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今日午後6時15分からの、HTBテレビ・北海道テレビのアサイチ「老いるショック」で、タウン白楊の入居者の様子が放映されました。
マアマア、雰囲気は伝えてもらえたかと思いますが、「ボケても寝たきりでも最期まで看ます」「敷金も年金もなくても入れます」という、一番大事なことは伝えられなかったような気がします。コマーシャルではないので、こちらの思いどうりに行かないのは仕方がないのですが、取材される方の工夫も足りなかったかなと反省しています。
HTBは、1996年2月に開業したタウン白楊の前身「コーポ愛和」を、「行政の支援を受けない民間企業の介護付き福祉サービス」と、一番先に紹介してくれました。
あれから19年、当時の入居者永田和夫さん、ヘルパー*宮八重子さんが今もいるんだよって教えてあげればよかったなと、後悔しています。
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高齢者・障害者福祉
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高齢者、障害者の介護福祉の情報と、友好事業所の紹介。
タウン白楊 http://hakuyou1996.seesaa.net/
さんりん舎 http://www.quzan.co.jp/sunrinsya-index.html
睦與 http://www11.plala.or.jp/mutsuyo/
タウン白楊 http://hakuyou1996.seesaa.net/
さんりん舎 http://www.quzan.co.jp/sunrinsya-index.html
睦與 http://www11.plala.or.jp/mutsuyo/
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クラスタ型というのはクラスター爆弾のあのクラスター。一つ一つの住戸は普通の独立したワンルーム・マンション。
同じ建物の中にサロン(食堂)があって、管理人兼ヘルパーが住んでいます。3食付きで介護も受けられる。みんな集まって一つの施設のような機能を果たすというわけ。
酒もたばこも自由。フツーの独り暮らし。但し、一般の入居者も住んでいるので、他人に迷惑をかけたり、勝手に出て行って帰れなくなる人は無理。
料金は生活保護に対応。
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白楊に復帰した機会に、ホームページと連結しようかなんて、自分ではできもしないことをいろいろ考えているうちに日にちが経ってしまいました。その間来訪された方、コメントを寄せてくれた方、本当に申し訳ありませんでした。
昨年11月に現役?復帰した当初は、建物の老朽化は有料老人ホームがどうあろうと、消防の指導があろうとなかろうと、疑いようのない事実ですから、非常時に自力で避難できない重度の要介護者を移転させて、比較的自立度の高い方を対象にした、普通の下宿屋に戻そうと考えていました。
しかし、この2カ月の間に完全に考えが変わりました。
今は「福祉よりちょっと上行く、役所より一歩先行く」の原点に返って、攻撃的な経営をしようとしています。
なぜ、どう変わったのかは、追い追い説明していきます。
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熊ちゃんの母さんが、さんりん舎で亡くなりました。糖尿病で、親子でさんりん舎で暮らしていました。没交渉だった兄が近くで暮らしていたことが保護課の知らせで分かったそうで、何年振りかの再会が仏さんとということになりました。結局、最期を看取ったのは、障害を持つ熊ちゃんだったということです。
個人情報とかいうことで、兄の所在を、生前知らせてもらえなかったというのも、何んともお役所らしいですよね。
熊ちゃんは'96年の2月にコーポ愛和が開業した直後の4月に、同じ病院から4人入居したうちの一人です。18年来の付き合いです。ちなみに当時から働いていたヤエコさんは、78歳になりましたがまだ働いています。5月に入ったカズオさんも、一時自立生活を送っていましたが、また戻っています。
という私も、8年振りに戻っています。古い、長い付き合いです。
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満田社長が10月一杯で退任し、後を継ぐ者がいないので、やむなくそしあると白楊の社長を引き受けることになった。返り咲きとか言う人もいるが、せいぜい狂い咲き、上手くいって、後が決まるまでのワンポイントリリーフ、場合によっては敗戦処理投手と言うところだ。再来年の2月で開業20周年になるので、それまでに目途をつけようと思っている。
一番の難題は、有料老人ホームの届出と消防法による指導・規制だ。
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