mこと103Mは、4:56に高松を出て松山まで各駅に止まる列車です。このブログでもおなじみの列車となりました。 乗るのは何ヶ月ぶりでしょうか。美作の時は3102Mに乗車したので、多分、どつぼ185のとき以来ですね(と言うよりも、確実にそのとおり)。 最初の穴吹往復は事実上「切符の有効活用」の為のものでした。 穴吹駅にて ミラーの足が邪魔。 去年の1月に還暦を迎えていたのですが、そのイベントには参加出来なかったです。 やっぱり東堂はこの構図が好き その後は琴平行って善通寺行って折り返して阿波池田駅にきました。 池田散策まずは、駅にて国鉄色のキハ47。 キハ58の前例があるから、国鉄色に戻されると引退が近いような気がして恐ろしいです。 鳴門線のホーム嵩上げ工事のニュースも入ってきましたし。 そして、特に理由もなく歩いてきたはずなのに、なにか神社の前にやってきました。 大通りから離れていて、まず見つけることのなさそうな神社に、引きつけられるように来てしまいました。 310円は阿波池田-大歩危感の特定特急料金に等しいので、特急の椅子に座れてもオトク感が小さい。 国鉄オリジナルシート(非リニューアル)。コッチのほうがありがたいです。 車番 小歩危にて特急とすれ違います。 キクハ32、ここから乗車できます。 遠く下にはゴムボートで下る集団。 やがて大歩危到着。 185のどつぼ列車を思い出させますね。 幕は「臨時」 どつぼ撮影の時に発見したスポットから撮影。 ここのネックは電線が邪魔なこと。仕方がないです。 上り南風が去ってゆく。時間的にもどつぼと重なります。 ホームから線路を除くと、 網越しに穴内川が見えます。 駅の看板 帰路今回もひとつの決まった目的地いう目的地のない、個々の乗車にだけ目的地のある旅でしたが、帰路には家に帰るという大事な目的があります。どこかで聞いたような気がすると思ったあなたは、内田百間のファンですね?無論そっくりそのまま引用ではありませんが。 帰りのワンマン列車はキハ32。例によって特急に抜かれのすれ違いのでゆっくり帰ります。 土佐岩原で長時間停車。 再び小歩危駅にて そして、いつか(どつぼ撮影)みたいに讃岐財田で狙うこともなく、素直に接続列車に乗って帰りました。
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